第74話:その疵はツキミソウのように
名残惜しむ気持ちに喝を入れて俺は早紀さんの家から学校へと向かった。第一ボタンこそ開けているが、ネクタイをちゃんと締めれば
「うん。これなら何とか大丈夫かも。でも晴斗、本当にいいの? その疵のことを聞かれたら私につけられたって言って。何か言われない? 大丈夫?」
出発前。玄関で靴を履き終えた俺にそっと近づいて首筋を覗き込みながら不安そうに声で尋ねてきた。
「大丈夫だと思いますよ? それに、高校生なんてみんなそういうものじゃないですか? 夏休み明けに別人みたくなった奴もそれなりにいましたし、気付けば交際している連中もいました。それに文化祭後にも色々あったみたいですしね」
高校生だと言っても思春期真っただ中に変わりはない。ほんの些細なきっかけで身体を
重ねることは往々にしてあるだろう。そこに互いを大切に思い、慈しむ気持ちがあるのなら悪いことではないと俺は考える。だって、愛する人と繋がることが出来るのはとても幸せなことだから。俺は身をもってそれを体感して実感している。
「だからね、
大切な人ができたら俺の気持ちがわかるから、お前にもそういう人が早く見つかるといいな、ってね。まぁ早紀さんのような魅力的で包容力があって、それでいて可愛い女神のような女性は早々いないと思いますけどね」
「…………晴斗、それ以上はダメ。女神とかさすがに言い過ぎ。恥ずかしくて顔から火がでそう」
「どうしてですか? 俺にとって早紀さんは
大袈裟かもしれないけれど。俺は彼女の存在に何度も救われてきた。今こうして立っていられるのは間違いなく早紀さんがいるからだ。そんな大好きな人を女神と思わずしてなんとするか。
「わかった。晴斗の素がいかに危険かよくわかった。こんなんじゃ私の心が持たない。ふぅ……早く慣れなきゃ」
早紀さんはぶつぶつと呟きながら俺の胸に頭をコツンと置く。そうなると当然俺のすることは決まっている。
「……晴斗に任せるよ。好きに言っていいよ。でもあまりハードルは上げないでね? いざ晴斗の友達に会った時、恥ずかしい思いはしたくないから……」
「もう十分、早紀さんが美人なことは学校中に知られていますけどね。まぁそんな早紀さんにも
「もぉ……このベッドヤ●ザめ。いつか絶対ギャフンって言わせてやるんだから……覚えておきなさい?」
「フフフ。それはそれで、そそるので楽しみにしていますね。それじゃぁ……そろそろ行きますね」
「あっ、待って晴斗。忘れ物があるよ」
何ですか、と尋ねようとした俺の口は早紀さんによって塞がれた。しかも舌を絡める濃厚な大人のキス。
「……んっ……ゅちゅ……ふぁ……フフッ。いってらっしゃいのキス、忘れないで」
「……ふぁ……それにしては、少し激しくないですか? 夜まで俺を生殺しにするつもりですか?」
俺は思わず早紀さんの腰に手を回しながら、抗議の意を唱える。すると早紀さんは小悪魔のように口角を少し吊り上げて、俺の耳元で囁いた。
「あら……夜と今朝もあれだけしたのに……もう我慢できないの? フフッ。はるとの……エッチ」
ゾクゾクと心地いい電流が駆け巡る。
「今夜も……したいの? はぁむ……っちゅぅ……フフッ」
耳たぶを甘噛みしてくる早紀さんの状態は情愛に溢れる可憐な天使ではなく、その裏に潜む嗜虐的な妖艶な女王様だ。このスイッチが入ったら俺は為すがまま、ただひたすらに快楽を与えられ続ける。
「……早紀さん。まずいですよ……さすがに……時間が……っつ……遅刻、します……」
「ならぁ……はむ……続きはぁ……んんっ。今夜、かな? フフッ。たくさん、虐めてあげるから……っちゅ、覚悟しててね?」
はい、と俺は上の空で返事をして。もう一度、今度は軽くキスをして俺は学校に向けて早紀さんの家を後にした。
*****
晴斗の背中が見えなくなるまで身を送ってから、部屋に戻ろうとした時。隣の家の扉が静かに開いた。
「おはよう、早紀ちゃん。昨晩はお楽しみだったみたいね?」
「っあ、里美さん。おはようございます……その、えぇ。まぁ、それなりに?」
顔をのぞかせたのはいまや晴斗の保護者となっている里美さんだ。昨日晴斗が私の家に泊まることは話してあった。
いくらお隣さんとはいえ晴斗はまだ未成年の高校生。親代わりである里美さんに外泊の許可を取らなければいけないと晴斗が言って、了承を得ていたのだ。
「もう! なにがそれなりよ。早紀ちゃんの喘ぎ声がこっちまで漏れ聞こえてきたわよ? もう少し静かにヤラないとダメよ?」
「そ、そんな! 私、そんなに大きな声出してましたか!?」
自分の顔が一気に茹で上がるのを自覚した。自分ではわからないがそんなに大きかったのだろうか。そう言えば晴斗もその最中に
―――大きな喘ぎ声ですね……そんなに…‥イイんですか? すごく、可愛いですよ―――
とか言っていた気がする。そんな慌てふためく私の様子を見ていた里美さんは我慢できないとばかりに声を上げて笑い出した。
「ハハハ! 冗談よ、冗談! いくらなんでも聞こえるわけないでしょう? もう、早紀ちゃんてばホント可愛いんだから!」
まんまと里美さんに嵌められた。冷静に考えればいくら声が大きかったとしても、このマンションの分厚い壁を突き抜けて隣に漏れ聞こえることなどありはしない。どうやら私の頭もつい先ほどまでの晴斗との蜜事で沸騰していたようだ。
「それで。どうだったの、晴斗とのセックスは? 気持ちよかった? あの子若いし、野球やっているからすごかったんじゃない?」
朝からなんてことを聞いてくるんだろうかこの人は。だが昨晩と今朝と見送りのことを思い出してみればむしろ私の方がひどいかもしれない。だからここは恥ずかしいけれど素直に答えることにした。
「……はい、とても。
「わぁお。早紀ちゃんってば大胆。ねぇ、まだ時間あるでしょう? 昨日何があったのか、教えてくれる? 多分晴斗からも今日話があると思うけれど、早紀ちゃんからも聞いておきたいの。女同士でしか聞けないこともあるしね」
幸いなことに今日の大学の講義は三限からだ。親友とその前に
「ウフフ。いらっしゃい。ゆっくりコーヒーでも飲みながら話を聴かせてね? そ・れ・と。その首筋の噛み痕も、ね。早速派手なマーキングされちゃったのね」
「そ、そうですね……でも私も晴斗にマーキングしたので、お互い様ですよ?」
「あら惚気? 惚気ね? 早紀ちゃん、どうして人は好きな人にキスマークだったり噛み痕だったりをつけたいと思うか知っている?」
私は一瞬考えるが、すぐに思い浮かばない。無意識のうちに、私は晴斗の綺麗な首筋に牙を立てていた。その時の感情は―――
「心当たり、あると思うけれど。それはね、深い愛情表現よ。独占欲の現れでもあるかな? それだけお互いを思い合っている証拠ね。はい、ご馳走様でした。コーヒーはブラックでいいかなぁ」
里美さんは無糖でしか飲んでいるのを見たことないが、そんな風に言いながら部屋に入った。私もその後に続きながら、晴斗につけてもらった疵にそっと触れる。ただそれだけで、晴斗の愛を感じることができる。そんな気持ちになれる不思議な疵。
この後。私は里美さんに質問攻めに合い、根掘り葉掘り洗いざらいしゃべった。それはもう赤裸々に。どれだけ晴斗が雄々しかったか等々。
女二人の楽しいモーニングの一時はあっという間に過ぎていった。
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