第13話 五人は謎解きの第一関門に集う 1

 季節は秋に入り、テオたち四人は高等科最終学年へと進んだ。セシルもまだ数年はフロシオンに残ると図書館との契約を正式に結んだようだ。「この手紙を解読しないで国に帰るとか、ありえないでしょ。美味しいところ二人にだけ持っていかれちゃうのは悔しいよ」そう言って拗ねたふりをしてみせるセシルにエマたちは爆笑した。大好きな従兄が滞在を伸ばしてくれたことにミッシェルも嬉しそうだ。エマは目の前に立ちふさがる大きなものに、けれど五人でなら立ち向かっていけるだろうと感じていた。自分たちができる努力を惜しまなければ、どんな形であろうと、それはきっと満足のいくものになるだろう。


 テオとエマは再び、小さい頃のように一緒に登校し始めた。専攻が違う二人は校舎も違うため、なかなか学園内で会うことがない。せめて行き帰りくらいはと思うのだけれど、下校時間はバラバラで、図書館で作業するテオとレッスンの時間に左右されるエマのスケジュールは微妙にすれ違うことも多かった。必然的に朝だけが自由になる時間となったからだ。

 二人は手を繋いでバス停に向かい、並んで座席に座り、たわいもない話をする。なんでもないことが心地よかった。ピアノの話も解読の話も、また夕方に図書館ですればいい。特に口に出して決めたわけではないけれど、お互いがそう思っていた。学校までの乗車時間はわずかなものだ。それでも二人にとって大きなものだった。


 その朝、テオが別れ際に、いつになく真剣な顔をして言った。


「エマ、今日は必ず図書館にきて欲しいんだ。大丈夫かな? ミッシェルにはもう連絡してある。大事な話があるから。時間は構わないよ。エマが来るまで待ってるから」


 エマは一つ頷き、二人は別々の校舎へと急いだ。放課後、ピアノのレッスンが終わったエマが図書館に駆けつければ、すでにミッシェルもきていた。セシルが押さえてくれた小会議室に全員で移る。


「まあ、お茶でも飲もうよ」


 セシルの言葉にミッシェルが立ち上がる。エマが手伝おうと側に行くと見慣れない缶が用意されていた。


「これ?」

「うん。今日はセレンティアではなくてこっちね。男の子は多分こっちの方が好きなんじゃないかな。同じくらい甘い香りがするんだけど、同時にさっぱりしてるっていうか。ちょっぴりシトラスも感じるから。レーデンブロイのお茶よ。セシルはこれが好きなの。まあ、彼のママ、私のおばさんね、彼女が専門とする花でできてるから、なんていうかもう遺伝子レベルで、体に馴染んじゃってるのよね」

「!!!」


 バルデュールやっぱり恐るべし。遠い国でもそれだけの植物愛が炸裂してるのだとエマは唸った。しかしそこまでミッシェルのおばさんがこだわっている花だなんて、ちょっと楽しみだと、エマはワクワクしながら人数分のカップを取り出した。

 最後に電気ポットをセットして振り返れば、ミッシェルが持参したガラスのポットに茶葉を入れているところだった。黒い紅茶葉の中に真っ白な花がたくさん入っている。乾燥したものとは思えないほど真っ白な花だ。エマが驚いて凝視していると、顔を上げたミッシェルと目があった。


「ふふふ、すごいでしょ、この花。セレンティアとはまた違った意味で、すごい花なのよ」


 そこに沸騰したお湯を注げば甘い香りが一気に立ちのぼった。ミッシェルの言う通り、爽やかな酸味も感じられる。男性受けすると言うのもわかるとエマは思った。甘いのに凛とした雰囲気。そこにはフロシオンにはない気温が感じられた。厳しい自然の作り出したものなのだと、エマはまだ見ぬレーベンブロイに想いを馳せた。


「花のブレンド量は好き好きよ。小さいけれど強いから、今日はさっぱり目にしておいたわ」


 熱々のお茶で満たされたカップを配れば、セシルがとっても嬉しそうだ。胸いっぱいにその香りを吸い込んで満面の笑みになる。このお茶はきっと温度が大事なんだろうとエマは思った。北の国だから、レーデンブロイの人はきっと熱いお茶を好むだろう。

 テオとクライブも興味津々でカップを覗き込んでいた。小さな花が一つ二つ、そのお茶の中に広がっている。クライブはともかく、猫舌のテオはまだしばらくは飲めないだろう。でもセシルがあんなに嬉しそうにしているし、今日ばかりは仕方がない。少し待ってもらおうとエマは思った。きっと話が終わる頃には飲めるだろうから、と。

 案の定、熱さを物ともせず、一口飲んで満足げなセシルがおもむろに切り出した。


「飲みながらでいいから、聞いてくれるかな」


 その一声に、エマの方を向いて不満げな顔をするテオ。エマは軽く肩をすくめると、自分の前に置いてあった空のカップに、テオの分の半分を注ぎ分けた。そしてカップを交換する。これならそう時間がかからず飲めるだろう。ニヤニヤしながらクライブの方に向いたテオは、それを見ていたクライブに軽く小突かれる。「はい集中、集中!」ミッシェルの声にまた全員の視線がセシルへと向き直る。


「すごいことがわかったんだ。今僕らが解読しているあの手紙には、少なくとも三種類の古代フロシオン語が書き込まれている」

「え? 古代フロシオン語って唯一の世界共通語じゃないの?」


 思わず突っ込んだミッシェルに、テオたち三人が真剣な顔をして頷く。


「僕らも最初は知らない単語だとばかり思っていたんだ。だけどどうもおかしい、奇妙な派生系にしか見えないんだよ。知っているものと変形時のパターンが異なっているというか……。それでなんとなく近い形の言葉を当てはめると、文章になるんだ、読めるんだよ。単語の形が微妙に違っていて、でも文章が成り立つ、これってどういう意味かわかる?」


 セシルのレクチャーを受けているのはエマとミッシェルだけだ。テオたちはこの展開を知っている。エマが返事に困ってミッシェルを見れば、彼女は目を瞑っていた。眉間に皺がよっているところを見るとちょっと御冠のようだ。


「まあ、焦らしても仕方がないね。僕らだってそこまで辿りつくのに長い時間がかかったんだ」

「セシルのそういうところ、やだ」


 もったいぶってるわ、まどろっこしいわ。話長い! なんか年寄りの先生みたい。ぼそぼそ呟くミッシェルの声を綺麗にスルーしてセシルが続けた。


「一見、古代フロシオン語にしか見えないのに、細かなところでそうじゃないってことは……これもまた古代フロシオン語で、独特の変化を遂げたものってことだ。すなわち、地域性を持つもの、方言みたいなものだってこと」

「確かに古代の共通言語だけど、広がれば広がるだけやはり違いは出てくるってことなんだよ。書いたものが運ばれて読まれて、そこから学んでいるわけだから、書き損じや破損、発声だってそのうちその辺りのアクセントなんかが加わって、微妙に変わってくる可能性はあったんだよ」


 クライブも説明に加われば、俄然熱を帯びてくる。文句を言っていたミッシェルもいつの間にかちゃんと前を向いて彼の言葉の頷き、議論に加わった。


「フロシオンと交易があった地方都市には、その土地特有の古代語が存在したってことね。興味深いわね。例えば、どこ?」

「タフト」


 ずっと黙ってみんなのやり取りを聞いていたテオが呟いた。エマとミッシェルは顔を思わず見合わせた。

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