黒き爪(12)
『仮想力場砲身形成』
初めての操作をシステム音声がナビゲートする。
『ブレイザーカノン発射準備完了』
ケイオスランデルは一瞬の躊躇もなく人差し指のトリガーボタンを引く。大口径ビームの反動は腰部裏の
宇宙を貫いた光芒は、衝撃波で数多くのアームドスキンを巻き込み破砕して誘爆させる。ジェットシールドを使用しようが一切関係ない無慈悲な破壊だ。
一隻の戦闘空母に接近すると防御磁場で一部が散乱させられる。抗し切れなかった磁場を穿孔して艦体に直撃。ほどなく青白い閃光を放つ火球へと変わった。
『どうじゃ、威力のほどは?』
「十分だろう。この機体ならば戦略的な意味も持たせられる」
『普通にアームドスキンとしても高性能じゃぞ』
笑う老爺のアバターに彼は黙したままだった。
◇ ◇ ◇
「はぁ?」
アリョーナは一瞬何が起こったのか分からなかった。
艦砲でも防御磁場は破れない距離を駆け抜けたビームが簡単に一隻を撃沈してしまった。これは驚異以外の何物でもない。
「あれは何?」
開きっぱなしだった口からかろうじてこぼれたのはその一言。
「お、おそらくは
「新兵器って、そんなレベル? あんなんじゃ防御磁場なんて意味ないじゃないの」
「後退いたしますか?」
副官の言に「できる訳ない!」と吠えてアームレストを殴りつける。
恐怖に駆られたアームドスキン隊も逆噴射で進撃をやめている。そこへ一喝する声が響いた。
「大火力だけで何ができる!」
ヴァルテル・ライナック司令の声だ。
「出力を確保する為に大型化しただけの機体など鈍重に決まっている。懐に入り込んでしまえば張子の虎だ。彼奴らが勢いづく前に戦意の中心を打ち砕いてしまえ。前進せよ!」
兵の戦意を煽る。
(本当にそう? もしかしてここに誘い込まれたんじゃ……)
アリョーナは不安が拭えなかった。
◇ ◇ ◇
「迎撃せよ」
ケイオスランデルは黒い爪をかざして前方を示す。
(機体性能は高いかもしれませんが、僕に全てを扱えるかが問題ですね)
感触は徐々に軽くなってきている。ヘルメット型
(ずいぶんと大盤振る舞いしてくれたものです、ドゥカルは。試してみるしかありません)
2D投映コンソールに表示されている兵装に目を走らせる。
加速は申し分ない。クラウゼンやルージベルニにさえついていける。
飛行の癖から回避方向を予測して右腕の三連砲門で連射を放つ。横滑りして一射目を躱したオルドバンは、迫る二射目をギリギリで回避するも擦過するビームで姿勢を崩す。三射目が直撃して爆炎に変わる。
「速い! 黒い! 強い! 格好いい、パパ!」
「大安売りだな」
「安くないし!」
ジャンクフードショップの売り文句みたいな褒め言葉に苦笑する。
「すっごいパワーありそう。肩に乗ってもいい?」
「遠慮したまえ」
軽口だろうが、細身のルージベルニなら可能かもしれない。対消滅炉の出力が高いだけ航続距離も稼げそうだ。作戦運用上、考慮してもいいだろう。
「あれ? その機体」
彼女は気付いたようだ。
「シールドコアが無い。ジェットシールド、付いてないの?」
「不要だ」
ほぼすべての機種が前腕部に装備しているシールドコアが見当たらない。
「シールド無しじゃ危ないし」
「無いとは言っていない」
ゼムナ軍機が遮二無二に接近戦を仕掛けてくる。距離を取れば
『フォトンシールド作動』
肘のシールドコアから大型の力場盾が形成され、イオンビームを容易に弾く。
「おお、馬鹿でっかい盾だし」
「うむ、正常に作動したようだ」
「ちぃっ! 堅いだけならぁ!」
格闘戦を挑む気らしくブレードを抜いて懐に入ってくる。
『フォトンクロー展開』
「なっ!」
ケイオスランデルの三本の黒い爪に切られたスリットから5mはある半透明の黄色い刃が伸びる。至近距離で腕をひと振りしただけで敵のニ―グレンは四分割された。
「穴が無いのかよ!」
「あれは重いぞ。死角に回り込め!」
ルージベルニが機敏に反応してフォローしようとするが、その時には強大な推力に任せて転回させている。
「速い! が、逃がさん!」
「こちらの台詞だ」
膝までの脚部の前から三本の鉤爪を持つ下脚が現れた。接近した敵機をそのまま掴み取る。変形した脚部は逆関節を持っており、下脚まで展開すると全高は45m近くに達する。
「でかっ! は、放せ!」
暴れるオルドバン。
「撃て」
「りょーかーい」
ルージベルニのフランカーショットが胸部を貫く。
下脚部を収納して前進すると、隙の無い兵装に固められた大型機に恐怖して敵部隊が後退する。それならばと彼はもう一度力場砲身を形成させた。
(あれですね)
ジェイルは目標を見定めてブレイザーカノンを放った。
◇ ◇ ◇
「ぬおっ!」
「閣下ー!」
旗艦ファランドラにビームが直撃し、瞬時に爆沈する。その様をアリョーナは呆然と眺めていた。
(やっぱり誘い込まれていた)
身体が震える。彼女は新兵の時以来、二度目に戦場で恐怖しているのに気付く。
その後も漆黒の大型機を中心に戦列を組んだ
(わたくしは何と戦っていたの? 本物の
彼女は後に述懐する。
◇ ◇ ◇
戦艦ベネルドメランの司令官席でリューン・バレルはニヤニヤしている。彼の前のパネルには、アングラサイトから引っ張ってきた第二打撃艦隊の戦闘映像が流されていた。
「面白れえなぁ、ほんとに」
副官のガラント・ジームが覗き込む。
「この大型機、よく動くものだ。独自開発機とは信じられん」
「よっし、会うか」
「魔王とか? どこに潜んでいるか分からんではないか」
今のところ繋がりは無い。
「いや、簡単だ。そうだよな、エルシ?」
「何のことかしら?」
「渡りをつけてくれよ」
美女は仕方ないとばかりに肩を竦めていた。
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