第14話 五人は謎解きの第一関門に集う 2

 エマははっとした。そう言えば、あの時……。


「エマちゃんも思い出した? そうだよ、あれだよ。テオが持ってたタフトの伝説。照らし合わせたらもう、パズルみたいに解けちゃったってわけ」


 クライブの言葉にミッシェルがエマを振り返った。


「前に話したの覚えてる? 教会でルカさんに会った日。あの日、テオがもらった本。あれ、古代フロシオン語だってルカさんが言ってたのよ。まさかそれがタフト方言だったなんて……」

「いや、古代フロシオン語だって読める人少ないんだよ。そんな違いに気付く人いないと思うわ。でもテオくん、珍しいね。読まなかったんだ。古代フロシオン語オタクとしては、興味がそそられる一冊じゃなかったの?」

「初めは読もうと思ってたよ。もらった時はね。だけど、どうしても青い月のことが重なっちゃって……情けないけど怖くて開けなくて。古代フロシオン語ができるようになってからも、まだまだ振り回されてて……ルカさんもあれはお守りみたいなもんだって言ってたから、そのままにしてあったんだ」

「そりゃあね、あんな強烈なものに関係あるかもって思ったら、僕だって読みたくないよ。本人じゃなくても気が重いっていうかさ。まあ、書かれてることは地元の人に愛されてる伝承で、青い月とは違うと思うけど、やっぱりね。どこかで繋がってたらって勘繰るよ」


 テオの悩みをよく知るクライブがしみじみと言う。ミッシェルも同じように感じたのだろう、静かに相槌を打っている。そんなみんなの顔を見渡し、エマに半分にしてもらって程よく冷えたお茶を一口飲んだテオは続ける。


「セシルにこの国の方言ってどれくらいあるかって聞かれたとき、分かるのはタフトぐらいだったんだけど、特に説明するほどでもなくて」

「うん、そうね、多少の違いだもんね。他の土地だって、目立ってすごいものはないような気がするわ」


 仕事柄、外部との接触が多いミッシェルも同意する。


「そうなんだよ、特筆すべき点がないってことが盲点だったわけだよ。ほんと微々たるものだからね。僕は両親共にフロシオンだから正確なことはわからないけど、図書館や公園にくる他の町の人と話したって問題ないもんね」

「うん、だからタフトの言葉ってどんなの? って聞かれたとき、これは本でもないと無理だなって……。」

「それでその冊子を思い出したのね」

「いや、実は最初は気にしてなかったんだ。あれは古代フロシオン語だって言ってたからね。けど、うちに何もなくて」

「そりゃあ、そうよ、市販の本は共通語だろうし、郷土史とか地元出版とか、そんな特別なものじゃないとやっぱりね」

 

 フロシオン方言の本だってきっと珍しいわよねえ、とミッシェルが言えばエマも頷く。


「じゃあ、実際に話してみればいいかとも思ったんだけど、俺、引っ越してきてもう長いから、すっかり喋れなくて。まあ、音よりはスペルの方が重要だろうと思ったから、これはやっぱり本しかないかなあって」


 確かに、テオがタフトの発音で何かを喋っているなどという記憶はエマにもなかった。テオはすっかりフロシオンなのだ。母親がフロシオンなのだから当たり前と言えば当たり前だ。


「それで、ミッシェルが言うように、郷土史とか地元とか、そんなことを考えてた時に伝承のこと思い出したんだ。能力のこともわかって、ちょっと気も楽になってたから、探し物ついでだと思って引っ張り出したわけ。もしかしたら方言で書かれてるところがあるかもしれないしね。で、ちらっと最初の部分に目を通したんだけど……おかしいんだよ。そんなに難しい文章じゃないのに、知らない単語がたくさんでよくわからないんだ。でも、なんか見覚えがあるような単語ばっかりで……もしかしてって思ったんだけど、手紙は全部セシルに預けてあったから」

「それですぐに僕のところに連絡がきて、図書館に集合したんだけど、三人で読み直したら、手紙の単語とあれもこれも一致して……。ああ、この手紙にはフロシオンとタフト、二つの地域の古代フロシオンが書かれてるんだってわかったんだよ」

「あれ? 三つって言わなかった?」


 ミッシェルが突っ込めば、セシルがとても残念そうな顔をした。


「ああ、三つだよ。最後の部分が三つ目。でも、これはもうお手上げなんだ。わからなすぎる。古代フロシオン語だって言うことは間違いない、特有のスペルが入ってるからね。でも、それ以上の手がかりないんだ。タフトのことはたまたまテオが本を持っていたから上手くいっただけで、本当、奇跡のようなものだったんだよ……」

「でもそれもこれも、セシルが方言のことを振ってくれたおかげだよ。そんなこと思いつかなかったもんな、俺。とにかく、二つ目がタフト方言だってわかったのは大きいことだと思うよ。まあ、手紙の内容は難しくて、まだまだちぐはぐだけど」

「そうだよ、さすがはセシルだよ。あんな微妙な変化に気づく辺りがもうプロとして働いてるすごさだよね。僕、尊敬しちゃったもん。おかげで、次はタフト方言をガンガン攻めまくるしかないって、気合いが入ったしね」


 テオとクライブがセシルに賞賛の言葉を贈れば、セシルははにかみながらも緑がかったアイスブルーの瞳を輝かせた。


「それで……気合いが入りまくった僕らは見つけちゃったんだよね」

「やだ、またもったいぶっちゃって。こら、セシル! 早く言いなさいよ」

「まあまあ、ミッシェル。落ち着いて、こう言うのは『ため』が必要なんだよ。感動を演出しないと!」

「も〜、意味わかんない。そう言うのホントいらないから。なんだろうね、レーデンブロイの人って、どうしてこうも修飾が好きなのかしらね。形容詞が多いと言うか……よくベルおばさんが平気なもんだわ」

「ああ、それね。父さんが別格だからだよ。ストレートすぎて、母さんにまで注意されるくらいだからね」

「なるほど。じゃあ、セシル、あなたは誰に似たわけ?」

「レーデンブロイの国そのもの? ベレスフォードの血のなせる技?」

「ああ、そうですか、そうですか。じゃあ、ここにいる間に、全身全霊でバルデュールに染めあげることにするわ!」

「落ち着けよ! ミッシェルだって喜んでるじゃないか、僕があれこれ褒めれば。綺麗なものはどれだけ綺麗か、語りたいだけなんだよ、僕らは。父さんだって、母さんには言うよ?」

「べ、べつに喜んでなんかないわよ! ベルおばさんだってきっと、余計なものはいらないって思ってるわよ。大人しくバルデュールに染まりなさい!」


 二人は脱線して大騒ぎだ。それは繊細な二人が、きっと不安だろうエマへの気遣いを見せているのだとテオは思った。まあ、半分は本気だろうけれど。それにしてもこの二人は本当によく似ている。血は争えないなあ、とテオは変なところで感心するのだった。


「はいはい、内輪揉めはそれまでにして。本題に戻ろう、二人とも。テオも止めなよ」


 苦笑いするクライブの横で、テオは朗らかに笑った。


「面白いからいいじゃない。おかげでお茶も飲めたし。なんか場が明るくなってよかったと思うけど。二人とも気がすんだ? さ、続き行くよ?」


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