第9話 誰がために

インタビュー最後の日、わたしはチャールズに質問することを許された。

とはいえ本当に聞きたいこと、200年生きていることの証明や協会と呼んでいる組織の実態に関する疑問は、チャールズがそれについては絶対に情報を漏らすことはないと判っていたので、彼の虚構の細部を補完する程度の質問を中心に選んだ。


いくつかの疑問を解消した後、最後の質問をする。


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それは何故『怪物は年男だけ殺したのか?』だ。


これは老人の妄想なのだから、こんなやり取りに意味はない。適当に取材をして記事をまとめれば、わたしはそれなりの報酬を受け取ることができる。


なのに、どうしても納得がいかなかった。

何かこの話の要になる大事なピースに、わたしは気づいていない、そう思えてならないのだ。

この話が妄想にしか思えない理由は、わたしがそのピースに気づいていないからで、無理解は思慮無きゆえでは?と馬鹿げた負い目すら感じていたのだ。


もちろん、それはその場の雰囲気に呑まれた、わたしの思い違いに過ぎないのだが。


老人はわたしの質問に、神に見染められた者『適応者』の末路は、確信をもって破滅しかないと繰り返し断言した。


その上で、聡太郎が語ったある言葉の意味に対してのチャールズの見解を説明してくれた。


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それは聡太郎が、外側の世界に怪物が戻った理由を『怪物は満足させたから元の世界に帰っていった』とチャールズに説明した言葉だった。


「聡太郎は怪物が満足したとは言わなかった『怪物は満足させた』と言った、つまり怪物は年男を殺す、アリスを犯すという欲望をもった誰かの命令に従っていたのだ」


わたしに考える間を与えずチャールズは話を続けた。まるで何かに追い立てられ焦っているように見えた。

「支配の魔法は既に支配されているショゴスには効果を及ぼさない、仮に年男に怪物が見えていたとしても、あの威容に心を乱さず支配魔術を完遂させたとしても、既に支配されているショゴスを従わせることは叶わなかったのだ」


チャールズはこれまでの威厳ある理性的な指導者といった印象とは違う、恍惚とした表情で痴呆とさえ思わせるドロっとした目つきに変わっていた。

言葉も何処となく縺れ始め、突如老化が進んだような現象に、わたしは彼の200年止まっていた時間が突然動き出したのではないかと馬鹿な想像までしてしまった。


「支配された怪物を恣意的に帰還させられる者は、支配魔術を完遂させた術者のみだ、恐らく適合者にとって召喚と支配は同時に発生していたのだ」


「事情を聞くに、彼の召喚は魔術によるものではない可能性が高い。滝弁天とは異界の裂け口を霊視したものを滝に見立てた霊場のことなのではないか?」


「聡太郎は『怪物は満足させた』と言っているではないか、聡太郎は怪物が何を満足させてくれたのか知っているのだ」

そこまで話し続けたチャールズは1人だけの世界に住人になってしまい、もう老人の目にわたしは映っていなかった。

本当に愉快そうに顔を皺くちゃにして笑っては身体を揺する姿は、心を患った老人にしか見えなかった。


チャールズは最後に愛しむような優しい声で

「ショゴスは『父を殺し母を犯す』という、あの子の望みを叶えたのだ」と話して微笑んだ。

老人は少し間を置いてから、ホウと吐息を漏らすと静かに目を閉じて、それっきり何も語らなかった。(了)

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インタビュー・ウィズ・ソーサラー【適合者シリーズ1】 東江とーゆ @toyutoe

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