第145話

「奴らが何しに向かって来ているというんだ?」


「恐らくはこの蛇の討伐の手伝いかと?」


 部下の報告に八坂は首を傾げる。

 敵対している上重派の者たちが、今この状況で何をするために向かって来ているのか分からないからだ。

 八坂に問われた永越は、咄嗟に思いついたことを口にする。


「奴らがそんなことをするようなお人好しか?」


 その永越の答えに対して、駆け寄ってきた比佐丸がツッコミを入れる。

 たしかに、町へと迫る蛇を抑えきれずにいれば、美稲の町だけの話では済まなくなる。

 美稲の町は奧電の町に比べればたいしたことないが、八坂の存在を考えれば蛇の討伐は不可能ではない。

 まさか、八坂の領地である美稲の町の住人のためと、上重が部隊を動かすはずがない。


「じゃあ、何故?」


「分からん!」


 永越の問いに、比佐丸は短く答える。

 はっきり言って、今は上重のことを考えるよりも巨大蛇の相手が優先だ。

 そのため、比佐丸はそのまま蛇へと斬りかかっていった。


「理由はいい! 今は蛇を倒すのだ!」


 この場で他のことを考えているほど時間はない。

 美稲の町の剣士たちが斬りかかっていくが、八坂のように傷を付けるには至っていない。

 せいぜい、堅い表皮を薄く斬りつける程度で、このまま戦っても大ダメージ与えられるとは思えない。


『タイミングがおかしい……、もしかしてこの蛇……』


 今は話し合いよりも蛇の討伐となり、全員蛇へと向かって行く。

 ケイもそれに続くが、頭の中では違和感を覚えていた。

 美稲の町の剣士たちは、蛇が出てすぐに動いた。

 しかし、それと大差ない程に上重の連中も動き出したとなると、あまりにも速すぎる。

 そのため、一つの思いが頭をよぎる。


「シャーー!!」


「ぐわっ!」


「くっ!?」


 傷を付けることができないからだろうか、蛇は剣士たちに群がられても町へと向かう足を止めない。

 しかし、時折僅かな傷が入りチクッとするのか、ハエを振り払うが如く尻尾を振って剣士たちへ攻撃をしてくる。

 体躯が大きいがゆえに攻撃の速度も鈍いが、大きいなら大きいだけに攻撃範囲が広い。

 そのため、尻尾を躱しきれずに攻撃を受ける物が出てきた。

 中にはその一撃で戦闘から離脱せざるを得ない者もいた。


“パンッ!”


“キンッ!”


「硬いな……普通の銃弾では無理か?」


 ケイも参戦し銃で攻撃をするが、蛇の表皮はかなり堅い。

 飛んで行った銃弾を弾いてしまった。

 他の剣士たちが斬りかかっているため、巻き添えで撃ってしまってはいけない。

 なので、威力は抑えているとは言っても、攻撃が通用しないのでは役に立たない。


「だったら……」


“パンッ!”


「キシャッ!?」


「おぉ! 効いた!?」


 思い付きで放った攻撃が、蛇に当たり出血させることに成功する。

 痛みを感じたからなのか、蛇はケイに目を向けて光線を発射してくる。

 美稲の剣士たちとは違い離れて戦っているのもあって、ケイ1人に向かっての攻撃はケイには当然通用せず、その攻撃を余裕を持って躱す。


「しかし、これでは焼け石に水だな……」


 ケイがした攻撃は、八坂が付けた傷を狙った攻撃で、弾が当たって血が出ても、結局蛇の巨体を考えると致命傷にはなりえない。

 そこばかり狙って攻撃をしようにも、どれだけの数の銃撃をしなければならないか見当もつかない。


「このままでは町に……、やるしかないか……」


 怪我を負わせられる人間は少なく、傷を負わせてもたいした怪我ではない。

 しかし、接近戦しかできない剣士たちは、愚直に攻撃を繰り返している。

 蛇の攻撃で離脱する人間が少ないのはせめてもの救いで、かなりの時間をかければそのうち倒せるかもしれない。

 しかし、ケイの攻撃同様どれだけ攻撃し続けなくてはいけないか分からない。

 上重の者たちが迫ってきていることを考えると、できれば蛇を早々に倒したい。

 なので、ケイは動くことにした。


「八坂様! 少しで良いので皆を一旦退かせてもらいますか?」


「しかし……」


 八坂のもとへと近付き、ケイは剣士たちを退かせる指示をしてもらうよう告げる。

 強力な攻撃をするとなると、剣士たちを巻き込まない自信がないからだ。

 はっきり言うと、邪魔だ。

 しかし、ケイの攻撃がたいして通用していないことは八坂の視界にも入っていた。

 なので、八坂はケイの提案に二の足を踏む。


「その時、一撃放って蛇に大打撃を与えます!」


「…………分かった。お主にかけてみよう!」


 このまま攻撃し続けるのも止む無しと思っていたところもあったが、八坂としても倒せるなら少しでも早く倒したい。

 ケイの目に自信があることを感じ取ったのか、八坂は少し間を置いた後、その言葉に乗っかることにした。


「ありがとうございます」


「キュウ! 合図をしたら蛇に目くらましだ!」


【りょうかい!】


 魔法特化のキュウも魔法で攻撃をしたいところだが、ケイ同様に剣士たちに当ててしまいそうなのでなかなか手出しができずにいた。

 仕方がないので、大人しくポケットの中にいたのだが、出番が来たことで嬉しそうにケイに返事をしてきた。


「全員いったん下がれ!!」


「っ!? 八坂様!?」


 八坂が大きな声で指示を出すが、最初その指示を出したのが八坂だと気付かなかったのか、止まっている時間も惜しい剣士たちはすぐには止まらない。

 しかし、八坂の指示だと気付いたのか、少しずつ攻撃の手を止める者たちが増えていく。


「退けい!!」


「「「「「っ!! はいッ!」」」」」


 八坂の二度目の声に、さすがに全員気付いたのか、剣士たちはどんどんと蛇から距離を取っていった。


「キュウ!!」


【ハイッ!】


 剣士たちが全員離れたことを確認したケイは、先程の指示通りキュウに合図を送る。


“カッ!!”


「ッ!? シャッ!?」


 ケイの指示に従い放ったキュウの魔力が、蛇の目の前で閃光を放ち蛇の目をくらませる。

 思いがけない攻撃に、蛇はようやく足を止める。

 しかし、めがみえなくなったことに驚いたからか、長い巨体をドカンドカンと地面へ打ちつけ暴れ回る。

 どうやらピット器官のない蛇のようで良かった。

 ピット器官とは目で獲物を感知するというより、獲物が出す赤外線を感知して捕食するという夜行性の蛇が持っている三の目と呼ばれる器官だ。

 これがあった場合、キュウの閃光魔法をしたところで意味がなかったが、反応的を見る限りこの蛇にはなかったようだ。


「くらえ!!」


“ズドン!!”


 この瞬間ができるまでに、ケイはケイで準備をしていた。

 とは言っても、魔法の指輪からある武器を取り出しただけだ。

 出した武器はバズーカ。

 本当のバズーカを良く知らないので、中の原理はケイが使っている銃とそれほど大差がない。

 しかし、魔法はイメージが大事。

 強力な威力を出すにはこの方がイメージしやすい。

 見た目はドッキリで使うようなバズーカだが、錬金術によって徹底的に強化しているのでかなりの高威力にも耐えられるはずだ。

 それを肩に担いで、蛇が移動を止めた瞬間を待っていたケイは、巨大な的と化した蛇に向かって、凝縮した魔力砲を撃ち放った。


「ギジャーーー!!」


「チッ! 避けやがった……」


 ケイが放った強力な魔力の弾丸が飛んで行くと、蛇の体の一部を抉り飛ばす。

 脳天を狙った攻撃だったが、野性の勘か何かで危険を察知したのか、蛇は頭を動かして頭への直撃は回避した。

 だが、抉れた体からは大量の血を噴き出し、怪我を負った部分から下の動きが鈍っていく。


「すごい!」「なんて攻撃だ……」


 その一撃で蛇の7割もの部分が行動不能になったのを見て、剣士たちが驚愕の表情でケイを眺める。


「あとは目に気を付けて攻撃してください!」


「「「「「お、おぉ!!」」」」」


 体が言うこと聞かないのか、蛇は移動を止めて痛みに苦しんでいる。

 この状態の蛇なら、目から出す光線に注意すれば危険はないはず。

 ケイの指示を受けた剣士たちは、止めを刺しに蛇へ襲い掛かった。


「……もっと強化しないとだめそうだな」


 先程撃ったバズーカを見て、ケイは独り言を呟く。

 たった一発撃っただけなのに、かなりの熱を持ってしまっている。

 もう一発撃ってケイが仕留めたいところだが、次撃ったら暴発してしまいそうだ。

 改良の余地ありと判断し、魔法の指輪にバズーカを収納したケイは、剣士たち同様止めを刺しに動き出した。






「思ったより減っていないな……」


 突如現れた巨大蛇を倒す目前まで来た頃、その様子を見つめる男が現れていた。

 離れた場所から戦闘状況を眺めると、蛇が倒される寸前の状態になっている。

 これほどの時間でここまで痛めつけたのには感心するが、予定よりも死人や怪我人が少ない。

 そのことに、男は若干の不快感を示す。


「でも、これだけの数なら何とかなるか……」


 先程浮かんでいた不快感もすぐに消え去る。

 どんな策も、全て自分の思った通りに上手くいくなんてことはなかなかないものだ。

 むしろ、そう言った時は敵の罠にハマっている可能性がある。

 そう考えると、この程度の誤差は想定内だ。


「やれっ!!」


「ハッ!!」


 男の短い指示により、部下らしき男は持っていた松明の火を、ある線に近付ける。


“ドンッ!!”


「「「「「っ!?」」」」」


 蛇に群がり攻撃を続ける美稲の剣士たち。

 刀の切れ味を利用して、小さくできた傷に集中して攻撃をしている。

 時折蛇が目から光線を放って攻撃してくるが、その攻撃にも慣れた彼らには通用しなくなっている。

 その光線は魔法の一種なのだが、蛇は魔力のコントロールが上手くないのか、魔力を目に溜めるまでに僅かなタイムラグがある。

 剣士たちはその兆候を察知して回避行動に移っているので、蛇のその攻撃が当たることはもうないだろう。

 あとはこのまま蛇が死ぬまで攻撃を続ければ討伐完了といったところだろう。

 そう思って、ケイだけでなく美稲の剣士たちも心に余裕ができていたのかもしれない。

 その余裕を打ち壊すように、巨大な音が響き渡る。


“ドガンッ!!”

 

「なっ!?」


 突然鳴った音の方角にケイが目を向けた瞬間、蛇とその側にいた剣士たちに向かって巨大な球が飛んで来て、爆発を起こした。


「大砲だと!? 何を考えている!? 坂岡源次郎!!」


「何って? 魔物の退治に来たに決まっているだろ?」


 運よくその爆発の側にいなかった八坂は、弾が飛んできた方角を見て怒りをあらわにする。

 蛇と戦っている場所から離れた崖の上から巨大な砲筒数台が、こちらへ向けられている。

 そして、上重の右腕と呼ばれるほど信頼を得ている坂岡源次郎と、剣術部隊の面々が集まっていた。

 明らかに美稲の剣士たちを巻き込むことを意図した攻撃に、八坂はこのようなことをする理由を尋ねるが、源次郎は悪びれもしない態度で答えを返してきた。


「やれ!!」


「「「「「おぉっ!!」」」」」


 源次郎の声が響くと、出で立ちからいって浪人らしき者たちが樹々の陰から大勢姿を現し、こちらへ向かって攻め込んで来た。


「ギャッ!?」「ぐわっ!?」


「やめろ!!」


 浪人たちの狙いは、蛇の攻撃と先程の砲撃によって動けなくなっている者へのとどめを刺す事らしく、怪我人へ迫ると数人がかりで斬り殺しにかかった。

 魔闘術を使っていない所を見ると、浪人たちが強いとは言えない。

 怪我を負っている者たちは魔闘術を使えるが、動けなくなっている者が集団で攻撃されれば使えた所で対応しきれない。

 一人また一人と、美稲の剣士たちは浪人たちに斬り殺されて行った。

 

「っと、退け!」


「っ!?」


 ある程度の人間を斬り殺すと、浪人たちはすぐさまこの場から離れて行く。

 怒りに任せて浪人たちを追いかけようとした八坂だが、その行動に違和感を覚える。


「くっ!?」


“ドガンッ!!”


 予感は的中し、八坂はその場から飛び退く。 

 すると、浪人たちが離れたのを確認した源次郎たちが、またも大砲を放ってきて、またも数人の剣士が怪我を負った。


「魔物と一緒に殺してしまえ!!」


「坂岡!! こんなことしてタダで済むと思うなよ!!」


 源次郎は、明らかに美稲の者たちを殺すという発言をした。

 しかし、こんなことが知られれば、剣術部隊を管理する役割でもある上重もただでは済まない。


「大丈夫だ。ここから誰も帰しはしない!!」


“スッ!!”


 八坂が源次郎に忠告するが、源次郎の方はどこ吹く風といったところだ。

 そして源次郎がそのまま手を上げると、さらに多くの浪人たちが現れて、生き残っている美稲の剣士たちに向かってゆっくりと迫って来た。


「なっ!? ここまでの数を……」


 どうやら八坂たちは完全に包囲されていたようだ。

 2発目の砲撃で、蛇の方はもう絶命している。

 しかし、町から離れた場所での戦闘。

 見ている者はここにいる者たちだけ。

 ここで八坂の者たちを一掃してしまえば、誰も源次郎たちの悪行を知る者はいなくなる。

 これが源次郎たちが動き出した理由のようだ。


「おいっ!!」


「んっ? おやっ? ケイではないか?」


 ケイが源次郎へ声をかけると、源次郎もケイに目を向ける。

 初めて会った時のような礼節を持っているような表情はどこへ行ったのか、崖の上からというのもあってかかなり上から見下すように話しかけてきた。


「お前もこちらに来るか? 殺した分だけ褒美を出すぞ?」


「ふざけてんのか? 奴らを止めろ!!」


 急にいなくなったことを根に持っているのだろうか、とてもイラつく提案をしてきた。

 その提案に対し、ケイは眉間にしわを寄せながら浪人たちの歩みを止めるように声を張り上げる。


「冗談だろ? この数の包囲を相手ではお前でも太刀打ちで出来まい? 死んで後悔しろ」


「お前……、久々にムカついたわ……」


 流石に堪忍袋の緒が切れた。

 やっていることは、冒険者の中にもいるクズと同じことだ。

 気に入らない奴を誰も見ていない所で殺して、魔物の仕業にしようという魂胆。

 前世の日本人としての倫理観がそう思わせるのか、そんなことを平気でしようとする奴らが勝つのは気に入らないことこの上ない。


「んっ?」


「全員殺す!!」


「「「「「っ!!」」」」」


 ケイの呟きは届かず、源次郎は首を傾げる。

 それに対し、ケイは殺気をこめた魔力を放出させる。

 その殺気を感じた浪人たちは、恐怖に足が止まった。


「殺るぞ! キュウ!」


【うん!!】


“パパパパパパパパ……!!”


 イメージはマシンガン。

 2丁の銃を抜いたケイは、包囲する浪人たちへ向かって弾丸を連射する。

 威力よりも手数。

 この状況を打開するには、まず1人でも多くの浪人を殺して、怪我をしている八坂の部下たちの回復を待つ。


「痛え!!」「この野郎!!」


「チッ! 雑魚のくせに1発2発じゃ死なねえか?」


 ケイの攻撃で、あっという間に浪人たちの4分の1が怪我負う。

 しかし、それですぐに戦闘不能という訳にはいかず、怪我の痛みでケイへの恐怖よりも怒りが勝り、美稲の剣士たちを斬りかかりに走り出した。


「落ちるなよ? キュウ!」


【だいじょうぶ!】


 マシンガンでは殲滅は難しい。

 怪我人をかばいつつ浪人たちの数を減らすには、動き回るしかない。

 そう判断したケイは、ポケットの中からケイの肩へと移ったキュウに一言忠告した。

 アンヘル島では、いつもこの位置でケイと一緒に狩りをしていた。

 今更この場所から落っこちるようなヘマをするつもりはない。

 なので、キュウは自信ありげに答えを返す。


「もらったー!!」


「くっ!?」


 ケイの弾が手に当たって血を流しながらも、その浪人は褒美に目がくらんでいるのか、両足を負傷して動けないでいる美稲の剣士に襲い掛かる。


「させるかよ!」


“パンッ!!”


「へぷっ!?」


 手に持つ刀を振り下ろす。

 それだけで褒美がもらえるはずだった男だが、音と共に飛んできたケイの弾丸が脳天に風穴を開き、奇妙な声と共に崩れ落ちて動かなくなった。


「す、すまん! 助かった!」


「誰か! 彼を!」


 ケイに救われた剣士は感謝の言葉を述べるが、ケイはそれどころではない。

 一から十までいうこともなく、ケイはその場から移動する。


「このガキャー!!」「死ねー!!」


「ガキって……」


““パンッ!!””


 浪人2人が、ケイの背後から斬りかかる。

 それを消えるように躱して、今度はその2人の背後にケイが回り込む。

 そして、ケイは両手の引き金を引き、左右の銃から音が同時に聞こえるよに弾が飛び出る。

 2人の浪人の頭から血が噴き出るのを確認する事無く、ケイは次へと移動した。


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