第56話

「どこだ?」


「……何が?」


 硫黄の臭いを感じ取ったケイは、美花を伴って島の北にある小山の頂上にたどり着いた。

 きちんと説明をしていないせいか、美花はケイが何を言っているのか理解できていないらしく、首を傾げる。

 そんな美花を構いもせず、ケイは周囲をキョロキョロと見渡した。


「………………こっちか?」


「だから何が?」


 何の説明もしてくれないでいるケイに対して、美花も少々イラ立ってきた。

 しかし、ケイも今は急いで確認したいことがあるので、説明している時間が惜しい。

 申し訳ないが、美花への説明は後回しだ。


「…………あそこだ!」


「え~?」


 頂上から山の斜面を見渡していたケイは、目当ての場所を見つけた。


「……何あそこ?」


 美花は何だか分からないまま、ケイが指さした方向へ目を向ける。

 山の北側、海沿いの斜面の一部に煙が出ている場所を発見した。

 その煙が出ているところの周辺は、何故かポッカリと樹々が生えていない。

 それが異質に思えた美花は、若干引き気味にケイに問いかけた。


「……たぶんあそこが噴火口だ」


「えっ!? 噴火口って……、あそこから噴火するの!?」


 美花はようやくケイが慌てていた理由を理解した。

 ここの島は、はっきり言って大きくない。

 結構離れているといっても、噴火したらみんなが住んでいる所にも被害が及ぶことは確実だ。

 噴火するとしたら、このことをみんなに知らせる必要がある。


「美花! 先に帰ってみんなに伝えろ!」


「先にって……、ケイはどうするのよ?」


 確かにみんなに伝えるべきだが、何故自分1人でなのかと美花は疑問に思った。

 残った所で何かできるとは思わなかったからだ。


「意味があるか分からないけど、村への被害が減るようにちょっと細工するつもりだ!」


 自然災害相手に人間1人ががどうこうできるなんて思いもしないが、前世と違ってこの世界には魔法がある。

 そもそも噴火をするかも定かではないし、いつ噴火するかも分からない。

 魔物たちの異変があったのは最近なので、噴火するにしても今日とは限らない。

 それだけの時間があるのなら、村への被害を少なくする方法を考えるべきだ。

 といっても、時間がない状態での思い付きなので、意味があるかは分からない。

 ともかく、もしも噴火した時のために、みんなの避難場所などの確保などは美花に任せることにした。


「細工って……、危険じゃないの?」


「大丈夫。危険だと感じたらさっさと村に戻る!」


 確かに細工をしようとしている最中に噴火でもしようものなら、ケイでも無事では済まないだろう。

 十中八九で大怪我するのは目に見えている。

 いや、怪我で済めば息子2人が回復魔法が使えるので、死にさえしなければどうにかなる。

 そう考えれば少しは無茶ができるが、美花の手前無難に答えておくしかない。


「……分かったわ。本当に無理しないでよ!」


「あぁ!」


 ケイの妻として長いこと一緒に過ごしてきた。

 今のケイの発言と表情はなんとなく引っかかる所がある。

 妻の……女の勘だろうか、本音半分、嘘半分といって感じに思える。

 問い詰めたい気もするが、今はやめておこう。

 どれだけの時間があるか分からないのだから、無駄なやり取りをして時間を食うより、早いところケイにやることをやらせて戻って来てもらうのが一番だ。

 美花はケイに釘を刺し、急いで山を下り始めた。






◆◆◆◆◆


「んっ? 母さん?」


 今日の夜まで見張りはレイナルドだ。

 帰ってきたケイとの交代になるのだが、最近の異変の内容によっては遅くなるかもしれないので、特別にイバンが代わりになるかもしれない。

 朝出かける父の注意に、いつもより硬い表情で見張りをしていた。

 昼が過ぎ3時近くになったころ、出かけて行った両親のうち、母が一人で帰って気たのを発見した。


「どうしたんだ? 父さんは?」


 母の急ぎ具合と、1人で帰ってきたところからして、何かあったのかもしれない。

 嫌な予感がしたレイナルドは、母に一緒に行ったはずの父のことを尋ねた。


「ハァ、ハァ、レイ! 全員村に集めなさい!」


「いったい何が……?」


 余程急いできたのか、母は息切れしている。

 しかし、すぐにレイナルドに向かって指示を出した。

 ただ、理由を把握してないレイナルドは、反射的に問いかけずにはいられなかった。


「説明は後よ!! 急ぎなさい!!」


「わ、分かった!!」


 母の慌てようから深刻な状態なのだと判断したレイナルドは、慌てて見張り台から村の方向へ走り出した。




「えっ!? 噴火!?」


 村の子供も大人も集まる中、美花はみんなに向かって魔物の異変の原因を説明した。


「そもそも、あの小山が火山だなんて……」


「だから魔物がいつもいないところに現れたのか……」


「どうしたら……」


 誰が言ったのかは分からないが、みんな美花の話に慌てている。

 確かに、魔物以外に注意するべき脅威が長いことなかったからか、こういった自然災害が起こるとは想像もしていなかったのだからあわてても仕方がない。


“パンッ! パンッ!”


「「「「「!?」」」」」


「みんな! 気持ちは分かるけど落ち着いて!」


 戸惑うみんなを落ち着かせようと、美花は手を叩いて注目を集め、冷静に話す。


「気になっていると思うけど、ケイは無事よ。戻って来てないのはここの被害を少なくする細工をするって言って山に残っだけよ。時間がなくて何をするのか聞けなかったけど……」


 ケイのことが気になっていた全員が、僅かに安堵の表情に変わる。

 しかし、山に残ったと聞いて、またも表情が曇る。


「……ケイならたぶん大丈夫よ。無理をしないと言っていたから……」


 みんなと同様に美花もケイのことが心配だ。

 だが、今はそれどころではない。


「それよりも、みんなは噴火した時のことを考えましょう!」


「「「「「はい!」」」」」


 ケイはたった1人からここまで発展させた程の人間だ。

 きっと何かの考えがあるはずだ。

 美花の言うように不安があるが、きっと大丈夫なはず。

 根拠はないがみんな同じ思いに至ったのか、すぐに気持ちを切り替えたのだった。






◆◆◆◆◆


「さてと、始めるか……」


 美花が村に向かったところで、ケイは地震に対しての細工を始めることにした。

 といっても、ケイは噴火のメカニズムなど詳しいことは分からない。

 なので、今からやることは完全に無駄なことかもしれない。


「いくらなんでも噴火を止められるとは思わない。けど、なるべく村に被害が来ないようにするぐらいは……」


 火山の噴火でケイが思い浮かぶのは、溶岩流と火砕流。

 溶岩流は、そのまま溶岩が流れ下ることで、火砕流は、火山灰や岩石が流れ下ることだ。

 前世の時なら避難をするぐらいしか被害を受けなくする方法は無いが、ここは異世界。

 魔法という異能の力が存在している。

 更に言うなら、魔法に愛された一族の生き残りであるエルフのケイなら、自然災害の被害を最小限に抑えられるかもしれない。


「運が良いのか、悪いのか、火口らしき場所は北の海側。大体は海に流れるはず……」


 当然火山の噴火なんて困ったことだが、煙が出ている所を見るとあそこが火口なのだろう。

 土砂崩れなどで海沿いの斜面になってくれているため、溶岩流が海へ流れてくれるのはありがたいことだ。

 とは言っても、噴火の威力や規模次第では村の方向にも流れる可能性がある。


「もしもの時のことを考えて魔力を残しておかないと……」


 地面に手をついて、ケイは魔力を地面に流し始める。


「ハァッ!!」


“ボゴゴゴ……!!”


 気合いを込めた言葉と共に、ケイは流した魔力を使って地面の土を隆起させる。

 それによって、強固な高い壁がどんどんと出来上がっていく。


「ハァ、ハァ、これなら村には大量に流れて来ることはないだろう」


 山の形を変えるような膨大な魔力を使い、村方面の部分に厚みのある壁ができた。

 頂上より高い壁ができたことで、恐らく溶岩が村にまで来ることはないだろう。

 息を切らしながらも、ケイは満足そうに笑みを浮かべた。


「……噴火口にも何かした方が良いかな?」


 考えてみたら、噴火した時に気をつけないといけないのは溶岩だけじゃない。

 火山灰や噴石なども恐ろしい。

 幾ら魔法があるからといって、それを全て防ぐというのは範囲的に不可能だ。

 ならば、噴火口の上に厚い壁で蓋をしてしまえば、少しは抑えることができるのではないかと単純に思いついてしまった。


「噴火口を塞いだら、ガスが逃げられなくなって噴火が早まるかもしれないから……」


 簡単な知識としてケイが覚えているのは、ガスや水蒸気が逃げ場を失って爆発を起こすものが、噴火だと思っている。

 なので、噴火口を閉じてしまうのは良くないだろう。


「……てことは、噴火口を広げたら噴火の規模が弱まるのかな?」


 ケイの知識が正しいなら、ガスなどの逃げ場である噴火口を広げれば、大爆発を起こす程溜め込まないのではないだろうか。

 もしかしたら、噴火も起こさない可能性もある。


「……いや、やめとこう」


 試したい気持ちもあるが、少しの間考えたケイは噴火口を広げることはしないことに決めた。

 はっきり言って、ビビったのだ。

 噴火口を広げようとしたところで、もしこんな距離で噴火でもしようものなら、絶対に大怪我する。

 それでも村への被害を抑えられるならと、やろうかとも思った。

 だが、別れ際に美花に無理をするなと、釘を刺されていたことが何度もチラついた。

 そうなると、噴火よりも美花の方が恐ろしいため、言われた通りにこれ以上の無理は止めることにした。


「そうだ!」


 噴火口に何か細工するより、噴き出した時に火山灰が飛び散らないようにできないか考えた。

 村側に作った壁に半円のドームのような物を天井のように作って、噴火した瞬間天井に噴石などが当たるようにできないかと思いついた。

 これなら噴火口自体には何も手を加えていないため、噴火を早めるようなことにはならないはずだ。


「ハッ!!」


 またも大量の魔力を消費し、ケイは思いついたことを実行に移す。

 何本も太い柱を作り、噴火口の上に天井のような物ができあがる。

 分厚い物を作ろうと思ったのだが、重くなりすぎると天井自体を抑えきれなくなるので、柱で支えきれる程度の厚さに抑えておいた。


「気休めにしかならなさそうだが、無いよりはマシだろう」


 壁に比べたら薄く感じる天井だ。

 これで噴石などを抑えきれるとは到底思えない。

 だが、たった数秒でも抑えられればやった甲斐があるというものだ。


「よし、噴火を起こす前に俺も戻ろう」


 噴火口から出ている煙は、気のせいかもしれないが大きくなっている気がする。

 やることもやったことだし、早々にここから離れた方が良いだろう。


“バッ!!”


 魔力を足に集め、ケイは一気に山から駆け下り始めた。

 途中周囲を探知をするが、やはり魔物の気配は感じられない。

 急いでいるので、ケイとしても魔物に遭遇しないのはありがたい。


「……地震か?」


 村に向かって一直線に突き進むケイだが、その途中で僅かに地面が揺れた気がした。

 ただ、かなり弱い振動だったので、ケイは足を止めることなくそのまま村へと向かった。


「父さん!?」


「おっす、レイ! 帰ったぞ」


 村の見張り場にたどり着くと、息子のレイナルドがいた。

 ケイの姿を見つけ、レイナルドは思わず笑顔になった。

 そんな息子に対し、ケイは軽い口調で返事をした。


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