裏切りの報酬(2)

「接近中の反応はケイオスランデルとルージベルニの模様です」

「おー、帰ってきたか。一応は片がついたし、逃げる奴は逃げ出したしな。全部って訳にもいかねえだろう。俺も面倒みきれねえ」

 通信士の報告にリューン・バレルは答える。


(何もかんもあいつにやってもらうのも悪ぃしな)

 内心で付け加える。


 かなりの市民が脱出したのを確認している。ポレオンの都市機能はほぼ麻痺しているだろう。残った人間は覚悟のうえだと割り切っている。


「繋ぎます」

「頼む」

 一瞬だけの間で通信パネルがリューンの前に立ち上がる。ガンメタルのヘルメットギアが大写しになった。

「お疲れさん。お前のお陰で市民の被害は或る程度抑えられたみてえだ。本家の奴らの厄介払いもできたしな。さすがの手並みだぜ」

「造作もない。それより何かあったか? 軌道監視網で確認した位置よりかなり本星寄りだが」

「それなー。真似事で軍の回線を覗いてたらよ、ジュスティーヌの跳ねっ返りがお供を連れて降下するって言ってやがる。いくら何でもハシュムタット革命戦線やつらにゃ荷が重いだろ? ちっとばかし援護してやろうと思って半分連れてきた」


 ベネルドメランは四十隻を率いて擦れ違いで惑星ゼムナに向かっている。首都近郊で地上軍を迎え撃つ目算だ。


「申し訳なかった。それは掴んでいない」

 平板な声音だが魔王は詫びてくる。それならそれで方策はあるという意味だろう。

「ケイオスランデルの航続能力を高く見込み過ぎて、移動中はスタンドアローン状態になるのを慮外にしてしまった」

「気にすんなって。帰りの便を用意させときゃ、そいつらが待機中、危険な状態になるのを見越してたんだろ?」

「そうだ」

 情というより計算だ。

「全部背負わしたりしねえよ。今度が俺が地上で遊んでくっからよ」

「ふむ。では任せよう」

「悪かったな。例の件を無駄にしちまって」


 これからの革命戦線との関わり方にも魔王の助言を受けていた。段取りが変わって直に接触するとなると全てが意味の無いものになってしまう。


「構わん。そのくらいの流動性は見込んである」

 怖ろしい事を彼は言う。

「議論の方向性に変わりはない。顔を合わせるのであれば多少のアドリブは必要になるだろうが、それはエルシ殿と図ってくれればいいだろう」

「やれやれだが、いっちょう頑張ってみるか」

「不安なら事前に連絡してくれ。アドバイスくらいはできる」

 それはそれで確定的な内容になって、リューンにとっては高い要求をされる可能性がある。

「頑張る頑張る。心配すんな」

「そうかね。では頑張ってくれたまえ」

 剣王の背筋を冷たい汗が流れる。


 なまじ魔王には難しくない方策だけに、彼にも可能だと考えてしまうのだろう。リューンには堪ったものではない。


(俺に腹芸要求されても厳しいって分かってくれよ)

 心の中で悲鳴を上げる。

(頭の切れる奴ってのは、こういうとこ有るんだよな。自分ができるからって誰でも或る程度はできる筈だって思いこんじまう)

 不得意に関する心理状態を理解してくれない。


「ってな訳で行ってくるわ。残りは自由に使ってくれてもいいぜ。そう言ってある」

「無用だ。と言いたいところだが、本人たちに図ろう。気が引けようからな」

「ああ、それで良い。軌道に蓋をされないように頼む。帰るのが大変になるからな。小娘にもよろしく言っといてくれ」


 血の誓いブラッドバウ艦隊は巨大アームドスキンとすれ違った。


   ◇      ◇      ◇


「たっだいまー!」

 ニーチェは元気よく魔啼城バモスフラの休憩室を覗く。

「あっるぇー? どうしたん? 潰れてるし。休んでたのと違うの?」


 本拠地に帰投して数日は休暇を取る余裕があった筈だ。それなのに、ヴァイオラとマシューが向かい合わせでテーブルに突っ伏していた。前にスイーツのガラスの器が空で置いているところを見ると、糖分を補給してから潰れたらしい。


「休んでないわよ……」

 息も絶え絶えに金髪美少女は嘆く。

「そうだよ。来る日も来る日も訓練訓練って。ここじゃ鬼教官が啼いてたんだぜ」

「はぇ? そんな人いたっけ?」

「お姉さまとドナよ。自分たちが面倒見なくなってから戦い方が雑になってるって絞り上げられたの。時間があるからって」


 マシュー曰く、二人が地上任務に就いている間は彼らが我儘放題だったのではないかと言われたらしい。この半年は見守ってきたけど、目に余るからと訓練を命じられたそうだ。それでずっと僚機との連携訓練に終始していたのだという。


「おー、それは災難だったし」

 ニーチェは案じてヴァイオラの背中を撫でる。

「あんたもお姉さまに絞られたらいいわ! わたしたちだけなんて不公平だもん!」

「それは無いかもしれないし。だって、あたしはトリスに連携なんて諦められちゃってるもん」

「す・る・の! いくら単機のほうが働きがいいからって、わたしたち二人とくらいは連携できたほうがいいでしょ!」

 跳ね起きた彼女が睨んでくる。

「なに言ってんだよ、ヴァイオラ。それだと結局オレたちまで付き合わなくちゃいけないじゃん」

「あー! もう疲れすぎて頭が働かないわ!」


 金髪を掻きむしるヴァイオラをニーチェは後ろに回って「まあまあ」と宥めに入る。矛先をマシューに向けた彼女は喚き散らしていた。


「そりゃ、いいわよねー! ニーチェは魔王様と仲良く本星旅行だもの! 何かあったわけ?」

「にゅふふ、それはちょっと言えないし」


 ニーチェは口に手を当ててニンマリとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る