第122話

「何だここ?」


「ハッハッハ……」


 日向へ向けて移動を開始したケイ。

 従魔のキュウとクウを連れて東へ向かっていたのだが、旅の資金を稼ごうと森に入って魔物を狩ろうとした時、何だかおかしな雰囲気の森に迷い込んでしまっていた。

 まるで、吸い込まれたような感覚もあり、足を動かすのをためらわれる。

 クウの方も鼻を使って周囲を警戒しているのだが、首を傾げている。

 僅かに霧が掛かっているのが、余計に違和感を増長している。


【しゅじん! なんかへんだよ!】


「あぁ……、お前たちも注意してろよ」


 クウの頭の上に乗っているキュウも、どんどん変な感覚に陥っていることに戸惑っている。

 ケイ自体も何が原因でこうなっているのか分からないため、周囲への警戒に気を張っている。

 ここから出たいにしても、日の方向が霧で分からなくなているので、出口の方向が分からない。

 魔力を周囲に伸ばしても、ある程度の距離まで行くと邪魔されているように魔力が霧散する。

 一定距離までしか周囲の様子が分からない状況だ。

 戻るにしても何かあるにしても、先に進まないと何も変わらないみたいなので、ケイはキュウとクウに注意して前へ進むことにした。


【うん!】「ワフッ!」


「ふっ……」


 ケイに注意を受けた2匹は、返事をするとケイの足下へ近付く。

 もしもの時は、自分たちが盾になると思っているのかもしれない。

 例え敵が出たとしても、実際はケイの方が反応は早いだろう。

 しかし、容姿が可愛らしい2匹が頑張ろうとしているのを見ると、何だかケイはおかしく見え、小さく吹き出してしまう。

 そんなことには気付かず、2匹は真面目に周囲を見渡している。






「………………」


 魔物が出た時の事を考え、ややゆっくりと歩を進めるケイたちだが、2匹とは違いケイはこの風景に関して何かずっとモヤモヤしている。 

 それが何故なのかも分からない。

 なので、無言で歩きながら考えていたのだが、


「……あれっ?」


【どうしたの? しゅじん】


 ある風景が目の前に広がった時、ここまでの間のモヤモヤが一気に晴れた。

 そのため、思わず足を止めたら、キュウに心配された。


「んっ? いや、何かここ知ってるような……」


【えっ?】


 キュウの質問に答えたケイだったが、その答えにキュウがびっくりする。

 ずっと閉じ込められているようなここの周囲の雰囲気に、何かの罠が施されているのではと考えていたからだ。

 主人であるケイが知っている景色と言うが、キュウはケイが小さい頃から一緒にいる。

 ケイが知っているなら、自分もここのことを知っているはずなのだが、キュウには全く思い当たる所がない。


「……やっぱり!」


【なに? ここ……】「ワフッ?」


 話しながらも足を動かしていると、霧と樹々の中に、いくつもの家が崩れたような瓦礫が転がっていた。

 畑があったような場所もあり、もしかしたらここに村のような物があったのかもしれない。

 その風景を見た時、ケイは予想通りと言ったような声をあげる。

 こんな所に村があるなんて思いもしなかったキュウとクウは、目を見開いてその村の跡地を眺めた。


「……ここは元エルフの里だ」


【エルフ? しゅじんの里?】


 キュウたちの疑問に答えるように、ケイは足下に転がった瓦礫を拾って呟く。

 それを聞いたキュウは、首を傾げる。

 キュウの場合どこに首があるのか分からないので、頭を傾げたと言った方が正しい気がする。

 そんなことはどうでもいいとして、ケイはキュウの質問に頷きで返す。

 大昔、エルフが住んでいた場所がここだった。

 ケイのではなく、アンヘルの記憶の中にこの村のことがあったのだ。


「正確には俺の先祖が住んでた場所だな……」


【ふ~ん……】


 アンヘルの記憶でも、ここに住んでいたという訳ではないと出ている。

 しかし、一度だけ父と叔父と共に、ここに来たことがあった。

 この地で密かに住んでいたエルフたちだったが、人族の侵攻にあい、自分たちの掟によって数を減らしていった。

 そして、ここでは生きていけなくなったため、逃げ回る内にバラバラになり、どんどん数を減らしていくことになったのだった。

 流れとすればそんな感じだが、ケイ1人になるまでは数百年の月日が経っている。


「っ!?」


【っ!?】「ワフッ!?」


 ケイが父たちに聞いたことをキュウたちへ話していると、霧の一部が少しずつ集まり出した。

 何が起きるか分からないため、ケイと従魔の2匹は警戒心を強める。

 いつでも攻撃できるような態勢のケイたちの近くに、その白い靄が次第に人の形へと変化していった。


「映像?」


 ゆっくりと人の形になった白い靄は、その耳の形からケイと同じエルフだと分かる。

 しかし、そこに実在しているようには見えず、僅かに靄が揺らいでいる。

 それを見たケイは、ここで死んだエルフが何か言い残して死んだのだろうと、その映像を黙って見ることにした。

 ケイが武器から手を離したことで、キュウたちも戦意を抑えて、その映像をじっと見始めた。




「エルフの子孫よ。よくぞこの地へ参った。私はこの地で生まれ、長い年月人族の手から逃げ回った。しかし、年を取り、死を覚悟した時、生まれ育ったこの地のことを思い出した」


 生まれ育ったということは、やはりこの映像のエルフは先祖のようだ。

 恐らく魔力を残留思念として、一定条件化の下に発動するようにしていたのかもしれない。

 人族の手から逃れるために、魔力の訓練を相当したことがうかがえる。


「人族の国に囲まれたこの地は、私がたどり着いた時には無残な姿をしていた。田畑は荒らされ、家々は破壊され、どこも雑草が生い茂った状態だった」


 このエルフが戻ってきた時には、どうやら今の状態になっていたらしい。

 しかし、このエルフが言う程ひどいようにも思えない。


「これ以上人族にここを荒らされることに、私は耐えられない。そのため、エルフの魔力に反応した者しか入れないよう結界を張った」


「なるほど……」


 そのエルフの言葉に、ケイは納得の言葉を呟く。

 父たちと来た時も今も、ケイ(アンヘル)がここに来れた理由が分かった気がする。

 キュウたちも一緒なのは、従魔と主人には僅かに魔力のパスが通じている。

 それが反応して、一緒に入れたのかもしれない。


「ここをどうするかはお前に任せる。この結界を解くことも私の思念を消してしまうのも好きにしてくれ……」


 映像も終わりに近づいたのか、揺らぎ始める。


「私を含め、ここの地で亡くなった者たちの墓地を作って置いた。できれば……彼らが静かに眠れるように……してくれ……ること……を願う」


 靄の揺らぎが強くなると共に、段々と言葉も途切れだす。


「エルフの……一族……が、また……栄えて……くれる日が、いつか……来る……のを……祈って……いる」


 途切れ途切れだが、彼はエルフの一族のことを本気で憂いて死んでいったのだろう。

 どれほど昔のことだかは分からないが、ここまでのことをするなんて余程のことだ。


「任せてくれよ。新しい地でよければ良いところがある」


 人型の靄が消え、それまで黙って聞いていたケイは、静かに決意を呟いたのだった。






「好きにしていいか……」


 靄で出来たエルフが消えてから、里の中を歩き回ると、墓地の近くに小屋を発見した。

 その中に入ると、棺のような物があり、その中には一体の亡骸が横たわっていた。

 ここに一体だけでいるということは、彼があの靄の正体なのかもしれない。

 魔法の才能があるエルフの中でも、彼は相当才能があったのだろう。

 棺に魔法陣を描き、死後にゾンビ化しないようにしてあるようだ。

 彼の骸骨を見ていると、最後の言葉がケイの耳に響いてくる。 


「亡骸を島に送るにしても、今家出中だしな……」


 アンヘル島を出て、まだ1週間しか経っていない。

 いい年こいてほとんど家出のように島を出てきたので、今帰ると何だかバツが悪い。

 エルフたちの亡骸を、この誰も来ることのない結界内に置いておくのも申し訳ない。

 どうせなら、同族の子孫がいるアンヘル島の墓地へ埋葬しなおしてあげたい。


【しゅじん! どうする?】


 従魔のキュウも、主人であるケイの仲間だということで、このままにしておいて良いのかと尋ねてくる。


「連れて行きたいけど、魔法の指輪に入りきらないしな……」


 このまま墓地に眠るみんなの骨壺だけ持ってアンヘル島に戻ることは簡単だが、ケイの目的は日向へ行くことだ。

 大容量のはレイナルドに、まあまあ容量の大きい方はカルロスに置いて来てしまい、ケイが今付けているのは容量の少ない魔法の指輪だ。

 日向に向かうのに、とてもではないが全員を連れていく訳にはいかない。


「日向に行った帰りにでもまた寄ろう」


 今すぐに連れて行ってあげるのはちょっと勘弁してもらい、帰りにまた寄って連れて行くことに決めた。

 どうせ人族には入る事などできないだろうから、放って置いても大丈夫だろう。 


「念のため結界を強化しておくか……」


 どれほど前にここを作ったのか分からないが、相当な年月が経っているはずだ。

 まだまだこの結界が消えてしまうことはないとは思うが、人族で強力な魔力の持ち主に目を付けられたらここの結界を消されてしまうかもしれない。

 日向に行って帰ってくるのにどれほどの月日がかかるか分からないが、とりあえずケイが戻ってくるまではもたせたい。

 そのため、ケイはここの結界を強化していこうと考えた。


「おっ! あった!」


 長時間結界を張っていると考えた時、恐らくどこかに魔法陣があると考えた。

 そして、結界内の四方に、魔法陣が描かれた大きな石が置かれていた。

 この魔法陣によって結界を作ることに成功している様だ。


「……魔石が幾つも埋め込まれているのか?」


 魔法陣が描かれている大きな石には、魔石が埋め込まれている。

 この魔石に籠っている魔力を利用しているから、長期間このような結界が張られているのだろう。


「残り少ないな……」


 いくつもの魔石が埋め込まれているのだが、その魔石の多くが魔力を消費して空っぽの状態になっている。

 だいたい8割といったところだろうか。

 残り2割の魔石もどれほどもつのか分からない。


「それにしても、どうやってこれほどの魔石を集めたんだ?」


 エルフは魔石を使ってはいけないと言うような掟はない。

 しかし、魔石は魔物の体内から取り出さないと入手できない。

 魔物に限らず、生物を殺すことを禁じられているエルフがどうやって手に入れたのだろう。

 拾うということもなくはないが、魔物が死んですぐでなければ、他の魔物に喰われたりして入手は困難になるはずだ。

 あとは店で購入するという方法しかないと思うが、エルフだとバレればあっという間に人生お終いになってしまう。

 そんなリスクを何度も何度もクリアしないと、これほどの数は揃わないはずだ。


「……もしかして、掟を破ったのか?」


 結構な規模の結界を張れる上に、これだけの魔石を集めたということを考えると、彼は掟を破っていた可能性が考えられ始めた。

 それならば、これだけの数の魔石を集められたということに納得できる。

 長命なエルフの人生なら、本人が掟を守っていても事故などの思わぬことで破ってしまうということもあるはずだ。

 そういった者が一人も現れないというのはありえない。

 彼はきっと掟を破ってしまった後悔から、死をも覚悟してここへ戻って来たのかもしれない。 


「あっさり破った俺が言うのはおかしいが、あんたは別に間違っていないよ」


 エルフに受け継がれていた3つの掟を守っていては、この世界では生きていくのはかなりしんどい。

 ケイという前世の知識を持っていたとしても、アンヘルの意識の方が強かったら、もしかしたら島ですぐに死んでいたかもしれない。

 他の種族よりも長い寿命を与えられたことによる神への感謝のための掟だとかいう話だが、それで絶滅してれば話にならない。

 確信犯のケイとは違って、恐らく彼は最初偶然だったのかもしれないけれど、生きることができてこそ神への感謝が出来るのではないだろうか。

 都合がいいかもしれないが、ケイとしてはそう考えている。

 ケイと同じく、前世日本人の記憶があるドワーフ王のマカリオとも話したことがあるが、ラノベのように神との謁見の記憶がない。

 何を目的として自分たちがこの世界に送られたのか分からない。

 なので、マカリオは、


「前世は事故で死んだから、今度は最後まで生きろって事なんじゃないか?」


 と言っていた。

 ケイとしても、その意見に賛成だ。

 ただ、転生した時はエルフでラッキーと思っていたのだが、これはこれで辛いものだ。

 人族からは迫害を受け、最愛の女性は必ず先に死ぬ。

 分かっていたことでも、いざそれがやってくると、かなりきつい。

 しかし、これも試練として考えればどうにか耐えられる。


「魔石ならいっぱいあるからな……」


 ケイにとってエルフの掟は、ただも悪しき風習でしかないと考えている。

 なので、魔物が襲ってくれば平気でその命を絶つ。

 この世界で魔石は電池の代わりのような物。

 どの人種でも魔道具を使うのに必要となるため、売り買いされている。

 旅の途中のケイにとっては、収入源の1つになっている。

 そのため、魔物を倒したら魔石を手に入れておくのは当然だ。

 魔法の指輪には、大きさがまちまちの魔石が収納されている。

 その中から、結界の魔法陣が描かれている大石へ埋め込まれている魔石と、同等のサイズの物を取り出す。

 そして空っぽになった魔石を外して、取り出した魔石を埋め込んで行く。


「半分も変えておけば十分だろう……」


 魔石を半分ほど新しいのに変えただけで、なんとなく結界の霧が濃くなったように思える。

 これでまた長い年月もつことだろう。


「じゃあ、また来るよ」


 小屋の中の棺に横たわる骸に向かって一言告げ、ケイは一ヵ所だけ霧が薄くなっている方向へ歩き出す。

 思った通りここが出入り口となっているらしく、ジワジワといつもの感覚に戻っていった。


「出られたみたいだな……」


 少しの間歩いていると、ケイはいつの間にか日の射す普通の森に立っていた。

 この周辺の特徴を覚え、近くの町へ魔石を売りに向かったのだった。


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