第146話

「くたば、へっ!?」


 槍を持った浪人が、倒れている美稲の剣士に止めを刺そうと迫る。

 しかし、どこからともなく飛んできた弾が、浪人の右目から入って後頭部を突き抜ける。

 糸が切れた人形のように、その浪人は崩れ落ちた。

 他の敵を倒している途中に、ケイの視界に入ったため放った弾丸だ。

 撃った後の結果は予想通り。

 なので、もうケイの頭からは消え去った。


「くっ!! このガキャ!!」


「お前よりも年上だわ!」


“パンッ!!”


 若く見られるのは嬉しいが、見た目30代のガキにまたもガキ呼ばわりされて、ケイはイラつきながら敵の心臓を撃ち抜く。

 耳を隠しているが、顔はそのままの状態。

 そのため、エルフのケイは見た目は20代。

 30代以上の人間からしたら、ガキに見えても仕方がない。


「八坂様! 動ける者を使って怪我人と味方を一か所に集めてください」


「いや、しかし……」


 動きながら敵を撃ち殺していたケイは、たまたま八坂の側を通る。

 大蛇や砲撃の攻撃を受けず、たいした怪我もしていない者たちは、向かって来る浪人たちの相手をしていた。

 怪我人を助けたいところだが、魔闘術を使わないとは言っても数の多い浪人たちの相手をするのに、いっぱいいっぱいと言ったような状態になっている。


「バラバラにいる人間を守るのはかなりきついので……」


「……わ、分かった!」


「よろしくお願いします」


 怪我人への攻撃を防いでいるのはほとんどがケイ。

 武器の性能からいって、離れていても敵を討つことがことはできるが、こうもバラバラでいられると手が回らなくなる。

 敵に対処するのもいいが、動き回られる方が遠回しの足手まといだ。

 八坂としても、味方を助けられるならその指示に従うしかない。

 「異人の指示など……」とかは、この場では些末なことだ。

 了承の返事を聞いたケイは、止まっている暇もなく、他の敵を討ちに動きだす。

 そして、ケイの指示を聞くことにした八坂は、怪我人と仲間を集める指示を出すため、すぐさま周辺の動ける仲間たちの方へ動き出した。






「よく動くな……」


「左様ですな……」


 ケイが動きまわり、どんどん浪人たちが沈んで行く。

 それを、戦場から少し離れた崖の上から見下ろしている剣術部隊と隊長の坂岡源次郎。

 猪の群れを倒すくらいの実力の持ち主であるケイがいなくなってしまったため、この時のために質より量に策を切り替えた。

 褒美をやると言ったらホイホイ付いてくる者は、奧電の町には結構溢れていた。

 奧電から北に1日行ったところには同竜城という者があり、そこに西の統治を任されている大名が存在している。

 現大名は、坂岡の上役である上重が、血の途絶えた綱泉家の養子として、将軍家のご機嫌取りにつれてきた男だ。

 酒や女にだらしなく、おかしな趣味も持っていることから将軍家にとっても悩みの種であった男だ。

 主人とは言え、忠誠を誓うに値しない人間だと多くの者たちは思っている。

 だが、これだけ馬鹿が集められたのは、その大名のお陰だろう。


「そろそろやるか……」


“スッ!!”


「はっ!」


 小さく呟いた源次郎が合図を送ると、またも部下の男は手に持つ松明を大砲の導火線に近付けた。


“ズドンッ!!”“ズドンッ!!”


「っ!? ムンッ!!」


 弾が飛び出した瞬間、ケイは飛んで来る弾に向かって魔法障壁を張る。

 薄いが何重にも張ることで、砲弾の威力をジワジワと抑え込んで行く。 


“ボトッ!!”“ボトッ!!”


「……馬鹿な! 砲撃を抑えるだと……?」


 威力を抑え込まれた砲弾は、こちらに届く前に地面に落下した。

 その結果を見た源次郎は、信じられない者を見るようにケイを眺める。

 魔闘術が使えるのに遠距離攻撃がない所を見ると、日向には魔力障壁までもないのだろうか。

 八坂によって集められた美稲の剣士たちは、源次郎と同様に驚きの声をあげていため、ケイはそう思った。


「な、何で?」


「んっ?」


 八坂や美稲の剣士たち。

 それに、源次郎と剣術部隊の者たちとは違う意味で驚いている者たちがいた。

 その者たちの呟きに、ケイは耳を傾ける。


「俺たちがいるのに、何で大砲が打たれたんだ?」


「……分からないのか?」


 驚いていたのは、ケイや美稲の剣士たちに斬りかかっていた浪人たちだ。

 この場には、倒す目標である八坂や美稲の者たちばかりではなく、自分たち集めらえた浪人たちも存在している。

 おかしな異国人に数を減らされたが、まだ半分は残っている。

 なのに、大砲を放つなんて、味方であるはずの源次郎たちのことが理解できない。

 そんな思いでいる浪人たちに、ケイは蔑んだ目で問いかける。


「お前らも捨て駒だからだよ!」


 源次郎の上役である上重はケチだという。

 比佐丸たちの口ぶりでは、かなり有名な話のようだ。

 そんな人間が、このような時にしか役に立たない者たちに褒美を出すなんてありえないだろう。

 考えれば分かることだが、浪人になるような者は剣の腕だけでなく頭の方までいまいちなようだ。

 だから分からせるように、ケイは強い口調で説明してやる。


「くそっ!! やってられるか!!」


 ケイの言葉に納得したのか、今まで襲い掛かって来ていた浪人たちは、大砲の攻撃に巻き込まれる訳にはいかないと、この場から離脱をしようとし始めた。


「逃がさねえよ! キュウ!」


【はいっ!】


 返事と共に、キュウの雷魔法が発射される。

 この時のために、キュウは魔力を練っていた。

 キュウの魔法によって、まだ戦おうとしたり逃げようとする浪人たちへ電撃が流れる。

 かなりの広範囲の魔法だが、敵を殺すのを目的とした攻撃ではない。

 狙いは動きを止めること。

 電撃を受けた浪人たちは、体がマヒしたように動けなくなり、立ち尽くすことしかできない。

 ケイの言葉の通り、逃げることは許さない。


「くらえ!!」


“ボッ!!”


 動けなくなった浪人たちは格好の標的。

 いつもの銃弾だと、少ない魔力で威力を上げることを重視している。

 しかし、ケイの銃はそれだけが目的の武器ではない。

 スイッチを切り替えれば弾でなく魔法を撃つ、言うなれば魔銃でもある。


「「「「「っ!?」」」」」


“ドンッ!!”


 ケイの両手に持つ銃から発射されたのは、火球だ。

 しかし、ただの火球ではなく、1回引き金を引いただけで大量の数の火球が出現し、動けなくなっている浪人たち目掛けて飛んで行く。 

 サッカーボール大の火球が、浪人の1人に1個直撃していく。

 キュウの電撃で痺れて声を出すことも出来ないまま、浪人たちは顔や体をあっという間に炭化させて、息を失ったのだった。


「フゥ~……」


 浪人たちを全員仕留めることに成功したケイは、長めに息を噴き出す。

 雑魚とはいっても数が多いため、今ので魔力が少し減った。

 普通の人間なら100m全力疾走五したような疲労感だろうが、ケイなら散歩レベルのものだ。


「っと、本命たちが来たか?」


 一息付けるかとケイは思っていたが、そうもいかない。

 崖の上にいた剣術部隊のうち、大半がこちらへ向かって来ていたらしく、包囲が浪人たちから彼らに変わったようだ。

 大砲もまだ数台こちらに向けられている。

 流石に剣術部隊の者たちのようなエリートを、浪人たちのように砲撃で巻き込むようなことはしないだろうが、警戒しなくてはならない。


「面倒だな……」


 浪人相手に戦うよりも難易度が上がったことに、ケイは小さく呟く。

 猪の群れの方が、知能が低い分まだ戦いやすかった。

 これほどの人数の人間相手となると、無傷で倒せるかかなり疑問だ。


「まぁ、がんばってみるか……」


 無傷とはいかないかもしれないが、負けるとは思っていない。

 ケイがやる気を出した時、剣術部隊の面々が、殺気と共に腰の刀を一斉に抜いた。


「約500人って所か? フゥ~……」


 刀を抜き、ゆっくりとケイへ向かってくる剣術部隊の者たち。

 ざっと見た感じの数に、ケイは思わずため息が出る。

 剣術部隊に入るような者たちだ。

 パッと見た感じだと、全員が魔闘術を使えるようだ。

 流石、エリートといったところだろうか。

 そんなのを相手に戦わなければならないとなると、気が重くなってくる。


「あいつ、この人数を相手にするつもりか?」


「おいおい、冗談だろ?」


 剣術部隊はいくつかの隊に分かれるが、このように多くの人数が集まるのは珍しい。

 強力な魔物や、町や村が潰れるような魔物の大繁殖くらいの時しか集まらない数だ。

 それゆえに、ケイがやる気になっているのが鼻についたのか、若い隊員が軽口をたたいていた。

 周囲の者たちも似たようなことを思っているのか、それを咎める者はいない。


「行けー!!」


「「「「「ウォーーー!!」」」」」


 どこからともなく声が上がる。

 それを合図にするように、剣術部隊の者たちは走り出した。

 ケイだけでなく、1ヵ所に集まっている八坂たちの方にも向かっている。


「キュウ! あっちを任せる!」


【うんっ!】


 八坂の方にはまだ戦える者もいる。

 蛇や大砲の攻撃を受けて怪我した者たちの中には、回復薬で治った者もいる。

 少しの間放って置いても、自分たちの身を守るくらいの抵抗はできるはずだ。

 しかし、ケイは念のためキュウをそちらへ向かわせた。

 その指示を受けたキュウは、ケイの肩の上から風魔法を使って八坂たちの方へと移動した。


「一番乗り!」


「あの世にな!」


“パンッ!”


 血気に逸ったのか、若い隊員が我先にとケイへと迫る。

 速度が自慢なのかもしれないが、その程度でケイに刃が届くわけがない。

 刀が振られる前に、ケイは至近距離から銃撃を脳天に放ってあっさり仕留める。


「食らえ!」


“ドンッ!!”


 魔闘術の使い手に接近されたら、ケイでも怪我を負ってしまうかもしれない。

 なので、近付く前に一発お見舞いすることにした。

 放ったのは水魔法。

 迫り来る剣術部隊の者たちの上空に、ケイは巨大な水球を発射させた。


「「「「「っ!?」」」」」


 それを見た剣術部隊の者たちは、上空に飛んで行った水球に首を傾げる。

 攻撃をしてくると思っていたら、明後日の方向に飛んで行ったからだ。


「んっ?」


 不発の攻撃に気を止めることなく、剣術部隊の者たちは突き進む。

 すると、上空から水滴が落ちてきて、一瞬雨かと思う。

 しかし、天候は晴れていた。

 なので、勘違いかと思ったが、水滴は一定範囲にシャワーのように降り注いできた。


「ハッ!!」


“バチッ!!”


「っ!? まさか?!」


 中には気付いた人間もいたようだが、もう遅い。


「「「「「ギッ!?」」」」」


 続いてケイの魔銃から放たれたのは電撃。

 少し前にキュウが放った動きを止めるための電撃などではなく、食らった者を感電死させるための電撃だ。

 その電撃が流れやすくするために放ったのが、先程の水球だった。

 イメージ通りに事が運び、一気に数十人の敵が黒焦げになって息絶えた。


「このっ!?」


 仲間を殺されたことに腹を立てたのか、ケイの所へ先頭がたどり着く。


「うぐっ!?」


 迫る速度をそのままに放った鋭い突きが迫るが、それをケイはしゃがんで躱す。

 そしてそのまま懐に入ると、鳩尾目掛けて蹴りを放つ。

 腹に攻撃を食らった敵は、そのままケイへと迫る仲間の所へ飛んで行く。


「「っ!?」」


“パンッ!!”


 迫って来る敵たちは、仲間が飛んできたため、咄嗟にそれを受け止める。 

 しかし、その瞬間は完全に無防備。

 蹴とばした男共々、ケイの弾丸の餌食になる。


「死ね!」「オラッ!」


“パンッ!!”“パンッ!!”


 2人を始末したケイの左右から、他の敵たちが襲い掛かる。

 しかし、動きが直線的過ぎる。

 刀を振り上げた2人の心臓部分はがら空きの状態。

 ケイはそこを狙って左右へ弾丸を放つ。


「「っ!?」」


 心臓に風穴を開けられた2人は、そのまま前のめりに倒れた。


“ドカッ!!”“ドカッ!!”


 そのままでは邪魔なので、その2体の死体を蹴り飛ばす。


「「「「っ!?」」」」


 また飛んできた仲間に、向かって来ている敵は先程と違い今度は躱す。

 しかし、躱したら躱したで、後ろから走ってきている者たちは躱せず飛んできた仲間にぶつかってしまう。

 2人蹴とばして、直撃した4人が仲間に潰され気を失った。

 ケイとしては、都合のいい結果だ。


「1人、2人で攻めても無理だ! 一斉にかかれ!」


 足の速さがバラバラだから、ケイに襲い掛かるのもバラバラ。

 それでは、ケイに傷を着けることなど不可能。

 そう判断した敏い者もいるらしく、一斉攻撃を命令する。


「なら、一斉に死ね!!」


“ボッ!!”


 8人の敵が、ケイを包囲するように八方から一斉に斬りかかる。

 しかし、その瞬間、ケイは魔銃の引き金を引く。

 それによって、ケイの周囲の地面に変化が起きる。

 振動をしたと思った次の瞬間には、まるで地面から生えたかのように、針の形になって8人へと襲い掛かる。


「「「「「「「「っ!?」」」」」」」」


 頭や体を針に突き抜かれ、一気に8人の命がこの世から消えさった。


「うっ!!」


 仲間のあまりにも凄惨な死に方に、若い隊員は怯み、二の足を踏む。

 ケイとしても、それを見越しての殺し方だ。


「怯むな! 新米どもは八坂の方を攻めろ!」


「チッ! 余計なことを……」


 ケイ相手に若手では通用しないと悟ったのか、ベテラン剣士から指示が飛ぶ。

 冷静なその指示に、ケイは舌打ちをして小さく呟く。

 できれば八坂たちの方に敵を向かわせたくないためだ。

 動きを見る限り、若手でも中にはまあまあの戦闘レベルをした者が混じっている。

 八坂たちの誰かが多少怪我をするくらいなら別に構わないが、キュウが怪我をしたらと思うと少し不安だ。


「ムンッ!」


“ドンッ!!”


「「「「「ギャッ!!」」」」」


 さっきから、ケイにとってイラつく指示をする者が紛れている。

 その者がどこにいるかは、声がした方を探知することで見つけられる。

 そういった者がいられると迷惑なので、ケイはその者がいる方向へ向かって高加熱の火球を発射する。

 発射された火球によって、その射線上にいる敵と指示を出していた者が一瞬で炭化した。


「キュウが無茶しないと良いんだけど……」


 キュウは、ケイに頼まれると一生懸命になり過ぎる所がある。

 八坂たちのことを頼んだため、彼らを守ろうと魔力の配分を考えないで戦いそうだ。

 昔、アンヘル島で噴火が起きた時、キュウの息子たちがそうだったように、命を尽くしてまでがんばることはしてほしくないと思っていたケイだった。







「このっ!」


「チッ!」


 ケイが無双している所から少し離れ、八坂たちの方も敵と戦っていた。

 こちらに来るのは若手を中心とした敵たちだが、剣術部隊に入るほどの実力を誇る若手のため、八坂たちでも手こずっていた。


【えいっ!】


「「「「「ギャッ!!」」」」」


 そんな中、キュウの魔法は八坂たちにとってかなり重宝した。

 ただの愛玩従魔かと思っていたら、一発で数人を無効化することに驚かされる。

 しかし、今はそれどころではない。

 迫り来る敵に対処するのでいっぱいいっぱいだ。


「変な魔物に気を付けろ! 厄介な魔法を放ってくるぞ!」


「「「「「おうっ!」」」」」


 キュウの放つ魔法を脅威に思ったのか、敵の中からこのような声が聞こえて来た。

 それに多くの者が返事をするが、近接戦闘しかない者たちには警戒しても対処のしようが無い。


【ハッ!】


「ぐっ!!」


 体が軽いキュウは、迫ってきた剣士の攻撃を受けまいと、風魔法を使って刀の届かない上空へと浮かんで行く。


【えいっ!】


 そして、上空から色々な魔法を放って敵を減らしていったのだった。


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