第十二話 柵

 最初から、逃げればいい。麻利亜が言った言葉だ。

 五月に向けて言った言葉のはずなのに、私にも深く刺さった。

 だって、逃げられないしがらみに囚われているから。

 五月たちは、よく、ズッ友がいるから大丈夫だと言う。


 本当にそうだろうか。

 何回も言う、「ズッ友」は、確かに三人が周りの理不尽な仕打ちから身を守る術になっている。

 でも、それがなくなってしまったら、どうなのだろうか。本当に不幸なのだろうか。

 互いが、互いにとっての重みになっていないか、心配だ。


 私や、私の娘、夫もそうだった。

 あの時の直前、村の親友たちと一緒に、耐えていた。

 でも、私たちへの厳しい目はひどくなるばかりで、結果、あの時の惨状につながる。

 娘は、ひどく悲しんだだろう。私たちを捕らえるよう命じたのが、XXXXで、村人によって、父、つまり、私の夫がXXXXのだから。娘も、XXXXXXXのだから。


 私も悲しかったからわかる。だからこそ、自分を抑えきれなくて、恨みで、絶望で、いっぱいになって。

 だから、いっぱいXXた。

 娘が、村が大好きだと知りながら。

 XXXXXXX魔法、「XXXXXX」を放って、村をXXXにした。


 私も、大好きだったはずなのに。

 夫との、娘との、大切な思い出の場所だったはずなのに。

 でも、もし。もし、私たちがあの時の直前、村から逃げていれば。

 それは、起こらなかったかもしれない。


 でも、できなかった。村の中で、領主を別にして、立場的には一番だった私たちの家や、私の存在があって、逃げたら村はどうなるかわからないし、親友が殺されるかもしれないし、一緒に逃げても、彼女一人だけ連れて行くわけにはいかないし、逃げても追っ手に見つかるかもしれない。私なら追っ手を「XX」ことはできるが、村人なのかもしれず、それはできなかった。そして、この地に来た時と同じような状況になるのが、怖かった。もう、ヤサコミラ・ガリルトはないのだから、最悪の場合、私がXXXXXXしかなくなってしまうと思った。

 結局は、いっぱいXしてしまったのだが。


 いわゆる、「柵」に、私たちは囚われていて、それから逃げられず、取り返しのつかない不幸を招いてしまった。

 そして、その不幸の終わりに、私と、源家で、「XXXXX」という名の、未だに続く、未だに縛り続ける、約束を交わした。

 結果的には、それが、そして、源家の当主、魔法が、柵になって、五月を苦しませている。


 そんな、柵だらけの五月だが、本当に耐えられるのか、心配でならない。

 私の娘と瓜二つであり、約束に直接かかわるからだけではない。

 ずっと長い間一人だった私が、ようやく一緒になれた人なのだ。実の娘のようにかわいい。実際、母親のように、深月みづきが死んでからは、母親代わりに、五月と過ごしてきたのだ。だからこそ、幸せになってほしいのだ。


 でも、まさか、あの領主の子孫が五月を支えているなんて、ちょっと信じられない気持ちだ。

 長い年月をかけて、桜月たちのような関係を、もう一度築けたのだろう。

 だからこそ、その家も併せて、御三家と呼ばれるようになったのだろう。

 当時の領主からは、考えられないことではあるけれども。

 もしかしたら、あの時のようなことを招かないように、心に刻んだのかもしれない。

 XXを見ていると、そう思う。



 ※



「五月、明日、当主の会談をすることになった。もし佳菜子ちゃん、麻利亜ちゃんと遊ぶ約束をしているなら、悪いけど断ってくれないか。……早急に話し合うべき内容だ」


 師走になって二週目の金曜日の学校から帰宅したとき、すぐにゆかりがそう言った。

 学校のことだろうか。

 直感でそう思ったが、それ以外のことかもしれないので、一応聞いてみる。


「わかりました。どんな内容ですか?」

「あんたなら察しがついてるだろうけど、それにプラスアルファだ。まあ、あんたにとっちゃ、悪い話にはならないと思うよ、ある意味、ね」

「ある意味、ですか」


 不穏な言い方で、かえって不安になる。まさか、学校とか、イワキダイキとかを訴えるなどというのだろうか。

 勝算は、無いに等しいだろう。証拠がなく、あいつらの主張を覆せない。


「ま、とりあえずそんなことだから、よろしく頼むよ。すぐに済む話だが、あんたがさっさと納得してくれたら、二分くらいで済む話だ。イワキダイキと法廷で争うわけじゃないから、気楽にしとき」


 しかし、ゆかりの話だと、違うらしい。しかも、五月さえ納得すれば、二分で済む話ということは、すでに村の内部で、合意がなされていると思われ、あとは形式的に決めるようなことになるのだろう。

 ただ、わざわざ御三家を巻き込むことになっているのが気になる。当主の会談は、御三家の当主同士がするのだが、村にかかわる重要な案件のことが多い。


 一応、「村」とはいっているが、市町村のような自治体ではなく、町内会のようなものである。ただ、その権力が少し強くて、それを率いるのが御三家のため、有力であるのは間違いない。それの形式的なトップが暁家、実質的なトップが源家、すなわち、五月である。


 話がずれたが、その御三家を巻き込むのに確認のような形になったのは、おそらく、村にはかかわるが、事務的なものになるのだと、五月は考えた。


「わかりました。では明日、よろしくお願いします」


 了承の旨をゆかりに伝える。


「はいよ。あと、明日は、橘家は綾花が来るからね」

「……え? どういうことですか?」


 思わず聞き返す。橘家の当主は雄一郎だ。通常は、その雄一郎が参加するはずだ。


「なに、心配することはない。来年、雄一郎さんは七十五になる。こう言っては何だが、もう年だ。いくら過疎の千渡村といえど、いつまでも古い意見だけにはしたくないんだとよ。まあ、最近はよく綾花を村での重要な会議に呼んでたが、あれは育成の一環だそうだ。

 そんなもんで、来年、橘雄一郎は、当主の座を、綾花に譲るんだと。で、その一歩として、今回は綾花にやらせるんだとよ。

 まあ、あたしは別にいいとは思うんだが、あたしはこれでも綾花より十も若いし、ましてや源家は中学生のあんただし、ちょっと若すぎるような気もするけどね。当主の平均年齢が三十代だしね。過疎の村にとっては、若返りは、あながち悪くないんじゃないかね」


「そうですか……」


 雄一郎が、当主を引退する。それは、一つの時代の、終わりのようにも感じる。そのバトンは、若い世代の自分たちが引き継ぐ。それを、また次の世代へとつなぐ。そのように思い、感慨にふける。


「ま、これからはあたしたちが頑張んなきゃならない。……そのための、明日なんだけどね」


 最後の部分は、ゆかりが独り言のようにつぶやき、五月の耳に届くことはなかった。



 ※



 次の日。暁家本宅、つまり、五月が住んでいる家に、五月、ゆかり、綾花が集まった。


「さてと。じゃ、さっそく本題に入ろうか。綾花、五月に説明を頼む」


 ゆかりがそう言って、会談が始まる。


「わかりました、ゆかりさん。

 橘家、暁家、村人には同意が取れましたので、あとは五月ちゃんだけです。

 ……源五月、橘家当主代行として命じます。年末年始の源神社の仕事に関して、すべてを宮司たち、すなわち、橘家、暁家に任せ、あなたは一切関わらないようにしなさい。

 まあ、簡単に言っちゃうと、『休め』ということですね。友達と遊んですごしてください」


「……はい?」


 思わず間抜けな返事を漏らす。それくらい、意味が分からないことだった。


「ちょっと待ってください。なぜそのようなことをする必要があるのですか?」


 休ませる意味が分からない。休む必要なんか、ない。


「学校から連絡があったんだよ。娘さんが教員にこじつけをして、逆ギレしたってね。そんなことあるはずがないって反論したら、あいつらはイワキダイキのようにこっちをおちょくって、こっちが悪いと一方的に決めつけてきやがった。『魔法』の話を出してきてね。

 ……察したよ。あんたたちが教員に相談でもしようとしたんだろうね。そうなったのは、おそらく、イワキダイキの話を聞いて、信じたやつから、なんかされてんだろうと。で、教員に相談したら、保身に動かれて、挙句の果てにこっちに責任転嫁。そうだろ?」


「……そう、ですね」


 隠しているつもりはなかったが、かなちゃん、マリリンとしか最近は相談していなかったように思う。

 相談すれば、とも思うが、何をしても、あいつらは変わらないと、諦めている。だからこそ、その選択肢が思い浮かばなかったのだろう。


「あんたの様子が、最近元気ないと思ってたが、教員のせいでわかったよ。で、これ以上、あんたに心労を重ねさせるわけにはいかない。綾花と相談して、休ませようとなったわけさ」


 正直、ありがたくもある。魔法を使えるようになってしまったせいで、イワキダイキがほざく通り、五月と関わったものは、何かしらの不幸が訪れるように思えてならなかった。さすがに死ぬまでいくというのは信じたくないが、年末年始に神社の仕事をすることで、だれかを巻き込む可能性が、少なくなるかもしれなかった。


 それでも。


「ですが、受け入れられません」


 休むわけにはいかない。


「源家は、源神社の杯流しのような、神事、祭事を執り行います。その役割を放棄するようなものです。いくら杯流しではないとはいえ、源家当主として受け入れるわけにはまいりません」


 源家の役割を放棄する。それは、当主として、できるはずがない。


「確かにそうだ、源家当主、源五月。

 だが、あんたは少し、はき違えてるんじゃないかい?」

「はき違えてる?」


 どこをというのか。


「源家の本当の役割は、村、暁家、橘家に伝わっているものとしては、『杯流しをすること』、『桜空さくら伝の継承』すなわち『宝物殿の継承』だ。違わないかい?」


 本当は、「勾玉の継承」もあるのだが、源家のみに伝わる話なので、失念は仕方ない。ただ、宝物殿の継承の範囲には入っているので、その意味では、外に漏れているといえるかもしれない。

 そのため、五月は首を縦に振る。


「じゃあ話は簡単だ。源家は、『それをやるだけでいい』んだよ。……そうだろ、源家当主?」


 確かに、極端に解釈すればそうだ。

 しかし。


「確かに、そうとも言えます。

 ですが。暁ゆかり。暁家の当主でありながら、源家に向かってその言い方をしますか。橘家も同じ意見ということは、橘家もそうですか。村もですか。

 ……源家に指図するというのが、どういう意味か、理解しているのですか?」


 形式的なトップは暁家だ。しかし、実質的には源家で、源家こそが、村の意向を示しているといえる。それに反旗を翻すものだ。


「ああ、わかっちゃいるさ、源家当主。だからこそ、暁家、橘家、村で最初に合意を取ったんだよ。あんたはそう言って形だけでも無理しようとするから、そうさせないように。

 さすがの源家でも、あんただけが、ということになると、押し通せないからね」


「……まあ、確かにそうですけど」


 やはり、ゆかりのほうが上手だと思った。こちらのことを、すべて見抜いて、それに対抗する用意をしてきた。


「そんなわけだから、休みな。大丈夫さ。こっちはいつも手伝ってたから、うまくやれるから。

 それよりも、心配なのはあんただ、五月。

 あたしは言ったはずだよ。あたしたちに任せろって。杯流しだけにしろって。なのにあんたは、無茶して、潰れる一歩手前じゃないか。


 もっと気楽に考えなよ。いくら源家当主だからといって、村の人はつぶれることは望んじゃいないんだよ。だから、別に休んだっていいんだよ。

 ま、でも、あんたは受け入れないだろうけど。だから、学校にもまだ行くんだろ? 村が受け入れてくれたと知っても、今度は、友達が、っていう風にね。


 だから、せめて、もう、村のことは、杯流し以外、何もやらせないようにしようと思ったのさ。村人も、暁家も、橘家も受け入れている。

 あんたは普通の中学生のように過ごす。杯流しはやる。それでいいんだよ。村の人は、誰一人、あんたに無茶してほしいとは思っちゃいない。

 だから、源五月。暁家当主として命じる。今言ったことを肝に銘じて過ごすように。いいね?」


「……わかりました。みんな、それでいいというなら、そうしましょう。それでもやっぱり学校には行きますけど、それは問題ないですよね?」


 やはり、かなちゃん、マリリンに関しては、学校に行くという選択しかないので、それだけは譲れない。


「そこは大丈夫ですけど、何かあったら、私たちに相談してくださいね。あなたたちの力になりますから」


 綾花が念押しする。それだけ、心配してくれていることを感じ、ありがたく思う。


「はい。いろいろと迷惑をかけますけど、よろしくお願いします」



 ※



 今日は元旦。かなちゃん、マリリンと一緒に、源神社に初詣に行く約束をしていたが、その前に、届いていた年賀状を、わたしは整理していた。


「……あっ」


 見覚えのある文字があった。


「望月裕樹」


 裕樹が年賀状を送ってくれたのだ。

 その事実に、うれしくて、無意識に、顔に笑みが浮かぶ。


「裕樹……」


 裕樹の存在が、ありがたい。


 もし、裕樹がいなければ。

 わたしは、立ち直ることができなかっただろう。

 裕樹がいたから。

 約束があったから。

 わたしは、サラの言葉もあって、かなちゃん、マリリンとズッ友になり、三人で支えあって、なんとかイワキダイキの妄言や、加美山らからのいじめに耐えられた。


 ただ。

 そのままで本当に大丈夫なのだろうか?

 先月の教員からの言葉がある。


「『自業自得』ってやつだよ」


 ……思い出すだけで反吐が出そうだ。

 わたしが何をした?

 ただ、教員に相談しただけだ。


「なんで?」


 いじめられてるからだ。


「そんなのてめえのせいだろうが」


 違う。わたしは普通に過ごしていただけだ。

 ただ、幸せになりたかっただけだ。


 それなのに、みんな死んで、イワキダイキにデマを流されたりして。

 そのせいでいじめられたりして。

 それで、わたしのせいなのかも、デマは本当なのかも、って自分を疑ったりして。

 余計に、傷ついて。

 だから教員に相談したのに。

 そいつさえも、わたしを甚振る。

 正直、逃げたい。


 でも。

 わたしは源家当主だ。

 かなちゃん、マリリンとズッ友だ。

 村を不安定にさせたり、ズッ友とはなれたりするのは、嫌だった。

 それを、お義母さんが、綾花が、村人が止めた。

 村のことに関して、わたしは無理をしているという。

 だから、休め、と。


 本来、源家当主にそのように言うのは、ご法度だ。

 ただ、みんな、わたしのためを思って、村全体で、心配してくれたのだ。

 だから休んだ。

 その分、わたしの負担は減ると思う。


 それでも。

 正直、これ以上イワキダイキや、加美山、教員からの甚振りが深刻化したら。

 ……正直、耐えられる気がしない。

 でも。

 そんな時、裕樹がいてくれたら。

 どんなに心強いか。

 それは、「約束」が支えになってくれたから、彼との約束だったから、わたしにはわかる。


 そして。


「……そっか」


 今頃。

 やっと。

 わたしは、気づいた。

 彼の存在の大きさに。

 彼がいたから。

 約束があったから。

 救われて。

 ズッ友と会えて。

 甚振られても首の皮一枚つながって。


「……会いたいな」


 そんな彼の存在が。

 今はただ、恋しい。

 会いたい。

 その姿を、目に焼き付けたい。

 その声で、鼓膜を震わしてほしい。

 でも、会っていいのだろうか。

 まだ、約束を果たしてもいないのに。

 呪ってしまうかもしれないのに。

 何か、理由がいるのではと、思ってしまう。


 幸せだと、自信を持って言える自分を見てもらいたい。

 それには、届きそうにない。

 約束を果たせそうにない。

 それでも、彼の存在に少しでも近づきたくて。

 彼とのつながりの証である、年賀状に、目を落とす。


「……あっ、これって……」


 そして。年賀状には。


「ありがと、裕樹……」


 こう書かれていた。


「去年はつらかったと思うけど、今年は楽しくいこう。大丈夫。いつでも味方だからな」


 つらかった。苦しかった。

 でも、かなちゃん、マリリン、ゆかり、綾花が支えてくれる。

 そして。裕樹が支えてくれる。

 彼が、気にしてくれている。

 彼が、わたしの心のそばにいてくれている。

 それが、素直にうれしいと思った。ありがたいと思った。

 久しぶりに、笑えた気がした。


「そうだ、バレンタイン……」


 ふと思いつく。

 彼と会う口実を。

 彼の近くにいられる手段を。

 それが、バレンタイン。

 去年は雪崩から一か月だったため失念していたが、その前の年はあげていた。それならば、まだ約束を果たせそうになくても、会う口実になると思った。


 一度バレンタインチョコを渡そうと思うと、もうそれしか考えられなくなる。

 喜んでくれる裕樹の笑顔が見たい。

 一緒に過ごしたい。

 少しでも、彼の隣にいたい。

 彼の声を聴きたい。

 ……この気持ちが何なのか、今はわからないけれども。


 そうすれば。

 ……わたしの心が安らぐ。

 乗り越えられると、信じられる。

 そう、前向きになれる。

 それから、かなちゃん、マリリンと、一緒に初もうでをして、雑煮や餅を食べ、甘酒を飲んで過ごして、解散した後、どのようなチョコレートにして、どのように包装するかをずっと考えていた。

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