終焉の魔王(20)

「うそっ! あの中!?」

 ヴァイオラは悲鳴を上げる。


 微弱に捉えられたケイオスランデルの識別信号シグナルは膨れ上がる閃光の中。そこはもう恒星表面とさほど変わらない状態になっている・


「ばっかやろ! 何してんだ!」

 躊躇いながらも向かおうとする彼女のクラウゼンをマシューが機体を張って止める。

「行かないと。あそこに魔王様が……」

「行けばお前も死ぬだけ! アームドスキンじゃ耐えられない!」

「一人で逝ってしまうの……」

 伸ばした手が震える。


 その瞬間、二機の傍らを赤光が走りぬける。減速する素振りさえ見せず一直線に閃光に向かって。


「ニーチェ!」

「あいつもかよ!」


(ああ、負けた)

 心底実感した。

(あの娘は欠片も躊躇わずに飛び込めるんだ。魔王様の、愛しい人の為ならどんな場所でも)


 ヴァイオラにはもう親友の応援しかできなかった。


   ◇      ◇      ◇


 2D投映コンソールは真紅に染まっている。機体表面温度は冗談のような数値を示していたが、それも不明に変わった。センサーが溶けたのだろう。いかな大型機でも破壊の熱が操縦殻コクピットシェルに達するのも時間の問題。


「ドゥカル」

『なんじゃらほい?』

 ジェイルの呼び掛けにアバターが応じる。

「協定者の権利を本来のニーチェ・オクトラスレインに委譲する」

『了承じゃ。切り替えたぞい」

「あの娘を頼む」

 アバターは首をひねり『手遅れじゃぞ?』とのたまう。

「ぁー……!」


(なんだ?)

 ジェイルは突然耳元に飛び込んできた声らしきものに反応する。


「パパー! すぐ行くからぁー!」

 聞きなれた娘の声。

「何をしている! 来るのではない!」

「聞けない! 聞けるわけない! パパを見捨てるなんてあり得ないし!」

「ルージベルニでも溶けおちるぞ!」

 機体が小さく細い分、誘爆までは早い。

「問題なーし!」


 青白い光の向こうに薄ぼんやりと何かが落ちてくる。フォトンブレードを高速回転させたボールフランカーだった。それで熱波を防ぎながらルージベルニは降下してきたのだ。


「ドゥカル! ケイオスランデルの操縦殻コクピットシェルを射出して!」

『ほい!』

 即座に応じる。

「よせ、ドゥカル。ルージベルニを転進させよ」

『聞けんのぅ。もうそなたは協定者ではないからの』

「く……」


 そうしている間にも赤いアームドスキンは降下してくる。既に警報だらけのはずなのに。


「戻れ! 今なら間に合う! 聞き分けなさい!」

「できないもん! 聞かないもん! パパと一緒に帰るんだもん!」

 そうしている間に射出した操縦殻コクピットシェルがルージベルニに抱きかかえられる。

「君は……なんて無茶を」

「平気だし」

「私は皆の罪を背負って地獄エイグニルに帰らねばならんのだ」

 ニーチェはようやく上昇を始めた。

「魔王なら今死んだし。あたしが抱いているのはジェイル・ユングって人」

「ニーチェ……」


 溜息をつくと魔王の仮面を脱ぐ。不要になってしまったそれを床に放り投げた。罪の重さを担っていたはずのヘルメットギアが思いがけないほど軽い音を立てて転がる。


(彼女の前ではそんなものでしかありませんか)

 感慨が胸を打つ。


「君には永遠に勝てそうにないね」

「えへー、パパに勝ったし」

「分かった。僕の残りの人生は全て君に捧げよう」

 ニーチェが歓声を上げて操縦殻コクピットシェルを振り回す。


 ジェイルは苦笑しつつ攪拌シェイクされるのに耐えなくてはならなかった。


   ◇      ◇      ◇


 エデルトルート・ヘルツフェルトは大統領執務室で巨大な閃光を目の当たりにして恐怖していた。そのままポレオンまで飲み込みそうな勢いだったのだ。


(あ!)


 膨張を終えた閃光の頂点から何かが浮き上がってくる。最初に金色のリングが見え、続いてくれないの堕天使が何かを抱えて舞い上がってきた。二体の闇将ダークジェネラルが駆け付け、天使を支えながら上昇していく。


(そっか。魔王は地獄エイグニルに帰るんだ)


 彼女はなぜか納得してしまった。


   ◇      ◇      ◇


 決戦の日から二ヶ月を経た進宙歴511年のポレオン。


 降伏したゼムナ軍を血の誓いブラッドバウが武装解除させ監視下に置いていた。それも今日、革命政権の管理下に戻されることになっている。


「後は任すぜ、エデル」

 オレンジ髪の青年はまるで厄介払いができたと言わんばかりの口振り。

「選別しといてくれても良かったのに」

「そんな面倒なことするかよ。言うこと聞かねえ奴はお前の魅力でたらしこんでやれ」

「人聞きの悪いこと言うなー!」

 あながちそうでもないだろう。

「デイブ、ほんとに警備隊長くらいでいいのかよ。もっといい職をもらえよ」

「構わないさ。オレの器なんてそんなもんだからな」

「しゃーねえ。一応はうちにも籍を残しといてやるから、そいつに飽きたら帰ってこい」

「誰が飽きさせるもんですかー!」

 大統領は墓穴を掘るのが得意らしい。


 改めて新政権が発足する。当面は防衛などの面で血の誓いブラッドバウのサポートが約束されているが、いずれは本格的に新生ゼムナになってもらわねばならない。


 新政権の閣僚、官僚の中には彼女以外見知った顔はいない。地獄エイグニルを冠した組織の構成員は入っていない。ましてや銀灰色の髪を持つ美男子の姿などない。


(あの野郎、面倒なこと全部俺に押しつけて雲隠れしやがって)


「終わった終わった。また新しい喧嘩の相手を探さねえとなぁ」

「なに言ってるの! ちゃんと夫婦をするって約束!」

「おっと、そうだった」


 フィーナに叱られた。


   ◇      ◇      ◇


 こののち、血の誓いブラッドバウには新たな艦隊が増えたのを関係諸国は知ることになる。極めて結束力が高く、作戦実行能力に優れたその艦隊は様々な局面で活躍し勇名を馳せる。


 ただ、剣王リューン・バレルは生涯その正体を公に口にすることはなかった。

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