泣けない少女(7)
夕食の準備ができると、ニーチェとイヴォンで甲斐甲斐しく少女の世話をする。泣くことで何かを吐き出したかのようなルーチェは、よほどお腹を空かせていたのか旺盛な食欲を発揮した。
(食事の席でするような話ではないのですが、満腹になるとこの子は眠ってしまいそうなので仕方ありません)
ジェイルは事情を聞き出すことにする。
「食べながらで良いから、僕に出会うまでに何があったのか教えてくれますか?」
彼は切り出した。
「パパとママはお仕事に出掛けるっていうからお留守番してたの」
「よくある事なんですね。それはいつのこと?」
「三日前」
驚くべき内容にニーチェは目を丸くしているが、ジェイルはそれとなく察していた。
「いつもは朝になったら帰ってきてるんだけど、ママもパパも帰ってこなかったの」
「それで?」
「お腹空いたからシリアルにミルクを掛けて食べて待ってたら、いきなり知らないおじちゃん達が入ってきて……」
ドアがこじ開けられそうになるのをカメラで確認したルーチェは怖ろしくなって隠れたらしい。侵入してきた三人の男は部屋を一つひとつ調べていたが、台所の物入れに隠れていた彼女はその隙に外へ逃げ出したという。
夕方まで外で隠れていたルーチェが恐るおそるマンションの一室である家に戻ると今度はドアがロックされていた。無線キーをかざしてもセキュリティコードを入力してもドアは開かず、仕方なく管理室まで行ってAIにドアを開けてくれるよう言っても受け付けてもらえなかったそうだ。それどころかルーチェを住人として認識さえしなかった。
「要らない子だって言われた気がして泣きそうになったの。それでAIはパパやママの名前を言っても知らないっていうから、みんな居なかったことになっちゃったみたいでどうしていいか分かんなくなって……」
精神的ショックを抱え、泣く気力も無くなって街を彷徨していたらしい。
「それが二日前なんでしょ? 夜はどうしてたの?」
「大人の人全部が怖くなってたから、暗くなったら小さい道に入って隠れてた」
「何てこと……」
イヴォンは予想だにしない状況に絶句する。
「それで二晩は隠れて過ごして、昼間は居場所を探してたんですね?」
「うん。そしたらジェイルが声を掛けてきたの」
ニーチェとイヴォンは切なくなって涙する。両側から抱きかかえられた少女は驚いたように目を丸くすると二人の頬を伝う涙を一生懸命手で拭き取っていた。
「イヴォン、今日は良かったら泊っていってください」
彼のほうからお願いする。
「ありがとう。そうしたかった」
「家のほうには連絡を。何でしたら僕が口添えしますので」
「大丈夫。ニーチェの所だって言ったら問題無し!」
安全だと思われているらしい。
「では、ニーチェ……。起きるようだったらお風呂に入れてあげなさい」
「分かった。そうするし」
ルーチェは既に舟を漕いでいる。
「僕は少し深く調査をします。彼女はお願いしますね?」
「任せて!」
彼女らに少女を託し、ジェイルは自室で調査に入ることにした。
◇ ◇ ◇
(とは言ったものの、この事件、おそらくは決着に向かっているんですよね)
自室の端末を立ち上げながらジェイルは考える。
サルベージしたロセイル夫人の窓口ホームページ、依頼の最終ログはアナベル・ライナックになっている。つまり、夫妻が失踪したのは彼女の家に招かれてからだ。誰が関与しているかは自明の理。
そして、二日前に反政府組織『
取り扱っていたのは一般市民では手の届きそうにない食材。そんな垂涎の的がどこで消費されていたかと考えれば鬱憤の対象になる。あまつさえ、そこに麻薬まで忍ばせてあったのでは弁明の余地はない。
(ゼムナ軍は大わらわでしょうね)
航宙保安は軍の管轄で警察の出番はない。境界警備までなら機動三課も動けるが、その外側は彼らも手が出せない。
(これが組織的犯罪であれば捜査四課や五課が乗り出すでしょうが相手がライナックでは二の足を踏むでしょう。で、宇宙空間で密輸等を取り締まるべき軍が密輸船を警備していたではお話にならない)
軍の幹部はメディア対応で右往左往している。
(普段ならライナック本家の一喝で口を閉じる市民も不快を露わにしています。それを背に受けたジャーナリストたちが勇躍アナベル叩きに走っている)
人間のあざとい一面を如実に物語っている一件といえるだろう。
アナベルは事実上、社会的制裁を受けつつある。ジェイルが考えた通り、今後彼女が浮く目は無きに等しいと思われる。本家もその方向で収束を図ろうとするだろう。
(ですが、ロセイル夫妻の件をうやむやにして闇に葬ろうとするのは業腹です。職務とは違う側面から彼女を追及していかなくてはならないですね)
彼は思い付いた作戦を形にするべく頭の中で組み立てていく。
(では、市民感情のほうから突っついてみましょうか)
別のコンソールパネルを立ち上げる。
ジェイルは起爆剤を一つ、そこへと投入した。
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