第19話:王者、反撃の狼煙?
大阪桐陽高校。夏の大会現在二連覇中。春の大会も準優勝を果たした強豪中の強豪。この大会も優勝候補の大本命。一回戦で当たった高校は早々に聖地から立ち去ることが確約されたような理不尽な強さを誇る。
しかし、そんな高校が徐々だが確かに追い込まれていた。
『さぁ、試合は中盤の山場の六回裏まで来ました。三連覇がかかる桐陽高校ですがここまで三点のビハインド。明秀高校のエース、松葉君の前に抑えられております』
『松葉君は元々いい投手ですが、今日は一段と調子がいいですね。ストレート、変化球のキレ共に素晴らしいです。さすがこの世代ナンバーワン左腕ですね』
『しかし、このまま桐陽高校が黙っているとは思えません。この回は一番から始まる好打順です!』
『ここを乗り切ることが出来れば、明秀高校が俄然有利ですが、もし得点が入れば、流れは一気に桐陽高校に行く可能性があります。ここがターニングポイントになりそうですね』
松葉は己の身体に溜まる疲労に心地よさを感じていた。球数はまだ83球。6回にしては多い方だがまだまだ腕は振れる。身体の軸もブレていない。この調子なら相手が優勝候補でも完封してしまえそうだ。
「松葉先輩、この回は気を付けましょう。特に、4番の北條の前にランナーを出さないようにしましょう。甘くなれば確実にもっていかれます」
「そうだな。それに北條が打てば打線が活気づくからな。よし、油断せずにいくか」
「はい! 俺も細心の注意を払ってリードします。この試合、勝ちましょう!」
日下部は本当にいいキャッチャーだ。相手の分析に余念がなく、理論的に配球を組み立てて、ピッチャーを気分よく投げさせることにも注意を払ってくれる。だから俺はこの強力打線を相手に無失点に抑えることができている。
相手の一番打者は左バッター。前の二打席はセカンドゴロとサードゴロに抑えたが、タイミングは合ってきている。特にスライダーに狙いを絞っているのかその他のボールはカットで逃げた。なら、この三打席目は―――
初球。外に逃げるスライダー。やはり振ってくる。バットの先にあたるがファール。二球目。俺は思わず笑みを浮かべた。さすが日下部、わかっている。選択したのは同じくスライダー。しかし今度は内から切り込むフロントドア。中途半端なスイングで追い込む。
そして最後。あえて打者が狙っている球種を厳しいところに投げ込み、追い込むことで混乱させて―――投げ込むのは基本にして至高、アウトローへの直球。
「ストライク! バッターアウトッ!」
『見逃し三振! 明秀バッテリー、三球勝負に来ました! 松葉君の快投が続きます!』
『素晴らしいですね。相手がスライダー狙いとわかっていながらあえて勝負して最後にズバッとストレート。さすがに手が出ませんでしたね』
二番打者は右。近年流行している打てる二番打者。小技ではなく長打が打てる選手で、気を付けなければいけない。とはいえ、桐陽高校に気を付けなくていい選手はいないのだが。
初球。外のストレート。完璧に合わせてくるがボールはバックネットに。球威で押し込めたがこれが北條だったら―――切り替えよう。二球目は外から内に入るカーブ。これは余裕をもって見逃す。三球目、インハイのストレートで身体をのけ反らせる。一瞬スタンドがざわめくが気にしない。そして、決め球は―――
『二者連続三振! 最後に選んだのは外に逃げながら落ちるチェンジアップでした。これもいい落ち方しましたね』
『そうですね。腕の振りもストレートと変わりないので見極めは難しいと思います。右打者はこのボールに手を出してはダメですね』
危険な打者は抑えた。ここからクリンナップ。3番の藤浪は投手としてだけでなく、打者としても十分一流だ。パンチ力もあるし、次の打者のことを考えたらここで切っておきたい。
だが、藤浪はかつてないほどに燃えていた。ここまで松葉に完璧に抑えられている。予定になかった序盤での登板。チームも三点差で負けている。優勝候補大本命が一回戦で消えるのは、ありえない。
「打ちたい、打ってやる、そんな気配がビシビシ感じるよ。だけど、負けたくないのは俺も一緒だよ」
だからまともに勝負はしない。打ち気に逸る打者にストレートを投げ込むのは愚策。変化球、変化球、変化球。カーブ、スライダー、チェンジアップ。ストライク、ボール、ファール。さすが3番バッター、食らいついてくる。見せ球にストレートはボール。そしてまた二球粘られて、カウントは3ボール2ストライクとなり―――
『あぁと、最後はチェンジアップが外れてフォアボール。藤浪君、よく粘りました!』
『見ごたえのある勝負でしたね。なんとしてでも塁に出るんだという気迫が藤浪君から感じました。松葉君もいいボールを投げていましたが見極められましたね。そして、ついに北條君の前にランナーが出ましたね』
はぁと大きく息を吐く。力が入りすぎた。
「先輩、大丈夫ですか? 球数も100球近いですよ。次は北條ですが―――っと、監督タイム取ったみたいですね」
ここで工藤監督が初めて守備のタイムをとった。甲子園では攻守ともに三回ずつタイムをとることが許されている。そしてこれはこの試合通じて初めてのタイム。マウンドに集合する内野陣。伝令役を任されたのは、晴斗だった。
「どうも。松葉先輩。大丈夫ですか?」
「うるせぇ。俺はまだ大丈夫だよ。それで、監督はなんだって?」
「はい、監督はお前達に任せる、悔いのない勝負しなさいとのことです」
「……監督も人が悪いな」
「まぁ一発打たれてもまだ一点差。松葉先輩の今日の出来なら一点あれば十分ですね。カウント悪くなったら歩かせて五番勝負ってのもありですしね」
「大丈夫ですよ、松葉さん。もし打たれても僕が取り返しますから。あと後ろには晴斗がいるんで、降板してくれて大丈夫ですよ? むしろ降板してください」
「よし、悠岐、お前は後で説教するから覚悟しておけ。俺は今日
俺の闘志はまだ衰えていない。みんな笑っていた。日下部はやれやれと言った感じで、晴斗は信頼の眼差しを、悠岐は不満げな、一塁手の城島はうん、と頷いた。腹は決まった。
「優勝まで突っ走るぞ!」
俺達は円陣を組んで裂ぱくの気合を吐いた。さぁ、ここが正念場だ。
迎えるのは世代最強の四番打者。逃げるわけには、いかない。
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