第78話
「へ~、ここがカルタンボスか……」
「やっぱ人が多いな……」
ケイの転移魔法によって連れてこられたレイナルドとカルロスは、辺りを見渡しながら感想を述べる。
最近は、駐留兵を含めて人が増えた自分たちの島だが、規模が当然ながらこことは全く違う。
初めて見るような人の数に、2人は圧倒されっぱなしのようだ。
そんな2人を、王都の住人は遠巻きから眺めている。
「あんまりキョロキョロしてると田舎者だとバレるぞ」
「「ぐっ!?」」
ケイの忠告を聞いて、周りの目が自分たちに向いていることにようやく2人は気付いた。
少人数の島育ちなので2人が田舎者なのは確かだが、やはりそう思われるのは嫌らしく、2人はすぐに見渡すのをやめた。
「……でもみんなこっち見てない?」
「あぁ……」
見渡すのをやめたことで、周囲の視線がこちらに向かなくなると思っていた2人だったが、王都の市民たちは変わらずこちらを見ている。
その理由が分からず、2人は首を傾げた。
「お前らが普通の人族っぽいからじゃないか?」
「えっ?」
「……あぁ、なるほど」
その疑問の答えをケイは2人に伝えると、カルロスはピンと来ていないようだが、レイナルドの方はなんとなく理解したようだ。
2人はエルフと人族のハーフだ。
どちらの種族もほとんど見た目に変わりはないが、エルフの方は耳が長く尖っている。
エルフであるケイの息子なので2人にもその特徴は出ているが、ケイ程はっきりとはしていないため、普通の人族と大差がないように周囲には見えている可能性が高い。
獣人にとって人族は、こちらの地へ攻め込んでくる侵略者のイメージが強く、警戒の対象なのだろう。
「とりあえず、王城に報告に行こう」
「「うん」」
2人を連れてきたのには理由がある。
転移魔法の練習をしている2人に、転移する場所を覚えてもらうためだ。
それとカンタルボスの王であるリカルドと、王妃のアデリアはバカンスがてら島に来たので顔を見せているし、次男のファウストは何だかんだで何度も顔を合わせている。
しかし、長男で王太子のエリアスと、長女ルシアには顔を見せたことがない。
特にエリアスは王太子。
リカルドの次に王になると決まっている存在なので、こちらもレイナルドとカルロスのことを紹介しておこうと思ったからだ。
未だに続く周囲の視線にさらされながら、3人は王城へと向かっていったのだった。
実は、先程ケイが言ったことは間違いである。
王都の市民は、レイナルドたちを人族と思って警戒していたのではない。
というより、レイナルドとカルロスだけではなく、ケイを含めた3人を見ていたのだ。
エルフと、エルフの血を引く3人はかなりの美形。
40代になったとはいっても、ケイは20代から見た目は全然変わっていない。
そのことが頭から抜けていたから、そんな発想になったため間違えたのだ。
3人を見ていたのは全部が女性で、警戒して見ていたのではなく、ただ3人の容姿に見とれていたということに。
「やっぱあの王にしてあの王太子だな……」
「さすがファウストの兄貴だな……」
島に帰って来たレイナルドとカルロスは、顔合わせをした感想をあらためて呟いた。
何度も手合わせした仲だからか、カルロスはファウストのことを呼び捨てにするようになっていた。
お互いが決めたことなので、親であるケイとリカルドも別に気にせず放って置いている。
時と場所をわきまえ、公の場では使い分けるようには言っているので大丈夫だろう。
王城でエリアスを見た時の2人は、表情が固まっていた。
一目で相当な実力者だと判断したのだろう。
「ちゃんと転移する場所を覚えたか?」
「まだできないのに連れてこられても……」
「まぁ、場所は覚えたけど……」
ケイがいつも転移するのはカンタルボスの王都近くの草原。
レイナルドとカルロスに、もしもの時は村人と共にその草原に転移してもらうため、しばらくそこで景色を覚えさせた。
島の報告と共に、もしもの時は転移すると伝え、リカルドに了承を得ている。
人族の船を沈めて1週間が経つが、2人はまだ転移の魔法が使えるようにはなっていない。
やはり、ケイと違って魔法のイメージが不十分だからかもしれない。
これまで、どんな魔法もすんなり覚えてきた2人も、なかなかうまくいかずに少し焦っている。
「いいからちゃんと記憶しておけ」
「「は~い」」
返事はするが、あまり本気が感じられない。
初めて魔法で躓いたからか、2人もイラついているのかもしれない。
気持ちが分からないではないので、ケイは説教するのはやめておいてあげることにした。
「ん? 美花は?」
家に戻ったのだが、妻の美花がいなかった。
最近は孫たちの相手をすることが多いのだが、家の近くで遊ぶ子供たちの側にはいない。
疑問に思ったケイは、近くで木刀を振っていた孫のラウルに尋ねた。
「おばあちゃんは、出かけるって言っていなくなっちゃった」
「……そうか」
息子2人が結婚して肩の荷が下りたからか、最近は昔のように戦闘をしたがらなくなった。
なので、急に姿を消すことなんてなくなったのだが、こんなことは久しぶりだ。
美花は十分強いので心配はそれ程していないが、ケイは探すことにした。
「美花!」
「あらっ? 帰って来てたの?」
レイナルドたちをカンタルボス王国へ連れて行ってから1か月後、またカンタルボスへ行って月1の報告をしてきたケイは、姿が見えない美花を探した。
ケイと美花は仲が良いといっても、年がら年中一緒にいる訳ではない。
特に孫ができてから美花はそっちばかりを構っているし、ケイは駐留兵たちの戦闘訓練で忙しい。
ケイの戦闘スタイルは自己流がほとんどなため、本当なら美花に剣術の指導をしてもらいたいところだ。
その美花だが、最近は急にいなくなることがある。
美花程の実力になれば、この島で大怪我するようなことになるとは思えないので、少しくらい姿が見えなくても放って置いているのだが、こう頻繁になってくると心配になる。
今日もいなくなっているので、何をしているのか気になったケイは近くを探し回った。
すると、ケイは村の家々が建つ場所から近くにある、いつもの海岸で美花の姿を確認した。
「何してるんだ? こんなところで……」
「……ちょっとね」
交わした言葉はいつものたわいないものだが、美花の様子が少しおかしいため、ケイは訝しんだ表情で美花を見つめた。
「……分かったわよ。白状するわ」
ケイの完全に疑っている目に、隠すのは不可能だと判断した美花は両手を上げて降参をした。
最近は息子たちとの訓練もきつくなってきたため、もう荒事はケイと息子たちに任せている。
だからと言って、剣術の訓練をやめるつもりはなく、孫たち相手に指導ついでの訓練をしているのだが、最近いなくなって帰って来た時の美花は、どことなくぐったりしている。
とても剣術の訓練をしている様には思えない。
「転移魔法の練習よ」
「…………えっ? 何で?」
答えを聞いて、ケイは首を傾げた。
別に、美花が使えないといった覚えはない。
しかし、習得できる期間のことを考えると、魔法の才のある息子2人の方を優先しただけだ。
教えろと言われれば、普通に教えるつもりだ。
「ケイは大砲やら指導にと忙しいでしょ? 2人に教えているのを聞いていたし、私も使えるようになりたいから……」
「まぁ、確かにちょっと忙しいけど……」
大量の魔力を有するのをいいことに、ケイは錬金術による大砲と砲弾の修復・製造をおこなっている。
鉄がなかなか見つからないので、数を増やすには至っていないが、とりあえず今回きた人族の船から拾った大砲は、全部修復することができた。
次にまた人族が攻め込んで来た時に、上陸される可能性もある。
そのため、カンタルボス王国から来ている駐留兵たちにも期待している。
ここの島民と違って、戦うことが仕事の彼らには悪いが、場合によってはここの島を捨てて逃げさせてもらうつもりだ。
とは言っても、この島で一緒に過ごしてきた思いもあるので、彼らにも生き残ってもらいたい。
そのために、ケイはいつも以上に彼らの訓練相手をおこなっている。
その2つの仕事が忙しいので、それ以外の時間は大人しくしていたいところだが、理由が分からないが美花が転移魔法を使いたいのであれば、魔法のコツを教えるくらいはできる。
「何で使えるようになりたいんだ?」
取りあえず、ケイは理由だけでも聞いておくことにした。
「私が使えるようになれば、村人の避難は私ができる。そうすれば、レイとカルロスは魔力を無駄にせず戦いに専念できるじゃない?」
「……なるほど。それは良いかも……」
たしかに、ケイ1人で倒せる数なら構わないが、次は流石にちゃんと態勢を整えてくるだろう。
そうなれば、レイナルドとカルロスがいてくれれば、かなり有利に戦えるはずだ。
2人のどちらかに村人を転移してもらい、戻ってきて参戦してもらおうと思っていたが、それでは魔力を大量に消費した状態になってしまう。
ハーフとはいえ、魔力が多いから戦闘力も強いのであって、魔力が少なくなった2人では、人族相手は厳しくなる。
できれば、魔力を消費しないまま戦わせたい。
そう考えると、美花に転移できるようになってもらうのが一番都合がいい。
美花の発言に、ケイは納得した。
「じゃあ、俺が指導するよ」
「いいの? じゃあ、お言葉に甘えるわ」
魔力量的には村人を連れてカンタルボスへ避難したら、美花はほとんど魔力がなくなるだろう。
元々、美花には避難した村人の相手をしてもらうつもりだったため、参戦しないでくれるのは丁度いい。
ケイは息子の2人より、美花の転移魔法の指導の方に力を注ぐことにした。
◆◆◆◆◆
「ただいま戻りました」
豪華な絨毯を歩き、一人の男が玉座に座る男の前にたどり着くと、跪いて頭を下げた。
「…………セレドニオ。どうなった?」
「通信が途絶えました。どうやらやられた模様です」
玉座に座っている所を見ると、この国の王なのだろう。
その王に問われた男(セレドニオ)は、端的に自分の持って来た情報を告げた。
「どういうことだ?」
王らしき男は、問いかけながら玉座の肘掛けを指でトントンと叩いている。
思ってもいなかった結果に、イラついているのだろう。
「最後の通信では、獣人という言葉が届きました。もしかしたら獣人国のどこかが先に占拠したのかもしれません」
ケイたちは気付かなかったようだが、攻め込んで来たリシケサ王国の船は3隻ではなく4隻だった。
通信魔道具の届くギリギリの位置で、もう一隻停泊していたのだ。
全指揮権を与えられたのはエルミニオという名の隊長だが、浅慮の彼とは違い、セレドニオは前回のこともあり、もしもの場合を考えていたのだ。
「おのれっ!! 獣風情が!!」
人族至上主義が基本の人族大陸。
この王のように、獣人は会話ができない獣でしかないと思っている者がほとんどだ。
「ただ……」
「んっ!?」
怒りで今にも暴れ出しそうな王に、セレドニオはそれが治まるであろう一言を告げることにした。
「隊長のエルミニオの最後の言葉には、面白い言葉がありました」
「……………………」
セレドニオの言葉に反応した王は、無言で見下ろし続きを促す。
「
「…………フフッ、ハハハ……」
予想外の言葉を聞いて、リシケサ王は大きな声をあげて笑い出した。
今では絶滅したと言われているエルフ。
隣国の同盟国であるパテル王国で最後のエルフを捕まえたと話を聞いた時、大金をつぎ込んで奴隷として手に入れようと思っていたのだが、捕まえたのが抵抗激しく殺してしまったと知らされた。
念のためパテルは標本として保管しているらしいが、死んでしまっては何の価値もない。
生きているエルフを手に入れられれば、色々と実験をして楽しめることを考えると、王は嗜虐的な笑みが止まらない。
「セレドニオ!」
「はっ!」
思った通り、王の機嫌を直すことができたらしく、気味の悪い笑いを終えた王に名を呼ばれたセレドニオは返事をする。
「貴様に全指揮権を与える。全戦力を使って、エルフを生け捕りにせよ!!」
「かしこまりました」
王の指示を受け、礼をしたセレドニオは、踵を返して玉座の間から出て行ったのだった。
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