霊能力者紅倉美姫13 幽霊時計

岳石祭人

1、紅倉の家

 紅倉の家は都内某高級住宅街に周囲の家およそ6軒分の広大な敷地を独り占めしている。

 ドキドキしながらお屋敷通りを訪れた重永真利子は、延々と続く黒瓦白壁の塀に呆れ返った。

 周辺ではこの家を「武家屋敷」と呼んでいる。

 塀のせいで家そのものを確認することは出来ないが、それもそのはず、贅沢にも家はほとんどが1階だけの平屋なのだ。

 こんな時代錯誤なお屋敷に住んでいる紅倉は実は大金持ちのお嬢様だったのか?

 屋根つきのお寺のような門に到着し、黒い2枚戸の入り口で、ピンポーンと呼び鈴を鳴らすと、インターホンのスピーカーから芙蓉の声が応えた。

『ご苦労様です。どうぞお入りください』

 ガラガラガラ……と自動で扉が開いた。

「おじゃましまーす」

 土曜午前のことで、前の道路を散歩中らしい小さな女の子を連れたお母さんが、扉の向こうへ消えていく重永の後ろ姿に見てはいけない物を見てしまったように、女の子の手を取って慌てて早足で離れていった。


 重永は縁側の向こうにプールのように白い玉砂利を敷き詰めた庭を望む応接間に案内された。

 玉砂利のプールは50メートルはありそうで、

(マンガかよ)

 と、重永はこの世の不平等さに憤った。

 平屋の家は外観は純和風で、中は和洋折衷で、重永はテーブルに向かったソファーに腰掛けている。

「お待たせしました」

 と、芙蓉に手を引かれ、大あくびしながら紅倉がやってきた。

「すみません。先生は夜型なので」

 と芙蓉が謝り、紅倉先生は、

「寝起きは機嫌悪いんだからあ~~」

 と、ふやけた顔で凄んだ。

 時刻は下手をしたらもうお昼になりそうで、重永は大金持ちの紅倉先生に豪勢なお昼をおごってもらう気満々でいる。


 重永が紅倉宅を訪れたのは、次のロケに参加してもらう承諾をいただく為だ。

 重永真利子は丸顔丸めがねの汚れを知らぬ中坊のような二十歳の女である。

 中央テレビの番組制作部に契約社員として雇われている彼女は、この春、紅倉美姫も同行した中部地方の某心霊トンネルのロケに参加したが、そのロケで恐ろしい現象に見舞われ、スタッフは重永を除いて全員、「本当にあった恐怖心霊事件ファイル」の制作から去ってしまった。一人生き残った重永は、三津木チーフディレクターの秘書のような形で、このように使いっ走りに派遣されたりしている。

「いかがでしょう?」

 と企画書を……ものすごーく視力の弱い紅倉の代わりに弟子の芙蓉に見てもらってお伺いを立てたが、

「うーーん……」

 と面倒くさそうにあらぬ方を向いた紅倉は、

「わたし、パス。畔田くろだ先生にでも行ってもらって」

 と断った。三津木からは「断られたら無理に食い下がらなくていいから」と言われていたので重永も、

「はあ、そうですか」

 と大人しく引っ込めたが、このまま帰ったのでは子どもの使いと一緒だし、お昼までにはもうちょっと間があるので、なんとか粘るネタを探した。

「いやあ、先生、素晴らしいお宅にお住まいなんですね? こちら、ご実家ですか? 執事さんとかいたりするんですか?」

「いないわよー、そんなもの。わたしと美貴ちゃんだけよ」

「こんな広い家に、お二人だけなんですか?」

 重永はマジで驚いた。あまりにも、無駄だ。

 紅倉は猫舌らしく、芙蓉が冷めたのを確かめてからようやく紅茶を飲ませてもらっていたが、おかげで目が覚めてきたらしく、いたずらっぽい顔になって重永を見つめた。

「実はわたし、管理人として雇われて住んでるの。ちゃんとお給料ももらっているのよー?」

「えっ!?」

 それは、番犬としてペルシャ猫を飼っているようなものではないだろうか? おそらくこの世でこれほど役に立たない管理人もいないと思うが。

(もしかして、どっかの大企業の会長に愛人として囲われてるんだったりして……)

 カップを持った紅倉がニヤッと笑った。

「聞きたい~?この家のこと~?」

「は、はい。あ、いえ、えーと…………」

 紅倉の妖しい笑みに危険なものを感じて重永は背中にたらーりと冷たい汗を垂らした。

「実はね、この家、名義はさる土地開発企業の資産なんだけど、その実、さる大物政治家の隠し財産で……」

「あわわ」

「その大物政治家からたちの悪い悪霊に取り憑かれて困っているって相談を受けて、退治してやったんだけど、このおじいちゃんがとんだヒヒジジイで、わたしにセクハラしてきたから」

「それは初耳ですね」

 芙蓉の目が殺気で光った。

「悪霊の十倍乗せしてやったわ」

「先生の純潔は守られたんですね?」

 芙蓉はほっとした。

「いやあ、そうしたらおじいちゃん死にそうになっちゃって、わたしが取り巻きに消されそうになっちゃった」

「どこの事務所です? 潰してきます」

「潰しちゃ駄目よ。ここに住めなくなっちゃうから。わたしも消されちゃうのは困るから、悪霊をどかしてやって、そうしたらおじいちゃん、いやあ参った参った、降参だ、っていうことで、慰謝料代わりにここを提供してくれたわけ。一石二鳥だ、って喜んでいたわねえ」

「と言うことは……」

 重永が嫌な予感にゾクリと背筋を震わせると、紅倉はニタリと笑って揃えた両手をだらんとさせた。

「もちろん、あの世の住人付き」

 重永はひ~~っと震え上がった。

「芙蓉さん、一緒に住んでて、だだだ、大丈夫なんですかあ!?」

「わたしは……別に……」

 芙蓉は不安そうに紅倉を見た。

「今も霊は住んでいるんですか?」

 芙蓉にしてみれば自分は霊能師の弟子なので、いるのなら一緒に住んでいながら見えない方が困るのだが。

「いるわよ、あちこちの部屋に」

「ガアーン……」

 芙蓉はショックを受けて自信喪失に陥ってしまったようだ。

 重永ははたと思いついた。

「先生! この家、取材させてくれませんか!?」

 紅倉の解説つきで自宅のお化け屋敷を紹介すれば話題になること間違いなしだ。

「駄目よお、ここ、秘密の物件だから。あ、重永さん、今の話外に漏らしたら……消されるわよお?」

「あうっ。先生、そういうことは先に……」

 聞くんじゃなかった……と重永は激しく後悔した。これから一生暗闇に怯えて生きていかなくてはならない…………

 どよーん……と落ち込んだ二人を眺めて、紅倉もちょっと悪ふざけし過ぎちゃったかしら?と反省した。

 うーん……、と考え。

「あ、ちょうどいいのがあった。あれなら番組にしてもいいわね」

「なんです?」

 企画ゲットに重永はパッと顔を上げて輝かせた。

「玄関に大きなのっぽの古時計があったでしょ?」

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