第66話 鍛錬の合間に
黒刀を振って振って振り回して、体力が尽きるまで振り抜いて……これ以上は無理だとため息を吐きだした俺は、鞘に黒刀を納めてから踏み荒らした草の上にどたんと腰を下ろす。
すると、そんな俺の背中を利用してやろうと考えたのか、はっはっと息を吐き出すポチがその小さな背中を預けてくる。
「あっちぃなぁ」
毛皮の中にたっぷりと熱を溜め込んでじっとりと汗をかいて、それをぐいと押し付けてくるポチにそう言うと、ポチは何も言わずのその尻尾でばふばふと俺の背中を叩き、抗議してくる。
その感触を味わいながら、黒刀を扱うにはまだまだ鍛錬というか、体力が足りねぇなぁと大きなため息を吐き出していると、シャロンがとととっと俺達の側まで駆けてきて、いつの間にやら用意していたらしい、どろっとした液体の入った竹筒を俺とポチにと差し出してくる。
「おつかれ様です。
これ、疲労回復効果があるものを混ぜた一杯なので、飲んでくださいね。
味については保証しませんけど、効果はかなりのものですよ」
「お、おう」
そう返した俺は、恐る恐る竹筒を受け取って、その中身を見てシャロンの顔を見て……そうしてからシャロンの「いいから飲んでください」との言葉を受けて渋々、その中身を……黒々とした粘土の高いそれを、ぐいと飲み込む。
甘い酸っぱい、臭い苦い、ねっちょり。
なんとも言えない味と香りが口の中いっぱいに広がって……独特の嫌な感触を喉に残しながら腹の中へと流れ込んでいく。
「ぐぅっふ……何だこれ、一体全体何を混ぜたらこんな味になるんだ」
謎の液体を受け止め、うなる腹をさすりながら俺がそう呟くと、シャロンはにこりと笑って言葉を返してくる。
「色々です、色々。
薬草、木の実、キノコにはちみつにお塩。
それと真っ黒になるまで発酵させたにんにくと、ある動物の内臓と……。
限界まで混ぜに混ぜてこれ以上混ぜると逆に体力を失っちゃうみたいな、ギリギリの所まで極めた一杯です。
飲んだなら後はゆっくりと身体を休ませていれば、すぐに回復するはずですよ」
終始笑顔のままそう言ってのけるシャロンにただ頷くことしか出来なかった俺は……とりあえず今は身体を休めるかと息を深く吸ってから吐き出し……力を抜いてゆったりと構える。
そうやって何もせずに、背後から聞こえてくるポチの寝息を聞きながら、だらけた時間を過ごしていって……口の中に残る嫌な味をどうにか押し流せねぇかと、口をもごもごと蠢かせていると……じんわりと腹の奥底が温まっていくというか、腹の奥底から熱と力が湧き上がってくるような、そんな感覚が腹から全身へと伝わっていく。
すると重くだるかった身体がすっきりと軽くなり……黒刀の握り過ぎでしびれていた手の感覚が正常なものへと戻っていって……それを受けて俺は、こんなに効くものかと驚きながら声を上げる。
「こりゃぁ参ったな。まさかこれ程の効果があるとは……。
まだ少し違和感が残っているが、もう少し身体を休めたなら問題なく動くことができそうだ。
これがシャロン印の体力回復薬か……しかもあれだろ? シャロンは毒や体力回復薬だけじゃなくて、傷薬なんかも調合出来るんだろ?
今の所世話になったことはねぇが……それもこんな風にとんでもねぇ効き目をしてるんだろうし、そういうことなら結構な無茶が出来るかもしれねぇな」
肉を切らせて骨を断つ。
怪我を覚悟で敵に突っ込めるとなれば、防御回避を捨てて攻撃にのみ専念出来る訳で、その一振りの威力を段違いの所まで押し上げる事ができるだろう。
常にそんな無茶をするわけにはいかないとはいえ、そういった選択肢が取れる、そういった戦い方が出来るというのは、それだけで手札を増やすことに繋がるというか、大きな利となり得る。
かつての鬼との戦いの時がそうだったように、シャロンという優秀な薬師が後ろに控えてくれているのは、それだけで本当にありがたいもんだとの実感を込めての俺の言葉に対し、シャロンは「うぅん」と唸りながら渋い表情をし始める。
「たとえば血止め、痛み止め、傷の治りを早くする薬なんかは確かに作れますが、一瞬で怪我を治すだとか、千切れた腕を再生させるだとか、そんな魔法のような効能の薬は作れないと言いますか……そもそもそんな薬は、この世に存在してませんから……あまり過信はしないでくださいね?
攻撃を受けないのが第一で、攻撃を受けてしまって死んでいないのなら薬でなんとかできる……かもしれないと、それだけのことなんですからね。
薬師として傷の縫合とか、消毒などのお医者様の真似事も習得してはいますが、やっぱり本物のお医者様には敵いませんし……うん、私が居るからって無茶な真似はやめてくださいね」
渋い顔をしたままのシャロンにそう言われて、俺は「むう」と唸る。
体力回復薬でこれなのだから、傷も一瞬で……それこそあっという間に治してくれそうなもんだがなぁ。
世の中そんな都合良くはいかねぇってことか……。
「……そうすると、だ。
傷やらと一瞬で治したかったら、魔法を使えるやつを仲間に引き入れろってことになる訳だな。
……魔法、魔法か。
エルフやらが得意としている魔力を使って面白おかしい現象を引き起こす技……か。
ん? ポチの小刀は確か魔力で刃を作り出しているんだったよな?
ってことはコボルトも魔法を使えるのか?」
と、俺がそんな言葉を口にすると、シャロンはなんとも言えない、苦い表情というか困ったような表情というか、鼻筋に皺を寄せての表情をしながら言葉を返してくる。
「まぁー……エルフさんとかに師事して習得したなら使えるかもしれませんね?
ただそんなことをするくらいなら、私のように薬師になるとか、ポチさんみたいに身体を鍛えるとか、あるいは職人コボルト達のように技術を磨くとかしたほうが役に立つって言いますか、生計を立てられますからね……。
余程の酔狂者でなければ、魔法を覚えようなんてそんなこと、出来ないんじゃないかなって思いますよ」
「なるほどなぁ……酔狂者なら、か。
便利そうだからポチかシャロンに覚えてもらおうかと考えてたんだが……そうだな、既に習得している酔狂者を探してみるのも良いかも知れねぇな」
との俺の言葉に対し、シャロンはその表情を歪めて「うーん……」との声を上げて、それ以上言葉を返す気はねぇのだろう、黙り込んだまま元いた場所へと戻り、積んだ薬草の整理やら下処理やらをし始める。
その姿を見やりながら、暇を見つけて酔狂者探しもやっておこうと頷いた俺は……ともあれ今日の所は鍛錬をしなければと立ち上がり……背を預けていた俺が急に立ち上がったせいで、背中から転げることになったポチの「ぎゃん!?」という起き抜けの悲鳴を耳にしながら、黒刀をすらっと抜き放つのだった。
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