七月.タイトルは略しました

「ミシンってあるじゃないっスか」

 魔術準備室の机に座る力也が唐突にしゃべりだした。

「あるな」

 四つ合わせた机の向かいに座る晴人が本を読みながら雑に答えた。

「あれって、『ソーイングマシン』の『マシン』が訛って『ミシン』になったらしいんスよ」

「らしいな」

「おかしくないっスか? ソーイングが裁縫で、マシンは機械っスよ。重要なのはソーイングの方じゃないっスか。ミシンを指して、機械、機械、って言ってるようなもんっスよ」

 力也の口調には何故か熱がこもっている。

「だが、そういった物は世間に多いだろう」

 晴人はいよいよ本を閉じた。

「携帯電話を携帯と略したり、WikipediaをWikiと略したり。どちらも重要なのは略された部分だろう」

「あー、確かに。でも、ミシンはもう正式名称っスよ」

「それは、そうだな。しかし、長い時間を経て略称に過ぎない言葉が正式名称になることはあることだ」

「なるほどっス」

 力也は息を一つついて、座る椅子を後ろ脚だけで立たせた。

「一般に広がっている名前が実は商品名や登録商標って話もあるっスよね」

「コロコロとか、ガシャポンとかか」

「そうっス。ホッチキスが正式名称ではないことを知った時は驚いたっス」

「正式名称を言っても逆に伝わらない時もあるからな」

 会話に一段落ついたところで、部屋の戸が開いた。

「ごめーん、遅れちゃった」

 いそいそと入ってきたのは凛だ。実際のところそれほど遅れてはいないのだが。

「センセー。タイの首都は?」

「クルンテープ・マハーナコーン・アモーンラッタナコーシン・マヒンタラーユッタヤー・マハーディロック・ポップ・ノッパラット・ラーチャタニーブリーロム・ウドムラーチャニウェートマハーサターン・アモーンピマーン・アワターンサティット・サッカタッティヤウィサヌカムプラシット」

「流石っス」

「先生は先生だからね」

 先生はすごい。

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