第180話

「案内役は彼にしてもらいます」


 ドワーフ王国の北に位置する魔人の国エナグアへ到着して王との謁見を済ませると、一人の青年を紹介された。

 その青年の顔を見て、ケイは懐かしそうに目を細める。


「おぉ! 久しぶりだな?」


「お久しぶりです。ケイ様……」


 案内役として紹介された青年は、ケイに向かって恭しく頭を下げる。

 昔よりも大人になったその青年に、ケイは時の速さを感じた。


「まさかオシアスが案内役とはな……」


 以前この国に来た時、ケイが世話になった兄弟の兄であるオシアスだった。

 その当時は、亡くなった両親の代わりになろうと懸命に弟の面倒を見る少年という印象が強かったが、今では立派な青年として頑張っているようだ。

 話では、王城内で宰相の補佐をする仕事をしているということを聞いている。


「私の方から立候補させてもらいました!」


「……そうか。お前も20歳を過ぎたのか……」


 身長が少しだけ伸びただけのように思っていたが、よく見てみればちゃんと青年としての顔立ちに変わっている。

 魔人大陸では魔物が危険なため、10代の内は町から出て遠くに行くことは禁止されている。

 しかし、案内役に立候補したとなると、数日町から離れることになる。

 つまり、20歳を過ぎていないと立候補すらできないということだ。

 15歳だったオシアスがいつの間にか20歳を過ぎたということに、ケイは時の速さを感じた。


「魔人大陸のことをもっとよく知るいい機会だと思いまして……」


 折角町の外に出る資格を得たというのに、軍に入っていないオシアスでは出る理由が存在しない。

 魔人大陸は、魔物の強さもあって行き来出来ないため、他の町や村とはいまいち情報のやり取りができていない。

 そのため、書物だけでは正確な情報が分からないため、今回ケイの案内と並行して自分の目で外の現状を把握しようとオシアスは思っている。


「大人になったな……」


「孤児の私がこうして王城で働けるのもケイ様のお陰ですので……」


 案内だけでなく他にも国のために働こうとするオシアスに、ケイは感慨深そうに呟く。

 自分のことをケイに認めてもらえたかのような思いがして、オシアスは照れくさそうに頭を掻く。


「俺は図書室の閲覧ができるようにしただけで、そこから先はお前の努力によるものだ」


「そう言ってもらえると自信になります」


 一通り再会を懐かしんだ後、孫のラウルのことをオシアスに紹介して、早速人族が流れ着いたと言われるところへ案内してもらう準備を始めた。

 久々の再会はオシアスだけではなかった。

 他にも、以前ケイが指導をした兵たちにも再会出来、短いながらも色々と話すことができた。

 特に、オシアスの弟のラファエルは、ケイに再会できて大はしゃぎしていた。

 前回は3歳で、言葉もしっかり喋れないほどだったのが、今では普通にしゃべるようになって背も少し大きくなっていた。

 しかし、所詮はまだ子供。

 一緒に遊んであげたら、夕方には疲れて眠ってしまった。

 そして、翌日、


「ラファエルは大丈夫か?」


「バレリオ様が面倒を見てくれているので……」


 ケイたちの案内で、オシアスは数日ここを離れることになる。

 そうなるとラファエルを1人家に残すことになってしまう。

 そのため、ケイは残して行くことを心配したのだが、どうやらバレリオが面倒を見てくれることになっていたらしい。

 バレリオはもう軍からは現役を退いており、後任にエべラルドが隊長の座に就いたという。

 軍を抜けて奥さんと共に過ごしており、息子が成人して軍に入ったため暇を持て余している状況だ。

 ラファエルが孫のように思えるのか、しょっちゅう面倒を見てもらっているらしい。

 それならば安心だと出発しようとしたのだが、


「……馬で行くのですか?」


「えぇ……、何か問題でも?」


 3頭の馬が用意されているのを見て、ラウルは疑問に思う。

 ケイから使うなと言われているので、転移を使う訳にはいかない。

 しかし、それでも馬で行くことになるとは思ってもいなかった。


「何日くらいかかるのですか?」


「2週間くらいでしょうか?」


「時間がかかり過ぎる。……お前魔闘術の訓練はもうしていないのか?」


 目的地までは相当な距離がある。

 そのために馬を用意してくれたのだろうが、さすがに時間がかかり過ぎる。

 ラウルの質問に答えたオシアスに、ケイはツッコムと共に問いかける。

 以前一緒に暮らしていた時、オシアスとラファエルには魔闘術を使えるように指導していた。

 弟のラファエルははっきり言って天才だが、オシアスもちゃんと訓練を続けていればある程度の実力になっているはずだ。

 ならば、馬に乗って走るよりも、自身の足で走った方が速いはず。

 そう思いケイは問いかけた。


「いえ、おこなっておりますが……」


 ケイたちが言いたいことは分かる。

 魔闘術で身体強化して、馬以上の速度で時間を短縮しようというのだろう。

 以前教わった通り、もしもの時の事を考えて魔力操作の訓練は続けていた。

 しかし、魔闘術で移動するにはこの大陸の魔物は危険すぎる。

 魔物の出現に注意しながら移動するなら、馬で移動した方が安全だ。


「お前の言いたいことは分かる。だからお前は戦闘に関わらなくていい」


「えっ?」


 オシアスがどうして馬を用意したのかは、ケイにはなんとなく分かる。

 今の仕事内容は事務処理をすることが多いため、オシアスは魔物と戦ったことがないはず。

 だから、恐らく魔物を探知しながら進むとなると足が鈍くなると考えているのだろう。

 たしかにここの大陸の魔物は危険なのでしっかり注意をしないといけないが、ケイたちからすると探知しながらの移動はお手の物だ。

 そのため、ケイはオシアスに魔物のことを気にする必要が無いと言い放つ。


「俺とラウルが前後でお前を挟み、もしも魔物が襲い掛かって来たら俺たちが始末するから大丈夫だ!」


「そうです!」


 魔物の存在を気にしながら進むと足が鈍るなら、魔物のことなど気にしなければいい。

 オシアスが1人でそれをやったとなれば、即魔物の胃袋の中に入ることになるだろうが、ケイとラウルが同行する以上そんなことにはならない。

 探知と戦闘をしながらでもオシアスの速度に遅れをとることは無いだろう。

 そのため、ケイとラウルは自信満々にオシアスのことを見つめた。


「…………そうですね」


 2人に言われてオシアスは最初迷った。

 現在軍の隊長になったエべラルドでも、1人で魔物を狩りに出るのは危険だ。

 ケイに教わったことで魔闘術を使える者は少しずつ増えているが、それでもこの大陸の魔物は強力だ。

 昔ほどの恐ろしさが無くなったとはいっても、それはいまだに変わらない。

 それなのに、ケイとラウルはなんてことないように言っているように思える。

 しかし、よく考えたら納得した。


「ケイ様を私が心配する方が間違っていますね」


 そもそも、ケイがエナグアの軍の者たちを指導した人間。

 教え子のエべラルドと比べることも間違っているし、そのエべラルドに劣る自分がケイの強さをどれだけ知っているのか分からない。

 ラウルのことはまだあまり分からないが、ケイの孫が普通のはずがない。

 考えていると、自分が心配するだけ無駄に思えてきた。

 そのため、オシアスはケイたちのいうことに従うことにした。


「んじゃあ行くか?」


「うん!」


「はい!」


 馬を厩舎に戻し、ケイ、オシアス、ラウルの順で列を作り、魔物の探知と制圧は主にケイがやり、案内役のオシアスの身の安全を計るのはラウル。

 そう言った役割分担をした後、3人は人族が流れ着いたという大陸の北東の村へ向かってエナグアを出発したのだった。

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