善悪の向こう側(2)
マシューの
「だよねー。マシューみたいな瞬発力タイプは次々色んな事思いつくんだろうし」
好意的な表現でニーチェはフォローしている。
「そんなに肩を持たなくたって、こんな奴は雑に扱っても壊れないから。丈夫なだけが売り」
「なんだよー。オレだって傷ついてんだぞ」
「へし折ってやんないと、どこまでも鼻が伸びるでしょ」
いつもの掛け合いが続く。
「もういいよ。オレなんて」
「いじけないいじけない。この中でってパパが言ったって事は、マシューとあたしは似てるのかもしれないし」
『嬢ちゃんに関してはいささか難しいのぅ』
魔王の前に現れた老爺のアバターが口を挟んできた。
これには傍観を決め込んでいた魔王が反応する。ヴァイオラは強く感じていなかったが、彼はニーチェの特異性を意識しているようだ。
「普通と違うの?」
『嬢ちゃんは没入度が高いんじゃ。何と言えば解るかのぅ。そなたも集中力が高まってアームドスキンと一体化したかのように感じた経験があるじゃろう?』
彼女は挙手し、マシューも「あるある!」と賛同する。
『ずっとそんな状態じゃのぅ、乗っとる間は』
「じゃあ、シンクロンは深く設定すべきだから、わたしや魔王様と一緒なんじゃないですか?」
『そうもいかんのじゃ。浮かんでくる動作イメージに混ざって様々な強い感情が表層に出てくる。みな拾う訳にはいかんでのぅ』
ドゥカルはお手上げといった塩梅で肩を竦める。
「動作信号としては玉石混交といった感じだろうか。選別せねば使えんな。訓練を受けていない者に多く表れる傾向といえよう」
「面倒臭いタイプなのね」
ヴァイオラの揶揄にニーチェは憤激して「面倒臭い言うなー!」と吠える。単なるじゃれ合いで、そんなやりとりも定番化していた。
『当初はフィルターを掛ければよかろうと思っていたんじゃが、没入度合いによって密度が違って、ひどい時には信号同士が重なっておる。今では嬢ちゃんの状態に合わせて幾つかのフィルターを切り替えておるのじゃ』
「それは難しい。普通のアームドスキンSEでは手に負えなかっただろう。今更ではあるが娘には少し訓練を受けさせるべきか?」
『それも考えものじゃの。これ特有の瞬発力を奪いかねん。多少のリスクは負わねばなるまい?』
これにはヴァイオラも反応せざるを得ない。
「訓練賛成ぇー! うんと厳しいやつー!」
「にゃんとー!」
「みゃー!」
ニーチェが驚いて抱いていたルーゴを持ち上げると、猫も非難の声を上げる。推定で生後九~十ヶ月ほどのルーゴはすっかりほっそりとした身体つきになっているが、もう二回りくらいは成長しそうだ。
「ぐぬぅ」
ニーチェが睨んでくるも、その表情は勝ち誇ったものに一変する。
「いいもーん。パパに手取り足取り教えてもらうもんねー、ルーゴ?」
「む! いつかの憂さ晴らしをしようと思ったのに。それならわたしにも訓練して、魔王様。厳しくしてもいいから」
「やっぱり変態だ……」
マシューの呟きに俊敏に振り返った彼女は脳天に拳骨を食らわす。
「痛えじゃんか! なにすんだよ!」
「成敗」
「ひでー」
ケイオスランデルは立ち上がるとマシューの肩に手を置いて「元気があってよろしい」と叩く。人間味のある柔らかな声音が室内に流れた。
「ゼムナ軍もかなり追い込まれているものと思ってくれたまえ」
ヴァイオラにも顔を向けてくる。
「これからは少し厳しい戦いになるだろう。それでも君たち若い世代は戦い抜いて未来を作ってくれると思っている。期待しているぞ」
「魔王様……」
「パパ……」
暗に生きろと言っている。死を命じると公言しながらも、彼の本音が垣間見えた気がした。
「心配はいらん。私も全力で駆け抜けよう。ついてくるがいい」
「はい、閣下!」
「もちろんよ、魔王様」
感銘を受けて敬礼するマシューにヴァイオラも続いて敬礼した。
◇ ◇ ◇
二人を帰してドアをロックするとジェイルは仮面を脱いだ。ルーゴが駆け寄っていって父の顎に頬擦りしている。
ニーチェは外したヘルメットギアを抱え込むとガンメタルの表面に指を這わせる。ジェイルの思いと覚悟の象徴ともいえる仮面。彼女にも思うところは多い。
「あたしがパイロットになるのに反対だったの?」
今更ながらの質問が口をついて出てしまう。
「だって、パパは覚醒や成長には積極的に関わろうとしなかったし。必要とされてないなんて思ってないけど、立場を難しくしちゃってる?」
「最初は君を関わらせまいとしてたね。でも、それは僕の驕りだと思っているよ。やはり君の存在は大きい。分かっていたんだけど、ニーチェ無しではこんなに順調に事は運ばなかった筈だね」
「あたし、間違ってないよね?」
ソファーの隣に腰掛け、頭を肩にもたれかけさせる。
「時代の子の力は絶大。僕は君が紡ぐ未来への足掛かりになれればいい」
「あたしが望むのはパパが描いた未来。もう復讐心も何も無いから思い切って戦えるし」
ニーチェは膝に置いたヘルメットギアに抱き付き額を押し付ける。何かを読み取ろうとしているが如く。
「ここにも残ってないの?」
「……?」
ジェイルは首をかしげている。
「これにはパパの思いがこもってると思うし」
「意味はあっても思いはないよ」
「エルヴィーラさんの事も?」
仮面に押し込められた思いもあるとニーチェは思っていた。
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