ポレオンの悲憤(6)

(そりゃ職務だから犯人を殺めた事もありゃ、殉職する同僚を見送った事もあるさ。それも仕方ないと思ってた)

 グレッグは胸の奥で層を成している過去と正対する。

(でもなぁ、今日なのか。やっと生まれた娘ももうちょっとで一歳。これからが可愛い盛りだっていうのにもう抱いてやれないとはね。これが報いってやつか)

 彼の脳裏をいくつもの顔が去来する。

(せっかく生きて帰らせてくれたのにすまんな)

 銀灰色の髪の男を思い浮かべた。


 音もなく滑った漆黒の巨体が目前に舞い降りてきた。グレッグたちからはがら空きの背部が見える形だ。なのに誰一人として砲口を向けられる者はいない。彼自身が感じているように、何をしようが全てが無駄に思えたからだろう。


「自らを偽って正義を標榜した結果がそれではないのか?」

 無法者の血が路面を黒く染めている。

「矛盾を飲み込んででも大義を貫き通す意思がないのなら道化に過ぎん」

「違う! 我らの勇気は必ずやゼムナの歴史に残る筈だ!」

「ふむ、残るであろう。今のままならば愚者の暴挙としてだがな」

 傲然と言い放つ。

「言わせておけば!」


 コリージョ決死隊のうち一機が突進する。しかし、ただ激発したのではなく芝居混じりだったのだろう。それを証明するように別のアームドスキンが巨体の死角へと滑り込もうとしている。


(危ない!)

 グレッグの声にならない声。


 漆黒の指からは光爪が伸びている。注意を引くべく正面から迫る一機は頭部に右の光爪を突き付けられてたたらを踏む。死角を狙った一機がその間に脇腹に入り込んでいた。


(やっぱり図体がでかいだけじゃ死角に対処できない)

 そのままなら魔王の最期を目にすると彼は思った。ところが現実にはそうはならなかったのである。

(嘘だろ!?)


 無造作にはらわれた左手は死角にいる筈のもう一機の上半身を薙いでいた。まるでそこに侵入してくるのが当たり前であるかのように。つまりは誘い込まれた事を意味している。


(この戦い方! 俺はよく知っているぞ!)

 驚愕がグレッグを襲う。


「罪を罪と知り、悪と律するならばいい」

 魔王を称する彼の如く。

「だが、自己欺瞞のうえの正義ならば、我が黒き爪が滅びを与えよう」

「ひ! ぎゃああぁ!」

 動けなかった一機の胸部装甲を光爪が貫き、その奥までをえぐる。

「意に反するものは全て殺すというのか! この殺戮者め!」

「勘違いするな。私の滅びは平等だ。正義を謳いながら罪を犯す者たちにはな」

「う……!」


(気付いたか。自分たちがやっているのは、ライナックのやっている事と大差ないんだってな)

 魔王に結論へと導かれている。理論で象られ、抗う術もない結論へ。そんな手管を使う人間を彼は一人だけ知っている。


「他者の職務を問う前に自らの過ちを省みるがいい。真に討つべきは誰か、何かは自ずと浮かんでくるのではないか?」

 今度突き付けられたのは言葉の刃。

「それは……」

「国を乱したのは驕奢きょうしゃに溺れし者だけか? それを許し、利を得ているのは誰だ。この歪みの根本的原因から目を逸らすのならばお前は改革者ではない。何も変えられん」

「…………」

 返す言葉もないとはこの事か。

「得心せず、私に牙を剥くのなら相手が誰であれ滅びを賜ろう。お前はそれを望むのか?」

「できない」


(自分が弁舌をもって幻惑されてたと分かって目が覚めたか? あの胡散臭い議員様の理屈は反政府組織の連中には都合がいいもんな)


 グレッグとて同僚の死を目前にしていなければ、政府や軍の横暴から目を逸らしていたかもしれない。だが、ジェイルの最期はそれを突き付けてきた。ずっと考え続けていたのだ。


(誰だって怖いさ。英雄様の系譜の意思に逆らうってのは社会通念上つまはじきにされても仕方のないこと。そこへもって、聖域には触れずに悪い部分だけ切除すれば上手くいくとか甘い台詞を囁かれちまったらな)


 一番気が咎めず楽な方針だろう。重い足を軽くして踏み出させるのには、これほど耳に優しい理屈はない。しかし、そこには見過ごせない欺瞞が隠されている。


「ティボー、同志が二人もやられたんだぞ!」

 仲間の一人は腹に据えかねるらしい。

「ここで感情のままに魔王と戦って終われば犬死にだ。それで良いのか? 僕は嫌だ」

「そりゃあ、オレだって……」

「誇りは捨てられない。僕が僕でなくなってしまう。なら、真の敵に立ち向かっていくまで」


 重い沈黙に続いて、踵を返したリーダーのティボーに全員が従うようだ。アームドスキンはイオンジェットを噴かして飛び去り、随伴車輛も走り去っていった。


(お前なのか?)

 その場で旋回する巨大なアームドスキンに思う。


「なあ、お前はジェ……?」

「私は黒き爪持つ滅びの魔王ケイオスランデル。ライナックを滅ぼす者。驕れる者であれど、この都市に住まう全ての民が滅びの対象ではない」

 一方的に語り始める。

「かの者らは軍で身を鎧い、我が滅びに抗おうとしている。本来守るべき民に目を向けん。その時、頼れるのは誰か?」

「俺たちだ」

「では、何をすべきか知っていよう?」


 ポレオンの騒乱は拡大しつつある。見るからに制御されているとは思えない。


「そうだぞ、グレッグ。わしらが守らなきゃならんのは市民の安全だ。脱出する人を警護するぞ」

 マクナガル課長は涙声だ。彼も気付いたのだろう。

「だよな。俺たちにしかできない事をやらなきゃな」

「それが職務っすよ、先輩!」

 シュギルの声も震えている。


(これで良いんだな、ジェイル)

 魔王に向けて呟く。


 第三市警機動三課の面々はポレオン脱出の車列の警護へと動き始めた。

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