第七話

紅の堕天使(1)

 マーニは爆笑しているがニーチェは落ち込んで涙目である。ドナは顔を逸らして肩を震わせているに留まっているものの、ギルデは大口を開けて笑っていた。


「シャワー浴びてて、目の前が真っ暗になったし」

 紅眼の少女は膨れっ面である。

「そりゃ、スキンスーツも着ずにアームドスキンで派手な機動をしたら痣だらけになるよん」

「必死でそれどころじゃなかったもん!」

「へましたのは悪いと思ってるけど、いきなり戦闘機動するなんて誰も思ってないじゃん」

 御説ごもっともである。ニーチェも我ながら大胆な事をしたと後悔していた。


 ポレオンを脱出したアームドスキン積載クラフター「ベリゴール号」は、レーダー電波を攪乱するターナミストを散布した状態で山岳地帯を航行中である。マップデータから割り出した地形をトレースして自動航行している。

 乗員である五人は前回の戦闘で負傷したトリス・アカーサが休んでいるベッド脇に集まって談笑している。初戦闘だったニーチェはそこで不平を漏らしていた。


「補給に来るクラフターの便にあなたの分のスキンスーツも頼んであるから、それまで戦闘にならない事を祈ってなさい」

 マーニは既に少女をパイロット要員として認めているらしい。

「トリスが復帰するまでサナルフィは預けるから」

「ベリゴールはランデブーポイントに向かってるんでしょ? なら余裕だし」

「普通に考えればね。でも、パイロットたるもの常に不慮の事態を想定しておくものよ」

 ドナも戒めてくる。

「なんだったら民生品のスキンスーツで繋ぐ? ポイントに到着した後だったらギルデにバイクを出させるわよ?」

「悪いし危ないからいい」


 既に手配されている可能性が高い。偽装をしても、監視カメラの顔認識に引っ掛かってしまう可能性は捨て切れない。追跡される事態は遠慮したいものだ。


(ただの使いっ走りから卒業できたのは嬉しいし)

 自分の役目がはっきりしないのはニーチェを不安にさせていた。

(このまま本拠地まで一緒に行けばアームドスキンを任せてもらえるはず。これで一歩前進だし)

 おぼろげな未来図が僅かながら現実味を帯びてきた。


 当面の目標はリューン・バレル抹殺である。アームドスキンで戦場に居続けられればいつか機会は巡ってくるものと思っている。

 最終目標のライナック排除には困難な道程が予想されるが、諦めずに走り続けていれば道は開ける筈である。逆境にも耐えて努力を続け、歌姫とまで呼ばれるまでに至った彼女ならば。


(食らいついてでも目標を達成してやるし。ね、ルーゴ)

 腕の中の子猫を撫でる。いささか楽観的に過ぎるのには気付いていない。

(機械との相性も悪くないみたいだもん。何とかなるしね、ルーディ?)

 視線を転じれば頭の横に黒髪の3Dアバターも浮かんでいる。


 ジェイルにも付き従っていた3Dアバター。σシグマ・ルーンの学習深度を測る目安であるとともに、アームドスキンパイロットに癒しを与えて精神を安定させる機能だとされている。それ故に二頭身のデフォルメキャラクターだ。

 父は男性の多数派に属していて、特に名前は付けずにただ「アバター」と呼び掛けていたが、ニーチェは「ルーディ」と名付けた。女性はかなりの割合で名前を付ける。ドナは「マヤ」、トリスは「ホビ」と名付けていた。


「もう一つは灯り・・の話だったかしら?」

 ニーチェのもう一つの相談事だ。

「よく理解できなかったからもう一回説明してくれない?」

「だから、あの命の光みたいのが見える機能の事だし。みんなもあの灯りの色に相手の感情が見えてるの? 好きとか嫌いとか善意や悪意とか強く思った事は見えるし」

「待ちなさい。そもそも光が見えるって何のことなの?」

 ドナの灯りは戸惑いの色に彩られている。

「だから、それ」

「いや、分からないから」


 彼女の胸の中央、灯りが浮かんでいる辺りを指差すが伝わらない。全員がちんぷんかんぷんだという反応をしている。


「え、σ・ルーンの持つ生命反応とかいう機能じゃないの?」

 サナルフィから降りても見えたのでニーチェはそう判断している。

「生命反応とかいうセンサーは装備されていないわよ」

「嘘だし」

「嘘じゃないわ。だいたい生命という概念的なものを検知できるセンサーなんて存在しない。生体センサーっていうのは有るけど、それだって赤外線と動体カメラと後は音波検知とかの統合情報として、野生動物保護の測定器とかに応用されている程度なのよ」

 今度は彼女がキョトンとする番。

「じゃあ、あたしのこれは?」

「これと言われてもね」


 ニーチェは自分の目を指差して見回すものの、誰一人として理解を得られない。事ここに至って彼女も不安を覚え始めていた。


「どんなふうに見えてるんだ?」

 ギルデが質問してくる。

「んー、人間だと胸の真ん中辺りに光の球がぽわっと浮いてる感じだし。相手によってその色が色々」

「色が色々って訳分かんねえよ」

「それが感情として見分けられるのね?」

 マーニは真剣な面持ちで尋ねてくる。

「うん、今のギルデは不審げな色が感じられるし。全然信じてないんだ。ルーゴはこんなに好き好きって言ってくれてるのにね」

「それで個人は見分けられるの?」

「憶えればいけるし。知らない人のは感情が浮かんでるだけ」

 自分だけの現象だと分かると途端に説明が難しくなる。

「あなた、もしかして……」


 マーニは訝しげに言葉を濁した。

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