第四話 婚礼前夜
魔法。わたしは非科学的のようなものとしてとらえていたけど、どうやら違うらしい。
「マジカラーゼ」という酵素によって、マジカリウム、ポリマジカリウムという物質ができるらしいが、その二つを総称して、「魔力」というらしい。このうちの、ポリマジカリウムが、魔法として発現する物質の本体だそうだ。
そして、マジカラーゼの種類によって、できるポリマジカリウムの種類が異なっていて、それが魔法の種類の違いになる。
「赤」、「青」、「緑」、「黄」、「黒」、「白」の、六種類の魔法に分かれ、それらを組み合わせた、「複合魔法」というものもあるらしい。わたしが使った、「ブラスト」も、その一つで、赤、青魔法の複合魔法だそうだ。
マジカラーゼの種類でこのように分けられるのだけど、人によって違うから、その人ごとに使える魔法が違う。これを、「適性」と呼んでいた。ただ、その属性に適性があったとしても、そのすべてを使えるとは限らないらしい。
その魔力が強かったり、少なかったり、強力な魔法を使ったりしたとき、体に負担がかかるので、「魔力消費性疲労症」という病気になるそうで、わたしが「オラクル」を使った時や、「ブラスト」を使った時に倒れたのは、それの重い症状らしい。
その病気が、王家の短命さの理由だと、
もし、正しかったら?
実際、魔法を使えた桜月は、二十九で死んだ。
桜月と桜空が、どのような関係なのかはまだ聞いていないが。
思わず、背筋が寒くなった。
※
バノルス王国は、私が成人し、結婚するのを翌日に控え、お祝いする雰囲気に包まれている。
王都カファルナウムでは、商人の活動が活発になり、民衆もバノルスで数少ない明るいニュースに、浮かれているようで、そのにぎやかさが宮殿にまで届いていた。
その雰囲気は、宮殿内にも当然あり、成人の儀と婚礼の儀の準備をする人たちの顔はみな明るかった。準備の進行自体は最終段階に差し掛かっており、あちらこちらでリハーサルをしたり、当日の流れの最終確認をしていた。
そんな中、私は今日と明日、研究を休み、儀式に専念することにしていて、儀式の前日の今日は、着用する服の最終調整を行っていた。
リベルも同様だったが、私の成人になった晴れ姿と、花嫁姿を、当日の楽しみにさせておきたくて、先に調整が終わったリベルを、部屋に入れさせていない。私の方も、リベルの花婿姿を楽しみにしておきたくて、服の調整を始めてから、まだ会話をしていないし、リベルの花婿姿を見ていない。
お互いの楽しみにしている服装だが、私の衣装を一目見たとき、心が揺り動かされた。
一言でいえば、可憐。
晴れ着とウェディングドレスを兼ねる、その純白のドレスを私が着るのかと思うと、心躍るようだったけど、こんなにも可愛くて美しい服に、果たして釣り合っているのか、怖くなるほどの衣装だった。
ただ、それを試着して、その姿を見たとき。
私は、世界一の女になったと思った。
釣り合っているかどうかなんて関係ない。このドレスは、すべての女を、最高の女へと変身させる、唯一無二のドレスだった。
この姿をリベルに、母上に、みんなに見せる明日が待ち遠しかった。
※
「お疲れ、サラファン。どうだった?」
試着室での調整を終えた私を、リベルが出迎えた。
「最高ですね。早くリベルに見せたいです。
明日、楽しみにしておいてくださいね」
リベルは、はにかんでそれに応える。
「……それは、本当に、楽しみだな。サラファンがどれほど奇麗になっているか、すごく気になる。私の花婿姿も楽しみにしておいてくれ」
一瞬、リベルの様子が変だと思ったが、気のせいだと思い、特に指摘しないことにした。
それよりも、明日のリベルの花婿姿の方が気になって仕方ない。それと並ぶ私の姿を想像するだけで、胸がドキドキするような、何とも言えない気持ちになる。
おそらく、幸せだと感じているのだろう。
これからの人生を、リベルとともに過ごす、その最初の一歩なのだから、この上ない幸せのはずだ。
「はい、楽しみにしておきます。最高の時間を過ごしましょうね」
そこからは、たわいない話をして、そろそろお開きにしようとしていた時だった。
「サラファン。今日はもう予定は何もない?」
リベルの問いを訝しげに思いながらも頷く。
「すこし、花壇で話さない?」
今までずっと話していたが、今更場所を移す意味が分からない。
「どうしたんですか? 少し様子が変ですよ。何かあったんですか、リベル?」
やはり、様子がおかしい。何かあったに違いないと思い、心配になる。
「あ、別に何かあったわけじゃないよ。この間の約束、覚えてる?」
約束。何かしただろうか。
自分の中の記憶を探すと、数日前のことを思い出した。
「あ、もしかして、散歩の話ですか?」
忘れていたわけではなかったが、もうお開きにしようと思っていたので、すぐに思い出せなかった。
「そうそう。今日なら、二人ともまだ散歩できるから」
確かに、今日はこの後夕食をとって、早めに床に就くことになっている。ほかの人たちはまだ準備があると思うが、主役の私たちへのお祝いなのだから、早く休めということだろう。そのため、時間はある。
「わかりました。まさか今日散歩するとは思いませんでしたが。まあ、次にいつ、一緒に散歩できるかわかりませんから、ちょうどいいですね。みんなには悪いですけど、いつもの花壇に行きましょうか」
リベルは頷き、サラファンとともに花壇に向かった。
「……ありがとう、サラファン」
小さく呟かれたその声は、私に届くことがなかった。
※
赤や白、紫などといった、色とりどりのアネモネが、まるで絨毯のように咲き誇っている。
「君を愛す」、「真実」、「期待」、「あなたを信じて待つ」という花言葉を持ち、リベカ様とまだ結ばれていなかった頃のイサク様が、リベカ様から贈られた種をまいて、思いをはせていたという。
その花壇は、宮殿の中庭にあり、人が立ち寄ることは少ないため、二人で過ごす絶好の場所だ。
愛し合い、求めあっている私たちにぴったりなアネモネが、私たちを出迎えてくれる。
リベルと出会って、ここでいろいろ話をして以来、何度も逢引きしてきた。そのたび、私たちは互いへの愛を深めた。
「ここで初めて二人で話したよな……」
リベルも当時のことを振り返っている。
「そうだね……。
それから、何度も会うようになって、正式に婚約してからも、ずっと……」
私はリベルと腕を組みながら彼に寄りかかる。
二人きりの今は、周りの目を気にすることなく、一人の女として、恋人として、リベルのそばにいられる。
そうやって彼と過ごすのも、普段の王女としてのふるまいから、甘やかにほぐれていって、心安らぐ。
それ以外にも、彼と一緒に過ごした時間を、とても幸せに思う。
それは、これからも。
ずっと、だ。
「私、リベルに感謝しているの。王女としてではなく、一人の女として扱ってくれたことに。
私、王女だから、みんな
そんなときに縁談が出てきて、リベルと出会えたの。
リベルは、私を対等に扱ってくれたよね。何でもないようなことかもしれないけど、ずっとしてほしかったことなの。
それからは、何度も会って、私のそばにいてくれて。
リベルのおかげで、私は幸せに浸ることができたの。
だから、ありがとう、リベル。
これからも、夫婦として、よろしくお願いします」
当時の思いがこみ上げ、そのままリベルに伝える。
彼が、私を幸せにしてくれたから。
そして、一生の伴侶として、ともに歩んでいくのだから。
その感謝を、彼に伝える。
「こちらこそ、サラファン。末永く、よろしくお願いします」
彼は、私に向き合い、そう言った。
そして。
「あっ……」
とっさのことに、頭が回らない。
彼の腕が伸びてきたかと思うと、そのまま抱きしめられる。
「リ、リベル……?」
彼の感触を直に感じ、胸の高鳴りが止まらない。顔も熱くて、現実感を失う。
「……ごめん、サラファン。
結婚前夜だけど、もう少し、このままにしていい?」
やはり、何かあったのだろうか?
「……リベル、何かあった?」
「……大丈夫。もうちょっと、サラファンと、一緒にいたかったから」
それを聞いて、愛されていると感じ、うれしくて、私の顔が綻びる。
「どうしたの? 明日からは、ずっと一緒なんだよ? もしかして、明日が待ちきれないくらい、待ちわびてるってこと?」
彼は、苦笑する。
「……まあ、そうだな。……ずっと、……一緒だよな。
明日が、待ちきれないよ……。
だから、サラファン、もうちょっと、いいかい?」
どうやら、もう少し、私とくっついていたいらしい。
「いいよ。リベルの、好きなだけ。私も、そうしたいから」
「ありがとう」
彼の抱きしめ方が、強くなった気がする。
「サラファン」
「何ですか?」
もっと甘えてくるのかと思い、うれしくて、胸がドキドキして、彼をもっと感じたくて、もう自分の気持ちをどう表現したらいいか、わからなくなる。
「……愛してる」
愛の告白が、私の鼓膜を震わす。
「……私も、愛していますよ、リベル」
唇が重なる。
この瞬間、私は、だれよりも、幸せだった。
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