目覚める娘(10)
動悸が早まる。手の中にあるのは紛う事無き人の殺せる武器。ニーチェがトリガーボタンに力を入れただけで、このビントという男は死ぬかもしれない。
ハンドレーザーを握る手が冷たくなっていく。視界が明暗を繰り返す。気付けば下の瞼が痙攣していた。
(殺す……。こんなクズが生きてたって何の意味も無いし。このまま逃がせばドナはもちろん、マーニやトリス、ギルデが捕まってしまうかもだし)
いうことを聞かない人差し指が少しずつ動いていく。
(あたしは悪だし!)
目を瞑って思いっ切り力を入れる。
「僕を殺すだと! そんなことしてただで済むと思っているのか!」
「嘗めているの? 私たちが
「まさか、平気で!?」
早くしろとばかりにドナが顎をしゃくる。
「殺すな! 殺さないでくれぇ!」
「女を自分の自由になる玩具みたいな目で見た報いよ。ライナックのドラ息子どもと大差ないわ」
「うひぃー!」
ビントが銃口に向けて右手を突き出す。
ニーチェの放ったレーザーはその手の真ん中を貫き、延長線上の右肩を撃ち抜いた。焼けた傷口から血が滲み、彼は痛みにドナの手を振りほどくと転げまわる。
「まあ、合格点にしてあげる」
ドナがニーチェからハンドレーザーを取り上げる。
「試してたの?」
「機会があったら試すつもりだったわ。ちゃんとトリガーを引けたんだから今日はここまで」
彼女は冷たく笑って銃口をビントに向けた。
急に足音が響き、三人のいる路地裏に押し入ってくる男たち。五人まで数えたところでその手にハンドレーザーを認める。ニーチェが息を飲むと、ドナに体当たり気味で横手へと押し込まれた。
「お前たち、遅いぞ!」
ビントが叫んでいる。
「邪魔だと合図したのはあんたのほうだ。お楽しみに割り込まれたくなかったんだろう?」
「くっ!」
「別の意味でお楽しみだったようだがね」
彼らは荒事師のようだ。場慣れした男が八人もいる。
(あたしがまごまごしてたからこんな事になっちゃったし!)
後悔先に立たずである。
「なんで!」
「あいつ、危険を感じて誰かに渡りを付けていたみたいね」
ニーチェの言葉を曲解したドナが推測を口にする。
「どうするの?」
「顔を見られたわ。始末するしかない」
「マジで!?」
多勢に無勢である。実質ニーチェは戦力にならない。
「それでもやるの。生き延びたければね」
「分かったし」
返されたハンドレーザーを握る。
(ちゃんと撃つ。今度こそ)
追い込まれた今のほうが踏ん切りがつきそうだ。しかし、状況が厳しいことに変わりない。
自分の銃を取り出したドナと呼吸を合わせる。この辺りは戦闘訓練で繰り返しやってきている。
飛び出そうとしたところで横合いから幾条ものレーザーが荒事師を襲う。意表を突かれた彼らは数人が地面へと倒れ伏した。
「来なさい」
「マーニ!」
頼りになるリーダーが手招きしている。
「すみません。しくじりました」
「気にしなくていいわよ。離脱するわ」
「何かありました?」
謝罪するドナにマーニは手を振る。不審に思った彼女は尋ね返す。
「急に帰還準備命令が入ったの。こんな区切りの悪いとこで命令が来るって事は何か手違いがあったって意味。それであなたたちが危険だって思ったのよ」
「そういう事ですか」
ドナの端末の位置情報を辿ってきたらしい。
レーザーを撃ちながら追ってくる荒事師たちに応射しつつ路地を駆け抜ける。開けた先にはマーニの車が置いてあった。傍には
「乗って」
急いで乗り込んだ二人は窓を開けて乱射し、男たちの足留めをする。
「久しぶりに派手にかますぜ!」
「揺らすな、ギルデの馬鹿。狙いが定まらないじゃん」
トリスは当てる気満々らしい。思ったより過激だ。
足留めに成功した彼らは調査事務所に帰還する。しかし、五人が
すぐに地下の駐機スペースへと向かう。そこは巧妙に偽装されていて入り込まれる心配は少ない。組織や足取りに関わるデータを消し、一部の端末だけ抱えた五人は地下に降りる。
「さっさと起動なさい」
マーニが指示する。
「ここからも逃げるの?」
「安心はできないのよ。スキャナを使われたら地下空間があるのはバレてしまうから」
「ニーチェはこっち!」
トリスがアームドスキンを起動させてしゃがみ込ませ、手の平を彼女に向ける。
「シート出してる暇なんて無いから適当にしがみ付いてよん!」
「怖いし!」
パイロットシート裏にしがみ付くと遠隔操作で開けた通路へと進む。
地下通路はアームドスキンが通るのにはぎりぎり一杯に見える。なのに
「上手いし」
「当然だよん。うちだって
小柄で人懐っこく、一人称が「うち」の彼女からは想像もつかない姿。
「ちょっと急ぐからー」
「ひえっ!」
360°が見える球形のモニターでは壁面が走り去るように感じられて怖ろしい。
先に立ったギルデのアームドスキンが上昇通路に入る。マーニを乗せたドナの機体が続き、最後にトリスのアームドスキンが開閉扉をくぐって開けた場所に出た。
「なんで!?」
ハッチが開かれると喧騒が吹き付けてくる。全て動物の鳴き声だ。
「どうしてペット倉庫?」
「早く降りなさい、ニーチェ。扉を開けないとサナルフィを外に出せないわ」
「うひゃぁ!」
どやされてアームドスキンの手から飛び降りる。
「みゃーん」
「ケージから逃げ出してるし!」
ニーチェの足には子猫が縋り付いていた。
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