第15話 中世の三英雄

 部屋の入り口に二人の剣士が立っていた。「あっ」とリーシャが声をあげた。タウラも片方の剣士の顔を知っていた。マルスとともに三英雄と謳われているゴンザム・メラだ。烈火のような赤髪のゴンザムは、その見た目からは想像できないほど冷静な男で、知略と類まれな指揮力でもって幾度となく軍の危機を救ってきた。

 しかし、王に声をかけたのはゴンザムの隣の男だった。二人とも背が高い。タウラより額一つ分背の高いグラジオス王よりも上背がある。ゴンザムと肩を並べ、出兵用の鎧を着ている黒髪長身の男は、もしかして。

「ハンニバル、帰ったか」

 王がその名を呼んだ。やはり、三英雄の一人、ハンニバル・ユングだ。マルス同様、顔写真は現代に残っていないが、立ち姿だけで圧倒される迫力がある。なのに、タウラはハンニバルの纏う雰囲気をうまくつかめない。豪傑というにはあまりにも飄々としているのだ。

「無事戻りました。こっちの報告は追って入れます。ついさっきゴンザムから話を聞いたんですけど、彼らが不思議な旅人ですか」

「そうだ。マルスの件で話を聞いていた」

「ふーん」

 ハンニバルはタウラとリーシャを交互にを見た。瞳の色も髪と同じく漆黒だ。声も中性的であるせいか、何を考えているのか読みとれない。読みとれないのに、こちらのことは読みとられてるような、ぞくりとさせられる見方だった。

「ずいぶん形勢が変わりましたね。マルス一人いないだけでであたふたしてるなんて、この国ももろいですね。堅牢といわれたグラジオス城も泣いてますよ」

「こういう状況でのおまえの憎まれ口には腹が立つな。無駄話に付き合っている暇はないぞ。一刻を争うのだ」

「そうですね。ではこれからのおれたちの今後の動きについてですが」

「おまえたちは隊を率いて南下し、砂時計エーラ・クロツカの守備の指揮をとってもらう」

 王の命令に、ゴンザムは黙ってうなずいた。しかし、ハンニバルはうなずかず、代わりにタウラに目をやった。なぜ、こっちを見る。

「ゴンザムはそれでいいと思います。おれは彼と一緒にマルスの救出に向かいます」

 ハンニバルがタウラを指名した。タウラは驚いたが、それ以上に王が面食らっていた。

「何を言っている。戦力のかなめのおまえが砂時計を離れることは許さん」

 ハンニバルがゴンザムの胸を軽く打った。

「こいつがいれば問題ありませんよ。軍の統制力はピカイチですから」

「そういう問題ではない。会議で決まったことだ。軍隊長である自分の立場を自覚しろと言っている」

「ねえ王様、敵さんはマルスを人質にして砂時計をほしがっているんですよね」

「そうだ、それがマルス解放の条件だ」

「それって、もしかして逆なんじゃないんですか」

「逆だと?」

「敵さんの狙いは砂時計ではなくマルスだとしたら、こっちが飲めないような条件をふっかけてくるでしょ」

「マルスが狙いなら捕えた時点で殺しているはずだろう。そもそもこの戦争は砂時計をめぐって起こったものだ。南の国レジーナが砂時計を欲することは当然の成り行きだ」

 ハンニバルが目を細めた。隠れたものを探し出すときに、焦点を絞るかのように。

「そこなんですよ。妙じゃありませんか。マルスを殺せばこっちの戦力は大幅に下がる。戦況が一気に傾くくらいにね。それをしないのは、マルスを生かしておくことにこそ意味があるような気がするんですよ。向こうからしたらこっちが条件を飲むにしても突っぱねるにしても得をするわけじゃないですか」

「だが五日後には処刑をすると警告をしてきているのだぞ」

 ハンニバルは黒髪をかきあげた。瞳の色がさらに黒くなった気がした。

「マルスはどちらにせよ処刑されると思います。どうもね、気持ち悪い感じがするんですよ。こっちのことを把握されているみたいで」

 王の反応が変わった。さじを投げたいとばかりに、椅子に背をもたれかける。

「……また勘か。おまえのその感覚をもう少し科学的に説明してくれると信頼できるのだが」

「でもけっこう当たるでしょ」

 王がうなる。

「マルスの救出に兵を割けというのだな」

「そうしたいんですがそれはダメです。マルスを助ける動きがわかっちゃったら、敵さんに彼女を処刑する口実を与えるものですから」

「ならば少数で乗り込むとでも。危険すぎる」

「大丈夫ですよ。拠点の制圧ではなく、あくまでマルスを奪還することだけに専念しまから。隠密行動です」

 マルスを生かしておくことは、こちらをおびき寄せる罠である。そこにあえて飛び込もうというのだ。ハンニバルとタウラのたった二人で。

「むう、おまえと話していると焦点がわからなくなってくるな。ゴンザム、意見は?」

「ハンニバルという時点で諦めています」

 低く太い声ではっきりと答えた。王は天井を見上げ、目頭を押さえた。きっと頭痛がしているのだろう。

「どうしておまえはこうも自覚が足りないんだ。国の軍事トップのうちの一人なのだぞ。私的な感情での行動は慎め」

「そりゃ無理ってもんですよ。同じ釜の飯を食った仲なんですから」

 ハンニバルの声は柔らかかったが、折れそうもない柔らかさだった。王はため息を吐いた。もしかしたら、この人の白髪の主な原因はハンニバルなのかもしれない。

「条件付きだ。交渉期間である五日間だけ、ハンニバルとタウラの派遣を認める」

「ありがとうございます。船は小型でいいです。ガスパ港の手前の岬に停めて町に入ります」

 ハンニバルが恭しく礼をする。ゴンザムも目を閉じて、椅子に深く腰を落とした王に控えめに頭を下げた。「お察しします」と言っているみたいだった。ハンニバルが身を翻し、それからリーシャを見た。

「きみがグラジオスの未来の女王様か。かわいい王女様だね」

「え、えと」

「本当はおれも王をお守りしたいんだけど、きみにお願いするよ。女の子に側にいてもらった方が王もうれしいだろうし」

「ハンニバル、口を慎め」

 ゴンザムが叱る。ハンニバルは意に介さずリーシャにだけ聞こえるように囁いた。

「しっかりと手綱を握ってあげてくれ。王もマルスを失ってつらいだろうからさ」

 リーシャは毒気を抜かれた感じになってしまった。王の沈痛な想いはだれよりも深いはずだ。それでいてまわりを慮る人だから、どうしても本人の気持ちが隠れてしまう。それを汲みとり、支えるのが三英雄なのかもしれない。だからこそ、リーシャは不安になった。

「わたしに、三英雄の代わりなんて」

 戸惑うリーシャにハンニバルは自信を込めてこう言った。

「おれたちは英雄なんかじゃない。仮にそうだとしても、きみは英雄どころか王女なんだろ。なんてことはないさ」

 よろしくね、とハンニバルはウインクし、部屋を出て行った。

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