第10話 審査
「ひとつだけお訊きしてもいいですか。あなたは第十五代グラジオス王なのですよね」
「そうだ。どうやらマルスの方が有名人みたいだな」
皮肉と捉えられたようだ。
「すみません、別にそういう意味ではなくて」
リーシャは考えてから、言葉を選びながら口を開いた。
「ならば今は王朝歴三百年あたりですよね」
変な質問だなと今度はマルスが洩らす。
「王朝歴を忘れているのか。未来からきたのではなく記憶を失っているだけでは。王朝歴三〇二年だ」
「なるほど。ではこの戦争は三年前に南の国(レジーナ)から始めた戦争ですね」
「それ以外あるまい」
北と南はことあるごとに対立と衝突を繰り返してきたのだ。
「次は船を使って南のガスパ港から上陸するのでしょう。都市の殲滅ではなく拠点の確保のために。マルス・マルタンが先遣隊を率いて」
マルスは目を開いた。
「わたしは先ほど王に作戦があると言った。会話から推測したか」
リーシャは微笑む。
「たしかにそうとも考えられますね。では、マルス派遣のあと、砂時計の守備のために軍隊長の一人であるゴンザム・メラの部隊を向かわせるのですよね」
これには王もマルスも驚きを隠せなかった。
「……どこで知った」
「歴史です」
リーシャの簡潔な答えに王はひととき言葉を失い、それから弾かれたように笑った。
「こりゃまいった。全部筒抜けじゃないか。どんな優秀な軍略家よりも先を見通せている。なるほど歴史から聞いたか。まったくもって敵わん」
王はうれしそうだ。
「よし、それじゃあこちらからも尋ねよう。この戦争、どちらが勝つのかも知っているのだな」
「ええ」
「どっちだ」
おほんとリーシャはもったいぶった咳をし、胸に片手をあてた。
「わたくしは第五十三代グラジオス王の娘ですよ」
それを聞いて王は「素晴らしい」とうっとりした表情を見せた。
「きみは天女様みたいだな」
王は恭しくリーシャの手をとった。
「この国を勝利に導く天の使いよ。どうかグラジオスに栄冠をもたらしたまえ」
躊躇することなく頭を下げた。国の一番上に立つ人間が一人の少女に頭を下げている。
「王様がそんなことをしてもいいのですか」
「国にとって必要な者のためならおれの頭など安いものさ」
殊勝な態度にリーシャは複雑な思いがした。何十代も続いている王朝には様々な性格の王がいたことだろう。時代が人格を作ることもあるが、平穏な現代よりも動乱期の方が国の長は謙虚に見えた。現代のグラジオスが奢っているとは思っていない。しかし、これほど謙虚でもない。
マルスが一歩前に出た。
「王、わたしは彼と手合わせしてみたいのですが。腰に下げてはいないがきみは剣が使えるな」
すでに見抜いていた。はじめて目が合ったときから気づいていたのかもしれない。
「さしずめ王女を守る騎士というところかな。いいじゃないか、マルス、許可する。真剣でいいな」
「え、ここでやるんですか」リーシャが声を上げた。
「玉座の間だからとて遠慮はいらん。練兵所に行くのも面倒だしな。それにマルスの腕は一流だ。心配いらん」
どう心配いらんのか説明してほしかった。
タウラは剣を渡され構える。マルスは自分の佩いている剣を抜いた。玉座の間は余計なものがない分広い。剣を振っても問題なさそうだ。それよりも自分が中世の英雄マルス・マルタンと向き合い剣を構えていることが信じられなかった。剣士ならだれもが憧れる唯一無二の存在なのだ。こんな機会がくるなんてあり得ないことだ。
だが、今はその名誉ともいえることが重圧となってのしかかってくる。タウラは自信がなかった。数時間前、砂時計の前で壮年の剣士トーラスに敗れたのにマルスの相手になどなるのか。マルスの剣気は隙を見せれば斬り捨てられるほど鋭い。
「何を迷っている。行くぞ」
タウラの剣を持つ手に力が入る。マルスは下から上に振り上げ、タウラはそれを受けた。トーラスと同じ入り方だった。タウラの肌がざわつく。これがマルス流の始祖なのだ。トーラスより力は弱いはずなのに受けたときの振動が骨にまで響いた感じがした。
「わたしの剣を知っているような受け方だな」
続けざまに剣技が来る。これも同じだ。厳しいが、なんとか受けられている。数合打ち合うと、失っていた自信がふつふつと蘇ってきた。
やれる。渡り合えるぞ。
タウラは攻めてみたくなった。自分の剣が英雄相手にどこまで通用するのか。タウラの剣が活気づく。
「ほう」
マルスがつぶやいていた。流れるような剣筋で攻勢に出る。一歩、また一歩と踏み込んでゆく。その先にマルスの隙を見つけだした。
ここで決める。
腕に力を込め、渾身の一撃を見舞おうとしたとき、マルスの目が光る。玉座に乾いた音が響くと同時にタウラは剣を失っていた。失ったとこにはじめは気づかなかった。剣が弾かれていたと理解できたときには、タウラの胸に剣先があてられていた。
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