第11話 戦渦にのまれて
「そこまで」
粛々と王が言った。タウラの剣が手から離れた最後のマルスの一撃が見えなかった。マルスに動きはなかったはずなのに。
「どうだ、マルス」
マルスは剣を収めた。王と向き合いながらもタウラから気配を離さなかった。
「実力はあります。この若さではまれに見る腕の持主です。それに見ようによっては美しい剣を振りますね。すぎるくらいです。実戦向きではありませんが」
剣士としての褒め言葉ではない。酷評だ。
「使えそうか」
「今のままでは無理です。ですが小さなきっかけひとつで大化けする可能性を秘めています。いい才能ですよ」
「よし」と王は納得した。
「実戦まではまだ数日ある。死に物狂いで成長してもらうぞ。マルス、おまえに任せる」
「それじゃあ」リーシャの声が弾む。
「男の方は仮合格といったところだ。おまえたち名は何と申す」
「わたしはリーシャ・グラジオス。こちらはタウラ・ヴィンスです」
王のお眼鏡には適ったようだ。ああよかったとリーシャは胸をなで下ろすのをよそに、タウラは素直によろこぶことができなかった。弾かれた剣を見る。これが戦の場であったならタウラは死んでいた。自分の剣は戦では通用しない。厳しい評価を突きつけられ、現実を知った。
「いい顔をしているな、タウラ。悔しいなら糧にしてみせろ。はね返してみせろ。それがここで生き残るための手段になる。それにしても、おまえはさっきから一言も話していないではないか」
「彼は事情があって言葉を失っているんです」
「言葉を失う?」
リーシャはタウラに目配せした。「話してもいい?」
タウラは「かまわない」とうなずいた。
「グラジオスに古くから伝わるレリーフに触れた途端、タウラは意識を失いました。一命は取り留めたのですが、話すことができなくなってしまったのです。呪いの一種のようですが、詳細はわかっていません」
タウラは持っていたレリーフを見せた。ほう、と王が声をあげた。
「これは王国騎士のレリーフではないか。タウラは王国騎士だったのか」
はい、ええと、なる予定でした。
「レリーフに呪いなど聞いたことがないな。国が厳重に管理しており、おいそれと触れられるものではない」マルスが首をかしげる。
「わたしたちの時代でもそうです」
リーシャの言葉に、王は納得したように喉をうならせた。
「そうなると、城内に詳しい者がかかわっている可能性は高いだろうな。命を奪うほど高度な呪いならば、知識や技術に精通しているはずだ」
「レリーフに触れられる人間は限られているからこそ、だれが呪いのかけたのか見当がつかなくて」
「いつの時代も敵は身内に潜んでいるものさ。大きな国ならばなおさらな」
王の言葉にリーシャは首を振る。
「裏切る者がいるとは思えません」
「思いたくないだけなのでは。過信は油断となり身を滅ぼす。身を滅ぼすことは国を滅ぼすことだ」
「過信なんて……していません……」
「事が起こってから、過ちと気づくものだよ。だからこそ治める者はいつでも死を覚悟していなくてはならない」
それが王に課せられた宿命だ。戦時下の人間にしか感じ得ることのできない処世の嗅覚は現代に生きるタウラとリーシャには備わっていない。
「こんな我々の考え方など淘汰されていく方がよいのだろうな、マルス」
「ええ、そうですね」
王は笑みを浮かべていた。自嘲の笑みだった。
「そのためにも戦争ははやく終結させねばならん。そのあとでゆっくりときみたちから話を聴き、未来の時代考証をさせもらうとしよう」
いらぬことを考えるな。そう言われているような気がした。
「話を戻そう。タウラの呪いについてだが、この時代にそのようなものは存在していない。ただし、グラジオスにはだ。
「奇術、ですね。調査はさせていますが、はっきりしていません」
コルポト村でカイルが言っていた。南の国には奇術を使う者たちがいて、それは古代の呪いに通じると。王は眉間に皺を寄せている。
「タウラの呪いを解くことは、奇術の解明にもつながるかもしれん。南の国が砂時計を狙うのもそのあたりが関係しているのかもな。砂時計と奇術がどうつながっているのか、いまのところ見出せないが」
手がかりは南にあるということか。
「自分の身は自分で守れればよし。タウラ・ヴィンスよ、おまえは敵国である南の国に赴き、内情を調べ、この国のために剣を振るう覚悟はあるか」
それが呪いを解くことにつながるのならば。タウラは敬礼した。
「よし、マルス・マルタンの先遣隊のあと、別隊も合流する。港町ガスパを拠点に調査を深めるぞ。タウラは別隊に参加してもらう。必ず強くなれ」
必ずというがどういうことか、ひしひしと伝わった。
「王、よいのですか」
「信用できるかどうかは、剣を交えたおまえが一番よくわかっているのではないか。マルス、タウラを使いものになるようにしておけよ」
「はっ」マルスが踵を鳴らした。
「リーシャ、この戦争の目的は把握しているな」
「砂時計を守るための戦い。南の国が侵略をしてきているのですよね」
「そうだ。そのため守りながらの攻略をすることになる。こちらの勢力はふたつに分けねばならん」
マルス率いる先遣隊・別隊と、砂時計周辺に配置する本隊だ。だから砂時計の周囲、何もない辺鄙なところに小隊が展開されていたのか。
「小競り合いが続いていたが、頻度と規模が大きくなっている。近いうちに大規模な戦になるだろう。そこで大局が決まる。ずいぶん長引いたが、砂時計がもたらした戦争をようやく終結できるかもしれない。まったく、時の支配の魅力にとり憑かれたことこそ、本当の呪いなのかもしれないな。二人の働きに期待しているぞ」
こうして現代に暮らすグラジオスの王女と青年剣士が中世の戦争に放り込まれることになった。
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