裏切りの報酬(5)

 ローベルトは迎えに行かせると提案してきたが、リューンをそれを蹴って中央政庁前庭にゼビアルで乗り付けた。同乗してきたフィーナとエルシに手を貸して降機させると、客を迎えるには愛想が足りないという面持ちで暫定首相がエントランスで待っている。


「よくいらっしゃった、リューン・ライナック。こちらの要望に応えてくださればもう少し歓迎できたんだがね」

 表情一つとっても意味を持たせているらしい。

「放っとけよ。まだるっこしいのは性に合わねえんだ。手っ取り早く話そうぜ」

「私は曲がりなりにも革命政権の首相。君は国際的にも発言力のある軍事組織の長。相応の形式というものがある。理解してほしかったんだが」

「そんなもんに価値を見出す人種じゃねえんだよ、俺は」

 あくまで突っぱねると沈黙が返ってきた。


 ローベルトは小声で指示して踵を返す。政務官らしい男女が丁寧な物腰で彼らを政庁内に案内する。


(やれやれ、もう新政権の大統領気取りかよ。見透かされてんのも知らずに、ちっせえ男だな)

 少年時代にやりあったとある人物を想起させて青年は閉口していた。


 体面を重んずる姿勢を変える気はないようで、ガラントを含めた四人は貴賓室に通される。向かい合ったところで相手が手を差し出してきたので、最低限の礼儀として握手に応じる。すると、政務官の着けているウェアラブルカメラが電子音を奏で、撮影されたのだと分かる。あとで広報にでも利用されるのだろう。


「貴殿の協力には感謝する。次からはもう少し穏当な手段を用いてほしい」

 決起時の軌道砲撃の事だという。

「格下の組織に手柄を譲るのも器量の見せ処だろうが、地獄エイグニルなどという過激派は考えものだと思う。我らの連合には相応しくない思想家のようだ」

「ああ、魔王の事か。ありゃあ俺のほうから頼んで手ぇ貸してもらったんだから文句を言うな。お陰で上手くいっただろうが」

「そこが問題だ。無用に過激な手段に訴えていれば、我らの革命は武力のみにて行われたとして穢れてしまう。志が霞むようでは困るのだ」

 手段を選べと言っているのだろう。

「綺麗事をぐだぐだと並べてんじゃねえよ。結局んとこ軍事クーデターみてえなもんじゃん」


 彼の後ろに控える武官は六人に及ぶ。全員の肩の軍徽章は杖のモチーフを並べたもの。相当の地位にある軍人ばかり。

 ポレオンに残って決起に参加した者だけでなく、事前にハシュムタットに赴いて準備に従事していた者もいるだろう。無論、自分でやったのではなく賛同した配下を動かしていただけと思われる。事実上、武装蜂起だとリューンは考えている。


「そう言わないでやってくれ。彼らには志も矜持もある。皆が国を憂いての事だ」

 自分をさておいて配下を庇う。真意は別にあろうが。

「責めてねえよ。どうせ派手にぶち上げたんだ。ついでにリロイの爺も始末しといてくれたなら、もうちょっと買ってやったんだがな」

「畏れ多いことを言わないでくれたまえ。本流家の方々まで被害が及んだのは単なる手違いだ。当初からそんな計画ではなかった」

「そんなんだから根性が足りねえっつってんだ。もっと本気でガツンと行けよ」

 リューンは拳を目の前に掲げてニヤリと笑う。

「全部叩き潰して俺様が一番だって言ってやりゃあ、みんなあんたについていくしかなくなるぜ」

「現代でそんな野蛮な手法が通用する訳がない。英雄の血統の方々を傷付けるような手段を取れば国際社会から排除されても変ではない。分からないかね?」

「手遅れさ。とうに化けの皮は剥がれてる。英雄様の子孫は支配欲の塊に育っちまったってな」


(ゼムナが国際社会で危険視されているのに気付いてねえとでも言うのか? いや、このタイプは、見たくねえもんを完全に視界から外すんだろうな)

 自己や自国に対する採点が非常に甘いのだろうとリューンは思う。


「ふむ、分かった。では、国際社会に通じている君が本家の方々を説得してくれたまえ。私は喜んで仲立ちしよう。まずは軍事行動を控えねばそれも叶わないが」

 とことん自分が見えていないらしい。

「できゃあしねえよ。本家の連中が負けたままで引くとでも思ってんならお目出たいにもほどがあんぜ? あいつら、自陣が優勢になって初めて慈悲をくれてやろうとか言い出すような野郎ばかり。その鼻っ柱をへし折っちまったんだから、もう血ぃ見ないと収まらねえって」

「そんな事はあり得ない。皆、王者の風格をお持ちの方々だ。こちらから丁重に申し入れれば必ずや会談に応じてくださるだろう」

「……お、おう」


(ほんとに頭の中身が花畑だな。何もかも自分の思い通りに進むとでも思ってやがんのか?)

 さすがのリューンも呆れて二の句が継げない。


「あー……、あんたはどうしたいんだ?」

 量りかねて尋ねてみる。

「諸悪の根源である名ばかりのライナックは我らの手で排除した。ここからは和平に向けての道筋を作るのが私の役目だ。まずは本家との和解を進め、叶うならば貴殿と宗主殿の和解へと繋げたいと考えている」

「はいはい、そうかよ」


(ジェイルが言った通りじゃねえか。こいつの頭ん中じゃもう決着がついてやがる。あとは仕上げだけだと思ってやがんだ)


 どうにか回避したいと足掻いてみたものの、リューンには苦手を演じる道しか残されていないようであった。

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