第48話:晴斗の慟哭
「は、晴斗……怪我したって聞いて心配で来ちゃった。これ、お見舞い。うちのお母さんもよろしくだって。足は大丈夫なの?」
「あぁ。大丈夫。折れたけど、大した怪我じゃないから。それより……今お見舞いって言ったのか?」
「うん。だって私、晴斗の幼馴染だよ? 心配するに決まって―――」
「ハハハ……早紀さんの言う通りだよ。お前、よくもまぁノコノコと来れたな。この家の住所は誰に聞いた? まぁどうせ親父を経由してお前のおばさんから聞いたのだろうけど……ホント、余計なことをしてくれたもんだなぁ」
「は、晴斗……?何を言っているの?」
苛立ちながら、まるでここにいる私の存在など気にしていないかのように、独り言のように呟く。
「俺がお前に見限られたこと、振られたことをうちの親が知らないはずがないだろう? したくないけどしなきゃいけないからな。それなのによくもまぁ息子が住まわせてもらっている里美叔母さんの家の住所を教えたもんだよ……信じられない」
「ね、ねぇ……どうしたの? 私が来て嬉しくないの?」
だって昔は、私が応援に来れば喜んでくれたじゃない。
「お前が来て……俺が喜ぶ? ハッ! ふざけるな。寝言は寝ている時だけにしてくれ。お前が来なければ……お前が来なければなぁ! 俺は……俺は……」
晴斗は血が出るほど強く、何かを堪えるように唇を噛み締めた。彼が何を我慢しているのかわからない。
「晴斗君……いいんだよ、辛いなら、無理しないで……」
女が晴斗に駆け寄り彼の身体を優しく抱きしめた。晴斗はその身を彼女にゆだねて、すごく落ち着いた、安心したような顔になった。私は彼のあんな幸せそうな顔を
「大丈夫……大丈夫です、早紀さん。ありがとうございます。俺はまだ、大丈夫です」
「晴斗君…………」
二人だけの世界に浸っていたが、晴斗から女の手を解いた。その目には光があった。彼が女に向ける視線には、明確な好意があるように見えた。
晴斗を抱きしめていいのは私だけ。慰めるのも私の役目。断じて、あの女じゃない。
「……なぁ。お前はさ……間抜けにも怪我をした俺のことわざわざ笑いにでも来たのか?」
「えっ……?」
晴斗の自嘲気味の声。彼はあの女にかけた声とはまるで正反対の感情のこもっていない冷淡な声で私に言葉の刃を向けた。
「確かに、忙しくて連絡をしなかった俺も悪いと思っている。遠距離になって、忙しくて、お前にかまってやれなくなったからな……振られたのもまぁ仕方ないとも思っている。だけど……だからこそ、どうして平気な顔をして、
また聞いたことのない、晴斗の怒気を含んだ声。彼はいつだって優しくて、笑顔を向けてくれた。それなのに、どうしてそんな無表情な目を向けるのか。
「あの時……『好きな人が出来たから別れて』と一方的に告げられた時の俺の気持ちがわかるか? 理由を聞きたくて連絡しようとしたけど拒絶されたと知った時の俺の気持ちが……お前にわかるか? あぁ……きっとわからないだろうな! わからないから、何度も何度もメッセージを送ってきたり電話をかけてきたりしたんだろう? 俺を振ってから一週間も経たないうちにな! あの時はさすがに自分の目を疑ったよ……なんだこの女は、ってな」
晴斗の顔は歪んでいた。それは悲しいと言うよりも苦しいと言う表情だった。私が駆け寄ろうとしたが、それは飯島早紀に阻止されて、彼女は再び晴斗の身体を抱きしめる。その力は先ほどよりも強い。
「どうして……わ、私が少し連絡しなかっただけでそんなこと言うの? す、好きな人が出来たっていってもそれは……そう! ほんの出来心みたいなもので……私はやっぱり晴斗のことが―――」
「……黙れよ」
晴斗が俯きながら静かに言った。
「早紀さんとの会話、聞こえてないと思ったのか? 別にさ。お前がどこの誰と付き合ってキスをしたり、
「わ…………私は……」
どうしてここまで言われなきゃいけない。寂しい思いをさせたのは晴斗。私は悪くない。悪くないはずなのに―――
「わざわざ来てくれて悪いけど……帰ってくれ。お前の顔は……できればもう見たくない。大袈裟じゃなく、それこそ一生な」
「そ……そんな……どうしてなの……晴斗」
「うちの親はどうか知らないが、少なくとも俺はお前との縁を切る。金輪際、俺の前に顔を見せないでくれ」
「そ、な……なんでっ―――! どうして―――!?」
「悪い……これ以上話もしたくない。昔から色々とおばさん達には世話になったし悪いと思うけど、俺はもう
言い終わると晴斗はぐったりとした様子で肩を落とし、抱きしめている女に身体を預けた。そして飯島早紀に支えられながら部屋の奥へと消えていった。私は何も言えずに呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
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