第十三話 月明かりの隠し事

 それから、どうやって朝日の家まで戻ったのだろうか?

 よく覚えていない。

 覚えているのは、敵とはいえ、恋人だったリベルの埋葬。

 途中から降り始めた雨。


 それしか覚えていない。

 そのとき何を思っていたのか、わからない。

 それでも、朝日の村に着いた時からは覚えていて、気づいたら、そこにいたという感じで、何も考えられていなかった。


 そして、「ようやく、帰ってきた」と思った。


 その時には、夜になっていた。

 朝日の家の前に立つ。


 そのまま勢い良く、玄関の扉を開けて、ただいまと言って、元気な姿を見せて、みんなに驚かれながらも、無事を喜ばれて。

 つい、そんな想像をする。


 でも、安心してしまったのか、そのせいで緊張が解けてしまったのか。

 体に、力が入らなくて。

 そのまま、玄関に倒れこんでしまった。

 なんとなく、寒気がして、体もだるくて。

 魔力消費性疲労症なんだな、と思った。


 ガタン!

 倒れこんだ衝撃で、大きな音が出る。

 そのことに気付くが、もう、確認したり、立ち上がったりする気力はなかった。


 ガラガラ。

 扉が開く音がする。


「桜空!」


 彼が――朝日が、私を見てそう叫ぶや、私を抱きかかえてくれる。

 悪寒を感じていた私の体を、彼の温もりが包み込む。

 それが心地よい。


「……ただいま、帰りました、朝日」


 一番に駆けつけてくれたことがうれしくて、つい微笑む。


「……お帰り、桜空」


 彼は、私を抱きしめる力を強めてくれる。

 まるで、もう二度と、私を手放したくないかのよう。

 私も、離れたくなくて、彼に腕を回して、抱き着く。

 心が、すごくふわふわして、落ち着いて。

 すごく、安らぐ。


「……すべて、終わらせましたよ」


 その彼を安心させたくて、彼の支えが欲しくて、気が付いたら口を開いていた。


「敵は、みんな、倒しましたよ。

 ……でも、その一人が、リベル――私の、婚約者、だったんです」


 いつのまにか、涙交じりになっている。

 それでも、彼は黙って聞いてくれている。


「それで、わ、私は、リベルを……」

「もう、いいですよ」


 そこで彼が私の言葉を遮る。


「つらかったんですよね。

 彼を愛して、愛されていて、とても、大切な人で。

 そんな彼が、あなたの大切な人を殺して、あなたを、傷つけて。

 それでも、助けたかったんですよね。

 でも、できなかったんですよね。

 彼を殺すしか、なかったんですよね。

 そんなの、つらいに、決まってるじゃないですか。

 悲しくて、悔しくて、それでも愛していて、ぐちゃぐちゃで。


 でも。

 私がいます。

 あなたを、支えて見せます。

 だから、頼ってください。

 あなたの、心の支えにさせてください。

 そうなりたいんです。

 こんなつらそうなあなたを、ほおっておけない、そんなこと、できるわけがない。

 だから、無理しないでください」


 ……彼の言葉、一つ一つで、胸がいっぱいになる。

 救われる思い。

 リベルに全部を奪われて、それでも、愛することをやめられなくて。

 幸せになりたくて、幸せにならなければいけなくて。

 だから、リベルを殺した。


 そんなの、つらいに決まっている。

 心の支えが、なくなってしまったのだから。

 でも、朝日が、私を支えてくれる。

 ほおっておけないと言ってくれている。

 頼ってくれと言ってくれている。


 こんな、どん底の時に、私を一回助けてくれて、あだ名までくれて、対等でいてくれて、ここにいていいと言ってくれて、リベルへの感情と、同じようなものを感じて、その上、そんなことを言われるなんて。

 こんなうれしいこと、他にない。

 そう思うと。

 彼が愛しくて、たまらない。

 二度と、離れたくない。

 彼となら、きっと……。


「……はい。

 朝日。

 私を、支えてください。

 寄りかからせてください。

 私と、一緒にいてください。

 ずっと、傍にいてください

 ……あなたの温もりで、私を包んでください。

 ……あなたのことが、大好きです」


 ……最後の部分は、言ってはいけないと思っていた。

 でも、リベルは、母は、私の幸せを願っていた。

 それに、朝日の言葉に、もう我慢ができなかった。

 彼と、離れたくなかった。

 だから、自分の気持ちに、素直に従った。


 彼の顔を見つめる。

 暗くてよく見えないのが残念だけど、顔が赤くなっているだろう。

 実際、私の告白を聞いてから、彼の鼓動が早くなっている。


 一方のわたしも、信じられないほど強く、早く、心臓が脈打つ。

 顔も熱い。

 恥ずかしくてたまらない。

 でも、彼なら。

 私のすべてを、預けられると思った。


 そして、私も。

 彼のすべてを、受け止められると思った。


「……桜空」


 やがて、彼が口を開く。


「……私も、桜空が大好きです。

 桜空と、離れたくない。

 ずっと、一緒にいたい。

 もう、桜空がいない生活など、考えられない。

 ……だから、桜空」


 そこで、彼は一拍おく。


「……私の、お嫁さんになってください」


 そんなこと、彼に言われるなんて思わなかったから、天にも昇る心地になり、気づけば、涙があふれてくる。

 ……返事は、決まっていた。


「……はい。私を、あなたのお嫁さんにしてください」


 そして、気持ちを抑えられず、彼の唇に、貪るように接吻する。

 始め彼は戸惑っていたが、やがて私と同じように、接吻した。

 気が付けば、雨が降りやみ、雲も晴れていて、満月が辺りを照らしていた。

 その月明かりに照らされた桜は、とても綺麗だった。

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