第64話 刀


 それから俺達は第一、第二ダンジョンを巡りながら、ダンジョン内での動きや連携の再確認と、ドロップアイテム集めと情報収集と、ロストに関する実験をする日々を送ることになった。


 俺が思いついた手紙を意図的にロストしあちらに送るという実験や、こちらにしかないだろう工芸品をあちらへの贈り物として送る実験などを繰り返し、貯まった金でもって具足師の牧田に新たな装備の注文をし……そうして特にこれといった結果が出ないまま十日程が過ぎて、俺はネイの江戸城近くの新しい店舗へ来いと呼び出された。


 ポチとシャロンはポチの入れ知恵というかなんというか、ポチ達が余計な気を回したせいで来ねぇということになり、仕方なしに一人で向かうと……大きく立派な、真新しい店舗がいくつも並ぶ、幅の広い大通りが俺を出迎えてくれる。


 行き交う人とコボルトの数はこれでもかと多く、どの店でも声と銭が飛び交い、次々と店頭の品が売れていっている。


『世にも珍しいだんじょん産のどろっぷ品』

『江戸中の好事家達が愛してやまない流行りの一品』

『ここで逃せばいつ出会えるか分からない、運命次第、縁次第の貴重品』


 そんな文字が並ぶ旗が立てられて、旗が風に揺られる度に人々の購買欲が刺激されるのか「買った!」「こっちもだ!」「その骨は僕がおやつにするんだ!」なんて声が周囲に響き渡る。


 最近はずっとダンジョンにばかりかまけていたというか、江戸城に足を運びはすれども、こちらには足を運んでいなかったので、全くこれは何の騒ぎだよと驚かされるやら、呆れるやら……俺はそんな、あまりに人が多すぎてスリが発生するんじゃないかと、コボルト同心達が警戒し、ふんふんと鼻を鳴らし、神経を尖らせている人混みの中を、どうにかこうにかすり抜けて、澁澤との看板を掲げているネイの店へと足を向ける。


 暖簾を押して店の中へと入ると、ネイの店もまた繁盛しているようで、四人程の店員達が座る暇も無いのか慌ただしく、銭を受け取り品を包み、品を渡して新たな品を奥から引っ張り出して……と、なんとも景気の良い商売が行われていた。


 その様子をなんとなしに見守って、さてどうしたものかと考えていると……店の奥に見える階段からネイが顔を出して、ちょいちょいと手でもって「こっちに来い」とそう伝えてくる。


 店主に招かれたのであれば遠慮はいらねぇだろうと……一応、隅の方で履物を脱いで、スタスタと真新しい板張りを踏んで奥へと進み……急な造りながら、良い手すりを備えている階段を上がっていく。


 板張りの一階と打って変わって二階は畳張りとなっているようで……障子窓が多く、多い上に大きく……良い風が通り抜ける造りになってるそこを、ネイの姿を探して更に奥へ奥へと進んでいく。


 タンスがあり、本棚があり……本棚にはびっしりと帳簿と思われる紙束が押し込まれている。


 まだまだこの店舗が出来てからそう時も経ってねぇだろうにと思いながら、そんな本棚を見やり……ネイが鎮座している最奥へと行くと、ネイが座布団をすっと差し出してきて……そこに俺が腰を下ろすなり、随分と重そうな黒く塗られた長細い木箱を、ずずずと自らの背後から引っ張り出してくる。


 持ち上げる事ができない程の重さなのか、俺の前までずずずとその箱を引っ張り、押してきたネイは「開けて」と、そう一言だけを口にして、俺の動きを待つ。


 何がなんだかしらねぇが開けろと言われたなら開けましょうと、俺がその木箱の蓋を開けると……中にあったのは、一振りの刀だった。


「……なんだ、わざわざ用意してくれたのか?

 こんな立派な箱に入ってるってことは、それなりの業物なのか?」


 蓋をそっと置いてそう問いかけると、ネイは首を傾げて「うーん」と声を上げる。


「良い刀なんだけど……業物かと言われると微妙なのよね。

 まだまだ無名の刀工さんの一振りで……良さそうだなって無理を言って譲って貰ったんだけど、業物として名を連ねるにはまだまだ時間がかかるかもしれないわね」


「へぇ……お前が無理を言ってまで手に入れるってことは、かなりの代物なんだな。

 ……抜いて見ても良いか?」


 好奇心を抑えられずに俺がそう言うと、ネイは何処か楽しげに……俺の度肝を抜いてやると言わんばかりの表情を浮かべてこくりと頷く。


 その表情を受けて色々言いたいことがあった俺だが、兎にも角にも今は刀だと鉄拵えの鞘を握り……予想もしていなかった重さにぎょっとする。


「……なんだこりゃぁ。

 鉄じゃぁねぇのか」


 鉄にしては重すぎる、刀にしては重すぎる。

 一体何がどうなってここまで重くなっているんだと驚きながら、ぐっと腕に力を込めて持ち上げて……ゆっくりと鞘から抜き放つ。


 真っ黒な、あまりに真っ黒過ぎて刃紋も何もない、なんとも言い難い迫力を持った刀身が姿を見せる。


 とにかく重く、それでいて鋭く、この手を離したら畳と床を突き抜けて、一階まで落ちていってしまうのではないかと、思わずそんなことを考えてしまう。


「……なんだ、この刀は。何を材料に……誰が打ちやがった」


「材料はダンジョン産の鉱石。

 どっかの馬鹿が、ダンジョンから持ち帰った品々を賭けの景品にしたとかでね、それがある刀工の手に渡ったの。

 ドワーフと人間との間に生まれたっていう、源アマンの作で……絶対に折れない、壊れない、ダンジョン内での長期戦を意識して打ったそうよ。

 アメムシ相手でも溶かされることはないし、脂に負けて切れ味が落ちることもない。

 ただ唯一の欠点はその重さ。

 長期戦を意識して作ったのに、そんなにも重いんじゃぁ何度も振れないだろうって、誰も買わなかったらしいんだけど……ま、アンタならなんとかなるかなって、買ってきてあげた訳よ」


 俺の呟きに対しネイがそう返してきて……静かに立ち上がった俺は、数歩下がってネイから距離を取り、しっかりとその刀を握って試しに一度だけ、頭の上へと持ち上げ……しっかりと両手に力を込めてから下へと振り下ろす。

 出来るだけ力を込めていた、重さを考慮して動いたつもりだった。


 それでも体がその重さに引っ張られてしまって、流されてしまって……なんとも情けない、歪んだ剣閃となってしまう。


「はー……なんだぁこりゃぁ。

 切れ味どうのの前にとにかく重いって感想しか出てこねぇぞ。

 ……確かにこれをずっと振るうってのは、骨が折れるだろうなぁ」


 刀を鞘に納めながらそんなことを俺が呟くと、ネイはため息まじりに「なら返品する?」と、声を返してくる。


 そんなネイに対して俺は、座布団に腰を下ろし、箱の中に刀を戻してから……、


「いや……もらうよ。

 長期戦に向いてるってだけでもありがたいし、重いってのもそれはそれで使い途がありそうだしな」


 との返事をする。


 するとネイはぱぁっと明るい笑顔になって、懐から一枚の紙を取り出してきて……とんでもない額の書かれた請求書と題されたその紙を俺へと押し付けてきながら、


「とりあえず、半年は待ってあげる」


 と、そんな、容赦の無い言葉を投げかけてくるのだった。

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