第21話 修学旅行 5
「バトル!」
わたしはその声で我に帰った。男の子が、こっちに向けて攻撃しようとしてる。
待って、これってもしかして、プレイヤーにダメージが来る系のやつなんじゃ……。
「ナインテールでプレイヤーにダイレクトアタックだぁ!」
男の子の指示に従って、ドラゴンがガッと口を開く。そこには赤い光が集まっていて、次の瞬間わたしはあれをぶつけられるんだろうなぁ!
どうしよう。痛いのは嫌……だけど、でもよくよく考えたら、ダメージがあるなら、ひーちゃんの指輪がなんとかしてくれる!
……はず。
だからなんとか心を奮い立たせて、わたしは伏せていたカードを起動させる。
「……っ、インタラプトスペル起動! 【ガリバーゲート】!」
わたしの宣言と同時に、わたしの前に伏せられてカードが起き上がった。絵柄のほうを相手に向けた形でだ。
するとカードからなんかオーラみたいなものが湧き上がって、ドラゴンとわたしの間でブラックホールみたいなものになる。
直後、ドラゴンから放たれた赤い光線はその中に入り込んで、勢いそのままにわたしに突っ込んできた。
だけどその大きさは、発射直後の半分くらいになっていた。そう、このカードの効果は、このターンに相手ユニットから受けるダメージを半分にするんだ!
「……バリアカード起動!」
そしてわたしは、追加で宣言する。ライフがたった2000しかない今の特殊ルールだと、半分になった1500の攻撃力も簡単には受けたくない。
だからバリアカードも、二回しか使えないけど使ったほうがいいよね。それに当てもあるし!
そう思ってると、わたしの前に半透明の壁が現れる。それが飛んできた光線を受け止め……きれずに砕けはしたけど、明らかにその威力は下がっていた。数値的にも相手の攻撃力は、一時的に750に下がってるはず!
「ひゃっ!」
直後に、それがわたしに突き刺さる。思わず顔を隠して守ったけど……うん、痛くも何もないや。見た目だけなんだね、これ。
そう思ってると、端のほうにあったライフ表示が切り替わった。2000から1250に。
さらに、使ったバリアカードが効果をなくして、墓地に送られる。そのときチリになって消える演出がついてるものだから、うーん、なんていうかアニメみたいだ。
だけどなんとなくわかったぞ。よくはわからないけど、ここはアニメみたいな立体映像も体感できるんだ! すごい!
そんな装置ができたって話は聞いたことないけど、もしかしてここで先行公開してる感じなのかな? だとしたらそりゃあ地下になるよね!
でも、ってことは? わたしが描いたカードも、こんな風に動いてくれるんだよね?
わたしはわくわくしすぎて震える手をこらえながら、手札の中から一枚のカードを引き抜く。
「……相手からのダメージを受けたことで、ユニット効果を起動! 手札から、ユニットを特殊起動するよ!」
そのカードを場に出す。するとカードが現れて、さらに青い光があふれ出した。
行ける!
そう思ったわたしは、テンションを上げながら声を張り上げる。
「お願い! 【ピュエラマギカ・ブルーアース】!」
宣言が終わるタイミングに合わせて、青い光が小柄な人の形になる。
そしてすぐに、光は弾けて中から女の子が現れた。これまた青い服とリボンを着けた、黒髪ポニーテールの女の子。もちろん目は青いし、手にした大きな杖をチアバトンみたいに振り回してから構えた姿は、カードに描かれた絵と同じポーズ。
アニメ調の絵柄ではあるけど、それは確かにひーちゃんで……ついでに言うなら、満点オーバー120点の出来栄えだった! 完璧!
わたしは思わずガッツポーズする。だけどひーちゃん……じゃない、ブルーアースの力はこれだけじゃないぞ。
「さらに、ブルーアースの効果起動! 特殊起動に成功したとき、墓地のカードをランダムで選択してバリアカードを一枚復活させる!」
今墓地にあるのは、最初に使ったスペルカードとバリアとして消費したやつの二枚だけだ。ランダムって言ってもそう関係ないし、肝心なのはバリアカードが復活することだ。これで持久戦がさらにはかどるぞ。
「【
そして効果の名前はやっぱりこれだよね! わたしたちを守ってくれる、ひーちゃんの魔法!
……いやまあ、他の魔法の名前は知らないんだけどさ。
そうこうしてるうちに墓地から一枚カードが排出されて、バリアカードが配置してあるところに収まった。これでよし。なんとか被害を抑えながら高ランクユニットを出せた!
さーて、ここからあちらはどう動くのかな?
「……ん?」
と思って改めて前を向いたら、何やら男の子が青い顔をしてる。なんだか腰も引けてるし、ものすごく怯えてるような……。
おまけになんだか周りもちょっと騒がしい。どうしたんだろうと思って外野に目を向けたら、そこにいた子たちもみんななんだか怖がってるみたいで……ええと、本当に何がどうしたんだろう?
「ま、負けないぞ! 災厄の魔女なんかに負けるもんか!」
そしたら、相手の男の子が上ずった声で叫んだ。
災厄の魔女? なんのことだろう?
「な、ナインテールは相手にダメージを与えたとき、追加で効果を起動できる! 手札を一枚捨てて、効果起動!」
わたしが首を傾げてる間に、男の子は効果を起動させた。バトルフェイズ中に追加で起動できる効果って、明らかに強いな……。
「相手の場のカードを一枚選んで破壊する!」
「げっ」
「【カースドペイン】!」
効果が放たれる。ドラゴンの身体から黒いオーラが吹き出して、ブルーアースに襲いかかる。
それはブルーアースの身体を文字通り破壊しようとするけど……。
「……と、言いたいけど! 残念! ブルーアースの効果起動!」
「なっ!?」
「デッキトップからカードを一枚墓地に送って、起動! 場のカードを破壊する効果を起動したカードの効果を無効化する!」
「な……な、そ、そんな!」
場でブルーアースが勢いよく身体を動かす。すると、彼女を包んでいた黒いオーラはあっさりと吹き飛ばされて消えてしまった。そしてそこには、無傷のブルーアースが余裕って言うような顔で笑っている。
ふふふー、どうだひーちゃんは強いだろ!
さて、これでわたしにターンが回ってくるな。相手のドラゴンはブルーアースより攻撃力が高いけど……今墓地に落ちたのは別のピュエラマギカのカード。それなら、やりようはあるな……うん、これは勝てそうだぞ。
そう思ってたら、
「…………」
「あれ?」
「…………」
「ちょっ!?」
男の子が仰向けに倒れた。ええ、なんでぇ!?
「き、気絶してる……」
急いで駆け寄ったお姉さんが、驚いたように言う。それこそなんでぇ!?
「そこを動くな!」
「えっ?」
どうしたものかと思っておろおろしてたら、他の子供たちに囲まれた。みんな怖がってる雰囲気はあるけど、それはそれとしてすごい怒ってる感じだ。
ええ……なんで……。
「魔女の手先め! 協会に突き出してやるからな!」
「はぁ……? ……うわっ、えっ、ちょっ!?」
わけがわからなくて首を傾げたら、なんといきなりナイフを突きつけられた!
本物かどうかはわからないけど、本物だとしたらヤバい! 何がなんでどうなってるの!?
「くらえ!」
しかも脅しじゃなくて、普通に攻撃してきた!? 嘘でしょ!?
そう思って目をつむった瞬間、甲高い音と一緒に周りに何かが広がった感じがした。
恐る恐る目を開けてみると、そこには青い光が見える。
「……これ、そうかひーちゃんの」
胸元に手を伸ばす。そこには、いつも通りあの指輪がある。これが守ってくれたんだ。魔法とかそういうのじゃなくても守ってくれるんだな、これ。
「そ、その魔法は、やっぱり災厄の魔女の! くそっ、協会の人たちはまだ来ないのか!?」
そしてよくわからないことをまだ言われてるわけだけど……本当になんなんだよもう……。
「本人はいないんだ、俺たちで捕まえようよ!」
「そうだ! みんなの仇を取るんだ!」
しかもなんか盛り上がり始めてるし……! これ、逃げたほうがいいやつかな……。
でもここって地下だよね? 逃げるって言っても簡単には逃げられないよなぁ……。
「そこまでにしておけよ、小童ども」
どうしよう、って思ったそのときだ。
どこからともなく声が聞こえてきた。それはここにいる全員に聞こえたみたいで、わたしを囲んでた男の子たちは一気に顔色を悪くして固まった。
わたしは逆に、嬉しくなって顔を上げた。
その目の前に、青い魔法陣が浮かぶ。さらに、そこからひーちゃんが現れた。
「……っ!!」
「で……出たぁぁあ!?」
彼女を見て、子供たちが一斉に逃げ出す。
……あ、いや、一人だけヤケクソ気味に殴りかかった。その手は雷に包まれていて、バチバチってとても物騒な音が聞こえる。
だけど……ひーちゃんはそれを、正面から手のひらで普通に受け止めた。
「っ!?」
「その程度でわしに挑もうなぞ片腹痛いわ」
「ぎゃっ!?」
そしてそのまま、一切動かないで男の子を吹き飛ばした。
彼はすごい勢いで他の子たちに突っ込んで、全員がその場でもみくちゃになりながら床を転がる。
よ、容赦ないなぁ……。
「や、やめなさい! それ以上はゆ、許しません!」
そこに、お姉さんが制止する。さっきまで気絶した男の子を治療? しようとしてたみたいだけど。今はひーちゃんをにらんでる。……すごい怖がってるのは子供たちと変わらないけど。
「ふん、お主らごときに許されるつもりなぞないわ。死にたくなければ黙っておれ」
「あ、あなたに人の心はないの!? 悪魔の子とはいえ、あなたも人でしょう!」
「はっ、勘違いも甚だしい」
お姉さんの言葉に、ひーちゃんははき捨てるように言った。
そしてその可愛い顔を怒らせて、じろりと周りを見渡す。青い目が、わたし以外の全員を突き刺すみたいだった。
「わしをどう言おうと構わんがな。我が友を魔女の手先呼ばわりしたことは絶対に許さん」
彼女はそう付け加えると、天井に掲げた手の中に青い光を集めて……って!?
「ひ、ひーちゃんストップ! よくわかんないけど、たぶんそれはやっちゃダメなやつだよ!」
すごく嫌な予感がして、わたしはひーちゃんの空いてるほうの腕にしがみついた。
すると彼女は驚いたようにわたしを見た。だけどすぐに、確かに、とつぶやいて手を下ろした。
「……お主の前でやるようなことではなかった。すまぬ」
「ん、ううん、正直何が何だかわかってないんだけど……」
「じゃろうな」
ひーちゃんがため息をついた。
「……とりあえず、ここから出るぞ。忘れ物はないか?」
「え。あ、う、うん、えっと、これだけあれば、いいよ」
言われて、わたしはバトルスペースに置いたままになってた荷物と、それからカードを一枚取った。
なんかよくわからないままとんでもないことになったけど、ここで作ったカードは持ち帰れるはずだし、いいよね?
「では行こう」
「ん、うん」
そしてわたしが改めて頷くと……わたしたちの足元に魔法陣が現れる。
きっと次の瞬間、違うところにいるんだろうなぁなんて思いながら、わたしはひーちゃんが差し出した手を取った。
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