分岐点

 シルバーランクで受けられる依頼は難易度が高いものばかりだ。まあ、ブロンズと比べればの話だが。

 ノーマルが駆け出しで、ブロンズは初心者なんだろうな。聞いた話によると、冒険者ポイントを集めるだけではランクアップしないとか。ポイントを集め、上のランク相当の働きをした者しか上がれない。まあ当然だな、ずっと簡単な依頼だけやってポイントだけ稼いでも上がれないってことだ。


「うーん、あんまりいいの無いな」


 正直依頼を受けるメリットは今のところ冒険者ポイントしかない。それ以外にも困っている人の手助けという目的もあるのだが、ピンとくるくらいにピンチな依頼も無いのだ。

 依頼を達成してくれたら助かるが今すぐじゃなくても別にいい、そんな依頼ばかりなのだ。

 お金にも余裕はあるし、今日は修行にしようかな。


「フォト、今日は……」

「おいお二人さんよォ。ちょっと聞きてェんだけど、どうやってシルバーランクになったんだ?」


 フォトに今日は依頼を受けないと伝えようとしたその時、いかつい男が話しかけてきた。

 さっきまでこっちを見ながら何かを言っていたグループの一人だ。ダル絡みか、無視できない状況だし、適当にあしらおう。


「魔獣を倒したんだよ、それでいいだろ」

「なんだァその態度は? 先輩にはもっと気を使うべきなんじゃねェのか? ああ?」


 勝手に話しかけて来たくせに気を使え? バカなこと言うなよ、そんな奴に気を使ってる暇なんてない。


「あんたに気を使って何かいいことあるのかよ。媚びを売る相手は自分で決める」

「おうおうそうかい。さすがギルドマスターに媚びを売ってランクアップしてる奴は言うことが違うぜ」

「フォト、行くぞ」

「は、はいっ」


 話が通じない相手だ、そう判断して無理やり酒場を出る選択を取った。


「待てよ」


 が、肩を掴まれる。別に手を払いのけて進んでもいいのだが、怒りを買って暴力を振るわれたら面倒になる。一応止まっておくか。


「なに」

「最近は強いヤツと組んでランクアップしようとする輩も増えてんだ、当然地道に頑張ってる俺らはいい思いはしねェ。わかるな?」

「ああ、地道に頑張るのはいいことだな。結果が出ればだけど。残念だが俺達は実力が認められてランクアップしただけで、あんたの機嫌を損ねるようなことはしてないよ」

「本当か? なあ嬢ちゃんよ、あんたにシルバーランクに相応しい実力があんのか?」


 いかつい男はギロリ、という表現が似合うであろう眼光でフォトを睨んだ。


「それは……」


 当然フォトは言いよどむ。大柄な男に大声で話を振られ、睨みつけられたのだ。しかもフォトの弱気な性格。簡単に言葉は出てこない。


「ほら見ろ! こいつは自分より強い男にくっついてランクアップした卑怯者だァ!!」


 ギルド中に、酒場中に聞こえるようにいかつい男はそう叫んだ。

 建物内にいた人の視線が集まる。静寂の後、皆一様にざわざわと俺たちについての話を始めた。その言葉を聞いたら一般人だけでなく冒険者までも勘違いする。

 悪意の視線がフォトを突き刺す。弱気なフォトにこんなことをしたら余計に言い出せなくなる。

 俺も軽く我慢の限界だ。ここが人の多い場所じゃなかったら剣を抜いていただろう。


「わたしは…………」

「おい、そこまでに」

「なんだよ言い訳は聞きたく……うげえッ!? な、なんだこの水は!?」


 フォトを守るべく言い返そうとすると、突然男の顔の周りに水が現れた。その水はふわふわと浮きながら男の顔にまとわりつく。


「……ッ!」


 息ができなくなり苦しんだ男は水を払いのけ、キッとこちらを睨みつけてきた。よし、チャンスだ逃げよう。


「お前らーーー! こいつの嘘だから本気にすんなよーー!!」

「てめッ、ぶはあっ……」


 去り際にこちらも大声で酒場中に聞こえるように叫ばせてもらう。これで二つの話が噛み合わなくなって議論も一方的ではなくなるだろう。少しくらいは効果あるよな。

 酒場から飛び出し、路地に入る。人のいない場所に移動しなければ。


『おいドロップ』


 テレパシーでドロップを呼び出すと、ペンダントの魔石から水のように出てきた。めっちゃ笑顔。水を出したのはこいつだろう。変なことしやがって。


「あははっ、ムカついたからやっちゃったー」

「お前勝手に変なことすんなよ……」

「本音はー?」

「ざまぁ」


 正直目の前で苦しんでるのは見てて楽しかったよ。ざまあみろ。

 だがなぁ、周りから見たら俺が何かしたと思われるだろうに。俺だったらもっとバレないように仕返しするね。歩くたびに転ばせるとか。


「……」

「一旦家帰るか」

「そう、ですね……」


 ドロップを魔石の中に戻し、フォトの家に向かう。今日はダメだな、修行もできない、メンタルケアを優先しよう。


 家までの帰り道、フォトは常に暗い表情をしていた。

 あんなの気にしなくていいから、なんて言ってもこればかりはどうしようもないだろう。気にしないようにすればするほど、頭の中に残ってしまうのだから。


「話がある」

「……はい」


 フォトがこれからどうするか、俺もどうするか。どうすればお互いのためになるか。ずっと前から考えていた。

 そして、今回のことで考えは纏まった。


「しばらく、距離を置かないか」

「はい。……はい?」

「いや、周りからの目もあるだろ? このまま一緒にやって行っても、お互いのためにならない。もちろんスキルは教えるし、手伝えることがあるなら手伝う。一緒に居すぎるとまたなんやかんや言われちまうかもしれないからさ」


 一緒に居て、フォトがやったことも俺がやったと思われてしまうかもしれない。逆に俺がやったことも、フォトがやったと思われてしまうかもしれない。

 そうなった場合俺の手柄を横取りしてしまったと思い、フォトは酷く悩むだろう。そういうしがらみを断つ方法は、もうこれしかない。


「やっぱり、わたしは足でまとい、でしたか?」

「そうじゃない。手柄を横取りしてランクアップしてると思われないように、ゴールドランクになるまで別々に頑張るんだ」

「そんなっ! 勇者様が居なくなったら、わたしは……わたしは……」

「……」


 俺に頼らなくてもどうにかなるが、不安にはなる。そういう気持ちなのだろう。

 実際俺だってフォトがいなかったらつまらないなって思う。でもこれはお互いのためなのだ。


「会わなくなるわけじゃない。依頼に一緒に行かないだけだ。それに、これは師匠として出す俺からの試練だ」

「そ、そうですよね。会えないわけじゃないんですよね……」


 普通に会って話もする。冒険者としての活動が別になるだけだし、関係を絶つ訳でもないのだから難易度はそこまで高くないだろう。


「一緒に住むのも、何か言われそうだな……金はあるし、適当に宿屋でも探すよ」

「そんなぁ!!!」

「え、そんなに……?」


 いやそこまで重要ではないけどさ、一緒の家に住んでるのがバレたらさ、ほら、変な噂出るじゃん。

 付き合ってるとかそういうのもあるかもしれないが、一番は体の関係とか、そういう噂が出る危険性だ。


「とにかくこれは決定だ。つーわけで修行する日とか、予定を決めるぞ」

「はい。はぁ……」


 フォトのため息から始まった予定会議により、フォトにスキルを教える日は一週間に三度までとなった。

 これ以上修行をすると依頼を達成できなくなる。シルバーランクにもなれば、泊まり込みで仕事をする、という依頼もあるのだ。

 あと単純に冒険者ポイントが増えないからだな。


 そうして、俺とフォトは別々に活動をすることになる。この日はいつものように軽くスキル修練をし、荷物をまとめてフォトの家を出た。

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