63 契約の巻き


「ゼーゼーゼーゼー……」


 ジヨンを海から救出した半荘は、珍しく息を切らして岩肌に倒れた。


「あ、ありがとう……」


 ジヨンが礼を言っても、まだ息が整わない半荘は手を上げるだけ。

 人ひとりを引っ張って海を走る事は、それほど疲れたと言う事なのだろう。


 半荘の【水走りの術】は、長くても500メートルぐらいでしか使った事も無く、ボートの沈没現場まで1キロほど離れていたので、かなり疲れる。

 それにジヨンを引く水の抵抗が、半荘の強靭な肉体があってしても、疲れる要因となった。

 事実、最後まで持たず、途中から失速して膝まで浸かり、胸まで浸かり、水走りの術は諦めて、忍者泳法で戻って来たのだ。



「ハァハァハァハァ……」


 ようやく息の整って来た半荘は、体を起こした。


「大丈夫? 水でも持って来ようか?」


 心配するジヨンに、半荘は手で制する。


「ちょ、ちょっと疲れただけだ。ハァハァ……それよりジヨンは?」


「少し水を飲んだだけよ」


「ハァハァ……そうか。じゃあ、一度、基地に戻ろうか」


 半荘はゆっくり立ち上がると、ジヨンに手を差し出して立たせる。

 救出現場から基地までの道は無いに等しいので、岩肌に気を付け、ジヨンに手を貸し、慎重に進んで行く。


 そうして足場が良くなった頃には半荘の息は完全に整い、二人で基地に入る。

 ジヨンには先にシャワーを浴びるように勧め、半荘はあとから入って、軍服を拝借する。

 食堂に入るとジヨンも軍服を着て、飲み物を用意してくれていた。



 半荘はペットボトルに口を付けながら椅子に腰掛ける。


「ペアルックみたいね」


「ブフゥーーー!!」


 突然ジヨンに変な事を言われ、半荘は盛大に水を吹き出してしまった。


「げほげほっ。大変な目にあったのに、ジヨンは余裕そうだな」


「あはは。それはそうよ。絶対あなたが助けてくれると思っていたもん」


「こっちは必死だったんだせ~。あんなにしんどい思い、修行時代ぶりだ」


「ごめんごめん」


 ジヨンの謝罪に、半荘はジト目で見ながら、もう一度水を口に含む。


「それで何があったんだ?」


「よくわからないけど、いきなり底から水が吹き出したのよ」


「水? 穴が開いたって事か……」


「たぶんね」


「嘘だろ~。韓国の奴ら、ボートの整備もしてないのかよ~」


 項垂うなだれる半荘は、定時連絡でボートを送ってくれるように頼む事にする。


「また当分、二人っきりかしら?」


「だろうな~。あ、そうだ。さっきの動画、アップしていい?」


「沈没の?」


「そうそう。昨日はたいした動画を上げれなかったから、ファンが物足りないと思うんだよな~」


「こんな時に動画の心配って……あなたも大概ね」


 半荘の言い分に、今度はジヨンがジト目で見る。


「俺の収入源なんだから、仕方ないだろ~」


「それが仕事だったわね。でもさ、こんな事になったんだから、再生回数は物凄い事になってるんじゃない?」


「そうなんだ~。銃撃戦の動画なんて、過去最高なんだ~」


「うん。喜んでいるのを水を差すようだけど、普通、死んでるからね?」


「あははは」


 ジヨンのツッコミに、半荘は笑ってごまかす。


「あと、出演料はきっちり貰うからね!」


「あはは、は~~~??」


 笑ってごまかしていた半荘も、お金の話になると笑いが止まる。

 結局、ジヨンとこれまでの撮影料プラス出演料交渉に勃発して、契約書をお互いのスマホに保存するのであった。

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