さようなら、ニーチェ(11)

 リューンが合図しただけで血の誓いブラッドバウのアームドスキンは邪魔にならない場所まで戦列を下げていく。陽動を仕掛けてきていた少数の部隊は一機を残して撤退したが戦局を左右するような数ではないので気にしない。


 残った一機も同型機。ゼムナ軍機とは違うものの、ゼムナ製の香りを漂わせる機体。登録機体でターゲットシンボルには『ムスターク』と表示される。

 濃紺の機体の胸部装甲には「MB3」と「8」のペイント。数字はおそらく隊機番号だろう。8番機らしい。


「俺様が剣王と分かってても逃げ出さねえのか?」

 右手のビームカノンをラッチに戻してブレードグリップを持たせた時点で戦意があると判断できる。

「何もせずに逃げ出したと分かれば処分があります。僕一人でも貴殿ほどの敵を一時的に引き留めたとなればうちの戦果にはなりますから」

「こんなに気骨のある奴が残ってたか。俺を引き留められると思ってる奴がよ」


 彼はゼビアルの背部に装備されている大剣タイプのフォトンブレードを両手に抜く。電磁波干渉は受けるが、核力にまで作用して理論上斬れない物は無い力場剣が薄黄色に透ける15mもの剣身を形成した。


「驕ってはいません。そうやって友軍機に包囲をさせず、単機で挑んでくるワンマンタイプのパイロット相手なら躱す術くらいはあるという事です」

 リューンの行動を油断だと揶揄する。

「過去に居たな、躱すのが極端に上手な奴も。そいつも下してきたぜ?」

「そうかもしれませんね。戦闘記録の抜粋には目を通しましたが、どんな相手も貴殿は倒せなかった。逆にいえば、今そこに生きているのが証明になりますが」

「ほんとに面白ぇな、お前。要は負けりゃ死ぬって言ってるんだぜ?」

 溜息が聞こえる。

「戦場のならいでしょう」

「分かってんなら文句なしだ!」


 ムスタークが砲口を上げると同時にゼビアルを加速させる。前かがみにビームを躱し、一気に距離を詰めてブレードの間合いに入るつもりだった。


(なに!?)

 ところが、かがんだゼビアルの頭部へ向けて輝線が迫る。咄嗟に右のブレードを振り上げて斬り裂き拡散させる。

(偶然か? 最初から足元を狙ってやがったのか。撃破する気がないとでも言うんじゃねえだろうな)

 機体は反動で伸びあがってしまっている。攻撃の体勢が取れないまま慣性で前進するが、その位置に既に敵機は存在しない。

(おっと!)

 左に移動したムスタークが砲口を向けている。戦気眼せんきがんに感じられる輝線を頼りに機体を捻ってビームを躱した。


「あれが掠りもしないどころか怯ませるのも無理ですか」

 体勢を整えて構え直すリューンに相手が言う。

「やってくれんじゃねえか」

「実戦経験が段違いですね。かなり幅のある動きをする。しかも無駄な挙動が無い」

「褒めても加減はしてやんねえぞ」

 余裕のある気配に彼の中で好奇心が首をもたげる。

「相応の対処をするという意味ですよ」

「見切ったとでも言うんじゃねえだろうなぁ!」


 今度は何の前置きも無く一気に加速。しかし、慌てて牽制砲撃が放り込まれる事もない。接近するゼビアルにムスタークはブレードの突きを入れてくる。左の大剣で逸らしつつ、右で斬り上げようとする。

 その瞬間、モニター正面いっぱいに砲口が映る。相手が頭部へ向けてビームカノンを捻じ込んできたのだ。その光景にリューンの身体は反応してしまい、反射的に機体を下げさせた。


(今のもわざとか?)

 人間の反射行動を利用したように思える。

(あの場面、普通は胸部を狙うだろ)

 大きい的を狙っていくものだ。実際に輝線は感じなかったし、ビームも発射されていない。それでリューンを怯ませるための行動だったと確認できる。

(こいつ、相手の心理や反射行動を徹底して利用しやがる)

 いやらしい戦い方だ。効果的であるのも事実だが。


 向かって左、相手の右に回り込む。左手にビームカノンを装備しているので狙いにくくなる方向だ。

 ムスタークは正面をゼビアルに維持しつつ距離を取ろうと動く。この辺りは彼のような近接戦タイプを相手取る時のセオリー通り。ただ、一門しかビームカノンを手にしていないので砲身冷却時間カノンインターバルとなる一秒が勝負の分かれ目。


(ここだ)

 牽制の一射が入る。


 左胸付近に走った輝線に反応して右に機体を滑らせながら接近。ムスタークのひるがえったビームブレードが右下から斜めに斬り上げられる。左を合わせて逸らし、瞬時に回転して右の大剣を脇へと滑り込ませた。

 左腕が機体正面に有って右の斬撃が難しい状態からの回転斬り。かろうじてジェットシールドで防ぐのが関の山と思っていたのに、先行した右肘がビームカノンのグリップエンドで殴られ回転が止まる。


(嘘だろ。まるで予想してたみてえに……!)

 横向きのゼビアルに蹴りが送り込まれ、ぎりぎり右の拳甲で受ける。そこへビームカノンが向けられた。

(だっ!)

 衝撃で一挙動遅れたリューンは脇を通して大剣を上げるのがせいぜい。ビームが剣身を削って余波が頭を舐めた。モニターに盛大にノイズが走る。


「てめぇ、何者だ?」

 その隙に間合いを外した相手に問い掛ける。

「しがない公僕ですよ」

「抜かしてんじゃねえよ」


 本気になったリューンは左手の大剣を格納し、小剣タイプに持ち替えて構えた。

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