第14話 緊急会議

 グラジオス城ですぐさま会議が開かれた。国の法律や政策など重要な取り決めをするのに使われる会議室だ。そこには先遣隊の一人であり、報告者の兵士と国の要職に就いている者たち、そこに王を含めた十人が円卓を囲んでいる。王以外はみな顔を強張らせている。会議ははじめから険悪な雰囲気が漂っていた。

 老齢の男が兵士に詰問する。

「マルス・マルタンの生死はどうなっている」

「捕虜として扱われています。解放の条件は南の国に砂時計の所有を認めることだと申しております」

 兵士は疲弊している。必死の思いでグラジオス城にたどり着いていたのだ。

「砂時計を譲るなど飲めない条件だ」

「だがマルスを失って南の脅威に対抗できるのか。やつは国民にも人気がある。正当な理由なしに突っぱねれば国内で暴動が起きかねん」

「余計なことをしてくれた。それにしてもあのマルスだぞ。なぜ捕えられた」

 王の隣に座る大臣の容赦ない言葉に、兵士はひるんだ。唇が震えている。

「そ、それが、奇術を使う者が現れまして」

「奇術だと。ばかなことを言うな」

 兵士がよろめく。肉体と精神の疲労で、怒鳴り声だけでうしろに倒れてしまいそうだった。顔を紅潮させさらに声を張り上げようとした大臣を王が制した。

「どのような奇術だった。そのときの様子を詳しく聞かせてくれ」

「は、はい。ガスパに降り立ち、港を制圧し拠点を築いたところまでは順調でした。ですが二日目の夜、突然強烈な突風が吹きまして拠点は崩壊しました。嵐かと思ったのですが、崩壊したのは我々の拠点だけでした。町の他の場所は何事もありませんでした」

「それでは拠点を狙って突風を起こしたということになるな」

「わたしたちの目に映った光景は紛れもなく奇術としか」

「いい加減にせい」大臣がどんと円卓を叩く。

「奇術奇術とうわ言のように言いおって、もっとまともな報告はできんのか。軍隊長が捕まるという一大事なのだぞ」

「だからだよ、大臣。マルスが生身の兵士相手に遅れをとるなど、それこそ疑わしい」王が冷静に答える。

「拠点を失ったところを敵に攻められたのか」

「はい、船に避難することになりましたが、大勢の敵が襲いかかってきました。そこで、隊長が我々を船に乗せるために殿を務めてくださいました」

 兵士の声に嗚咽が混じる。

「隊長は敵を倒し続けました。隊長に敵うものなどいません。なのに……また……あの忌々しい突風が吹き、隊長を建物の壁に叩きつけました」

 そこに敵国の兵士が押し寄せてマルスを捕えたのだという。兵士たちが乗った船の柱にいつの間にか文字が刻まれていた。砂時計の放棄が魔女解放の条件だと。先遣隊は火に追われるようにグラジオスに戻ってきた。敗走だ。

「猶予は五日です。砂時計を明け渡さなければガスパで隊長を処刑すると」

 会議室に重い沈黙が流れた。 


「タウラ、ちょっと来て」

 タウラは城内を歩いているところをリーシャに呼ばれた。通路の隅に寄る。会議は三時間以上続いていた。兵士たちは待機となっているが、会議の議題――マルスが人質になったこと――はかいつまんで二人の耳にも入っていた。

「マルスのことなんだけど、おかしいの」

 おかしいとはどういうことだ。あのマルスが簡単に敵に捕まるのがおかしいということか。

「この戦争はグラジオスが勝利することが史実になっているの。そしてその功績をもっとも称えられたのがマルス・マルタンよ」

 グラジオスの人間ならだれもが知っていることだ。歴史の教科書に載ってもいるし、この時代の考察の本も多く出版されている。タウラもカイルとともに師匠から剣を習う上、改めて復習していた。グラジオスの剣術を飛躍させ、戦争の終結に大きな影響をもたらしたマルス・マルタンは北の国グラジオスにとっても南の国レジーナにとっても欠かせない存在なのだ。

「いろいろな本でマルスの活躍が書かれているものね。でも、どんな史料にもマルスが敵国に捕えられる話はひとつもないの。一番信用のおけるとされているグラジオス城で保管されている国史実書にもそんなことは書かれていない」

 そうなのか。でも待てよ、この時代の人が逐一戦記を残している保証もない。タウラは眉をひそめた。

「書かれていなかった。その可能性もある。でももしも、敵国でマルスが処刑されることになれば、それは明らかにおかしいの。残っている史実だとマルスは……この国で処刑されることになっているのだから」

 王が代わり、第十六代王政のもとでマルス・マルタンは非業の死を遂げるのだ。

「この国がどういう判断をするか、それで判ると思うけど」

 マルスを助けない選択を国がとれば、彼女は敵国で命を落とす。それは史実にないことになる。リーシャは顔をうつむかせた。

「いったい何が起こっているのかしら」


 一夜明け、グラジオスの選択は決まった。マルス・マルタンの救出を断念、南への派遣を中止し全兵力で砂時計を守ることにしたのだ。

 それを聞いて、タウラとリーシャは王への面会を求めた。面会は叶い二人は玉座を訪れた。王は椅子に深く座り平然としているが、目にクマができ、肌に疲れがありありと見えた。会議は夜通し行われていた。眠れていないのだ。

「面会のお時間をいただけること、感謝します。マルスの件で伺いました」

「あまり時間は取れんぞ。周知した通り、グラジオスは砂時計を守ることに決めた。この決定は覆らん」

「それはわたしの記憶に、わたしたちの時代に記載されていない事態です」

 王は腕を組んだ。疲労のためか、苛立っているように見える。

「グラジオスがすべてを残しているわけではない。それにおまえたちがこの時代にやってきたことで変化が起きているだとしたら」

「そうかもしれません。ですがそこを考察するのは戦争が終わってからでも間に合います。大切なのはマルスが処刑されるまでにはまだ時間があるということです」

「戦える兵は砂時計の守備にまわす。救出に向かわせる余力はない。これが決定事項だ。マルスは捕えられることも覚悟の上で先遣隊となったのだ。想定できる最悪の状況に近づいてしまったが、まだ我々には打てる手がある。国の選択を恨んでいるか」

「マルスを助けにいくことは想定に入っていないのですか」

「それでさらに兵を失うことが最悪の状況だ。未知の力に対抗するのに兵の確保は絶対だ」

 毅然とした態度だった。王の決意は固い。唇を噛むリーシャ横で、タウラが剣を鞘ごと前にかざした。それを見て王は乾いた笑いをした。

「おまえが一人で行くとでも。乗り込んでどうする。南の地理にも疎いのだろう。それだけではない。マルスを捕えるほどの力を持つ者がいるのだ。先日、剣を落とされたおまえが救出にいけるほど敵は甘くない。考え直せ」 

 身の程を知れという訓戒が含まれた言い方だったが、タウラは首を振る。

「戦いで命を散らすことは名誉ある死ではないのだぞ。マルスに稽古をつけてもらい実力を過信しているのか。それとも情が湧いたか。おまえは戦争に拘っているのだ。受け入れろ」

 淡々と説き伏せる中に威圧を感じる。それでもタウラは顔をそらなさい。迷ってなどいられない。この戦争の鍵を握っているのはマルスであることは間違いない。もしマルスを失えば戦局は大きく変わり、グラジオスは敗北するかもしれない。ここでグラジオスが負ければ歴史は変わってしまう。タウラとリーシャがこの時代に来たとこが原因ならばそれを止めるのは自分たちの役目だ。

 重苦しい雰囲気の中、玉座の扉が開いた。

「王様、ちょっとお話がしたいんですけど〜」

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