【ほぼ日刊!?】バカな私が、小説を書き始めたんだけど質問ある?

作者 猫のまんま

すべてのエピソードへの応援コメント

  • 第46話 作者、予備知識は必要か、否か。へのコメント

     『スター・ウォーズ』の監督、ジョージ・ルーカスは、ジャーナリストに「なぜ宇宙なのに音が鳴っているのか」と質問されて「俺の宇宙では音がするんだよ」と答えたそうですが(実際にはもうちょっと違ったやり取りだったという話も聞きますが)、実際、リアリズムを細かく追求したからといって、作品が面白くなるとは限らないですよね。変な言い方になりますが、リアリズムはリアルだけで充分なんですよね(笑)
     それに、タケコプターを頭頂部に装着しても風圧で頭皮が剥がれるだけとか、ガンダムで地上を歩こうとしても操縦席の上下運動にパイロットが耐えられないとか、テニスボールで人を吹っ飛ばすには音速を軽く超える必要があるとか、そんなことを考え始めたら何も書けません。書き手として発想を硬直化させないためにも、予備知識の入手はほどほどが良さそうですね。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます。

     久々にログインして今気づきました……返信遅れてすいません。

     しかし、リアリティーというのは少しばかりは必要だなぁ、と私は書きながら思いました。ファンタジー作品にしても、SF作品にしても『当たり前』という基準、常識という根本が書き手と読み手の間のズレとなったら、どちら側の人にとっても面白くないと思うんです。

     また、空想科学読本みたいにアニメや漫画を実際にやってみると無理がある。と、解説しているのもそれはそれで面白いですが、本来の科学の発展は無理を無理ではなくさせることで、科学の歴史は前へ進んできました。
     ヘリコプターは空を飛ぶのに、タケコプターは何故現実に空を飛ぶことは無理なのか? タケコプターを人につけて飛ばせるためにはどうしたらいいか? など考えるだけで1つ物語が書けそうですよね。私たちは、そういった発想も忘れないようにしたいですね。

     ファンタジー作品を書きながら思うことはやっぱり、魔法やチートは便利なものだなと思うんです。今じゃあ魔法=チートみたいな形が今時の作品の形態ですけど(たぶん日本作品の偏り)海外での魔法のイメージと日本が思う魔法の物語上のイメージは異なります。ハリー・ポッターとドラゴンクエスト比べたら……比べるまでもないですよね(苦笑)
     魔法を無作為、無造作に作り出して無限に使えたら、それはそれで物語冒頭から無双できて楽しいし、このあとの展開に期待する人もいるでしょう(尻切れトンボ作品が多いですけど)。しかし、魔法と力に何らかの縛りのようなものを設けることで、登場人物たちが創意工夫して物語の進行をさせるのも面白いものです。
     空想と現実、線引きは必要でしょう。だがしかし、リアリティーという存在は架空世界の物語を書く際にも必要と言えることなんでしょう。

     ……というか、こうして考える時間が長いから私は書くのが遅い。1つの仮説から真実を立証してみました(笑)

    2020年5月4日 17:44

  • 第45話 作者、文字を学ぶ①へのコメント

     表記や漢字の違いは、突き詰めていくと奥が深いですよね。
     と言いつつ、僕が執筆のときに気をつけているのは、男性なら「私」、女性なら「わたし」にすることくらいです。あと、最近は「気付いた」ではなく「気づいた」と書くことが増えましたが、率直に言ってそんなに深い考えはないです。
     昔読んだ、文章の書き方に関する本では、文章の全体的なバランスを見て、黒色(文字)がぎっしりしていたら一部の漢字をひらがなにして白色(余白)を増やす、という技術が紹介されていましたが、僕はまだその域に達していません。単語の選別や1文の長さの調整で精いっぱい、そもそも「文章の全体的なバランス」って何よ?という話です。とはいえ、たしかに、「漢字がぎっしり詰まっていたら、読む方はそれだけで疲れるだろ」という言い分も、分からなくないんですよね。
     考えることがいっぱいで難しいですが、きっとそれが腕の見せ所であり、遊び心を発揮するポイントの1つになってくるんだろうと思います。

    作者からの返信

      コメントありがとうございます。

     なんとなくこっちの言葉の方が自分の言っていることが伝わるなぁってことありますよね。そういった言い回しのセンスって中々身につくものでもないですし、海外作品の登場人物たちがすかさず小さなギャグや軽口を入れたりするのは、日本人には真似できないことです。私の勝手なイメージですけど、日本人の文はお固く暗いイメージが強い気がします。ライトノベルが若者にウケる理由がなんとなくわかりますよね。

     文章バランスに関しては、私としては作家の仕事というより、編集の仕事のような気がします。しかし、こうして小説を書いて、ネットに自力で載せるのはすべて自分の技量ですから、なんとも言えませんね。辞典か教科書か、読みやすいのはどっち? って話なら答えは簡単ですけど、小説になると空白を入れるタイミングだったり、場面変化、視点の変更だったり、物語の尻切れトンボにならないようにだったり……などなど。考えることがいっぱいですよね。

     一通り書き終えてから、文章に編集や変更をいれる。納得する瞬間までは妥協しない……言うは易く行うは難し、ですね。

    2020年4月21日 17:47

  • 第44話 作者、正直、殻にこもりたい日…へのコメント

     人気な企画・イベントが自分にとって場違いに思えるというのはよく分かりませんが、何となく気後れしてしまうということなんでしょうね、きっと。
     僕の場合、埋もれそうなので参加させないという判断は多いですが、周りが☆3桁の良作ばかりでも別に気後れはしません。つたない自作を投入したところで別に他の参加者に迷惑をかける訳じゃありませんし、仮に主催者が「参加作品は必ず全て読みます」と宣言しているとしても、それで主催者に迷惑がかかるとも思いません。読むと宣言して集まった作品に自分の好みでないものが混じっていたとしても、それは主催者の自業自得だからです。

     執筆が遅いという点に関しては、書き手の立場だと「いつまでも読者を待たせて申し訳ない」と思うことがあるかもしれません。実際に僕もいくつかの作品の感想に「物語の続きを楽しみしています」と書いたことはあります。ただ、読者としては「続きが読めるといいなぁ」という程度の、棚ぼたを持つような意識しかなくて、「○○ヶ月も経ったのに続きを出さないなんてこの作者は無能だ! ブックマーク登録を軒並み解除してやる!」とはならないと思います(別に金を払ってプロの本を買った訳じゃないので、その辺のことについて文句をつける方がおかしいでしょ)。少なくとも僕の場合は、という話ですが、自分では思いつかないような物語を読ませてもらって楽しませていただいた、という感覚なので、途中で中断しようがエタろうが、読んでいる間に楽しませてもらった事実に変わりはないという考えです。
     もちろん、書き手として応援してくれる読者の期待を裏切らないように頑張らねばと思うのも分かりますが、そんなに肩ひじ張らなくても、大抵の読者は待ってくれるものではないかと思います。まあ、エビデンスのない、単なる憶測の話ですが。

    作者からの返信

    コメントありがとうございます。

     私が『場違い』と思うのは、たぶん場慣れしていないからでしょう。初めての挑戦は、何事にも少しの勇気が必要ですね。

     私も早く場慣れできるようになりたいものです。

     待って下さるのなら、ありがたいことですね。

     私の中では「読んでもらいたい」と逸る気持ちと、「まだ納得いかない」と頑固な性格が日々、葛藤しています……時間が過ぎるのが、明らかに歳を重ねるにつれて早くなっている気がしますね。

     まずは、ちゃんとまとまった時間を作ることから始めないと……。


     

    2020年4月1日 14:57

  • 第43話 作者が思う、漫画とライトノベ…へのコメント

     今回の話を読ませていただいて、『涼宮ハルヒの憂鬱』を思い出しました(何回その話をするんだ、と思われるかもしれませんが、おそらく、哲学者や評論家の名前を出すよりも分かりやすいと思いますので、今回もそれを採用させていただきます)。
     消えた朝倉の謎について調査した後、ハルヒは憂鬱を吐露しますが、その内容は一言で言うなら、自分はあまりにもちっぽけな存在でしかない、ということです。「あたしが世界で一番楽しいと思っているクラスの出来事も、こんなの日本のどこの学校でもありふれたものでしかないんだ。(略)そう気付いたとき、あたしは急にあたしの周りの世界が色あせたみたいに感じた」、「世の中にこれだけ人がいたら、その中にはちっとも普通じゃなく面白い人生を送っている人もいるんだ、そうに違いないと思ったの。それがあたしじゃないのは何故?」
     ハルヒは宇宙人や未来人や超能力者のような、客観的な意味で「普通じゃないこと」を求めていた訳ですが、結局、『憂鬱』のあのラストをきっかけに、徐々にその悩みとの付き合い方を覚えていくように見えます。それはなぜか。僕が思うに、客観的に「普通じゃないこと」がてんこ盛りでなくても、平凡な普通人としての生活の中にだって、かけがえのない日々はある、ということにハルヒが気付いたからです。この気付きを別の言葉で言えば、大事なのは他人と比べて特別かどうかではなく、自分が特別と思えるかどうかだ、ということです。
     「小説の物語にも、目的、目標が必要であるように、作家として、今後の未来にも繋がる行動が必要ではないか。また、作家に限らず、先を行く者たちは、後を追う者たちに何か残すべきじゃないのか」という問いや、「私たちが生きるこの世界の主人公は誰だと思う?」という問いは、ハルヒの気付きのようなことを踏まえて考えないとかなり苦しいことに――歴史に名を刻むとか教科書に載るとかの話に――なりかねないんじゃないかと思いました。もちろん、猫のまんまさんがその辺のことを失念していると言いたい訳ではなく、文章だけ読むとその辺のことに触れられていないような気がする、という程度の話です。
     目標は人それぞれなので、歴史に名を刻むとか教科書に載るとかノーベル文学賞を取るとかの目標があっても構わないのですが、個人的には、そういったものは総じて他者からの評価であり、目標として達成するものというよりも、堅実に頑張っていれば後からついてくることがあるという類のものではないかと思います。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます。

     説明……というか前置き足りなかったですね。何か考えて、しれっと加筆しておきます。

     

    2020年4月1日 17:09

  • 第41話 作者、天命にウケる。へのコメント

     ちょっと言うタイミングがなかったんですが、不躾なコメントの数々に対して毎回丁寧に返信してくださり、ありがとうございます。今回も調子に乗って、返信しづらい(かもしれない)コメントをさせていただきます。

    「かつては神を冒涜することが、最大の冒涜であった。しかし、神は死んだ。したがってこれら神の冒涜者たちもなくなった」(ニーチェ、『ツァラトゥストラはこう言った(上)』、氷上英廣(訳)、岩波文庫、p.16)。
     ニーチェを専門に研究してきた人たちにとっては笑止千万かもしれないことを今から言いますが、名言「神は死んだ」は、「人間の生き方について善も悪もなくなった」という意味だと、僕は解釈しています。
     猫のまんまさんのおっしゃる通り、人間が神に対して抱くイメージは宗教や社会によって大きく異なっていますが、あらゆる宗教に共通しているのは、神(あるいは神々。以下「神」とする)は基本的に人間を見守っている存在だということです。そして、常にではありませんが、時として神は世界に介入します。その基準は、主神が浮気ばかりしているギリシャ神話を除けば、神自身の利害ではなく、善悪である場合がほとんどだと思います。
     神の存在が(日本に囚われず世界規模で見たときに)多くの人間にとって必要なのは、神が存在するということは個々の人間を超えたところに善悪(道徳)が存在するということが言えるからです。どんな神を信仰するかということは、どんな道徳観の中で生きるかということであり、その意味で、宗教とは単なる慣習を超えた道徳なのです。
     一方で、猫のまんまさんのおっしゃる通り、日本人の多くにとって「宗教はただの慣習でしかない」訳ですが、それは現代日本人の多くが宗教的な道徳観の外側(あるいは外寄りの内側)にいて、個別の宗教的道徳が絶対的なものではないことを知っているからです。その意味で、「神は死んだ」は敗戦によって「神(道徳の基準)」を失った現代日本人にぴったりの言葉と言えます。

     もちろん、日本の小説に登場する神はもっとライトな存在であり、とても善悪の基準を提供しているようには見えないので、「宗教とは――」とか「道徳とは――」といったことをこの場で考える必要は実はありません。
     猫のまんまさんのおっしゃる通り、「物語上では、神という存在は役割でしかない」。単に超人間的な能力を持っているだけの存在なので、神を名乗っているだけで、実は妖精あるいは妖怪の類なのではないかと僕は疑っています。それでも彼ら彼女らが神を名乗ることが許されているのは、もしかすると、現代日本を生きる読者たちも、自分たちの真面目な存在を評価して時にはそのご褒美をくれる存在としての「神」を、心の底では求めているからなのかもしれませんね。……などと、それっぽいことを言ってみました。

     ところで、「ライトノベルから入り、お堅いものへと読者を密かに誘導する」というのは、僕も拙作(長編ファンタジー)で試みていることです。ただ、ファンタジーの世界は、現実的な道徳観とは別次元の世界の話なので、少なくともその中で善悪を語ると少なからず歪な感じになるか、読者を落胆させることになりそうだ、というのが正直な感想です。
     まあ、それでも、異世界ファンタジーのタブーを破ることで既存の作品に対するアンチテーゼを提示する、というのが拙作を通してやりたいことなので、今後もそれを試みるつもりでいますけど(笑)

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     コメントを不躾などとは思っていませんよ。むしろ、そういう考えもあるのか、と楽しみながら読んでいるので、私としてもコメントに対してどうコメントしょうか楽しみにしています。

     ニーチェは哲学者で実存主義ですから、私が思うのは『そもそも、神なんていなかった』ではないでしょうか。もしくは、『神という存在は過去にいたが、今の私たちの中に本物の神の存在はない』でしょうか。
     ニーチェに詳しい訳ではないので、深くは言えませんが、善悪の区別があるのは人間だけです。

     神々は、神話の話を用いるならば、『善悪で動く』、というよりも『感情で動いている』気がします。損得なんて考えている方が珍しいですね。

     ……ん? 感情で動く?

     なんだか人間くさい神様なんだな、と私は思います。(……まぁ、感情で動く性格のせいで神話が創作の可能性があるですけど)

     私が「宗教はただの習慣でしかない」と言ったのはもう1つ意味があります。
     さて、日本人だけならず、現段階でガチな信者とはどれ程いるものなんでしょうか。
     聖書を丸暗記しているほどの強者は今の時代に多いのだろうか。

     聖書を配ったりして、入信を勧めている人々もいますが、にわかに近い信者を入れてまで宗教を存続させたいと思うのは何故でしょう。

     それはやっぱり、おかn――……おっと、これ以上は止めておきましょう。戦争が起きてしまう。

     これこそ、まさに『神は死んだ』のかも知れません。

     あじさいさんの話を読んでいると、道徳は神から学べ、みたいな話に見えますね。
     まぁ、意図するところは違うと思いますけど。

     日本での神の存在は今や、妖精、妖怪などの幻想生物の類いであることは確かです。
     そして、人間に友好的で簡単に寵愛などを授けてくださる存在だそうです。「世界のバランスが……」とか言っている今時のファンタジー小説の神は、自分自身が世界のバランスを崩していることを知らない。……いや、知っていてその状況を楽しんでいるのかも知れない。

     現実では、宗教で戦争が起きるのに。
     異世界は、神がいればいつでも平和ですね(苦笑)

     オールラウンドノベル(?)
     言葉にするとよくわからなく変ですけど、そういった小説を書けるようにこれからも頑張りたいですね。

    2020年3月28日 20:45

  • 第40話 作者、量産型にはなり得ない。へのコメント

     一つ目の緑の機体。彼には多くの種類があります。そしてその一つ一つにかっこよさがあります。それはなぜでしょうか?
     
     きっと、わかりやすい色の違いから、細かな装飾の違いまで、デザインした人のこだわりがあるからだと思います。

     テンプレートというものは惰性で使うものではなく、素晴らしい展開をベースとして自分の持ち味を生かすためのものであるはずです。

     でも、そういった感覚が今は薄れているように感じます。「とりあえずチート」という感覚は、私にはあまり馴染まないように感じます。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     私は、一つ目の三がついて、シルバーカラーが好きです! カッコいいです!

     ――さて、冗談はおいといて。
     テンプレートの使い回しは現状において多種多様な気がしますね。設定を変えても、展開が一緒ならば物語の変化はあまりありませんし、面白くなんてほとんどないのが実情です。

     『とりあえずチート』を使う上での特色は、そのチートをどう使うか? もしくは、どう活用するか? が今後の物語展開に大きく関わってくるでしょう。
     最初からチート能力で物語をどんどん進めていく物語展開式(展開を楽しむこと)
     当初はチート能力を使わず、ここぞという時にやり過ぎなぐらい使用して笑いを取る方法。
     チート能力をもっと上位のチート能力へと変化させていく方法など。

     楽しみ方は、いろいろでしょうけど、合わない人にはとことん合わないジャンルだと言ってもいいですね。
     

     『苦労なしに、人生は語れない』

    2020年3月27日 18:38

  • 第40話 作者、量産型にはなり得ない。へのコメント

     違う。違うんだ! テンプレ作品を書こうなんてこれっぽっちも思ってないんだ。他にはない特色があるはずだったんだけど、書いている内にスローテンポになって、登場人物たちの個性がなくなって、メッセージがわざとらしくなって、あんまり無理やりで急な展開は採用できなくなって、気づいたらどこかで見かけたような感じになっちゃってるんだ!

     ……泣き言に興味はないですか、そうですか。

     実際のところ、読者さんの多くは書き手の泣き言に興味はないはずなので、書き手は自分に厳しくないといけませんね。
     「読むより書く方が時間が掛かる」の法則、と僕は呼んでいますが、さらさら読める文章はさらさらとは書かれていません。そのことを充分に理解せず、「テンプレが流行っているんだからテンプレを書けば読まれるんじゃないか」と思っている書き手さんが(僕も含めて)多いように思います。……と言いつつ、僕はいわゆるテンプレ作品をあまり読まないので、その実態はこうである、とはなかなか言いづらいのですが、それでも容易に想像できることとして、ヒットしている作品にはそれぞれに強い特色があるものだろうと思います。どちらかと言うと、テンプレをベースに書き始められているというよりは、独自のストーリーでありながら定石をきちんと押さえている、という感じではないでしょうか。恋愛ものの映画に出てくる壁ドンだの俺様だのドSだのというのも、それがベースというよりは押さえるべきツボ程度のもので、「この独自設定でいくつツボを押さえてくるんだろう」とか、「どうやってツボまで持っていくんだろう」というのを視聴者は見ているんだと思います(知りませんけど)。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     問題点は、己を殺して書きたかった作品はこれか? ってことです。
     内容はテンプレでも王道でも構わないと思います。ただし、自分なりの持ち味、特色を見せることは必須です。そうしなくては、他作品との『違い』が見受けられませんし読み手側の読みたいという欲求を誘うことは出来ないでしょう。
     そもそも、テンプレや王道には安心と安定感が存在すると過信されている部分がありますが、それは果たしてあるのでしょうか。疑問でしかないです。

     便乗やマネは、それだけであって、本来書きたかった自分の作品はそれでいいでしょうか?
     私なりの考えですが、読者を『客』と考えた時点で、作家としてアウトな気もしています。それがお仕事なのは重々承知でいますが、納得できないところも確かにあるです。

     恋愛ものの映画は、大半、少女マンガや携帯小説が原作だったりしますので、ああいうのはツボを知っているというよりも、『憧れ』や『私もこういう風に……』と思うものなのでわからない人にはわからない作品だと思います。女性からするとゴリゴリの王道ファンタジーとか見ても面白さがわかるか、と言われると、きっとわかんないでしょう。どんな人間でもすべてを理解するのは無理ですね。
     壁ドンとかも、女性とっては王道ファンタジーみたいなものです。

    2020年3月27日 18:22

  • 第39話 作者が思う、漫画とライトノベ…へのコメント

     市場規模や経済効果などの数値的な話は置いておいて、たしかに小説→漫画→映像の順に多くの人の目に触れるようになると思います。小説を読まない人でも漫画化されれば読むでしょうし、漫画を読まない人でもアニメ化されれば見るでしょう。
     「一昔前は、逆であっただろう……むしろ、小説、活字の独占状態だったと言っても過言ではない」というときの「一昔前」がどれくらい前なのかよく分かりませんが、メディアとして発明された順を考えると、かつては小説の独占状態だったというのも分からなくはないです。
     「活字と言うか、小説に興味出て、読み始める時代は終わった。ほかのコンテンツとの利用者の奪い合いが始まったと言ってもいい」。この部分は、人々が漫画やアニメを差し置いて小説を読もうとする時代が終わった、と解釈させていただきました。将来は今以上に、漫画やアニメで面白い作品がたくさん製作されていき、小説はどんどん売れなくなっていくでしょうから、この予測は当たっていると思います。
     ただ、その直後「しかし、それは新規の利用者の増加ではなく。既存の利用者の奪い合いでしかない」というのは、個人的にはちょっと疑問です。小説はそうでもありませんが、漫画やアニメは今や日本を代表する文化になりつつあります。「一昔前」は蔑まれていたヲタク漫画や深夜アニメも、今では市民権を得つつあります。さらに、クールジャパンはその市場を世界に広げています。国際社会が(様々な格差を広げつつも)物質的には豊かになる傾向にあることを考えると、クールジャパンは先進国だけでなく、新興国や現在の途上国にも広がっていくことでしょう。これは紛れもなく「新規の読者の増加」であろうと思いますが、どうなんでしょうか。
     普通に考えれば、漫画やアニメの世界的な普及はそれらに投じられる予算を増加させることになるので、漫画やアニメのクオリティは今以上に向上し、小説はさらなる窮地に立たされると予想されます。小説投稿サイトにしても、膨大な数のアマチュア小説を正確に翻訳する機能を実装するのは当分先になるはずなので、我々の小説が日本を越えて世界に羽ばたくものも同じくらい後になるでしょう。そんな中で、小説はこれからどんな道を選択するのか――漫画やアニメに元となるアイディアを提供する路線で行くのか、それとも小説にしかできない表現を模索していくのか――ということが問われているのではないかと思います。その答えを左右するのは、猫のまんまさんのおっしゃる通り、小説投稿サイトを利用する我々なのかもしれませんね。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     『一昔前』の解釈は自分なりの解釈で構いません。過去にとっての、小説の立ち位置はあまり変わりがないですから。

     オタク漫画、深夜アニメはオタク文化の一つですね。しかし、そのオタク文化を楽しむのはオタク寄り(私も含む)の人達だけですので、新規の人がその世界に入り込めるかは別の話な気もします。
     また、堂々とこの日本が、オタク文化を全面に出して世界に売り込むような戦法をとるでしょうか?
     汚い話、多少の儲けはあれど、名誉や見栄に泥を塗る結果となります。偉い人達はそういうのは気にしますからね。

     クオリティが上がるのは、その人の意思と努力ですよ。予算(お金)ではないと思います。
     何においても現状は、教育、勉強が足りていないのは確かです。映像、漫画、小説、それぞれ内容的な面での成長、進化が過去と比べてあったと言えるかと言うと……正直、微妙なところです。似たり寄ったりってところももしかするとここから来てるのかも知れません。

     翻訳は翻訳家のお仕事ですので、小説家は小説のことを頑張らなくてはいけませんね。
     アマチュア(ヒヨコ)がプロフェッショナル(立派なトリ)へと飛翔するのはいつになるのか……それよりもまず、私は卵の殻を割るところから始めないといけませんね(´ー`A;)

     はてさて、鶏が先か、卵が先か……誕生というものは難しい。

    2020年3月27日 17:58

  • 第38話 作者、テーマは重要である。へのコメント

     辞書によると、「テーマ(thema)」はドイツ語、「作品・研究などの主題。題目」。
     「主題」とは「文章・作品・研究などの中心となる題材や思想。テーマ」。
     「題材」とは「芸術作品や学問研究などの主題を表現するもととなる材料」だそうです。
     要するに、小説を複数の題材や思想から成り立っていると考えたとき、中心的な役割を果たす題材や思想がテーマだと言って良さそうです。
     ということで、猫のまんまさんの今回のお話は、「小説には1本の筋を通すことが重要である」、もっと言えば、「小説を書くときは読者に何を届けたいのか忘れないことが重要である」というお話として解釈させていただきました。

     それはたしかにそうだな、と思ったのですが、しかし、ちょっと考えてみるとこれは意外と難しい気もします。
     というのも、小説は結論以上に過程が重要であり、なおかつ適度な意外性があった方が面白いからです。
     論文や評論など「論」と名の付く文章であれば、結論(主張)を簡単に述べてから、その根拠となる思考の過程を述べていきます。そのため、テーマは読者にストレートに伝わります。しかし、多くの小説では、そういう構造を採用することはナンセンスです。それが歴史小説である場合を除いて、小説の「ネタバレ」を歓迎する人はまずいません。これは、小説ではテーマ(中心となる思想や主張)を隠して、読者の意表を突いた方が面白い場合があるからです。となると、単純に「物語に1本筋を通せば良い」という話ではないような気がしてきます。
     もちろん、「読者の意表を突くにしても、書き手の側が真のテーマを忘れてはいけない」ということはあると思いますが、それだと物語が予定調和になったり説教クサくなったりするのではないかという点が気になります。それを避けるためには、テーマ(思想・主張)に至る前の過程(紆余曲折)に重きを置き、それに応じてテーマが持つ微妙な意味合いを、書き始める前の構想から変更する必要性が生じるように思います。そうなると、過程(テーマを骨格としたときの肉の部分)が重要になる訳ですから、「1本の筋が通った状態」とは違ってくるように感じます。
     要するに、僕がここで猫のまんまさんに投げかけたい疑問は、小説を書くときは、書いている内に過程に引っ張られて結論(テーマ)のニュアンスが変わることがあるし、それはそれで面白いのではないか、ということです。
     この点について、猫のまんまさんはどのようにお考えなのか、ご意見をいただけると幸いです。

    ※我ながら簡潔でも平易でもない書き方になってしまいました。「ちょっと何言ってるか分からない」という場合は遠慮なくおっしゃってください。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     難しく考える必要は何もないと私は思います。

     研究テーマや論文、評論は結果が重要視されます。しかし、ああいったものも過程は大事ですし、何故そう思ったのか、もしくは思い付いたきっかけのようなものの方が重要だったりするかも知れません。

     リンゴ=万有引力の話、みたいに。

     また、小説でテーマとなると……そうですね。一本の木に例えると分かりやすいかも知れません。

     木の幹がテーマだとすると、成長につれて(物語が進むにつれて)、枝が生えてきて無数に枝分けれしていくと思います。
     幹が本筋(テーマ)、枝が脇道(サイドテーマ)だと思うとわかると思います。

     枝の先に花をつけるのも良しですし、実をつけてみるのも面白いかも知れません。そこは作者の技量の話です。

     脇道に引っ張られそうになっても、ドン! と、一本の本筋があれば心配ありませんし、不安定にもならないでしょう。

     一本の木が完成した時(物語が終わった時)。その木は一体、どんな形をしているのでしょうかね。それが小説の面白さの一つだと思います。
     
     また、テーマが最初は簡単なものでも、安易なものでも何でもいいので一つ決めておくことはやはり大事です。

     テーマが『平和』だとしても、物語が進むつれ、いろいろな形の『平和』が出てくると思います。

     人の犠牲に成り立っている『平和』
     お金の力によっての『平和』
     代表的存在が皆を先導して行動している『平和』……などなど。

     いいイメージの『平和』もあれば、悪いイメージの『平和』もあるでしょう。この違いを、読者は面白いと思うのではないでしょうか。

     テーマは結論(結果)ではありません。あじさいさんが言われた通り、あくまで題目や主題ですから、簡素に言うと『お題』。
     あなたの作品はどんな作品ですか? と聞かれた時に困らないようにするためのようなものです。

     小説にとって過程は大事ですけど、研究ではないですから第一は自分が面白いと思っていることを書くことが大事です。しかし、好き勝手にいろんなこと書きまくって、話としてめちゃくちゃになってしまったら台無しです。

     だからこそ、ある程度のテーマは大事だと私は思います。

    2020年3月25日 00:06

  • 第35話 作者が思う、漫画とライトノベ…へのコメント

     小説、漫画、アニメについて基本的なことを言えば、その違いは表現技法だと思います。
    ・視覚情報の中でも文字を主とするのが小説、
    ・視覚情報の中でも文字と静止画によるのが漫画、
    ・視覚情報の中でも動く絵を主とし、そこに音声情報を組み合わせるのがアニメ、です。

     小説とライトノベルを明確に分けるのが難しい理由は、単なる表現技法の違い(挿し絵があるかないか)では片付けられず、内容の違いにも触れないといけないからでしょう。
     ただ、あらゆる表現は何らかの点でこれまでになかった新しさを求める傾向にあるので、内容の違いは表現技法の違いに比べると流動性が高いです。
     たとえば、昔は漫画・アニメと言えば子供向けの娯楽でしたが、現在では大人もごく自然に楽しむもの、あるいはそれぞれのテーマについて深く考えさせられるものになっています。その理由は、漫画・アニメの製作者たちが「子供向け」の内容だけでなく「大人向け」や「全世代向け」の内容(という新しさ)を求めたからです。
     小説を始めとする本の内容については歴史を振り返っても色々なものが試みられてきたので、小説とライトノベルは内容の点でこう違う、ということを明確に定義づけることは困難でしょう。文学についても、小説・詩文・ノンフィクションの中で特に歴史的意義を認められたものと言えば一応の定義が可能かもしれませんが、そうなると歴史的意義を誰が認定するのかという問題が出てくるので、やはり一筋縄ではいきません。
     ということで、今のところ、ライトノベルは若者向けのイメージがありますが、そのうちそうでない新しいライトノベルが開発されて、「ライトノベルは若者向けの小説」という定義は説得力を持たなくなるかもしれませんね。実際、有川浩さんの『三匹のおっさん』は全世代向けライトノベルを目指した作品ではないかと僕は思っています。あの作品、軽く読めるという意味ではライトノベル的ですが、還暦を迎える前後のおじさまがメインに活躍する物語ですし、文章も洗練されているので、壮年・中年やそれ以上の方もきっと楽しめるでしょう。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     ライトノベルの定義は『若者向け』というのが多くの人の見解です。……現状はってことですけど。

     二十年、三十年前には考えもしないジャンルだったでしょう。
     昔ながらの人間には受け入れがたく、今時の人間には当たり前。
     
     伝えようがないですが、何か面白いですよね。

     有川浩さんの『三匹のおっさん』は実写ドラマしか見ていませんが、『図書館戦争』シリーズや『植物図鑑』『フリーター、家を買う。』なども面白いですよね。

     

    2020年3月11日 17:11

  • 第34話 作者とファミ通文庫。へのコメント

     ファミ通文庫なんて読んだことないなぁと思っていましたが、『文学少女』の第1巻だけは読んだことありました。当時は高校2年生くらいでライトノベルとは何ぞやという感じで読んで、面白いと思った記憶もあるのですが、このシリーズを読み進めるには読書量がまだまだ足りないと思ったのか何なのか、2巻以降に進むことはありませんでした。いや、当時は小説以上に哲学や社会学系の本を好きだったのかもしれません。
     『賢者の孫』はアニメで見ました。ベタな異世界転生ものという感じで、別に人に薦めるほどのものではないかなという印象です。ただ、その割にはアニメの12話までしっかり見ちゃったんですよね。極端に残酷な事件は起こらないだろうという安心感が良いのかもしれません。読者がチート・無双・最強系の物語を手に取る背景にはあまりストレスフルなものは読みたくないという心理があるように思いますが、ある意味でその路線を極めた作品と言えるかもしれません。

    「「なるようになる」は、自分にできることをすべてやり尽くした人がいう言葉」というのはその通りだと思います。天命を待つ前に人事を尽くさねばなりませんね。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     あと、返信遅れてすみません!!

     『文学少女』は、社会学とは真逆のような内容ですからね。興味がわかなかったのはわかります。
     この作品は哲学というよりも、人間模様の描写がちゃんとしている作品ですね。感情的な作品というのでしょうか。

     ストレスフリーが目的のチート系作品は、私は正直、逆にストレスを感じてしまいます……ご都合主義があまり好きじゃないからでしょうけど。

     まぁ、この世の中『なるようになる』で『なるようになったこと』なんてほんの僅かですから、自分でできることは、すべてやっておきたいですね。

    2020年3月9日 17:32

  • 第33話 作者、倒置法の乱用にはご注意…へのコメント

     今日も調子乗って長文失礼しますよ。
     倒置法・誇張法・反語法云々は日本語文法を専門にする学者が作った区分でしょうね。実際に物を書いている人が「どうもインパクトに欠けるな、よし、ここは倒置法を使おう!」などと意識することはたぶんないと思います。
     強調的修辞技法を色々使っているキャラクターとしてよく名前が挙がるのはムスカ大佐ですね。「見せてやろう、ラピュタの雷を」(倒置法)、「読める、読めるぞ!」(反復法)、「人がゴミのようだ」(比喩法)、「最高のショーだと思わんかね?」(設疑法)。こういったインパクトのある話し言葉によってインテリジェンスを示唆するのは、人物の描写として上手いと思います。
     ちゃんと確かめた訳ではありませんが、海外ファンタジーは英語から翻訳されていることが多い都合で、こういった修辞技法があまり使われていないように思います。拙作も海外ファンタジーをお手本にして英語を意識して書いているので、倒置法はほとんど使えていません。
     ただ、改めて使おうと考えてみると、倒置法って難しそうですよね。よく分からないんですよね、効果的な使い方が。強調されるのは前半なのか後半なのか……、もしかしてまさかの「1文丸ごと」でしょうか。何にせよ、もし使うのであれば、ここぞって時に限定しないといけませんね。同じ段落で2度も3度も使う訳にはいかないでしょ、さすがに。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     まだ長文のことを気にしてらっしゃる……。
     ガクガク((;OдO))ブルブル

     意識的に使わなくても、知っているのと知らないのでは雲泥の差かも知れません。
     現に、私は勉強になりましたし。

     ムスカ大佐は、日本の強調的修辞技法のマスターだったとは……知りませんでした!!(作者の賢さが1上がった)

     海外向けに翻訳した日本の小説の話になると、ライトノベルの翻訳が一番難しいらしいですね……一人称も複数あったり、文法もほとんど口語みたいなのもありますからね(苦笑)

     倒置法に関しては、最近、人と話していたり、小説を読んでいたりするときに、よく主語が最後に回る人が多いなぁと思って、今回のテーマにしました。
     複数回、倒置法を使われると何を強調したいのか、よく分からないときがありますよね……私も気をつけたいです。


    2020年3月5日 16:07

  • 第32話 作者と角川スニーカー文庫。へのコメント

     角川スニーカー文庫を何冊読んできたかなんてことは読書家としての格が試されるくらいの重要な話だが、それでも俺が何冊角川スニーカー文庫のライトノベルを読んできたかと言うとこれは確信を持って言えるが「涼宮ハルヒ」シリーズ以外読んだことなどなかった。
     高校の図書館でスニーカー文庫を借りるのは背徳的な行為のような気がしていたし、記憶をたどると周囲にいた生徒たちもあれが本物の読書家だとは思っていないような目つきでスニーカー文庫を手にするヲタクたちを眺めていたように思う。
     そんなこんなで尊敬する人がスニーカー文庫を愛読していることを知らなかった訳でもないのにヲタクにしか読まれないレーベルの存在意義を疑っていた愚かな俺なのだが、転生や転移やチートやざまぁやエロやスローライフやそれらを共存させたアニメ的ラノベ的漫画的ストーリーの全てがつまらない訳ではないのだということに気付いたのは相当後になってからだった。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     いつもとは違う変化球が投げられてビックリです(驚)

     ライトノベルっていうジャンルが確立したのはまだまだ最近の話ですからね。人によってどう見えるかは、人それぞれで。
     見える角度によって、つまらなかったり、煙たい存在かも知れません。

     ですが、どんなジャンルにも面白いものは隠れていますから、どんな人にも受け入れられるようなものになると嬉しいですね。

     ……オタク寄りな私が言っても説得力はないですが(苦笑)

    2020年3月5日 15:51

  • 第31話 作者「長文失礼します!」へのコメント

     長文失礼しております!
     これは僕に対する挑戦ですね(笑)
     先に言っておきます。文面では伝わりにくいですが、別にキレてません。むしろ、どういう訳かテンションが上がってきました。今回はどういう文章を書いて送ろうか、ワクワクしています。

     先ほども長文コメントを送らせていただきました。残念ながら反省はしていません。ですが、邪魔なようなら今までに送らせていただいたコメントも軒並み削除してもらって構いませんよ。できれば、無言で削除するのではなく、消す前に「ただの雑談じゃねえかw」「長すぎて途中で読むのやめたw」等のコメントを頂けると幸いです。
     リアルの知人・友人にも、一度語り始めると長いと言われていますし、小説を書いても意図せず長くなるので、自分の欠点なんだろうなとは思っているのですが、なかなかね。
     言い訳をしますと……薄っぺらい描写や貧相な語彙って書き手の頭まで空っぽに見えるんですよ(暴論)。練りに練られた文章(自作に限らず)をペラッペラの感想で片付ける奴って嫌いなんですよ(暴言)。大抵の話題は単純な賛成・反対では片付かないんですよ(偏見)。書き手は観察眼を磨いてなんぼですよ(極論)。※キレてません。
     ただ、猫のまんまさんに送らせてもらった最近のコメントは、長文の割に返信しづらい内容だったという自覚はありまして、その点に関しては大変失礼いたしました、ということも言わせてください。長文を送るならせめて返信しやすいように書こうと思っているのですが……って言ってる傍から返信しづらいことを長々と書いてしまいましたね。
     今後は文章から無駄を省けるように努力します……と言いたいところですが、努力しても限度があるのは経験で分かっているので、逆に猫のまんまさんにお願いすることにします。長すぎると思ったらその旨を教えてください(さすがにスルーされると精神的にくるので)。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

      本文は、別にあじさいさんのコメントを批判、指摘しているものではありませんよ。
    この間も話した通り、コメントは感謝はしても邪険に扱うような精神は、私にはありません。
     コメントを消すなんて、もってのほかです。

     あくまで、メールや手紙の話を例として出したわけであって、長文を否定しているわけではありません。
     あじさいさんの文は、長くても、文章としては読みやすく分かりやすい文章になっているので、それほど苦ではありません。
     バカにするつもりもありません。むしろ、ここまで親切にして下さった人を無下にしたくありません。

     誤解を招くような書き方をしてすみません……今後、気をつけます!

     今回のテーマは、『長文のイメージ、小説での長文』を話そうと思っていましたが、まだまだ私の力不足でした!すみません!

    2020年3月3日 00:20 編集済

  • 第30話 作者、蜃気楼のように世界が見…へのコメント

     ファンタジーで世界観がぶれると、もう大変ですよね。元々何でもありの世界ではあるのですが、本当に何でもありになってしまうと、もうそっちに突き抜けるしか生き残る道が残らなくなります。
     奥深い世界観の設定と説明を、最も上手くやり遂げたのはやはりハリポタだと思います。ふくろう便に始まり、持ち主を選ぶ杖、蛙チョコレートや百味ビーンズなどのお菓子、魔法学校の諸々のシステム、空飛ぶ箒を使ったスポーツなどなど、読者を夢中にさせる仕掛けがいっぱいです(シーカー以外がほとんど無意味なクィディッチのルールはさすがにちょっと変だと思いますが)。しかも、設定をそれぞれの巻で小出しにしてくるところも心憎い。あれで諸々の設定が矛盾を起こさないのですから、もう神業です。
     重厚な世界観ではあるものの説明が分かりにくくて読者を選ぶ作品の代表例は『指輪物語』でしょう。というか、僕は第1巻で挫折しました。映画は小学生か中学生の頃に見ましたが、何だか色々ごちゃごちゃしていて誰に何ができるのか分かりづらく感じた記憶があります。ファンタジーの歴史的名作なので読まないのはもったいないんでしょうけど、いまだにリベンジできていません。
     現実と近い世界観だと説明が少なくて済むので分かりやすくはなりますが、やはりファンタジーですから、現実とは異なる点が多い方が読んでいて楽しいと思います。その一方で、説明部分が長くなりすぎるとテンポが乱れますし、ストーリーと上手く絡まないタイミングで設定を出してしまうといかにも「ここに伏線を引きました」という感じになってしまいます。その点、異世界転生・転移ものは主人公が読者と一緒に驚いたりツッコミを入れてくれたりするので、課題の全てを解消できる訳ではないにせよ、物語の形式としてよくできていると思います。
    (余談ですが、何でもありの路線で突き抜けてしまったのは『テニスの王子様』でしょう。やっていることはもはやテニスではありませんし、後から後から凄い奴や奥義・秘技が出てきますが、その路線で突き抜けている(というか開き直っている)のでなぜか読んでしまいます。)

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     ファンタジー自体が非現実的なことですから、世界観を共有することは、並大抵のことじゃないですね。

     海外小説のファンタジー作品と日本小説のファンタジー作品は、イメージがまったくって言っていいほど違いますよね。
     まぁ日本小説だと、ラノベの影響が強そうですけど(苦笑)

     『ハリー・ポッターシリーズ』は、私は映画は全部見てますが、原作はそれほど詳しくはないので、これがすごいと声高らかには言えませんが、映画を楽しんで最後まで見ました。
     全体を通して、完成度の高い作品ではないかと思います。
     『指輪物語』は、ゴブリン、エルフ、ドワーフなどのイメージを確立させたと言われてますね。オリジナルキャラクターのホビットも独特ですよね。
     懐かしい作品といえば、『ナルニア国ものがたり』もありましたね。

     ……と、私は海外小説のファンタジー作品には、にわかもいいところなので、ここらで口を噤んでおきます(でないと、すぐにボロが出ちゃいますから!)

     異世界転生・転移ものはウケはいいですが、今じゃもうありきたりですからね。何か一つ違う個性とかないと、楽そうに見えて、一番競争率が高いのは確かでしょう。

     テニプリは、ファンタジー作品?。
     ……はたして、あの作品は何のジャンルに入るのでしょうか? 

     ……謎ですね(笑)

    2020年3月2日 23:58

  • 第28話 作者、しかし数字に惑わされる。へのコメント

     どんな要素も優れているに越したことはない訳で、その意味で、数字が目につくところに表示されていれば気になるのが人情だと思います。実際、数字は自分の作品がどれだけ良いものかを判断する指標になりますし、自作に対して感想が欲しいと思ったらPVを伸ばすようにタイトルやキャッチコピーを工夫するのが手っ取り早いでしょう。
     ただ、数字のためなら何をしても良いかと言われると、そうでもないと思います。カクヨムの運営が禁止している手法やそれに近い手法は、やっぱり駄目です。
     僕は初心者ということもあって実態をよく把握できていませんが、カクヨムコンの応募作品の中には読者選考を突破するためにそういう手法を取っていると疑わしいものがちらほらあるように感じました。たぶん主催者もそれを分かった上で黙認しているのでしょうけど、そんな勝ち方をした「人気作」ばかりを審査員が読むとして、それが誠実な選考なのか疑問です。もちろん、「コンテストのあり方が気に喰わないならエントリーするな」と言われればそれまでですが、しかし、権威あるコンテストがそのような選考方法をとることによって、結果的に真面目に実力で数字を伸ばそうとする書き手さんが日陰に追いやられ、モチベーションを削られるとしたら、カクヨム・ユーザーとしては、良作に出合う機会を奪われていると考えることもできる訳ですから、看過し難いことのような気もします。

    作者からの返信

     いつもコメントありがとうございます! 
     閲覧数もモチベーションがあがきますが、正直、私は閲覧数の数よりも、一つ一つのコメントの方が、とても嬉しい気持ちになります。

     お忙しい中、毎日のようにコメントいただき、ありがとうございます! あじさいさん!
     お陰さまで執筆が、なんとか三日坊主にならず頑張れています!

     やり方、見せ方の問題は……まず、作品ランキングの日向と影の話ですかね。やっぱり。

     よし、次回はこれについて話しますか!

     私も、カクヨムにやってきていろんな作品を、時間がある時に読んだことがあります。
     私同様、文法や言葉がおかしかったり、誤字脱字が目立ったりもしましたが、発想、物語的には面白いものをたくさん、読んだことがあります。今後が、楽しみです!
     あとは、作者の勉強次第って所ですから、深くは言いませんが、『根本は面白いけど、何か足りない』『それは、技術か発想か、はたまた奇抜を伴った異色性か』ということだと私は思っています。

     そう言った悩みを、日々考えながら、執筆活動している書き手がいるのに、ただ集客目的のために、書き手の皆さんを蔑ろにするのは、間違っていると私は思います。

     しかし、2つ、擁護することがあるとするならば、カクヨムの運営さんも仕事(ビジネス)で、生活がかかっているということ。
     また、集客をすることはビジネスにおいて、当たり前であること。

     ……まぁ、そのことを踏まえても、今のやり方では、努力している書き手を、蔑ろにしていることは変わりませんから、なんとかしてもらいたい気持ちはあります。

     『なんとか』という具体的な案が浮かばないから、現状なんでしょうけど。

    2020年2月29日 08:57

  • 第27話 作者、数字に惑わされる。へのコメント

     我々はカクヨムで何をしたいのか、もっと言えば、何を目的として書くのかという話ですね。
     ビジネスは端的に言って「お金を稼ぐ」という目的を果たすための手段です。そして、「お金を稼ぐ」ことは「お腹いっぱいご飯を食べる」、「好きなこと(を)する」、「寝泊まりできる場所」を確保する、「カッコいい(かわいい)服」を着るといった目的を果たすための手段です。効率的なビジネスは「数字」(行為の過程を抜きにした結果)にシビアであることが普通です。なぜなら、「目的」の前にはビジネスの過程は大した問題ではないからです。
     ところで、書くことは「お金を稼ぐ」ための手段(=ビジネス)なのでしょうか。カクヨム・ユーザーの多くにとって、それはむしろ、ビジネスの目的となる「好きなことをする」に含まれるのではないか、ということが言えます。
     カクヨムにはプロの作家を目指して活動されている方が少なからずいらっしゃいますが、彼ら彼女らが何を言っているかというと、書くこと(=好きなこと)を商売(=ビジネス)にしたい、言い換えれば、目的たりうる行為を生活の手段したい、ということです。いわば、永久機関の構築です。しかし、「好きなこと」としての書く行為は、効率的なビジネスと両立するのでしょうか。結論を言えば、両立しないと思います。なぜなら、「好きなこと」としての書く行為は内実を自分で決められることに肝がありますが、効率的なビジネスは「数字」のためなら内実に変更を加えることを厭わないからです。早い話、プロになるためには「書きたい文章」より「売れる文章」を優先せねばならないということです。もちろん、「書きたい文章」と「売れる文章」の間に乖離がないケースも理論的には想定可能ですが、普通に考えるなら、そういう方々はとっくに作家として成功している(少なくとも読者選考のないコンクールで賞を取っている)はずで、いつまでもカクヨムでくすぶってはいないはずです。「書きたい文章」を犠牲にして「売れる文章」を書くという判断が悪だと言うつもりは別にありませんが、その乖離が大きい場合、プロの作家になったとしても、それは最初に夢見た「永久機関」とは違ったものになっているでしょう。
     その意味で、猫のまんまさんのおっしゃる通り、「書き手の仕事は、物語を作ることで、数字を増やすことではありません」。カクヨム・ユーザーとしては、この点を忘れては本末転倒ですね。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     この話が、正しい正しくないの話になると、また別の議論が出来そうなテーマですよね。
     自分の生き方の話にまで、大きく関わってくるテーマだと、私はそう思っています。

     人が人であるために、何が大切か……それこそ、人それぞれの見解があると思いますが、『自分が大事、大切にしているものを失わないように行動する』ということは、誰しも思っているはず。
     ビジネスにとって、数字は魅力ですが……もしも、自分たちの能力が、RPGゲームのステータス画面のように、能力を事細かに数値化された状態で、人生を全うしなくてはならない、と言われたら、はてさて……どれだけの人が、絶望せず自分の人生を全うできるのでしょうか?

     数字というのは、数が多いと嬉しいものですが、逆に数が少ないと……答えは言わなくても、わかりますね(苦笑)

     数字の悪魔には、囚われないようにしないと! 私の精神はもちません!(笑)

    2020年2月28日 06:11

  • 第26話 作者、まとめてドン!へのコメント

     論文の良いところはおそらく、意味が厳密なことでしょう。
     そのために言葉も言い回しも難しくなり、多くの人には読みづらいもの、つまらないものと受け取られてしまいます。ですが、研究者・学者のようにそれに慣れた人々からすると、諸々の形式や慣習に則っているこういった文章の方がかえって「分かりやすい」、ということになるのだと思います。
     それでも、文系分野の評論文では、猫のまんまさんのおっしゃる通り、「書く人によって、同じ内容でも、全然異なる表現になったりする」ことがありますね。厳密な話を厳密なまま伝えることがそれだけ難しいということなのでしょう。言われてみれば、たしかにそれは場合によっては「面白い」かもしれませんね。

     ところで、『詩・童話・その他』についての解説を読むと、猫のまんまさんがいかに詩と童話を書く気がないか丸わかりですね(笑) 僕も、書くつもりも読むつもりもありませんが。
     詩文(ポエム)は一部で黒歴史の代名詞みたいになってバカにされている節がありますが、実はかなり技量を求められる分野です。というのも、言葉選びに関しては小説以上にシビアだからです。決められた形式やパターンの中に、過不足なく的確な語を当てはめていかねばなりません(散文詩は割と自由ですが、それでも普通に文章を書くよりは制約されます。制約をまったく受けないとしたら、それは小説あるいはエッセイです)。そして、どうしても「余白の美学」を追求せねばならない都合上、特に現代では、単体で万人受けするものはめったにありません。優れた曲に乗せれば圧倒的にパワーを得ることができますが、あれはおそらく言葉だけでは伝えにくい行間のニュアンスを音楽が補完してくれるからでしょう。
     童話も実は奥が深いらしいです。昔からある物語も一昔前とは違う筋書きで紹介されていますが(鬼退治しない桃太郎が有名ですね)、最近の傾向として、乳幼児向けにしてはシビアだったりシュールだったりする新しいタイプの絵本が読まれるようになってきているようです。多様性の時代だからかもしれませんが、中には下品な作品や無力感を助長する作品もあるようで、それはちょっと引っ掛かりを覚えます。まあ、乳幼児がカクヨムを利用していたり親御さんがカクヨムで子供向けの物語を探したりするとは考えづらいので、カクヨムの童話は子供にはほとんど届いていないと思いますが。
     「その他」は、まあ、運営的には「何も思いつかなかったけど、作っておかないと面倒そうだから作った」というところでしょう。

    作者からの返信

     今回もコメントありがとうございます!

     文字とは、面白いもので、文章の形がどういう形でも、その文章には書き手の気持ち、感情、葛藤が見え隠れすることがあります。本当に、面白いと思います。

     詩は、まったく書く気はありませんが、童話は書いてみたいという気持ちはありますよ?(一応)
     物書きをするものとして、今後の子供たちに残せるものって何だろう? と、考えた時に思いつくのは、『童話』ですね。
     小説を書く時より分かりやすく、かつ、伝わりやすいメッセージ性は重要だと思います。
     童話を、何も知らない子供はいないと思いますから、何かしらの橋渡しとして活用されたらいいなと思います。

     詩やポエムは……感受性が、まず豊かでないと書けないと思います(私には、一番書けないものと思います!)

     物語を書くことに、意味を持たせるのは、私たち書き手の宿命ですから。
     読まれる読まれない関係なしに、カクヨムなどで活動できることは、素晴らしいことだと思います。

     『その他』は「あ、察し……」案件なので、深くは言えませんね!

    2020年2月27日 18:41

  • 第24話 作者、時代劇は好きです。へのコメント

     歴史・時代小説は、本気で書こうとするといちばん難しいジャンルだと思います。
     その時代や人物のことをきちんと調べないと物語に説得力が出ないこともさることながら、当時と現代で人々の常識や価値観が異なるので、人物の内面や生き様の作り方が他のジャンルとは決定的に違うんですよね。
     さらに、厳密なことを言えば歴史的な史料はだいたい当時の知識人によって書かれているんですよね。つまり、知識人の常識が「当時の常識」として描かれていますし、権力者に都合の悪いことはめったに書けませんし、男性中心の世界観が反映されています。主観的というのは言い過ぎにしても客観的とも言い難いこうした史料やそれらを基にした研究成果をどこまで信じるか、その判断はとても難しいと思います。
     そう考えるとつくづく、『水戸黄門』はエンターテイメントとしてよくできていますよね(僕は数話しか見たことがありませんが)。猫のまんまさんのおっしゃる通り、世界観もストーリーもメッセージも、時代劇なのに決定的に分かりやすいです。歴史的な装置を拝借するにしても、視聴者に難しい事柄を考えさせない絶妙な匙加減になっていたと記憶しています。

     拙作の舞台は11世紀ヨーロッパ的な異世界なので歴史・時代小説に比べればかなり楽をさせてもらっていますが、それでも時代考証の匙加減には苦労しています。歴史の雑学で勝負したら瞬殺されるだけなので、できればきちんとテーマを打ち出して読者にそれを考えてもらえるストーリーに仕上げたいのですが、そのためにはリアリティが必要で、もっと勉強しなきゃなぁと溜め息が出ます。
     ……と言いつつ、最近はもう、とりあえず拙作を書き上げることを目標にしているので、細かいことはあまり考えないようにしているんですけどね。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     『当時の常識』――おっと、古事記の話はそこまでです! あれに触れてはいけない!(笑)

     歴史なんて、言伝てか当時の人物が残したメモのようなものですから信憑性を問うのは……まぁ、未来でタイムマシーンが出来るのに、期待ですね! 

     水戸黄門は、当時の子供だった私でも、理解できる内容だったので、言わば、物語の完成形と言ってもいいでしょうね。殺陣とかもわくわくしましたし。

     異世界ファンタジーの建前があるので、リアリティーとは? と、疑問に思うと、変なジレンマに私は入り込んでしまいます(苦笑)
     異世界という時点で、非現実なのに。さらに、ファンタジーという非現実。

     ――多分、答えはでませんね!

     執筆活動、頑張って下さい!!

    2020年2月26日 12:00

  • 第22話 作者! 死す! エッセイスタ…へのコメント

     本作のことはフォローさせていただいているのですが、どういう訳だかカクヨムから更新の通知が来ず、22日の更新には気がつきませんでした。僕が謝るべき事案なのかちょっとよく分かりませんが、今後もそういうことがあるかもしれませんので、とりあえずご報告しておきます。

     さて、せっかくの猫のまんまさんのこだわりをぶった切るようでアレですが……

     本作を厳密な意味での創作論と位置付けることは本作のためになりません。エッセイと創作論の違いは、カクヨムの運営が定めている通り、形式に則って論じているかどうかです。この定義を厳密に適用する限りにおいて、カクヨムには創作論はあまり多く存在しませんし、それを求めている人もほとんどいないと思われます。
     厳密な意味で「論」であるためには、1つの区切りに対するテーマが1つであり、序論・本論・結論の三段構成である必要があります。1つの区切りに対して……というのは、論者が最初に決めたテーマから脱線も拡張もしないということです。序論・本論・結論の三段構成とは、まず簡潔にテーマと主張を述べてから、次にその根拠を示し、最後にその根拠を基にしてまとめるという構成のことです。脱線も拡張もないため、非常に硬い文章です。果たしてカクヨム・ユーザーがそれを読みたがるでしょうか。答えは否です。その理由は2つあります。1つは、硬い文章は読んでいてとても疲れるからです。もうひとつは、それを読みたい人はプロが書いた市販の本を読むはずだからです。
     読者は先輩カクヨム・ユーザーに対して、厳密な意味での創作論を求めません。彼ら彼女らが求めるのは、「自由な形式で、気軽に自分の意見などを述べた散文」の方です。したがって、本作を創作論と位置付け、創作論としての要件を満たそうと努めることは、本作から読者を遠ざけることになると考えられます。(600文字)

     こういう文章を書くのは久々なのでちょっとバランスが悪くなっていますし、普通、「論」と名の付くものは敬語を使わないのですが、形式としてはだいたいこんな感じだろうと思います。
     ベネッセによると、小論文は意見(主張)と根拠を書いたもの、作文は体験や感想を書いたものだそうです(https://benesse.jp/juken/201811/20181108-1.html)。序論・本論・結論という三段構成のこともベネッセのHPに書いてありました(https://benesse.jp/juken/201812/20181211-1.html)。
     論としての形式に則っていなくとも、意見の根拠が客観的なものでなくとも、テーマや目的を決めて文章を書くことはできますし、体験や信念を提示すれば人を説得することもできます。また、形式をあえて外すことで読者にとって読んで楽しい文章になると思います。ということで、本作は別にエッセイでも構わないんじゃないか、というのが僕の意見です。
     まあ、「創作論」の方がカッコイイかもしれませんし、エッセイのタイトルが「創作論」でも別に問題はないんですけどね。

    作者からの返信

     今回もコメントありがとうございます!

     ……すみません!! 22日の更新は、一度上げた20話を、私が内容に納得いかなかったので削除したので、誤報です!
     紛らわしいことになって、ごめんなさい!

     この作品をどんなものにしたいか、と考えた時に、私は自分の持っている偏った知識と、ちょっとねじまがった経験が、誰かにとって役に立ったらいいなと思っています。
     ですが、一言で「それは、エッセイだろう?」と、言われてしまうと、すんなりとは納得できないもの自分の中であるです。

     ……本当に自分でも、くだらないこだわりだと思っています。

     それによって何か変わるのか、と言われても変化はないでしょう。
     この作品の内容が、エッセイでなんちゃって創作論でも、本文でも言っているとおり、踏み台にしてもらって、もっと詳しく創作について書いてある作品などに繋がって、より一層昇進してもらいたいという気持ちがあります。

     ……まぁ、何の力も持たない私が言ったとしても、お門違いな話かも知れませんけど。

     私は、勉強自体は嫌いですけど、楽しく学ぶことは好きです。『学び』として、この作品が提供できるものは少ない……むしろ、ないに近いかも知れませんが、楽しく読めるをモットーにして書いていこうと思います。
     
     学ぶ目的で、エッセイは読まない。学ぶとしたら、お堅いものになってしまう……要するに、ただのイメージですね(汗)

     ここまで、言い訳をだらだらと書いて、私は何を言ってるだかと思います(苦笑)

     大衆に読んでもらえる作品にしたいとは思っていません。
     ただ、本当に困っている同じ書き手を応援したいという気持ち一心です。

    2020年2月25日 11:26

  • 第19話 作者、今さら文章の基礎を知るへのコメント

     ついに文章力の話題が来ましたか。
     こだわり始めたら、いばらの道ですよ(最初に脅しておくスタイル)。

     既にご存じかもしれませんが、文章力を養うには代表的な方法が3つあります。ひとつひとつであっても実践すれば効果はあると思いますが、3つを一緒に実践するのが最も効果的です。
     その方法とは、「手書きで丸写しする」、「辞書を引く」、「指南書を読む」の3つです。
     ということで、以下ではそれらについて語ります。既に実践済みであれば、読み飛ばしてもらって大丈夫です。

     最初の方法は、猫のまんまさんが理想とする、あるいはきれいだと思うどなたかの文章を、手書きで紙に丸写しするというものです。要約ではなく一言一句、丸写しします。原始的な方法に思えるかもしれませんが、文章力を上げるためにはこの方法が有効だと複数の指南書に書いてあります。
     僕は大学入試のときに小論文試験の対策としてこの方法を実践しましたが、効果は歴然でした。
     手書きというのが重要で、PCに打つよりも時間をかけて書くことで、文章全般の読み方が丁寧になります。文章を丁寧に読むようになれば、自分の文章に対する目も厳しくなるので、誤字脱字や文法的なミスが減ります。
     また、丸写しをすると、お手本にした文体を真似られるようになります。というか、自然とその文体で物を書いてしまうようになるはずです。ただし、ここで注意せねばならないことがあります。たまに新聞のコラムの丸写しを薦める人がいますが、僕の経験では新聞のコラムは割といい加減に書かれているので参考になりません。文法的には間違っていませんが、中心の主張と末端の話題の情報量のバランスが悪いので、展開が荒っぽいことが多いです。また、どんなに好きでもラノベを手本にするのは避けた方が良いです。

     文章全般を丁寧に読めるようになった上で効いてくるのが2つ目の方法、すなわち、国語辞典で調べる習慣をつけることです。
     プロの作家たちも、新米だろうがベテランだろうが、みんな手元に辞書を置いているそうです。無論、僕もそうしています。
     小説を書いていて意味や使い方に確信を持てない言葉を書きたくなったら、あるいは他の人の小説を読んでいてそういう言葉に出合ったら、すぐさま辞書で調べるようにします。電子辞書やGoogleが便利ですが、紙の辞書の方が効果的だと僕は信じています。紙の辞書であれば、手先が刺激されて脳が活性化されますし、マーカーを引くことで、一度調べたことがあるものの復習が簡単になるからです。最初の内は何度も同じ言葉を調べてしまうこともあると思いますが、それらはよく使う言葉でもあるので、意識的に使うようにして意味をしっかり掴みましょう。

     文章を丁寧に読み、確信を持てなければ辞書を引く習慣がついて、初めて真価を発揮するのが最後の方法、すなわち、指南書を読むことです。
     やはり需要があるらしく、世の中には様々な指南書があります。書店ではビジネスの棚に並んでいることが多いです。僕も中学生か高校生の頃に、小泉十三さんの『「頭がいい人」と言われる文章の書き方』を読んで勉強しましたが、その後も何冊かそういった本を読みました。池上彰さんの『伝える力』という本も読みましたが、ビジネスを念頭に置いているので、半分くらいは会話術やプレゼン能力の話題だったと記憶しています。そこから考えると、はっきり「文章力」や「小説の書き方」などと銘打ってある本の方が、執筆活動の参考になる部分が多いと思います。また、伝えたいことを正確かつコンパクトに伝えられるようになりたいのであれば、大学入試の小論文対策の本を紐解くのもお薦めです。どんなことが書いてあるのか買う前に知りたいときは、その本の目次を見ましょう。
     内容はどの本も似たり寄ったりですが、人によって言っていることが微妙に違っているので、可能なら図書館などで借りて何冊かを読み比べるのが理想です。
     良い本になってくると、良い文章と悪い文章を例示・比較検討してくれているので、良いとされている文章を、先ほど言った丸写しの手本にするという方法もあります。

     ここまで、偉そうに書きましたが、僕もまだ修行中です。具体的には、ご覧の通り、話をコンパクトにまとめることが苦手です。
     ……お互い頑張りましょう。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     自分が、お手本と思っているものを書き覚えることが、大切ですよね。

     小学校の漢字の書き取りを思い出します……(遠い目)

     私も辞典三点セット(国語、英和、漢字)は、近くに持ってないと、不安になります。

     指南書は、ある程度時間が出来た時に、読むようにしています。
     理解力の乏しい私は、簡単には覚えませんから、書き写したりもしています!

     はい! お互い、頑張りましょう!
     

     

    2020年2月20日 09:18

  • 第18話 作者、ドラマチックにマッチン…へのコメント

    「現代ドラマ」は消去法的なカテゴリーなのかなと思っています。恋愛が絡まない、現代社会を舞台にした話はとりあえず「現代ドラマ」に放り込んでおけ、みたいな。
    「お仕事もの」は『半沢直樹』や教師視点の学園もの(いじめとモンスターペアレントが出てくる)、ついでに『踊る大捜査線』のような刑事ものなどの物語を指すのだと思います。まさにシリアス系のTVドラマになるようなものですね。ただ、世間一般はともかくカクヨム・ユーザーに関しては、書きたがる人はいても読みたがる人がいるのかちょっと微妙な気がします。皆さん学校や職場などの現実のことを考えたくないと思っているからこそ、異世界ファンタジーが流行っているんじゃないでしょうか(笑)

    ところで、全然違う話ですが、こちらのエッセイでその話をするとネタバレになるかと思ったので、『誰か!私の兄を、私のかわりに殴ってくれませんか!?』の感想に、追記という形でお詫びと補足を書かせていただきました。
    良ければ見てやってください。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     『恋愛が絡まない、現代社会』という文体だけを見ると、変な感じがしますね。
    なんと、それには盛大なドラマが……!?

     と、言っても誰も見ない気がしますね。

     社会問題になりそうなものを書けって、突然言われても、そんなポンとは出てきませんもんね。
     さらに、それを書きたいかと言われると……また別な話で。

     こんなことばかり考えているので、リアルを脱却して、異世界に行きたくなる気持ちは、私にも分かります(笑)
     
     追記の方、確認しました!
     あちらでも書きましたが、謝る必要は何もありません。真剣に自分の作品を見てくれる人がいるのに、それを邪険にするような人に、私はなりたくありません!

     ですので、もっと気軽に意見の交換だったり、議論を語り合ったりできたらいいなと私は考えていますよ!

     あちらのコメントにも、追ヶ記として、さらに私の返信を更新したので、確認してみてください。
     
     こうして、お互いが成長することは素晴らしいことだと、思います!

    2020年2月19日 19:30

  • 第16話 作者、恋愛の話でラブコメの話…へのコメント

    恋愛にプラスして現実離れした設定を持ち込むとラブコメを書きやすい、というのは目から鱗でした。そう言えば世のラブコメにはそういうものが多いように思います。まあ、冴えない男が美女から猛アタックを受けるという時点で現実離れしている作品が結構ありますが。

    ところで、純文学にラブコメがあるのかという話がありましたが、真面目に返すと、「結婚と言えば親が決めるもの」という社会ではコメディ的にラブするライトな話は市民権を得にくかったのだろうと思います。
    ただし、例外として井原西鶴の『好色一代男』と十返舎一九の『東海道中膝栗毛』の2作を挙げて良いと思います。『東海道中膝栗毛』は伊勢参りの珍道中を描く物語ですが、聞いた話によると主人公の男2人が同性愛者で恋仲だったはずなので、ジャンルの上ではラブコメと言って良いと思います。

    文学作品の中には、元々純文学として書かれた訳ではなくもっとラフなものだったのに、後から歴史的価値を認められて文学作品として認定されたものもあります。平安時代の日記文学がまさにそうですね。
    そういう意味では、アニメが「れっきとした日本文化」に格上げされるのに伴って、その原作となるライトノベルや漫画にも歴史的価値が認められて、22世紀くらいには今のラノベから何作かが「文学」として教科書に載るようになっているかもしれません。


    ところで、ここで言うことではないかもしれませんが、『愚者への栄光』に関する提案について、返信を下さってありがとうございました。
    猫のまんまさんが熟慮の上でタイトルを付け、章立てを組んでいらっしゃったようなので、僕も安心しました。出過ぎた真似をしてすみませんでした。

    作者からの返信

     今回もコメントありがとうございます!

     現実と非現実の間が離れていればいるほど、そのギャップがギャグとなって面白くなるとは思いますけど、あまりギャップがありすぎると、なんでもアリみたいな作品になってしまいます。
     そうなると、読んでいる側は気持ちが引くことがありますから、気をつけたいですね。

     良くも悪くも、子に過ぎたる宝なし、ですね。
     物としての価値を見ているのか、人としての価値を見ているのか。人の価値観の違いは、時折恐ろしいものです。

     昭和の後半ぐらいから、漫画やアニメによって、ラブコメというジャンルは確立していったみたいですね。(うる星やつら、など)


     ――まさかそんな、ラブコメという横文字ジャンルに、江戸時代の作品を持ち出してくるとは……私は、びっくりです!!

     昔の人も、未来では自分の作品がラブコメのジャンルに入ってると知ったら……それもそれで、何か面白そうな物語になりそうですね!

     


     

     私は、あじさいさんが出過ぎたことしたとは、全く思っていません!

     何度も言いますが、誤字脱字の報告や校正作業は、まだまだ小説を書く事に関しては新米な私には、とても助かりました!

     さらに、意見や提案までもらえて……私にとっては、至れり尽くせりです!

     本当に、ありがとうございます!!
     
     

    2020年2月18日 07:56

  • 第14話 作者、恋愛について足を組みな…へのコメント

     僕は文学部卒でも何でもないので専門家ぶった分析をすると恥をかきそうですが、読者がヒロインを魅力的に感じるための要素は、外見・性格・関係性の3つに分けられると思います。もちろん、この3要素は連動しており、一部で重なることもありますが、基本的には別々のものとして考えて良いはずです。

     顔が端正だったり胸が大きかったりポニーテルだったり(声が可愛かったり)するのは外見の問題です。『涼宮ハルヒの憂鬱』で主人公が朝比奈さんに恋愛に近い感情を抱いているのは、彼女に外見的魅力があるからです。外見は小説でも割と簡単に描くことができますが、個性的なものとして描くためには細かい描写や使い古されていない比喩が必要になるのが一般的です。

     元気だったり知的だったり忘れっぽかったり運動神経抜群だったりするのは性格の問題です。涼宮ハルヒが一部の読者に人気なのは、外見と関係性もさることながら、彼女の性格が圧倒的な個性を放っているからです。逆に言えば、あの作品では朝比奈さんや長門有希の性格的個性はあまり強調されていません。
     性格はパターン化されているため、プロの作家でも地の文の説明で済ませることがあります。本気でキャラクターの性格的個性を描くためには、言動や言葉選び、仕草などを特殊なものとして描く必要があり、書き手の技量やユーモアが試されます。
     性格の個性を強調するためにラノベやアニメで用いられる簡単な方法として、語尾を特殊にするというものがあります。鶴屋さんの個性がハルヒに負けていないとすれば、その最大の要因はにょろにょろ言っているからです。

     ツンデレだったり裏表があったりするのは関係性の問題です。長門有希が、登場人物たちの中では外見的に地味かつ性格的にも無口無表情なのに、読者・視聴者の間で断トツの人気を誇るのは、主人公を守ってくれたり、主人公に対してだけは人間らしさを見せたりするからです。
     ラノベで描かれる主人公とヒロインの関係性には大きく分けて2つのパターンがあります。ひとつは最初から主人公が大好きな場合、もうひとつは途中から好きになっていく場合です。一般的に、主人公と疎遠あるいは主人公を嫌っているヒロインは読者・視聴者の間で人気が出ないはずなので、書き手としては、少なくとも物語が展開する中で、ヒロインが主人公に好意(恋愛に限らず)を抱くように仕向ける必要があります。ちなみに、『五等分の花嫁』の二乃は、物語の途中まではこのパターンの例外でした。彼女は主人公を嫌っている一方で姉妹たちには優しい、そのくせ主人公とラッキースケベなハプニングを起こすという、なかなか特殊な立ち位置です。
     ただし、関係性に基づく価値判断は、外見や性格によって上書きされることが多々あります。早い話、いくら主人公のことが大好きでも、主人公の大切な人に嫉妬して陰湿な嫌がらせをするような「ヒロイン」は視聴者に嫌われる傾向にあるということです(物語によってはそういう人物が必要になることもあります。いわゆる敵役ですね)。
     途中から主人公を好きになっていくパターンでヒロインの人気を出そうとすると、書き手には様々な技量が求められます。というのも、嫌悪あるいは無関心が好意に変わるきっかけの出来事が唐突になりすぎないためには必然性や伏線が必要ですし、そこで生まれた好意にしても、加減を間違うとご都合主義になるからです。一方で、最初から主人公を好きなパターンは比較的描くのが簡単です。幼馴染、妹、学校の同級生などにこのパターンが多いように見受けられます。

     この理論(あじさいがひとりで勝手に作った理論)を意識し、描きたいヒロイン像によって使い分ければ、魅力的なヒロインたちが育ってくれるはず……なのですが、所々に出てくる「書き手の技量」と拙作のコンセプトが障壁になって、僕はまだ魅力的なヒロインを書けずにいます。

     猫のまんまさん、後は頼みました。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     つまり、『萌え文化』は最高って話ですね!? やったぜ!!(誰もそんなことは言っていない)

     まさか、あじさいさんから『涼宮ハルヒの憂鬱』や『五等分の花嫁』の話が出るとは……意外でした!(いい意味で!)
     私に任されると、このままだと『恋愛』っていうよりも『ラブコメ』の話をしてしまいそうになってしまいます!

     もうちょっと、『涼宮ハルヒの憂鬱』の話だけさせて頂きますと。
     あの作品は、私はアニメーションと原作の文庫本をどちらも見たし読んだことがあります。作中の中で、キャラクター(性格や物語の中での役回りなど)がはっきりと別れていて、分かりやすく、読みやすい作品となっています(当時、アニメのダンスが流行ったのは有名ですね!)

     それぞれの三名のメインヒロイン(ただし、古泉は抜かすものとする!)の話をすると、話が長くなると思うのである程度の割愛をしますが。

     では、『涼宮ハルヒ』について!
     この方は、作品を見たり読んだことのある人は知ってると思いますが、作品の中で、このキャラクターは神のような存在になっています! ……どういうことかは、内緒です! 是非、読んでみてください!(一例として、アノ実現してしまう自己紹介のセリフは有名ですよね! そのせいで、あの部活のメンバーは集まってしまいます!)
     天真爛漫な性格の彼女ですが、主人公のことは出会った時から気にかけており、時折見せる天真爛漫な性格だからこそ垣間見える可愛らしさが、男性の心を擽るのではないでしょうか! あと、一緒にいたら毎日が楽しそうですよね!

     次に、休息キャラがほしいですよね? 
     そんな時にご紹介するのが、おっとり(ドジっ子)系の先輩の『朝比奈みくる』です!
     皆さんが、知ってるていで話を進めますと、彼女の本来の役回りは未来人です。未来人だからこそ、涼宮ハルヒに引き寄せられ……え? これは禁則事項です
    か? では、話せませんね……!
     彼女の魅力を話すと、ギャップ的な話になります。
     彼女は、主人公から見て先輩です。皆さんにとって先輩とは本来、ちゃんとしているイメージが強いんじゃないでしょうか。そんなイメージがあるからこそ、彼女のちょっと(?)ドジだったり、ゆったりとしている性格が、読者や主人公の癒しとなっているんじゃないでしょうか! 一緒にいると話をうんうんといつも相づちをうって聞いてくれそうですよね!

     最後に、『長門有希』について。
     彼女は、宇宙人です。ミステリアスな役回りからSFちっくな話になりそうですけど、SFっていうより作品全体のイメージはミステリー……一言でいうと、一応ラブコメです!
     彼女は、物静かな性格で必要以上の言葉は基本的に話しません。まるで、機械のような性格に見えるかも知れませんが、涼宮ハルヒや主人公のキョンといることによって変わって……いえ、変えられていってしまう性格と言っても、過言ではないでしょう。『涼宮ハルヒの消失』の話では、彼女の人気は暴上がりです!

     おまけの話として、鶴谷さんですが。彼女の性格は、涼宮ハルヒに似て、天真爛漫そうに見えますが、全然違います。豪快な性格の持ち主で、実家がヤバい(どういう意味でヤバいのかは、読んでみてね!)
     物語の進行をする上で、このキャラクターを不要してしまったら、物語が進まないことは間違いないでしょう。意外とキーポイントだったりもします。
     涼宮ハルヒとは、似ている性格もあってか仲がよかったりもします!

     ……と、好き勝手に私を話させたせいでコメント欄が長くなってしまいましたよ! あじさいさん! どうするんですか!(歓喜)
     これに、『五等分の花嫁』の話までしてしまったら本文より長くなってしまいますよ!! えぇ!

     長いコメントになってはしまいましたが、どちらの作品も面白い作品ですので、皆さま是非読んでみてください!
     ……無理矢理締めないと、まだまだ私が話しそうなので締めさせていただきます。あしからず。

     PS、主人公『キョン』の言い回しはとても面白いので皆さん、絶対に読んでみてください!!(あじさいさんに対してのコメント欄で……まだ言うかっ!?Σ(・ω・ノ)ノ)

    2020年2月15日 08:21

  • 第12話 作者「フフフ、ホラーの話です…へのコメント

    ホラーは苦手です。
    こんなことを言うと色んな人を敵に回しそうですが、作品を通して「妖怪は怖いぞ」「ゾンビは危険だぞ」というメッセージを発することに一体何の意味があるのか分かりません。
    意味なんかない、楽しいから読むんだという反論が返ってきそうですが、怖い思いをして楽しいと感じる心理もよく分かりません。

    もしかしてあれですか。友人や家族と怖い思いを共有してキャーキャー言い合うのが楽しいってことですか?

    ……陽キャ、爆発しろ。

    冗談はさておき、とりあえず2箇所の誤字を指摘させてください。
    ひとつは、「一種のネタみたいなものなんだろうなぁと私は一様、そう思っています」。昨晩「小説家になろう」の方に送った「気になる点」にも書いたことですが、「いちよう」と発音しても読み仮名は「いちおう」なので、「一様」ではなく「一応」です。
    もうひとつは、小説部分の「私は、胃を決して首を動かした」。正しくは「意を決して」です。

    作者からの返信

     本日もコメントありがとうございます!

     ホラーはやっぱり好みが別れますね。私は、恐怖が知りたいというより、どうしてお化けたちは怨みを持ってしまったのかが気になるんですよね。

     ほらほら、あじさい。心の声が出ていますよ(^o^;)

     誤字報告の件。ありがとうございます!
     下書きとか、カクヨムで書いているので「小説家になろう」の方は今気づきました……すいません!

     やっぱり、「一様」っておかしかったんですね。「様」って、様子の様だよなぁとは思っていたんですが自信はなかったんで、そのままにはしてたんですが……答えを知れてよかったです!
     ……あとで、いろいろな作品で使っていたのでこっそりと修正しておきます。ありがとうございます!

    2020年2月12日 18:23

  • 第11話 作者、自主企画を始めてみたへのコメント

     疑問ということで検証してみました。
     4~5万字というのを仮に4万5000字と考えると、30分で読破するなら30秒あたり750字読む計算になります(スマホの電卓で計算しました)。ハードカバーのハリポタに換算すると1ページちょっとです(ハリポタは1ページ当たり42字×17行=最大714字なので)。手元にあった「賢者の石」の適当なページを開いて検証したところ、読むのが遅い僕が1ページにかかった時間は42.7秒。このページは地の文が長くやや説明的な箇所でした。ということで、読むのが早い人が、会話文多めの文章を読むとすれば、充分にあり得る速度だと思います。
     また、ここではコメントを書く時間を度外視しましたが、僕の経験則で言えば(一応、大学生の頃に学生文芸賞の審査員をしたことがあります)、読み終えてからコメントを作るのは時間がかかりますが、何かしらコメントを書くことをあらかじめ決めて読むのであれば、さほど時間はかからないと思います。同じジャンルの作品を読んで何本もコメントを作っているならなおのこと、内容とは別のところにも型ができてくるので、コメントを書く際の迷いがなくなって、早く書けるようになるはずです。
     もちろん、審査をするなどの目的があって本気で読み込むのであれば、一旦読み終えてから引っ掛かった箇所を読み直したり、作品によってはもう一度最初から通読したりする必要が出てきますが、カクヨムの自主企画開催者にそれを期待するのはちょっと殺生な話です。
     結論として、その人がざっと1回読んだだけなのは確実ですが、読むのが早いタイプであれば、雑な仕事をしたとも言えないんじゃないかと思います。
     ……なんでここまでしてその自主企画の人を擁護してるのか、自分でもよく分かりませんが、まあ、そんな感じです。

     猫のまんまさんの今回のエッセイで知りましたが、自主企画ってカクヨム登録から1ヶ月経たないと立ち上げられないんですね。僕は今のところ、たまに同じ企画の作品を物色する程度なので、自分で企画を立ち上げたいなどとは思ったこともありませんでした。
     自主企画を開催するのであれば、無理のない範囲で頑張ってください。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     まさか検証までして頂けるとは……!? Σ(Д゚;/)/

     ――ありがたい限りです!!

     余談の話は、ただの私の気がかり程度の話だったんですが。今では、なるほど納得と自分の中で腑に落ちる結果となりました!
     ありがとうございます!

     あちらのやりたかった目的と、こちらが求めた結果の食い違いによって生まれた疑問みたいなものだと思っていますから私自身はあまり気にはしていません。
     感情的に話すと、どう言ったとしても前提条件として『ここまで読んでコメントする』ということはクリアしているとしても、ただのそれでよかったのかなぁと私は思ってしまいます。

     ただの私の傲慢ですね。これはきっと。

     さて、ネガティブな話は置いといて!

     はい、私自身に無理のない程度の自主企画になっていますので大丈夫だと思います! 参加しやすく参加しづらい自主企画になっているので多分……大丈夫です!



    2020年2月12日 13:49

  • 第10話 作者、SFに宇宙を見る。へのコメント

     たしかにSFって一言で表しにくいところがありますね。
     Wikipediaからの文言ですが、SFの起源にあるのはどうやら「科学技術を織りまぜて現実性をより高めるという手法」のようなので、これを使っていればSFなのかな、と一瞬思いました。しかし、『スター・ウォーズ』だけでなく星新一のSFにも、何の説明もなく近未来的な機械や宇宙人が出てくるので、この定義では上手くいかなさそうです。
     考え始めると色々なものがSFに入りそうですが、同時にファンタジーという気がするものも少なくありません。ドラえもんは一応、22世紀科学の結晶という設定ですが、ひみつ道具の数々はほとんどファンタジーです。というか、まだ実現していないもの、まだ見つかっていないものを描く時点でファンタジーとしての側面が付き物になりますね。

     SFを書くことについては、難しそうというイメージが僕にもあります。基本的に、SFのSFらしさは(映画などの手法で)視覚的に訴えた方が映えると思っています。ただ、作品のテーマについて深く考えさせることができるのは、映画より小説だろうとも思います(深く考えさせられる映画もありますが、思索的なことはやはり小説に分があるのではないでしょうか)。それぞれの手法・媒体にそれぞれの強みがあるはずなので、それを上手く活かしていけると良いですね。

     ……前回の反省に立って短くするつもりでしたが、今回も長くなりましたね。

    作者からの返信

      コメントありがとうございます!
     とても話したいことが伝わってきて、長文でも楽しんで私は読んでいますよ!

     一概に、SFと言ってもいっぱいあるんだな~ってジャンルですよね。
     つまりこれ、と言われてもしっくりこないものかもしれません。

     本当に、難しいジャンルです……。

     

     

    2020年2月10日 19:15

  • 第9話 作者、国語力に恐れ戦く。へのコメント

     この文章を読んだときに浮かんだ最大の疑念について、長くなりましたが、不快でなければお付き合いください。
     一口に「賢い人」と言っても、学力テストで良い点数を取れる人や、一般常識をわきまえている人、機転が利く人など様々あります。そういう人たちであっても、人情の機微を感じ取れなかったり、デリカシーがなかったりすれば「バカ」扱いされます。恋愛に奥手だったり鈍感だったりする人が「バカ……」と呟かれることはラブコメではお馴染みの場面ですね。特にこの現代社会では、全ての事柄に精通することはできず、ある分野に詳しくても別の分野では「バカ」、ということが起こります。人が「バカ」を脱することは意外と難しいのです。
     こうなってくると、「バカ」を客観的に定義することは困難あるいは無意味です。したがって、限定的あるいは主観的な定義に頼らざるを得ません。ただし、だからといってどんな定義にも同程度の妥当性があるという話にはなりません。なぜなら、狭い範囲にしか当てはまらない定義は端的に言って使い物になりませんし、広い範囲に当てはまる定義は様々な場面に役立って便利だからです。早い話が、「バカとは何か」を安易に決めつけることは危険ですが、ろくな根拠もないのに(自分を含めて)誰かをバカだと決めつけることはもっと危険だということです(危険というのは事実を見誤るおそれがあるということです)。
     僕は「バカとは何か」という問いそのものに対して明確な答えを持ち合わせていませんが、「人がバカになるための第一条件は己を顧みないこと」であると考えています。もちろん、出典は夏目漱石の『こころ』、「向上心のない人間はバカだ」です。それで足りなければソクラテスの「無知の知」を挙げても良いかもしれません。
     猫のまんまさんがご自身をバカだとおっしゃるなら、猫のまんまさんの定義ではそうなのでしょう。別にそれを無理に否定しようとは思いません。僕にとって一銭の得にもならないので。しかし、僕の見解に則れば、ご自身のバカさ加減を顧みて現状を改善しようと思っている時点で、(少なくともその点に関しては)バカではありません。僕なんかよりも猫のまんまさんご自身の方がご自分のことをよくご存じだと思うので、色々反論がおありになるかもしれませんが、少なくとも僕はそういう考えですし、今後、語彙力の不足、学歴の低さ、人間関係上の失敗などを持ち出されたとしても、その考えが変わることはおそらくないと思います。ご了承ください。
     蛇足ですが、猫のまんまさんが描く人物の掛け合いは、僕には到底真似できないものなんですよね。拙作の登場人物たちは僕がどんなに頑張ってもイキイキと人間味のある感じになってくれません。人物に魅力があれば事件のないただの日常を描いてもそれなりの読み物になるのですから(『生徒会の一存』、『日常』など参照)、うらやましい限りです。あとは壊滅的な数の誤字脱字がどうにかなってくれたらな、と思います。

     さて本題ですが、使い慣れない難しい言葉を使っても「なんだかこれは自分の言葉じゃない感がどうしても文章に現れ」るとのことですが、とりあえずそれが第三人称の地の文なら、あまり気にしなくても良いと思います。猫のまんまさんにとって違和感があっても、たぶん読者はそう思わないでしょうし、違和感を抱いた読者は辞書で確認するはずです(確認しないで文句を言う読者のことは放っておけば良いのです)。
     問題は一人称の地の文と会話文です。そこには話者の知性が出るのが一般的なので、ここで作者が背伸びをすると、ちぐはぐな感じになりかねません。ただ、そういう場合は登場人物自身に困惑を表明させれば良いのです。あさのあつこさんの小説『バッテリー』シリーズは基本的に原田巧(中学生)の一人称だったと記憶していますが、「まずいな、こういう気持ち、なんて表せばいいのか分からない……。もっと国語の勉強しなくちゃな」みたいな台詞が2回ほど出てきます。表現が難しくなりすぎるなら、そういうので良いと思います。
     僕は別にプロの作家でも何でもないので偉そうなことは言えませんが、執筆活動に関しては、勉強したことは無駄にならないと思います。ときには読まなくても良い本や反面教師な文章に出合うこともありますが、それがなぜそうなのか考える機会が与えられたと前向きに捉えるのであれば、何事も勉強の素材になりうると思います。
     ということで、お互い頑張りましょう(←結局これが言いたかった)。

     応援コメントとして長くなりすぎたことは分かっていますが、こういうことが頭に浮かんでしまった以上、送信しないと後で悶々とすることになるので、このまま送信させていただきます。
     利己的な判断でご迷惑をおかけしてすみません。
     処理に困ったら適当に受け流してください。

    作者からの返信

     今回もコメントありがとうございます! 

     まさか、こんなにまじめに答えてくれるとは思っていませんでした……とてもありがたいです!

     『バカ』ということに対しての定義の話まで持ってくるとは思ってなかったので、ちょっと私はびっくりしました。でも、読んでいてびっくりはしましたが私は不快とは思っていません。むしろ、そこまで考えてくれて嬉しいと思っています。
     別に、私は自分はバカだからと言って落ち込んでるわけではありません。単純な話、私はバカだから頑張りたいって話なだけです。紛らわしくて、すいません(汗)

     この創作論なるものは、私がふと感じたものをそのまま文にしてるだけなのでまとまりがなく伝わりにくい作品だと私は思っています。ですが、同じ書き手の誰かに「それは私もわかる」とか「いやいや、私にはこういう考えがある」ってことを読みながら思ってほしい作品ですので、コンセプトは『私の悩み』ではなくて『作者』という書き手側の立場で私は話を進めていこうと思っています。

     これも何を言ってるのかわからないですよね……すいません恥ずかしい限りです(汗)

     掛け合いについて、褒めてくださりありがとうございます! 
     誤字脱字については……すいません。今後気を付けます、はい。
     

     文章に関しては、どうしても自分の理想の文にしたいって願望が生まれてしまいます。好きな小説とかと比べると特に。
     無意味に近いことはわかっているんですけど、変なとこに私は頑固だったりするので困ったものです。

     いろいろ言い訳がましくてすいません……。

     とりあえず、お互い納得できるような小説が書けるように頑張っていきたいですねってことを私も言いたかっただけです(笑)
     
     何も謝ることはありませんよ。いろんな人がいろんな意見を持っているのは当たり前なのですから、そう言った自分が思った意見をちゃんと言えることは素晴らしいと私は思います。

     いつもどんな反応してくれているか楽しみしている自分もいますので、どんな意見も私には楽しんで拝見させていただいております。

     これからも同じ書き手として語り合えるのなら、私は幸いだと思っています!

     お互い、がんばりましょうね! あじさいさん!

     
     


     

    2020年2月10日 04:26

  • 第8話 作者、現代ファンタジーに疑問を…へのコメント

    たしかに、漫画と違ってギャグ1本の小説って聞きませんね。夏に出された新潮文庫・集英社文庫・角川文庫の紹介冊子を見てみましたが、「感動する」「ドキドキする」「ほっこりする」などのジャンルがある中で、「笑える」はありませんでした。たとえば東野圭吾さんの『あの頃僕らはアホでした』はギャグ要素強めな気がしますが、昔を回想しているあの本もエッセイというジャンルに入れざるを得ないというのはちょっと無茶な話です。猫のまんまさんのおっしゃる通り、「ギャグ」あるいは「コメディ」というジャンルは必要だと思います。
    異世界ファンタジーを書いている方々の中には、流行りのチート系と一緒にされたくないということで、タグやあらすじに「チートなし」と書く人もいらっしゃいます。運営的には、ギャグで勝負する小説もラブコメとして登録して「ラブなし」「ラブ要素なし」などと記述しろということかもしれません。乱暴な話です(仮に『天才バカボン』や『ボボボーボ・ボーボボ』がノベライズされたとして、それが「ラブコメ(ラブなし)」に入れられるとしたらそれ自体がひとつのコメディという気もします)。

    そう言えば、カクヨムのジャンル分けには「社会風刺」、「青春」あるいは「スポーツ・部活動」、「勉強」、「哲学・思想」もないんですよね。百歩譲ってフェミニズム文学が「現代ドラマ」扱いなのは分かるにしても、『スウィングガールズ』と『ドラゴン桜』も同じ現代ドラマだとなってくると、それはもうひとつのカオスだと思います。

    ついでに言えば、学生運動やバブル経済の頃を描いた物語は「現代ドラマ」なのか「歴史・時代」なのかという疑問もあります。
    普通、日本で「現代」と言えば戦後のことですが、学生運動は今となってはほとんど見られないので、「歴史・時代」に含まれる、ということでしょうか。ちょっとそれはおじさんたちを悲しませそうな気がします。
    百歩譲って昭和が「歴史・時代」に含まれるにしても、バブル崩壊は平成の出来事です。だから「現代」ということになりそうですが、2000年代生まれにとっては立派な過去なので、彼ら彼女らは「歴史・時代」に含まれると認識しているかもしれません。


    さて、「みなさんは、自分の作品の表紙を見て読みたいと思える出来になっていますか?」というのは重要な問いですね。
    僕が第三者の目で拙作のキャッチコピーとあらすじを見たときに読みたくなるかと言われると、たしかに微妙です。
    小説は「読んでいる最中の没入感」や「読後感」よりも「読みたいと思わせられるか」で勝負する商売なので、上手くPRできないのは小説として致命的な欠陥かもしれません。
    そう思うと、ひとりでも掲載分まで読んでくれた方がいらっしゃるって、本当にありがたいことですね。

    作者からの返信

     連日のコメント、ありがとうございます!

     ジャンルの細分化は大事だと思いますが、あまり細分化され過ぎると読まれるものと読まれないものとの差のようなものが浮き彫りになるっていうデメリットも運営側にもあるのかも知れません。

     本文にも、私は疑問に思っていますが、自分自身本好きなのは自負しているところはあります。しかし、あまり読んだことのない本のジャンルをわざわざ自ら選んで読み始めるかと言われるときっとそうじゃない気が私にはします。

     ただジャンルを増やすだけでもそう言った劣勢が生まれるのは必然なのかも知れない。
     大きくジャンル分けをしてるだけなら、もしかすると抱き合わせに近いようにして他の作品も読まれるかも知れない。

     これは、私の勝手な考えすぎで運営側に向けたフォローでしかありませんが。

     タグに関しては、私的にはちゃんとタグを確認して読者は作品を読んでいるのか甚だ疑問なんです。
     キーワード検索で活用されるぐらいでしかタグは機能していないと私は考えています(……web小説ならではな気もしていますが)

     『天才バカボン』や『ボボボーボ・ボーボボ』がノベライズすると想像するだけで私は笑ってしまいます。相当な会話のテンポだったり、書き手読み手双方の感受性の高さが凄く要求されるような作品になりそうです(笑)
     この二作品がラブコメのジャンル項目に入っていたら、シュールなギャグになりますね。こちらがツッコミを入れようにも適切なジャンルがないからツッコミを入れられないっていう感じの(笑)

     ジャンルそれぞれに、~ものってつけると大体のイメージが定着しちゃいますからね。とてもわかりづらくなります。
     『現代ドラマもの』だったり、『歴史もの』、『時代もの』と、~ものってつけるとイメージは固定化されてつけづらなるのは当然なのかも知れません。

     カクヨムのジャンルの詳細ページを確認してみても意味はわかるんですが、中々に漠然としたジャンル分けなのでカクヨムのこれからに期待ですね。

     歴史上としての現代ではなく、今現在もしくはここ数年ぐらいの現代の話が『現代ドラマ』に入るのかも知れません(たぶん?)
     そもそも、ドラマって何? っていい始めたら、終わりのない考えのループが私の中でぐるぐると始まりそうです……。



     どんなに美味しい料理を作るお店でも、入り口が汚いもしくはわかりずらいとお客さんは入ってくれませんからね。
     web小説にも通ずるところが私はあると思っていますから気をつけたいです。

     私も、私の作品を読んで下さる方には感謝しかありません!

     なので最後に、私はもう一度言わせていただきます!!
     
     あじさいさん!

     いつもコメントいただき!
      ありがとうございます!!
     
     
     

     
     
     

    2020年2月9日 04:25

  • 第7話 作者、文字の滝に打たれる。へのコメント

    どなたかのエッセイに、文字数の目安は1ページ4000字以内と書いてあるのを見たことがあります(根拠は書いてありませんでしたが)。
    ただ、個人的には、話の区切りや情報量などに作品ごとの差があるので、具体的なことは作品ごとに違っても良いと思います。
    また、Web小説なので、文字数の厳密さよりも、改行や余白の多さが大事だと思います(拙作は1文が長いので、1文ごとに改行してもなお余白が少なめですが……)。

    執筆のための集中力は「今日こそは」と思って湧いてくるものではありませんが、僕が拙作の執筆をできていた頃は、執筆の前か後に美味しいものを食べることで気合を入れていました(財布が寂しくなるのであまり頻繁には使えない手ですが)。
    気合と勢いでとにかく書いてしまった後に、一旦寝て、起きてから読み返して推敲するパターンが多かったです。

    作者からの返信

     今回もコメントありがとうございます!

     Web小説1ページ文字数はほぼ制限がないし規定もないですからね。私も個人の自由だと思います。
     多分、一番大事なことは読者にとって読みやすいかを見るべきなんでしょうけど……書き手の感覚で見るのと読み手の方が見る感覚って違うから大変ですよね。

     作業した後の美味しいものはいいですよね~癒しです。

     私は基本、書き上げたらよく考えてもせずすぐ投稿しちゃいますね。
     それから、読み直してこそっとバレないように修正をしてます。

     毎回が、赤面になるぐらい恥ずかしい失敗ばかりですけど、今度は気をつけようと心がけが出来るので後悔はないです。

    2020年2月8日 07:42

  • 第4話 作者、感想文は苦手である。へのコメント

    書き手としては、肯定的な感想は何でも嬉しいものだと思います。
    それこそ、10万字超の長編小説について「面白い!」の一言だけであっても励みになるでしょう。

    ただ、個人的には、否定的というか批判的なコメントについては、建設的な(後々の執筆活動に応用できる)言い方をしてもらえると助かるな、と思います。
    実際に言われたことはありませんが、心当たりのあるところで言うと、たとえば「話が長い」だけじゃなくて「○○ということを示すためだけにこんなに文字数を割く必要はない」「この部分とあの部分で同じ情報が繰り返されている」と言ってほしいですし、「つまらない」よりは「展開が意外性に欠ける」「誰それは××というだけで人間味を感じない」という言い方の方が幾分かマシです。
    どっちにしても言われたらムカつくと思いますが(笑)

    まとめますと、作品を褒めるときは感情論でも構わないと思いますが、批判するときには「面白くない」と感じた理由について多少理屈っぽく考察することが必要なんじゃないかな、と思います。

    作者からの返信

     いつもコメント、ありがとうございます!

     私個人として考えは、肯定的でも否定的でもコメントしてくれることはうれしいです。だからといって、マゾヒストではないですよ私(笑)

     否定的なことかかれたら、嫌だなぁとも思いますけどコメントしてくれるだけありがたいと思いながらコメントを毎回拝見させていただいています。

     あくまで、一つ一つのコメントは、否定肯定関係なく、その人の『個人の意見』であったり感想であるわけですから深くとらわれる必要はないかと私は思います。

     マーケティング的にはダメなんでしょうけど、書き手側の執筆活動に影響が出るぐらいなら気にしないのが一番です。これもあくまで私『個人の意見』ですけど。

     何よりも一番悲しいのは、がんばって書いた小説を誰も読んではくれないことだと、私は思っています。

     あと、具体性のない短めのコメントのことなんですが、『意見や感想をもっと具体的に書いてほしい』と思っているのは書き手側の考えであって、読者からすれば『ただ時間があって、面白そうだから読んでみただけ』の考えでしかないのです。

     考え方の違いと言えば、簡単ですが。どうしても書き手側からすると具体的な意見や感想がほしくなるのは私もとても、よくわかります。

     これはたぶん、書き手側の小さなわがままなんでしょうね……。

    2020年2月4日 19:53

  • 第3話 作者、プロットという言葉に憧れ…へのコメント

    前回の読みましたよぅ。しかも最後が問いかけだったので2回読みました(´∀`*)ウフフ
    私は脚本家をずっと目指していて、ハウツー本を読み漁ったため、プロットを作る派です。ジョーズを例にしたやつがよくあるんですけど(古い本だけど、にしたって古すぎねぇ!?)、映画だったら2時間を起承転結で割って丁度いいところに、プロットポイントを持ってくるそうな。真面目にそのとおりにやっていました。
    でも、やっぱり、「物語」にはなるんですけど、つまらないかもです。テンプレすぎて。
    踊る大捜査線の脚本家の先生が、もう起承転結では古いのかもと言っていました。
    あとよくハウツー本に「物語は葛藤である」と書いてあるんですけど、「先生!チーレムってのがあるんです」って、伝えに行きたいです。
    なので、やっぱり定型はないかもですね!プロットっていう横文字を使うと、なんかカッコイイものに見えてしまうけど、既に脳内でやられている様子!
    長々と失礼しました!
    こういう文学サロン(言い過ぎ!?)みたいなの、楽しいですね!

    作者からの返信

     コメント、ありがとうございます!

     まさか、二回も読んで下さるとは!
     ありがたい限りです!!

     私がこうして、創作論と偽って好き勝手に言ってることは特に意味はないのかも知れません。

     ですが、毎回私なりにタイトルをテーマとして進めて行けたらいいなと努力していく所存です。

     内容につきましても、あまり深く考えず、ただこの作者はこんなことを書いているなーと、気に止めて頂けるだけでも幸いです!

     起承転結に関しては、短編や1話完結型の長編物語が合っていると私は思います!
     起承転結は、テンプレではありますがそれだけ安定感ができて、物語全体のバランスが整いますから決して悪いことではないと、あくまで私は思います。
     現に、私は短編は4ページに分割して起承転結を元に作っています。

     面白い、面白くないは、その物語の発想力が勝負所だと思います。
     別に、時たまにならベタな展開も悪くないどころか……私は好きな方です!
     さすがに、ずっとベタな展開が続くのなら私は見なくなると思います……。

     チートハーレムは、テンプレートになりつつ……てか、ほぼなっていますね。
     チートハーレム作品が出た頃は面白いと思って私も読んでいたですけど……正直、言いますと大抵の作品は最初だけですね。面白いのって。

     別に、批判してるわけではないんですけどテンプレートになっているだけ、つまんなく感じることが多々あります。これこそ、たぶん発想力がモノをいうところなんでしょうね。

     チートハーレムものが嫌いなわけではありませんが、最近は好んであまり読んでない気がします。

     さて、私も長文になってしまいましたが、お互いこれだけ話したいって気持ちの表れだと私は思います!
     ぜんぜん、コメントすることは悪いことじゃないですから楽しみながら、この作品内で書き手たちの語り合いが出来たらいいですね。

    2020年2月4日 16:21

  • 第3話 作者、プロットという言葉に憧れ…へのコメント

    プロットは難しいテーマですよね。
    一見したところ、登場人物の誰がどの道筋でどういう結末を迎えるのか、ということは事前に決めておいた方が書き進めやすいんですけど、実際に書いてみて気付く事柄というのが意外とあって、結末はともかく道筋は変えざるを得ないということが多くあります(キャラクターが勝手に動き出すという書き手さんたちにとっては、そういうことが日常茶飯事なんだろうと思います)。
    かといってプロットが必要ないかと言われると、やっぱりそれを練ることにはそれなりに意味があるんだろうとも思います(特に長編の場合)。
    ただ、プロットについて考えすぎると何もできなくなるので、考えるのはほどほどにして、実際に書いてみるのがベストなんだろうと思います。
    早い話、僕も猫のまんまさんの主張に賛成だということです。

    作者からの返信

     早速のコメント、ありがとうございます!

     小説を書く際は、グダグダ言わずにやれ戦法と、もしもの時のプロット戦略があれば完璧だと思います。

     あとは、必要なのはやると決めたらやるという心構えですね。これが大変ですね……。

    2020年2月4日 00:48

  • 第2話 作者、真面目なのはそんなに長く…へのコメント

     カクヨムは確かに評価しやすいコンテンツですね。ただ、気軽に評価できてしまうため、本当に面白いと思った作品以外にも高評価をつけてしまいそうになるのは、自分としては気をつけたいです。
     猫のまんまさんはこの辺をどう思っていますか? 聞いてみたいので良ければ返答をください。

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     気軽に評価はつけていいと思いますよ?

     そういうとこも部活みたいですよね。
     ただの馴れ合いみたいに、あなたが思いたくないのなら評価しなくてもいいですし、とりあえず期待! という形で高評価してる人もいたりしますから、評価は人それぞれです。

     私は、ここまで読んだよみたいな感じでハートと応援コメントしかつけたことしかありません。

     星とかはたぶん、誰かにこの作品を紹介しなきゃ! と思った時に自然としてるものだと私は思います。

     ですが私は、この作品の本文同様、星の評価は怖くて評価したことはありませんけどね。

     私みたいに考え込まなくても、ぜんぜん気軽でいいと思いますよ。
     人それぞれ、楽しみ方は人によって違うと思いますから気にする必要はたぶんありませんよ。

     いっぱい、楽しそうな作品がカクヨムにもありますから沢山楽しんでください!

     評価は、強制ではありません! 
     ただ評価したいと思ったときにいっぱいして上げて下さい!

     読んでくれて評価されることを、嫌がる作家さんはきっといませんよ!

    2020年2月2日 21:06 編集済

  • 第2話 作者、真面目なのはそんなに長く…へのコメント

    ワーイ!勇者認定だ!やはり一度は勇者になってみたい。
    うーーん。ムツカシイ……。本当に読みたい人に読んでもらいたいってことですか!? やはり部活を超えたいという!? 

    作者からの返信

     コメントありがとうございます!

     よく、ここまで読んでくれましたね(汗)
     内心は、嬉んですが。作者として、すごくびっくりしてます!



     勇者よ! 自分を小説家だと思うなら、とやかく言わずに小説を書けってことぞ!

     もちろん、作者はそんな深い事は考えてないと思うがな! ガハハ!



     作者(……あんた、誰!?)

    2020年2月2日 20:01

  • 第1話 作者、最初は真面目なことを話そ…へのコメント

    >カクヨムで執筆活動を始めて1ヶ月ぐらい
    私もそれくらいです。カクヨムをSNSと言っていいのか分かりませんが、恐ろしいSNS!もう、振り回されっぱなしです。やはり文字には限界があるのではないか!?と、絵まで描きだしました……。迷走!!!

    >嫌なことがあった時、私の作品を読んで気持ちを紛らわさせたい!
    「嬉しいーーーッ!」となる結末を読ませて貰ったとき、雨の日でどんよりしていましたが、元気になりました!あとコメントの返信小説も!ありがとうございます(^O^)

    作者からの返信

     早速のコメント、ありがとうございます!

     なんとか、読者の想いに答えたいって気持ちはとてもわかります!

     絵まで、書こうとする努力は素敵ですね。
     私は、絵を書くのが壊滅的に下手くそなので、思いもつかないことです……。

     私の作品で、元気になってもらえたのなら良かったです! ありがとうございます!

     地味に、あの小説に1話増えていますので、そちらも是非お楽しみ下さい!
     

    2020年2月2日 10:23