善悪の向こう側(13)
「オプション1推定地点に敵目標を確認」
ドナ・ヤッチは副官としてマーニ・フレニー戦闘隊長に報告を入れる。
「敵総数約千八百。スビサレタ、シャウテン両部隊と思われます」
「準備はいーい? こっちは五百だけど」
「いつでも来い」
ギルデ・ギッシュが景気の良い返事をする。
「オプション1とか相変わらずケイオスランデルの予測は正確なのん」
「当然よ、トリス。予測ではなく、敵はそこへ呼び込まれているんだもの」
「ドナの閣下に対する信頼度は
私見が入っていないとは言わないが、これまでの経験から簡単に導き出される結論だ。
「オプション1に従って一撃離脱を繰り返すのが基本よ。でも、1-2の可能性を頭に入れておいて深入りしないこと」
マーニは漆黒のクラウゼンを加速させつつ部隊回線に指示を飛ばしている。
「分かっているわね、
「うげ、二つ名で呼ばなくてもいいだろ、隊長?」
「ばーか。お姉さまはあんたを一番心配してくれてるのよ、ゴミクズ!」
若い二人は活きがいい。その分注意をして足りないという事はない。
「突っ込むなよ、マシュー。足掴んで放り投げちまうぜ」
「兄貴まで!」
「私はあなたも心配よ、ギルデ。手間を掛けさせないでね」
ドナは仲間にも釘を刺しておく。
藪をつついたギルデがヴァイオラとマシューにからかわれている。全体の緊張感はほぐれた筈だ。余計な力は抜けただろう。
「全機、攻撃開始!」
「了解!」
正面に並んだ六機のクラウゼンが一斉にテールカノンを発射。剣王率いる部隊の牽制に集中していた敵部隊は慌てふためいて離散している。
「下からぁ!? 前のほう、何やってる!」
「抜かれたのかよ」
「げ、
共有回線に敵の驚愕する声。
「そうよ。覚悟なさい、あなたたち」
「地獄にご案内なのん」
「いっくよー!」
元気よくヴァイオラ機が先鋒を務めた。
えぐるように切り込んだマーニ隊が編隊を乱す。攻撃力の乏しい足下からの一撃にいきなり大破するアームドスキンが多数みられる。その影響は最前の戦列まで波及していった。
「てめぇら、俺様を忘れてんなら食っちまうぞ!」
ドスの利いた声が戦場を席巻する。
「いいかげん、痺れを切らしてんだ! 野郎ども、潰しちまえ!」
「マズい! 剣王もきた!」
「どうなってんだ! ここは空隙になってるって話だったじゃないか!」
混乱は加速度を増していく。ゼムナ軍機は既に本来の任務を忘れたかのように逃げ惑う機体が散見される。一気に畳みかけたい欲求にそそられるが、ドナは極力冷静に全体を制御すべく指示出しをしていた。
「くる! 全機、オプション1-2!」
ドナは渾身の声を腹から張り上げる。
「げえぇ! 避けろ、野郎ども!」
「なん……、って! ひいっ!」
「殺す気かぁ!」
剣王の号令でブラッドバウ部隊までもが逃げさる。
後方からの大口径ビームがゼムナ部隊を貫く。一瞬にして数十機を光芒に捉えて溶かした一撃は上へと薙がれ、更に数倍する火球を生み出していった。
それは敵部隊にとって完全に致命傷となる。一気に形勢は不利にと転じ、半ば殲滅戦へと変わっていった。
「頼むぜ、なぁ」
ゼビアルがドナ機に寄せてきた。頭部とショルダーユニットの上半分が金色のクラウゼンは目立ったのだろうか?
「お前んとこの大将に言っといてくれよ。撃つ時は撃つって教えろってな」
「心配無用なのではないかしら? あなたは
「でもよー、あんなぶっとい輝線を浴びせかけられたらアレが縮んじまうだろ?」
ドナは顔を顰める。
「下品!」
「ぎゃっはははー!」
剣王は馬鹿笑いしながらドナから離れて新しい獲物へと斬り掛かっていった。
◇ ◇ ◇
「な、なんで? なんでなんでなんであいつらがあんな所にいるのよー!」
アリョーナは悲鳴を上げる。
「残念ながら私たちの作戦まで読まれていたようだ。最悪のタイミングで伏兵を投入されてしまった」
「まさか、嘘でしょ?」
「認めるしかない。またもや出し抜かれたのだ」
守りの硬いシャウテン部隊と合流していたとて、意識の外にあった位置からの奇襲攻撃には対応しきれなかった。しかも混乱の最中に大口径砲まで撃ちこまれては損耗度合いは計り知れない。
「このままでは、あの赤い機体の鹵獲どころかジュスティーヌ様やプリシラ様の支援さえ務まらない。一度戦場から退避させて立て直すしかあるまいな」
マフダレーナの表情には苦悩の色が濃い。
「ち、違う。それでは駄目だわ」
「どうしたんだ?」
(なにか忘れてる。魔王が現状打破程度の策を用いる筈が……)
そこまで考えて彼女はハッと気付いた。
「全機突入! ケイオスランデルを止めなさい!」
「どうしたというのだ、アリー?」
「よく考えて! 魔王はわたくしたちがあの間隙を狙うと読んでいた。対ブラッドバウ戦における盲点を。つまり、同じ場所に我が軍も弱点を抱えてるって知っているのよ」
瞠目したマフダレーナも動ける機体にケイオスランデルの行動阻止を命じる。しかし、時は遅きに失していた。再度放たれた大口径ビームはゼムナ軍の両翼のど真ん中に突き刺さる。
「終わった……」
「うむ、私たちもこれで失脚だな」
二人の分隊司令は力無くシートに身を委ねた。
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