紅の堕天使(5)

 老爺のアバター『ドゥカル』は泰然と浮いたままニーチェを窺っている。本来の彼女のアバター「ルーディ」は教えを乞うように正座して注目していた。

 驚いたことに、借り物のσシグマ・ルーンの内容が新しいティアラ型σ・ルーンに完全に転写されているようだ。一度電源を落とした時に消えた彼女ルーディも装着した途端に復活した。


『そなた、自分の能力に戸惑っておるであろう?』

 見透かしたような台詞。

『それは儂らが命の灯視る者ネオスと呼んでおる能力じゃ』

「ネオス? みんなには見えないみたいだけど他にも同じ人が居るの?」

『少ないがの。どうもヒュノス……、そなたらがアームドスキンと呼んでおる人型機体に乗るのが発現キーになっておるようじゃで、勘違いしておったであろう?』

 指摘されて赤面する。

「まるで聞いてたみたいだし。お爺ちゃんはこれの事を知ってるの?」

『知っておる事は知っておるが未だ謎が多いのじゃ。新しき子ネオス個々人での能力の強弱や方向性にかなりの多様性が窺えるでの』

「色んなのが居るってこと? それは知っているとは言わないし」


 肩を竦めた老爺のアバターは『手厳しいのう』と肩を竦める。膝に座っていた子猫ルーゴが隙と見て飛び付くも、ひらりと躱していた。


(ずっと見られていたみたいだし)

 そんな感覚をおぼえた事は一度や二度ではない。

(パパのコンソールが勝手に動いた時から始まってる。そうじゃないとルージベルニこんなものまで準備できないし)

 そこまでは理解できるが彼の意図までは分からない。


『知らん事には手助けもできん。じゃから、そなたにはこのルージベルニに乗ってもらわねばならん。細工もしようぞ』

 ここに至る過程は全て彼の思惑が関与しているらしい。

「乗ってほしいなら乗らない事もないし。でも、あたしの目的の邪魔をするんならお断り」

『目的のう。リューン・バレル抹殺と打倒ライナックじゃろう? そなたがどうしてもと望むなら邪魔はせぬよ。そも、アームドスキンとは誰かが操っているうちは他からの干渉を受け付けるような機械ではないしのう』

「それなら話に乗ってあげるし」


 どうやら好奇心というか、探求心の類で自分に近付いてきた節が感じられる。だとしてもニーチェには想像も及ばないほどの技術力を持っているようだ。出し抜けるとは思えないが譲歩した振りをしておく。


地獄エイグニルが独自開発機とかを普通に持っているのは、このお爺ちゃんのお陰みたいだし。きっと組織の後ろ盾みたいな人なんだ)

 ニーチェは勝手に納得する。それならば目的を達するには彼の言に従っておくに限る。


『よかろう。気付いておろうが、儂はそなたをずっと観察しておった』

 飛び付くルーゴをあしらいつつ、悪戯げに見てくる。

『ルージベルニはそなたの好みにできておる筈じゃから不自由を感じる事はなかろう。好きに使うがよい』

「そう言われても困る。ドナたちを手伝ってサナルフィのメンテナンスは頑張ってきたけど専門家には程遠いし」

『部品は他のアームドスキンと同規格にしてあるしの、整備はあのフォイドという男に任せてもよい。メンテナンスマニュアル通りにやれと言うておけ』

 あくまで自分は表に出る気が無いらしい。


(ちょっと不気味な感じ。もしかしてケイオスランデルもお爺ちゃんの傀儡なのかもしれないし)

 そんな気がしてきた。

(でも、アバターじゃ灯りは視えないし)

 能力による特殊な視覚だというのは理解したので、この表現のほうが合っているだろう。

(感情が視えないから思惑が読めないっていうの怖い。あたし、この能力に親しみ過ぎてきてるし)

 少し危険に感じる。


 跳ねる子猫を抱き上げ、思考スイッチで外部スピーカーに切り替える。このままというのは不都合だろう。


「動かせるみたい。整備基台に移動する?」

 外のフォイドに呼び掛ける。

「そうしてくれ。工作ベッドこいつに寝たままじゃ整備が難しい」

「じゃあ、動かすし。降りてて」

 彼は手を上げて合図すると昇降バケットを下げていった。


σシグマ・ルーンにエンチャント。スリーツーワン機体同調シンクロン成功コンプリート

 女性に設定されたナビゲート音声が起動と同調を告げる。それでルージベルニは動く筈だ。


 少し斜めになった工作ベッドの中で上半身を起こす。バランスを取る為に腕を前に出すとモニター内に赤い爪が閃く。地獄エイグニルの機体は鋭利な指先が標準になっているが、この赤い爪は彼女をどこに連れて行ってしまうのだろうか不安に感じる。


(あたしが自分を見失わなければ大丈夫な筈だし。常に目標を見据えていればいい。パパはそういうふうに育ててくれた)


 身体を起こすと全重量を支えていたステップが格納され、ルージベルニは床のメッシュに足を付ける。思っていたより遥かに静かな足音で彼女のアームドスキンは降り立った。

 振り返ってベッド内に格納されているビームカノンを握らせる。左右のヒップガードの専用ラッチに噛ませて手を離した。


(これが二歩目。あたしは目標に向けて着々と進んでるし)

 与えられた機体で相応の働きを見せれば地獄エイグニル内部での発言権も増していくと思われる。そうすれば剣王にも近付きやすくなるし、堕ちたる英雄ライナックを倒すのも夢ではなくなる。

(誰の思惑でもいい。力を与えてくれるなら喜んで踊ってやる。でも、最後に笑うのはあたしだし)


 新たに手にした力の一つ、ティアラ型のσ・ルーンは強く意識しなくとも或る程度の思考は読み取れるのをニーチェは気付いていない。


 ドゥカルが興味深げに眺めているのにも彼女は気付いていなかった。

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