第115話

「セベリノ様!!」


「んっ!? 何だ?」


 撤退を追えて、城壁に登った隊長らしき男は、急に名前を呼ばれてそちらへと顔を向ける。

 すると、そこには巨大な身長をした獣人男性が立っていて、その隣にも1人の人族が立っている。

 そちらの方は、あまり見たことがない綺麗な顔立ちをした青年だ。

 その人族に心当たりはないが、獣人の方は良く知っている。


「おぉ! リカルド殿」


「久しぶりですな。セベリノ殿」


 何度も顔を合わせているので、よく知った仲だ。

 なので、リカルドとセベリノは挨拶を交わす。


「……そちらはもしかして?」


「あぁ、こちらはエルフ族のケイ殿だ」


 父のマカリオに聞いていたのだろうか、ケイの姿を見たセベリノは確認をするようにリカルドに尋ねてきた。

 それに対し、リカルドは簡潔にケイのことをセベリノに紹介した。


「初めまして、ケイと申します」


「どうも、初めまして、ドワーフ王国王子のセベリノと申します」


 初対面のケイとセベリノは、お互い自己紹介して握手を交わす。

 握手してみると、セベリノはただ太っているという訳ではなく、筋肉が密集しているかのような感触に感じる。

 腕とかだけでなく、指までそのような感じに、これで手先が器用とかどういうことなんだと密かに思った。


「色々と問題のある時にお越しいただいて申し訳ない」


「お気になさらず……」


 会いたいと言っていたこの国の王のマカリオは体調不良で床に就き、更には原因不明の大群の魔物の出現。

 しかも、その大群の魔物は、倒しても倒しても無限ポップ状態で手が付けられない。

 そんな時に来てもらうことになってしまったことに、セベリノはばつの悪そうな表情をしている。

 たしかに呼んどいてこれはどうかと思わなくもないが、逆の立場になるとどうしようもないことなので、気にしないようにいうしかなかった。


「何でも魔物の大群に手を焼いているとか?」


「我々も助力させてもらおう」


「本当ですか? それはありがたい」


 ケイとリカルドが手を貸すことを告げると、セベリノは感謝の言葉を述べる。

 最先端の魔道具開発をおこなっていることで有名なドワーフ王国に、恩を売れるなら売っておこうという気持ちもなくはないが、さすがにこのまま見逃すという訳にはいかない。


「どんな魔物なのですか?」


 手こずっていると言うが、どんな魔物を相手にしているのかによって話が変わってくる。

 相手次第では、ケイたちでも役に立つかは分からないため、まずは聞いておくことにした。


「それが……」


「隊長! 来ました!」


 王子とは言っても、セベリノは軍を率いる立場に立っており、いつもは隊長と呼ばれているらしい。

 そのため、部下の兵はいつものように呼び、セベリノに対して慌てて報告してきた。


「分かった! ……見てもらった方が早いかもしれないですね。あれです……」


 説明するのも簡単だが、見える位置に来たのなら見てもらった方が分かりやすい。

 セベリノは城壁の上から見下ろすように指を差した。

 ケイたちがその指先を見ると、魔物たちがゆっくりと姿を現したのだった。


「…………アンデッド?」


「ぐっ!!」


 城壁に迫り来る魔物の姿を見たケイは、その魔物の正体を小さい声で呟いた。

 見えてきたのは、ゾンビやスケルトンなどのいわゆるアンデッド系の魔物が大軍で迫って来ていた。

 ゾンビたちの肉体から流れてくる腐臭に、鼻の良いリカルドは顔をしかめる。

 普通の嗅覚のケイですら嫌な臭いがしているので、リカルドにはとんでもないことになっているのかもしれない。


「その通りです」


 ケイの呟きが聞こえていたらしく、セベリノは頷きながら答える。

 普段ならセベリノたちを手こずらせるような相手ではないのだが、今回は様子が違う。

 倒しても増えて迫って来るアンデッドたちに、多くの負傷者を出すことになっている。


「この国では焼却処理とかはなさっていないのですか?」


 どこの国でも、人や生物の死体処理は焼却が基本になっている。

 そのまま放置していると、その死体に魔素が集まりアンデッド系の魔物となってしまう可能性があるからである。

 もしかしたら、ここドワーフ王国は文化の違いなどによって焼却処分をしていないのかとも思い、ケイはセベリノに聞いてみた。


「いえ、わが国でも生物の焼却処理はおこなっています」


 ケイの問いに、セベリノは否定の言葉を返してきた。

 別に焼却処理をおこなっていない訳ではないようだ。


「しかし、今回原因不明のアンデットの出現が起きたのです」


 焼却処理をおこなっていようとも、アンデッドの魔物が出現することはある。

 どこでどんな魔物が死んでいるのかなんて、そのすべてを理解している者なんて存在しないはずだ。

 そんなことができるのは、神様ぐらいしかいないのではないだろうか。

 なので、出現するのはおかしくないが、今回のように集団で発生するなんて、何か原因でもないと起こる訳がない。


「……取りあえず、攻撃をしてみますか……」


 原因不明のアンデッドの大量発生。

 更には、倒してもどこからともなく出現する理由。

 話を聞く限りそれを解明しないことには、今回のこの襲撃を止めることはできないだろう。

 まずは、攻撃をした時どういう風になるのかを見てみるため、ケイは攻撃をしてみることにした。


「リカルド殿。これを使ってください」


「んっ?」


 アンデッドの中には、触れるだけで毒に侵される種類の魔物も存在している。

 そのため、いつもと同じく武器を持っていないリカルドに対し、セベリノが武器を渡してきた。


「これは……」


「私が作ったハンマーです。やや重いですが、リカルド殿なら使いこなせるはず」


 色々な分野で才能を発揮しているマカリオに対し、息子のセベリノは鍛冶の分野でしか才が発揮されなかった。

 しかし、その才だけでもと懸命に努力をおこなったからか、鍛冶の分野においてはこの国でもトップクラスの地位にまで至った。

 それがあるからこそ、天才の父に対して卑屈にならずにすんでいるのかもしれない。


「……うむ、素晴らしいな……」


 そんな彼が作った巨大ハンマーを手に持ったリカルドは、初めて持つのに手になじむ感触に感嘆の声をあげる。

 その言葉は、うっとりとすらしているようにも聞こえる。

 よっぽどこのハンマーが気に入ったのかもしれない。

 リカルドのその姿に、ケイは鬼に金棒ということわざがピッタリだと内心思った。


「では、まず魔法で攻撃して見ましょう」


「お願いする」


 西門の城壁付近まで迫ってきているアンデッドの魔物たち。

 セベリノたちが武器と魔道具を駆使して戦ってきたというのに、数が変わらないというのには何かしらの仕掛けがあるはず。

 それを見極めるためにも、攻撃をしたらどうなるのかを見てみる必要がある。

 そのため、ケイは右手を魔物の集団に向けてかざし、その手に魔力を集め始めた。


「ハッ!」


“ゴッ!!”


 右手に集めた魔力を、ケイは先頭を歩いてきている魔物に向けて放出した。

 ガイコツ兵が、飛んできたその魔力に持っている盾を向けたが、魔力が盾に着弾した瞬間に大爆発が発生した。

 その爆発によって数百のアンデッドたちが巻き込まれた。

 ケイが放ったのはエクスプロシオンという魔法。

 爆発を引き起こす魔法だ。


「……な、なんですかな? あの威力は……」


 ケイの魔法を見たセベリノと、他のドワーフ兵たちは、信じられないものを見るような目で魔法を放ったケイに目を向ける。

 ドワーフ族も魔法を使うことはできるが、性格などによって習得の得意・不得意な系統がある。

 しかし、たとえ得意な魔法であったとしても、ケイ程の魔法を放てる人間はそうそういない。

 撃てたとしても、相当な魔力を消費しなくてはならないので、かなりの疲労を伴うことになる。

 それなのに、先程放ったケイはというと、平然とした顔で爆発して魔物たちへ火が燃え広がっていく様を黙って見ている。


「ケイ殿、やりすぎでは?」


 ケイの魔法の腕は知っているつもりでいたリカルドだが、広範囲に高威力の魔法をポンと出したことに若干引く。

 自分との決闘の時、ケイはこのような大規模な魔法を放ってこなかった。

 あの時魔法で攻撃して来ていたら、もしかしたらリカルドは負けていたかもしれない。

 勝負は引き分けということになっており、その翌日の状態からなんとなく自分が勝ったような空気が流れているが、実はそれは逆なのではないかと、最近リカルドは密かに思っている。

 そして、様子見の攻撃にしては規模の大きな魔法に、リカルドはケイに軽くツッコミを入れた。


「えっ? いや、それほど魔力は込めてませんが?」


「……そ、そうか……」


 リカルドのツッコミに対し、ケイはピンと来ていなかった。

 言葉の通り、ケイ自身はこの程度の魔法はたいしたことがない。

 魔物を倒した時のレベルアップのような成長は、エルフのケイの場合、肉体の強化は微弱、魔力は大きく成長する。

 倒せば倒す程にその成長速度は遅くなっていっているが、止まった訳ではない。

 まだ100歳にも満たないでもこの強さに、リカルドはこれからどうなるのかが末恐ろしく感じる。


「エルフは魔力が多いとは文献で読んだことがあったが、ここまでとは……」


「セベリノ殿、恐らくケイ殿は特別だと思うぞ」


 あの威力でたいしたことない感じのケイに、セベリノは引き気味に呟く。

 真剣な表情をしているセベリノに、リカルドは訂正を入れる。

 ケイからすると、何だか変な扱いになっているような気がする。


「それにしても、これでは私の出る幕はないかな?」


 これほどの魔法が、ケイからしたらたいしたことのないのなら、あと何発か撃ってもらえば魔物の殲滅は難しくない。

 ケイだけで済んでしまっては、手助けを名乗り出た意味がなくなってしまうが、倒せてしまうのなら、別にそれでも構わない。

 ただ、高まったやる気が無駄になってしまっただけだ。


「いや……」


 リカルドの言葉を、ケイは否定する。

 爆発によってたしかに魔物たちが焼失したように見えたのだが、あとから向かって来る魔物たちの量が変わっていないように思えた。


「アンデッドは火が苦手のはず、これほどの生き残りがいるなど……」


 爆発と火によって燃え広がったにもかかわらず、数が減っていない。

 その光景に、リカルドは不思議そうに呟く。


「いえ、僅かですが魔力を感じました」


「えっ!?」


 リカルドの場合は匂いで判断するのだが、腐臭が漂っていて鼻が利かないため気付かないのも仕方がない。

 だが、ドワーフのセベリノは魔力を使えるので、広範囲は無理としても魔力を探知することはできる。

 しかし、その範囲内で反応を感知できるような魔力はなかった。

 そのため、ケイのその言葉に驚きの声をあげる。


「あの魔物の集団以外に、何か他にいると思われます」


「何だって……」


 何度倒しても増える魔物に、対抗策が見つからなかったセベリノたち。

 ジリ貧になるばかりだったドワーフたちだったが、その謎をケイはあっさりと解き明かしたのだった。


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