第79話

「順調な航海で喜ばしいですな? 指揮官殿……」


「白々しいなライムンド」


 リシケサ王国の海軍を任されている男、セレドニオが船首から海を眺めていると、背後から男が話しかけてきた。

 その者に目を向けると、セレドニオのよく知った顔だった。

 陸軍隊長のライムンドという男で、わざとらしくへりくだった言い方だ。

 海と陸で違いはあるものの、セレドニオと同じく軍を預かる同等の地位にいる者だ。

 年も同じで仲もいいのに、急にそんな態度を取ってくるから気味が悪い。


「ついてるな。セレドニオ」


「何が? ……って言うのは愚問か……」


 今回の遠征は、漁師がたまたま見たことない島を発見したことが始まりだった。

 直線距離は、リシケサ王国と南の隣国パテルは同じくらいだが、海流の関係上、パテルからはかなり遠回りを余儀なくされる。

 そのため、島の調査はリシケサ王国が請け負うことになった。

 島の大きさ的に、調査には1隻分の人数で十分だと思ったのだが、船はそのまま帰って来なかった。

 天候による転覆も考えられたが、次は念のため数隻で向かうことになった。

 隊長はエルミニオという貴族の男。

 金にがめついことで有名だったそのエルミニオが、金の臭いを感じ取ったのか、王に自分が指揮官として向かうと言い出した。

 海軍指揮官として有能と言われているセレドニオへ、横やりを入れてきた形になる。


「エルミニオ様。前回のこともあり、慎重に接触を図るべきです」


「うるさい! 貴様の指示は聞かん! 臆病者の貴様らはここで待機だ!」


 どこから仕入れたのか分からないが、エルミニオは船と多くの傭兵を連れてきた。

 セレドニオも一応は貴族の出だが、男爵家の次男坊という、辛うじての貴族だ。

 侯爵家の人間に言われれば、文句を言うことなどできはしない。

 しかも、王の承認もあるので、指揮官のエルミニオには従うしかない。

 

「…………かしこまりました」


 しかし、バカの指示に渋々従ったのは正解だった。

 巨大な竜巻により巻き上げられ、水の槍による船底の破損、火による延焼。

 まさに地獄のようなことが、遠くで起こっていた。

 誰が起こしたのかは分からないが、エルミニオからの通信には、獣人とエルフという言葉が聞こえて来たいた。

 そのことで判断するに、恐らくあの攻撃を放ったのは、獣人族の魔道具によるものだと判断できる。

 ドワーフ族という後ろ盾は、とてつもなく厄介だ。

 魔力が少なく、魔法攻撃があまりできないとはいっても、獣人の戦闘力はどの種族もとんでもない。

 そこに、ドワーフによる魔道具が加わると、人族側のアドバンテージは人の数しかない。

 あの島も、どうやら先に発見した獣人たちが上陸したのだろう。

 しかし、そんなことよりも重要な単語が聞こえた。

 エルミニオは確かにエルフと言っていた。

 4、50年前に最後の発見例を聞いたが、それ以降聞くこともなくなり、絶滅したのだと言われていた。

 人ではあっても金銀財宝と同じ存在であるエルフ。

 絶滅したと言われているのに、今でも探し求める貴族が多くいるらしい。

 同盟国のパテルは、他国へエルフを売買したことで巨大な資金を得たという噂だ。

 手に入れ、繁殖にでも成功すればリシケサの財政は相当潤うことになるだろう。

 そうなれば、自分の王に対する心象も上がり、高位の貴族位を賜れるに違いない。

 その機会を得たことが、ライムンドがセレドニオについてると言わせたのだろう。


「しっかり手伝うから、俺に何かあった時の協力も頼むぞ」


「あぁ、もちろん分かってるよ」


 陸軍も海軍も協力関係にあるのが望ましい。

 お互い足を引っ張り合うより、お互いが協力して上へ行く方が建設的だ。

 ほぼ同じような出自の2人は、そういった意味では丁度いい。

 ただ、今回はセレドニオの番だというだけだ。


「まぁ、もうしばらくは着かないだろうし、船内で静かにしているよ」


 大量の船団が出向して、まだ3日。

 天候次第で日数が変わるが、帆へ風魔法で風を送って加速しても2~3週間ほどかかってしまう。

 全勢力という王の指示により、最低限の防衛軍を残しての侵攻。

 国は兵の武器や防具に大量の資金をつぎ込んだ。

 それだけの価値がエルフの生き残りにはある。

 失敗は許されないが、さすがにこの数で負けるはずがない。

 ライムンドが余裕なのも仕方がない。


「……飲み過ぎるなよ」


「ここじゃ飲む以外にすることねえだろ?」


 ライムンドが船ですることと言ったら、酒しかない。

 長い旅なので、ずっと肩肘張られているのも迷惑だが、深酒してからまれるのも迷惑だ。

 特にライムンドはそういった所があるため、セレドニオは一言釘を刺した。

 だが、帰ってきた答えがもっともなため反論できず、セレドニオはそのまま見送るしかできなかった。






◆◆◆◆◆


「ケイ殿!!」


「どうした? モイセス。もしかして……」


 大砲の増加・設置をおこない、美花への転移魔法を指導したりしていたケイだったが、どれもある程度の目途が立ち、前のようにゆったりとした日々が戻って来ていた。

 そんな折、モイセスが青い顔をしてケイのもとへ走って来た。


「敵船が現れました」


「っ!! 何隻だ!?」


 その表情と慌てようからその可能性を感じていたが、どうやらまた来てしまったようだ。

 あとの問題は数だ。

 ケイはすぐ、モイセスに敵船の数を尋ねた。


「20~30ほど……」


「なっ!?」


 とてもこんな少人数の小さな島を攻めるような数ではない。

 あまりの数に、ケイは言葉を失った。




 モイセスの報告を受け、ケイは遠方が見えるようにと岬に建てた灯台へと向かった。


「マジか~……?」


 岬から眺めると、まだかなり遠くではあるが、見たことがある紋章が帆に描かれた大船団にケイは唖然とした。

 その紋章を見る限り、今まで2度ほど来たリシケサ王国の船団だろう。


「いくら何でも多すぎる」


 僅かに遅れて来たレイナルドも遠見の魔法を使って見た景色に、冷や汗を掻いている。

 もしかしたら多くの敵が来るかもしれないと、父であるケイから聞いてはいたが、想像の倍以上の数に恐れを抱いているらしい。


「あれ1隻で何人くらい載ってるんだ?」


 船は確かに多い。

 せめて戦わなければならない人数を把握しておきたい。

 船の定員についてはよく分からないので、ケイはなんとなく知っていそうなモイセスに尋ねた。


「100名前後かと……」


「合計2000~3000もの数が相手だと……」


 とても60人程で戦う相手の数ではない。

 完全に負け戦だ。

 数を聞いたカルロスは、言葉を失い、青い顔をしている。

 完全にビビっているようだ。


「カルロス! 美花にみんなと避難するように言って来てくれ」


「わ、分かった!」


 取りあえず、戦う意思のない者には早々に避難してもらうのが先決だ。

 結局、転移魔法はレイナルドとカルロスには使いこなせず、ケイの指導を受けた美花だけが覚えられた。

 2人より魔力量が少ないので、美花の場合は島民とカンタルボスに転移したら、また転移でここに戻ってくるのは不可能だろう。

 獣人が多いこの島では、女性も戦力的には十分なのだが、兵でもないのに戦う必要はない。

 ケイは事前にみんなにそう言い、残るのは戦う気のある成人男性だけだと決まっていた。

 なので、美花には早々にみんなと避難してもらうことにした。


「モイセス……」


「はい……」


 この灯台の管理は同盟国のカンタルボスの駐留兵に任せている。

 そのため、多くの兵がいる中で、ケイはその隊長に当たるモイセスに、真剣な表情で話しかけた。

 モイセスの方も、ケイが何を言うのか分からないが、重苦しい雰囲気に顔が引き締まる。


「カンタルボスの兵みんなを連れて、この島から脱出してくれていいぞ」


「……見くびらんでください」


 この島にも船はある。

 ケイが獣人族の船を真似て作った帆船だ。

 カンタルボスまで無事に着けるかまでは分からないが、駐留兵の50人くらい乗っても沈みはしないだろう。

 予想される敵の数では、どう考えてもこちらの勝ち目は薄い。

 美花は今いる島民以外を転移する魔力はない。

 そうなると、駐留兵には船で逃げてもらうしかない。

 今なら食料さえ積めば追いつかれずに逃げ切れるはずだ。

 そう思ってケイは提案したのだが、それを聞いたモイセスは眉間にシワが寄った。


「我々は国に言われてきたとはいえ、この島を守る兵です。数で勝てないとはいえ、戦わずして逃げる訳にはいきません」


 勝てないなら逃げるのは別に恥でもないと思うが、獣人の兵たちにはそうではないのだろうか。

 モイセスだけでなく、近くにいる兵たちも同じようで、真剣な表情をしてケイを見つめている。


「……いいのか? 普通に考えれば死ぬぞ?」


「覚悟の上です!」


 彼らの意識を再確認するように尋ねるが決意は固いらしく、強い口調で答えが返って来た。

 その表情を見たら、ケイもこれ以上は言わないことにした。


「……でも、俺たちは、状況次第で逃げるけど?」


「え? マジっすか?」


 決意が固い駐留兵たちには悪いが、ケイは島を捨てての避難も視野に入れている。

 せっかく転生したのに、死んでしまったらそこで終わりだ。

 殺されたのなら百歩譲って仕方がないが、生きて捕まりでもしたら、地獄のような日々を過ごすことになる。

 それだけは嫌だし、子供たちや仲間にもそんな目に遭ってほしくない。

 戦わずに逃げるのが嫌なのはモイセスたちと同じだが、なんとしてでもこの島を守るという気持ちはない。

 その言葉を聞いたモイセスは、決意を語った手前どうするべきか悩みだした。


「だって、転移が使えるもん」


「そ、そうですな……」


 転移が使えるのは美花だけではない。

 というか、ケイが考えた(ある意味パクった)魔法だ。

 逃げる手段があるのだから、死を前にしたら逃げるのが当然だろう。

 それを止めるのはどう考えても違うので、モイセスは言葉に詰まった。


「……大丈夫だ。もしもの時は駐留兵のみんなを連れて転移してやる。だから死なない程度に頑張ってくれ」


「は、はぁ……」


 命を懸けて戦うのは美徳だが、本当に命を懸けるのはかなりの決意がいる。

 駐留兵の全員が全員同じように思っているとは限らない。

 全力で戦って、それでだめなら逃げるのが獣の習性。

 逃げないと言った手前素直に喜べないが、ケイの言葉にモイセスたちが安心したのは仕方がない。


「前にも少し話し合ったが、敵が上陸した時の戦い方をもう一度全員に伝えよう」


「は、はい!」


 数が違うと言っても、戦い方次第ではどうにかできるかもしれない。

 この島を知り尽くしたケイたちなら、地の利を生かした戦いができるはずだ。

 最悪、全員転移で逃げるにしても、離れてしまっては置いてきぼりにするしかない。

 どうやってまとまって戦うかを、あらかじめ相談する必要がある。

 このまま敵船の監視をする者を最少にし、ケイとモイストはそれ以外で戦いに参加する全ての者を駐留兵たちの住む邸に集めたのだった。


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