第8話 現在地
リーシャの提案により、南を目指すことになったが、歩きだしてみてこれは途方もない旅になりそうだとタウラは感じていた。グラジオス王国の領土は広大だ。大陸の半分を占めているのだ。
道が整備されているわけでもなし、見渡す限り草原が広がっている。歩いて向かうには限界がある。草原がふかふかのベッドに見えてくる。寝転んでしまいたかった。旅の準備はもちろんのこと、食糧だって持っていないのだ。
「あら、もう根を上げるの」
すました顔でリーシャは言った。ずいぶん元気な王女様だ。そんな動きにくそうな格好でよく歩けるな。根を上げていませんと主張するため、タウラはリーシャの前を歩いた。
二時間ほど歩いただろうか。草原の切れ端にたどり着く。前方から何かがやってきていた。だんだんと姿が大きくなってくる。数人の人間が馬に乗っていた。
「馬に乗っているということは、身分の高い人たちだわ。もしかして、お城の人かも」
タウラたちのもとにやってきたのは、鎧を身につけた兵士だった。馬のいななきとともにタウラとリーシャは取り囲まれた。
「おい、貴様ら、ここで何をしている」
いきなり兵士がタウラに剣を突きつけた。グラジオスの国章が鎧の胸のあたりに刻まれていた。
「あちらから歩いてここまで来たのですけれど」
リーシャが歩いてきた方角を指差し、親しみを込めて答えた。
「そこには砂時計があるだけだ。立ち入り禁止区域になっているのを知らんのか。ここはグラジオスが管理する不可侵区域だ。まさか砂時計にまで行ったのではないだろうな」
「ええ。というより気がついたら砂時計の側にいたのです」
「なんだそのふざけた理由は。どうやって入り込んだから知らんが、王国法に基づきおまえたちは城に連行する。相応の罰を覚悟するんだな」
リーシャは顔色を変えた。
「うそ、ちょっとまってよ。いきなりそんなことするなんて」
最後まで言いかけたが、自分たちすら把握できていない状況で弁論するのは無理だと思い、リーシャは諦めるように息を吐いた。
「もう少し情報が必要ね」
タウラも賛成だった。この人数を相手に折れた剣で抵抗するのはあまりに無謀だ。
「わかりました。お城できちんと説明させていただきます」
「聞き分けはいいようだな。連行せよ」
抵抗することなく素直に従うと、あとからやってきた馬車に放り込まれた。
荷馬車の中で簡易な取り調べを受けた。態度は厳しかったが、手荒な真似はされなかった。捕虜の扱いを心得ている様子で、質問も手馴れている。どこのだれで何の目的で禁止区域に入ったのか。リーシャはひとつひとつ丁寧に答える。それが好感をもたれたのかもしれない。
だが理解はされなかった。自分はグラジオスの王女で、砂時計の空間が歪んでそれに吸い込まれてここに来たと。この時代のことを教えてくれれば役に立つ情報を提供できるかもしれないと交渉もしてみせた。
もちろん、何ひとつ信じてもらえなかった。取り調べの兵士は筆記具を置くと、伸びをしてから興味深そうに二人を見た。
「よくもまあぺらぺらと空想が出てくるものだ。それにしても王女とは大きく出たな。なるほどたしかに破れてはいるが服だけは上等だ」
リーシャの裾をつまんだ。彼女はその手をはたく。
「失礼ですよ、控えなさい。わたしは第五十三代グラジオス王の娘です」
これを聞いて取り調べの兵士は大笑いした。
「はっはっは、こりゃあいい。第五十三代ときたか。立派な王女様じゃないか。だが噓をつくなら歴史はちゃんと勉強しておくべきだったな。今の王は第十五代グラジオス王だ。これじゃあ貴様らは未来からきたことになるなあ」
タウラは息を飲んだ。リーシャの推測は的を射ていたのだ。第十五代となると、王朝歴三〇〇年あたりだ。タウラのいる時代から千年以上過去になる。真剣な表情のリーシャとは対照的に兵士はまだ笑いを収められていない。
「冗談とはいえ頼もしいなあ。となると今の戦争の行く末を見通せているというわけか」
「ですからそうとさっきから申し上げているじゃありませんか。今後のグラジオスの指針についてお話しできることがあると」
「だあっはっは。王女様は占いもできるそうだ。これは取り調べが難航するぞ。なんせみんな腹がよじれて大笑いするだろうからな」
リーシャはむっとした。
「それならもういいです。何も言いません」
ぷいと横を向き、そしてなぜかタウラのことをにらみつけた。
「あなたもちょっとは言い返しなさいよ」
それはどうにも無理な注文だ。
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