第12話 訓練を終えて
先遣隊がガスパに出兵するまでの五日間はタウラにとって得難い日々となった。マルス・マルタンに稽古をつけてもらえたのだ。得難いといっても楽しかったわけではない。むしろ自分の剣の弱点と向き合い克服しなければならなかったので、艱難辛苦を極めた。城内には練兵所があり、そこでタウラは修練した。マルスははじめタウラに剣を持たせなかった。その場にタウラを立たせているだけだ。
「手合わせのときにわずかに垣間見ることはできたが、本来の腕を持ち合わせていながらおまえの思念がそれを隠してしまっているな。何を憎んでいる」
一度の手合わせでマルスは見抜いていた。タウラの剣が変わったのは一年前の事件が起こってからだ。コルポト村に住むようになり、裏山ではじめて剣を振ったとき違和感を覚えた。声が出ないことによる体調の変化が原因かと思っていたが、師匠が村にやってきたときマルスと同じことを指摘したのだ。タウラの剣に憎しみが混じり始めていると。王国騎士として働き、家族を養うために磨いてきた剣が不可解な現象で辞退することを余儀なくされた。タウラにとってそれは挫折だった。克服するにはタウラが自分の力でやるしかないと師匠は言った。だから剣を降り続けた。それから一年間、タウラの剣は磨かれたものの克服には至っていない。
マルスの稽古は連日数時間に及んだ。出兵前で、隊長でもある彼女はめまぐるしく忙しい。それでもタウラのために時間を割いてくれた。もちろん王の命令ということもあるが、感謝している。
稽古を始めて四日目、今日も立ってマルスと向かい合っている。それだけで汗がにじんだ。その直後に悪寒に襲われる。先の三日間はここで失神していた。マルスの気がタウラを攻めるのだ。こういうときはいつも剣を抜くのだがそれができない。ただ、立つことしか許されていない。精神を追い込んだのはいつぶりだろう。剣を降り続けることで身体を酷使させてきたが、心は憎むままに任せていた。今は心を酷使している。心を追い込めば身体も疲れる。疲労がタウラの邪気を追い払っていく。やがて何も考えられなくなった。そこで剣を渡され、振った。剣を持っていないような感覚だった。疲れきっているはずなのに、いくらでも振れた。
「それがおまえの持っている型か。毎日剣を振ってこなければそこまでの形にはならない」
マルスが感心している。そして彼女は剣を抜いた。タウラと打ち合う。練兵所に小気味良い鉄の音が響く。マルスの動きに引っぱられるようにタウラのキレがさらに増していく。そこは二人だけの時間だった。しばらく打ち合ったあと、どちらからともなく剣を引き、収めた。タウラもマルスも大きな息を吐いた。
「地から湧き出る清流のように美しく強い。そんな印象を受けたよ。よい師匠に師事したのだな」
タウラはうなずいた。
「きみの剣は美しすぎると言ったが、その先があったのだな。剣はきみの道具ではない。きみそのものだ。いいものを見せてもらったよ」
稽古が一段落したのを見計らってか扉が開いた。リーシャだった。
「おつかれさま。ちょっと休憩したら。わ、二人とも汗びしょびしょじゃない」
そう言って飲み物を二人に渡す。彼女は城内の雑務を積極的に引き受けている。
「リーシャ、いつもすまないな」
「稽古は順調?」
「ひとつ山は越えたようだ。少なくとも実戦に出ても問題のないところまではきた。そちらはどうだ」
「料理長にほめられちゃった。いい腕をしているってさ」
「王女は料理もできるのだな。こちらの王にも見習ってほしいくらいだ」
歳の近い二人は打とけた様子で話し合っている。タウラはほほえましくなった。
「マルスは明日ここを発つのよね」
「ああ。しばらく帰ってこられないだろう」
「そのあとタウラも行くんだよね」
タウラはうなずいた。
「タウラを実戦に出すのは心配か」
「やっぱり、不安かな。タウラも、マルスも。急にここにきて戦争に加わることになったから。戦争がどういうものかもわかっていないし」
「わたしたちだってそうさ。ここでは人の命がたくさ失われていく。戦争などない方がいい」
「マルスも戦争はいやなの」
「あたり前だろう。わたしは好きで人を殺しているわけではない」
心の底から引っ張り上げたような言葉だった。マルス・マルタンはグラジオスの英雄であるが、残虐な剣で多くの敵の命を奪った。そう史実には記載されている。タウラはそれを疑問に感じていた。この四日間、マルスに稽古をつけてもらい、会話は少ないが稽古を通して彼女の人となりに触れてきたからだ。
「剣を磨くことと命を奪うことは表裏一体だ。自分のとった行動を正当化するつもりはない」
マルスの剣は人を制圧する剣だ。現代王国騎士のトーラスが繰り出した裏マルス流ではない。見せていないだけかもしれない。彼女が秘匿しているなら、おそらくそれが残虐な剣になるのだろう。
「マルスはどうして王国騎士になったの」
マルスは考えてから答えた。
「運がよかったんだ」
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