裏切りの報酬(14)

 所用の為に訪れたその部屋の前で彼女は息を飲む。部屋の主、ローベルト・マスタフォフ首相が重要な通信の最中と見られるが、偶然耳に入ってきた内容は極めて不穏なものだったからだ。


 彼女は耳をそばだてた。


   ◇      ◇      ◇


(なにが「悪ぃ。興が乗って勝っちまった」だ。ふざけるな)

 破壊衝動に駆られるほどに憤激しているローベルト。


 しかし、それを表にあらわす訳にはいかない。重要な相手との会話の最中なのだから。失点を取り戻さねば立場が無くなる。


「申し訳ございません、ブエルド閣下」

 交信相手に平身低頭する。

「やはり庶民育ちの若造などに責任ある行動を求めたのが間違いでした。早急に排除いたしますので、今しばらくお待ちを」

「御せなかったのは剣王だけではあるまい。急速に拡散されているあの動画の女、ヘルツフェルト議員の処遇はどうするつもりかね?」

「あれは……」


 エデルトルートの演説は録画されていて現在も拡散中だ。しかもグローバルネットにまで流出し留まるところを知らない。現状、第三者視点では革命政権は一切のライナックを排除する方向で動き始めているかに見える。


「無論、処分いたしますのでご勘弁ください」

 ブエルドの目が細まり冷たさを増す。

「どこまで愚かで役立たずか。今、あれを処断すれば貴様は本家の傀儡と公言するようなものだと解らんのか? そんな事をすれば誰を処断するのが正しい判断か変わってくるぞ」

「そんな! お待ちください!」

「どうして人気を利用しようと考えない? まずはどんな手段を用いてでも懐柔しようとするのが筋道だ。教えてやらんでも解れ」

 高圧的なブエルドに困惑する。


(そんな事をすれば今度は誰を傀儡にすべきかも変わってしまう。私はお払い箱ではないか)

 ローベルトとしては肯定などできない。


「あのような小者などどうとでもなります。まずは剣王リューンの懐柔を進めるべきかと。それはエデルトルート程度の話術では不可能でしょう」

 存在意義を説く。

「お前にそれができるのか?」

「若造を意のままにするなど造作もありません。今しばらくの時間をちょうだいいたしたく存じます」

「やってみせろ。できなければ貴様の失脚は決定事項になる」

 腰から震えが上がってくる。

「お任せを」


 ローベルトは平伏したまま相手が通信を切るのを待った。


   ◇      ◇      ◇


 夜になって私室に戻ったローベルトは待っていたジャネスを激しく抱いた。憤懣をぶつけるような行為に苦痛の涙を流す彼女を容赦する気にもならない。


(なんで私が若造の機嫌取りをしなくてはならんのだ。馬鹿らしい)

 リューン・ライナックを説得して宗主との会談の席に引き入れなくてはならない。おためごかしも吹き込まねばならんだろう。

(さっさと退散ねがって、まずはリロイ様にポレオン奪還を演じてもらわねば。そうすれば若造の機嫌を損ねるのは想像に難くない。けむに巻く説明を用意しておかねばならんか)


 情事の後の気だるさも彼を冷ましてくれない。鬱屈だけが胸の中に降り積もっていくのを感じる。


「ローベルト様」

 ジャネスが身を起こす。

「どうして裏切られたのですか?」

「な!」

「弁明してください」


 枕の下に手を差し入れた彼女はハンドレーザーを取り出した。裸の胸に押し当てられると金属の冷たさが肌を駆け上ってくる。


「もしや最初から本家と通じていらっしゃったのではありませんよね?」

「よ、よく考えたまえ、ジャネス君。このゼムナに不可欠な権威とは何かを。それ無くして国の繁栄が成り立つと思っているのか?」

「その国の在り様を問おうとなされているのだとわたくしは思っておりました。頂点となって作り変えるのが最終目標なのだと。だからあなた様に何もかも捧げる決心をいたしましたのに……」

 再び涙をこぼし始める。

「待ちなさい!」

「ごめんなさい」


 ローベルトの胸をレーザーが貫いた。焼けた心臓が痙攣を起こして言葉を操る事もできない。


「あなた様にも奥方様にも迷惑をかけたくありませんでした。日陰の身で十分だった」

 ジャネスは銃を自分の頭に向ける。

「でも、希望は打ち砕かれました。このうえは、死出の旅路にわたくしが連れ添う事を裏切りの報酬としてお受け取り下さい。さようなら、愛しい人」


 躊躇いもなくトリガーが引かれ女性士官は仰向けに倒れていく。ローベルトの意識も混濁に包まれ、覆いかぶさるように倒れた。


   ◇      ◇      ◇


 革命政府首相の不義と無理心中はショッキングに報道される。混乱は避けねばならないが、正義を標榜してきただけに元首の結末はあまりにセンセーショナル。政庁関係者を委縮させるに十分だった。

 困った関係者は人気がうなぎ上りだったエデルトルート・ヘルツフェルトを担ぎ出す。しかも、それを後押ししたのが剣王となれば市民も納得しやすかった。


「つー事で、頼むぜ、エデル。ガラントに任せた二十置いてくし、ついでにデイブも付けてやっから」

「オマケみたいに言わないでくださいまし。デイビットさんはあなたなどより頼りになります!」

 陸戦隊総監を残すのは彼女の要望でもある。


 簡易的なアンケートで市民の支持を獲得したエデルトルートの肩書は大統領。紛争終結後に再び信任投票を行う公示はされているが今のところは安泰だろう。二十代の若き指導者となるが。


「街区で『酒だ女だ』と騒いでた連中も始末したからよ、ちーとは静かになる筈だ。あとは上手にやれ」

「言われなくとも頑張りますから」

 恨みがましい目で見られる。狙い定めて祭り上げられたのは不本意らしい。

「それと、デイブのほうも上手くやれ。なーに、すぐ落ちるさ」

「うきゃー!」

 耳元で囁いてやると真っ赤になる。


 怒っているのか照れているのか分からない新元首を指差して笑うリューンだった。

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