第十話 楽しいお休み

「おつかれー」

「お疲れ様です」


 部活動が終わり、先輩から挨拶されたので五月は着替えながら返す。

 今日は土曜日で、奥州女学院では土曜に授業がある日とない日があるのだが、授業がない日だったので、午前中から部活をしていた。

 つまり、高校に入って初めての休日なのだ。

 そのため、五月はすでに予定を入れていた。


「五月ちゃん! 先に校門に集まってるね!」

「うん! ちょっと待ってて!」


 友菜ちゃんは、ほかの三人を連れて校門へと出発する。

 一方の五月は着替え終わったので、部室の鍵を閉めてから、部室の鍵を返しに職員室にいる高井先生の元へと向かった。

 今日は、友菜ちゃん、リーちゃん、柚季ちゃん、亜季ちゃんの四人と一緒に、学校の近くにあるショッピングモール、「クローバー」で、昼食を一緒に食べたり、ウインドウショッピングを使用という約束をしていたのだ。

 すでに寮母の早由先生には外出の許可をもらっているので、鍵を返せばあとは校門で合流するだけだ。

 職員室にはすでに高井先生がいて、カップラーメンを食べながら書類をあさっていた。


「失礼します。四年E組の暁五月です。高井先生に用があってきました」

「おお、暁か。学校はどうだ? なんか嫌なこととかあるか?」


 食べるのをやめてから高井先生は五月から鍵を受け取る。


「いえ。かなり楽しめてます。部活の先輩たちも、最初はわたしの走りにびっくりしてましたけど、すぐに大歓迎してくれて、すごくうれしかったです。友菜ちゃんたちといった、新しい友達もできましたし」


 笑みを浮かべて五月が言う。

 実際、数日だけではあるが、信じられないほど充実した時間を送っていた。

 これは、みんなの人柄の良さがあるのだろう。

 呪いのことはまだ知られていないが、みんななら五月を受け入れてくれるかもという思いも芽生え始めていた。

 もちろん、巻き込みたくはないので、話すつもりは、今のところない。

 このまま、何も起こらないことを切に願っていた。


「そっか。それならよかった」


 高井先生も、一安心した様子だ。

 しかし、不意に表情を変えた。

 弛緩した空気から、張り詰めた空気へと一変する。

 それを感じ取って、五月は自分の体がこわばるのがわかった。


「なあ、暁。調査書にはいろいろ書かれてたが、あんな風に言われてないか? 大丈夫か?」


 ……調査書。

 あのクズの集まった、ごみのような学校が書いた、五月への中傷の塊。

 そのように五月は考えている。

 その名前が出た途端、五月は呪いについて聞かれるのかと思った。

 呪っているのかと聞かれるのかと思った。

 でも、高井先生の口から出たのは。

 五月を気遣う言葉だった。


「……え?」


 思わず間抜けな声が漏れる。

 それくらい、意外な言葉だった。

 普通、何かあると自分の立場に影響すると考えて、五月を傷つける発言をすると思っていたのだが。

 そんな五月の態度を見て、高井先生は深いため息をついた。


「……こりゃ、相当参ってるなあ……。

 おい、暁。確かにここに書いてあることは本当かもしれねえ。俺にはわからないがな。だがな、それでお前を傷つけていいわけがねえ。どうやらこれを書いた奴は相当な甘ちゃんのようだが、全然生徒のこと、お前のことを考えてねえ。罵るだけ罵ってやがる」


 高井先生は、あのごみ屑たちをズバッと切り捨てる。


「大事なのは、生徒をどう導くかだ。それなのにこいつらときたら……。お前が不登校になるのも当たり前の話だ。ていうか、こりゃ、学校と世間が寄ってたかっていじめてるもんじゃねえか。……腐ってやがる。

 いいか? 何かあったら、絶対に相談するんだぞ? 俺じゃなくたっていい。信頼できる奴にだ。もし俺に相談してくれたなら、お前を傷つけるような、こんなアホどものようなことはしない。もちろんお前を叱ることもあると思うが、それは俺のためじゃない。お前のためだ。だから安心して相談しろ。くそな教師のせいでもう信用できないってんなら、何度も言うが、信頼できる人に相談しろよ? 少なくとも、力にはなってくれるはずだからな」


 高井先生の言葉は、励ましのように聞こえる。そして、五月のことを、生徒のことを、心から思っているように聞こえる。

 あのクズどもとは違う。

 高井先生は、たとえ呪いがあっても、ズッ友たちと同じく、五月のことを信じてくれるだろう。守ってくれるだろう。

 そう思わせてくれるような、力強い、五月を根元から支えてくれるような言葉だった。

 だからだろうか。

 気が付けば、涙が頬を伝っていた。


「……よっぽどつらい目に遭ったんだな。大丈夫だ。もう、あんなごみどもはいない。もし押しかけてきたら、絶対に守ってやる。だから、安心して、毎日を過ごせよ」


 最後は、まるで父親のようにも思えた。


「……はい。ありがとうございます」


 五月は涙をぬぐうと、満面の笑みを見せる。

 それを見て、高井先生は安心してくれたようだ。


「では、みんなが待ってますので。ありがとうございました。失礼します」

「ああ。――暁」


 五月が職員室から出ようとしたところ、高井先生に呼び止められる。


「せっかくの学校なんだ。精一杯楽しめよ」

「……はい!」


 五月は笑って高井先生に応え、職員室を後にした。

 そして、校門前のみんなの前へと急いだ。



 ※



「あ、ようやく来たわ。五月、遅かったじゃない」


 五月が校門前に着くと、みんなと話していたリーちゃんが先に気付いた。

 他のみんなも、五月の方に振り向く。


「ごめん。ちょっと先生と話してた」


 苦笑しながら五月は言った。


「そっか、だから遅かったのね」

「うん、そう」


 柚季ちゃんも含めた、みんながなるほどと納得する。


「よし! じゃあ、いざ、クローバーへ行こう!」

「レッツゴー!」


 亜季ちゃん、友菜ちゃんが盛り上げてくれ、特に話していた内容には触れず、クローバーへと歩き始めた。

 クローバーは、緑色のクローバーに白色の背景の看板が目印のショッピングモールで、奥州女学院から歩いて十分ほどの、坂の上にあった。

 その間は並木が広がり、横道に行くと住宅街が広がっていて、どうやら柚季ちゃんと亜季ちゃんはその一角に住んでいるようだ。なんでも、地元の中学校よりも近いうえに、大学への進学もしやすく、中高一貫だから奥州女学院に決めたそうだ。

 五月は内心、高井先生のようないい先生がいるところに、中学校の時からいけたらなと、うらやましくもなったが、そうなると、かなちゃん、マリリンと出逢えていなかったので、複雑な気分だった。

 そんなことも思いながらみんなで話して歩いていると、目印の看板が見えてきた。


「あそこ?」

「うん。そう」


 柚季ちゃんが頷く。

 その後も地元の柚季ちゃん、亜季ちゃんの双子が先導して歩き、あっという間にクローバーに着いた。


「それじゃ、最初はご飯?」


 友菜ちゃんがみんなに尋ねる。


「そうね。ちょうど部活の後で、もう一時だし。リーはそれがいいと思うわ」


 リーちゃんを始め、五月も含めたみんなが賛成し、まずはフードコートへと向かう。


「何食べよっか?」


 亜季ちゃんがみんなに尋ねるが、みんな何でもいいため、なかなか決まらない。

 五月も考える。

 ここにあるのは、ハンバーガーのチェーン店で「R・Y」と略される、「レッド・アンド・イエロー」、ラーメン店、アイスクリーム店、たこ焼き屋など。

 五月は、よくCMに流れる、R・Yを、あまり食べていなかったので、それを食べたいなと思った。


「R・Yにしない? わたし、あまり食べたことがないの」

「そうなの!? じゃあ、みんな、そこにしよっか」


 友菜ちゃんがみんなに尋ねると、みんな頷き、そこのハンバーガーを食べることになった。

 早速みんなで注文し、五月はチーズバーガーを選び、それとは別に、フライドポテトも多く注文して、みんなで食べることになった。

 食べた感想としては、やはり、「橘のそばで」の蕎麦に遠く及ばないが、おいしく、チェーン店なのも納得の味だ。

 そのあとは、みんなでクローバーにあるいろいろな店を回りながら、商品を見たり、買ったり、服を着たらどうなるかを妄想したりして過ごした。

 久しぶりに友達と一緒に過ごせ、五月にとってすごく楽しい一日となったのだった。



 ※



「コネクト・トゥ・ヤサコニ・イオツミスマル。

 ゴー・イン・ヤサコニ・イオツミスマル」


 その夜、いつものようにイオツミスマルの中へと五月は入った。

 しかし、それは魔法の練習のためではない。

 ある意味、本番だ。

 それは、五月が一人になってから、毎週のようにしていることだった。


「こんにちは、五月。今日は、とても楽しそうでしたね」

「うん。すごく楽しかった。いつも警戒してくれてありがとね」

「いえ。私も五月が楽しむ様子を見られてうれしいので」


 桜空が出迎える。

 五月がイオツミスマルの外にいるときは、中からその様子を見守っていて、いざというときは、イオツミスマルの力で魔法を使えるようにしていた。

 イオツミスマルは、空間を操る神器といえ、そのことが桜空の書いた魔法物理学総論という本で紹介されていたが、実はそれに記されていない機能があった。

 それは、イオツミスマル内から、外の空間へ干渉する、つまり魔法を使うことができるというものだ。

 これを使えば、誰にも気づかれずに不意打ちできると思うかもしれないが、実際はそんなに便利ではない。

 その範囲が、具体的な距離はわからないが、限られるのだ。もしかしたら、理論的には可能なのかもしれないが、遠い距離に魔法を使うことは、まだ成功していない。

 もしかしたら、千渡村一帯のような、比較的狭くて、よく知っているようなところなら可能かもしれないが。

 そのため、桜空がバノルスにいた時や、こちらに来た時などは、敵地にイオツミスマルを送ったり、使える人がもう一人必要になったりと、現実的ではない使用法だったので、その用途で使われることはなく、桜空の本にも記されなかったのだ。

 ところが、今の五月が置かれている状況は、幸運といっていいのか、神器を持ち運べる五月と、本体内の空間に入れる桜空がいて、五月の周りで呪いが起こると考えられるので、もしも何かあったらとっさに桜空が対応して、五月もそれに続けるような状況を取れていた。

 桜空にとっては、友達と学校生活を楽しむ五月を見て自分も楽しむという側面もあるのだが。

 いずれにせよ、五月がイオツミスマルを持ち運んで、桜空がイオツミスマル内で待機しているという状況が、もしものためにも最適な回答となっていた。


「……じゃあ、高校になって初めてのオラクル、いきますか」


 五月は己の中に眠る魔法の元になる力へと意識を向ける。

 毎週、「オラクル」を使って、一週間の預言をし、それをもとに警戒態勢を敷く。

 これが二人の習慣となっていた。

 呪いへ対抗するための力が魔法とするならば、これは、それを使うための指揮といったところか。

 一人になってからやり続けてきたが、まだ反応したことはない。

 ただ、地震の予知、「ブラスト」の習得などできたので、無意味ではない。

 事実、今まで呪いのようなことが起こらなかったのが、反応しなかったことを裏付けている。

 「オラクル」が望んだことを見られる魔法だからだ。

 そして、それを今から使う。

 魔力が集まるのを感じて、五月は唱えた。


「オラクル」


 ――。

 一瞬のうちに情報が入る。

 そのはずだが、以前地震や「ブラスト」のことを知って以来、それは起こってない。

 それが反応していないということだが、今回も、何も見えなかった。


「うん、今回も大丈夫」


 五月の言葉を聞いて、桜空もほっと一息つく。


「とりあえず一安心ですね」

「うん。でも、何があるかわからないから、またよろしくね」


 警戒を緩めない五月に、なるべく安心させるように桜空は笑った。


「任せてください。これでも魔法の練習は再開したんですから、大丈夫です」


 そんな桜空の存在も、五月は心強かった。

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