第17話 修学旅行 1
みんなのあだ名を決めてから数日が経って、週明け月曜日。この日の五時間目は授業じゃなくって、一種のイベントが開かれていた。
「はーい、みんなちゃんとしおりを回してくださいねー。行き渡りましたかー? それじゃ、まずは修学旅行のグループ決めを始めまーす!」
黒板に大きく「修学旅行」って書いた先生の合図で、教室全体が一気ににぎやかになる。廊下の向こうからも聞こえてくるから、他のクラスも同じことしてるんだろうね。
そう、修学旅行! いよいよ一か月後くらいに、修学旅行が始まるんだよ!
その班決めをするんだから、これはもう一種のイベントだよね!
「まずは自由に話し合いましょうか。やっぱりみんな、仲のいいお友達と同じグループがいいでしょうしね。席を立ってもいいし、少しくらい騒いでも大丈夫よ」
先生もそう言ってくれてるしね。
でもわたしは座ったままだ。だって、一番仲のいい子はすぐ後ろにいるしね。
「というわけだからひーちゃん、一緒に班作ろ!」
「おう、もちろん!」
よし、まずは一人確保。
まあひーちゃんについては断られるとは思ってなかったけどね。
転校してすぐの頃だったら、ひーちゃんにみんな集まってたかもだけど……最近はわたしたちが特に仲良くしてるから、ずっと周りに別のクラスメイトがいるってことはなくなったしね。はーちゃんとふーちゃんっていう、うちのクラスのツートップがいるのも大きいだろうし。
「ふふふ、お主と一緒なら世間に疎いわしも安心じゃわい」
「いやいや、わたし神社とかお寺とかはさっぱりで……って、いつもなら言ってるんだけどね。確かに今回はひーちゃんよりわたしのが詳しいかも」
「じゃろ? やはり何事も経験者に頼るのが一番確実じゃし、頼んだぞ」
「経験者って言っても、わたしもネズミーランドは一回しか行ったことないんだけどね」
そう、今年の修学旅行の行き先は東京……ん? 千葉?
まあいいや。ともかく今年の修学旅行は、ネズミーランドなのだ。去年までは日光のほうで神社とかお寺とかを巡るやつだったんだけど、なんでか急に行き先が変わったんだよね。不思議なこともあるもんだ。
でもぶっちゃけた話、それを悲しんでる子は一人もいない。ふーちゃんですら戻せなんて一言も言ってないんだから、やっぱり遊園地の魅力には勝てないよね。世界のネズミーだし。
「ははは、わしなんぞ一回もないぞ? というか、遊園地すら初めてじゃよ」
「それはそれで逆にすごいけどね。でもまあ、正直ネズミーはわたしより詳しい人が……」
わたしはそう言いながら、視線を他に向ける。
「おーっす、あたしも混ぜてくれよ」
そこには、ちょうどはーちゃんがやってきたところだった。もうしおりを丸めちゃってるのは、彼女らしいなって感じ。
「もちろん! 大歓迎だよ」
「うむ、左に同じくじゃ」
「サンキュー!」
彼女はそのまましゃがんでひーちゃんの机にあごを乗せると、上目遣いにわたしたちを見る。なんだかちょっと猫っぽい。
「二人ともネズミーは行ったことあんの?」
「わたしは去年に一回だけ」
「わしは皆無じゃ。そも、遊園地というものが初めてでのう。どんなところか今から楽しみじゃよ」
「そっかそっか。よーし、それなら細かいとこはあたしに任せとけよ!」
「はーちゃん年パス持ってるんだったよね」
「おう! 二ヶ月に一回は行ってるぜ!」
わたしの指摘に、にーっと笑うはーちゃん。たぶん、今回の行き先変更で一番喜んでるのははーちゃんだろうな。
「二ヶ月に一回はすごいのう。そうも頻繁に通って飽きんのか?」
「おいおい、ネズミーの人気ナメんなよ。おまけに広いからな。たった一日じゃ半分も回れないんだぞ!」
「ええ……マジかそれ……」
あ、ひーちゃんがぎょっとしてる。大体のことにうろたえない彼女がこういう顔するなんて珍しいなぁ。
「光さん安心して。今回は結構空いてるタイミングのはずだから」
と、そこにやってきたふーちゃんがはーちゃんの後ろから指摘する。
三人でそっちに目を向けて、その中でもひーちゃんは首を傾げていた。
「ふむ? その心は?」
「確かにネズミーはいつも混んでる大人気テーマパークだけど、年に何回か狙い目の時期があるらしいの。今回の修学旅行はそこにぴったりはまってるのよね」
「先に言われちゃったけど、そういうこと。まず平日の昼間。これで結構減る。それにイベントが終わったあと、ってのもポイントだな。今回はハロウィーンイベントが終わった直後で、だけどクリスマスイベントはまだ始まってないから、いけるはずだ。おまけに」
「まだあるのか……」
「あるある。なんてったって、三連休明けの火曜日。これが結構狙い目なんだぜ」
「へー、それはわたしも初めて聞いたなぁ」
さすがに年パス持ってる常連は違うね。
ん? でもふーちゃんが知ってるのはなんでだろ。ふーちゃんはそこまで何度も行ってるなんて聞いたことないけど。
そう思って聞いてみたら、
「いや……それはその、私も楽しみってことよ。だけどあそこって、いつもニュースで混雑の話が上がってるじゃない? だから……ね?」
「調べたわけじゃな」
「なんだよカナ子、案外ノリノリじゃん」
「そ、そりゃ私だって、遊園地は楽しみよ。日光だって行きたかったけど、そっちは家族旅行で行ったことあるし……逆に遊園地に行ったことないし……」
そう言って左右の人差し指をつんつん合わせるふーちゃんは、かなりかわいかった。なにそれずるい。
「ふーちゃんってさ、普段損してるよね」
「確かに。今のはなかなかだったぞ」
「同感じゃ」
「え? なにそれ?」
「いや、今のはかなりかわいかったから」
三人を代表してそう言ったら、ふーちゃんはわかりやすく真っ赤になった。普段言われないからか、こういう褒め言葉に慣れてないんだろうなぁ。
「ま、あたしほどじゃないけどな!」
「ぷ、プロに勝てるわけないでしょ!」
いかにもらしいことを言ったはーちゃんに、ふーちゃんはぷんすかしながら言い返す。
うーん、これは、お父さんあたりが見たらまたなんて言われるかわからないぞ。好きな人には絶対刺さるやつだ。
まあでも、それは本人の前で言うことでもないんだろうけど……。
「まあまあ。それより、ふーちゃんはどこの班に入るの?」
「ああうん……それなんだけど、あなたたちの班に入れてもらえないかしら? なんと言っても問題児が二人ほどいるみたいだし、ね……」
ふーちゃんはそこではーちゃんとひーちゃんを順番に見た。メガネの奥は軽くジト目になってる。
それを受けて、二人は同時に顔を背けた。わたしは苦笑いするしかない。
ていうか、ふーちゃん的にひーちゃんももう問題児扱いなんだね。
いやうん、確かに彼女、ルールの穴をついたり人の見てないところで率先して破りにいくところあるみたいだけど。それにしたって、あの大グモのことがあってからはしてないはずだけど。少なくともふーちゃんの前では。
「昔、どこかの遊園地で悪いことしてから出入り禁止になった学校がある、って話も聞くわ。だから私がいるからには、修学旅行中にハメを外して周りに迷惑をかけるなんてことはさせないからね!」
だけど過去の失敗もばっちり忘れてないらしいふーちゃんは、キメ顔でそう言った。
「とかなんとか言いつつ、あたしらと一緒にいたいんだろー? 素直じゃないよなーカナ子は〜」
「なっ!? ち、ちがっ、そういうんじゃないわよ!?」
だけどはーちゃんの切り返しで、また真っ赤になった。
うーん、これはまたずるい。ずるいですよこれは。
そう思いながら一人でうんうん頷いてたら、ひーちゃんが横から声をかけてきた。
「のう泉美や」
「なんだいひーちゃんや」
「もしやこれが、『ツンデレ』というやつかのう?」
「うむー、そのとーり。よく気づいた。研鑽を積んでおるな我が弟子よ」
そしてわたしはなんだか楽しかったこともあって、ひーちゃんのしゃべり方に合わせるようにして、マンガとかの師匠系のキャラっぽく返す。
するとノリのいい彼女は、にんまり笑ってこう返すんだ。
「なにぶん、師の教えがよいもので」
このやり取りが普通にできる嬉しさったらね、ないよね。
それからしばらく話してたけど、結局わたしたちの班には他に参加希望者は来なくて、この四人で修学旅行を行くことになった。やったね。
いやまあ、正確には副委員長が仲間になりたそうにこちらを見てたんだけどさ。泊まるところ、一班で一部屋に泊まる形だからさすがに男子と同じ部屋なのはちょっと……ねぇ?
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「む……これは」
その日の放課後。今日は誰の家で遊ぼうかって話をしてたら、急にひーちゃんが顔を上げて窓の外をにらんだ。
……この反応は。
「おいおい、まさか」
「そのまさかじゃな。すまんが行ってくる。お主らも今日は、念のためにまっすぐ帰っておいたほうがよいかもしれんな」
ふう、って小さくため息をついて、立ち上がるひーちゃん。そのままランドセルをどこかにしまうと、教室の外に駆け出していく。
「では急な話ですまんが、また明日じゃ!」
「うん、気をつけてね!」
「ボッコボコにしていいぞー!」
そんな彼女に三人で手を振って見送る。
それから少し、なんとなくわたしたちは黙ってたけど……何かに気づいたみたいに、ふーちゃんが口元に指を当てて言った。
「……ねえ、さすがに修学旅行中に出動するなんてことはないわよね?」
「あ」
「おお……それは考えてなかったな。ヤダなぁそれ」
わたしだって嫌だぞ、そんなの。
「でもなくはないよね? ひーちゃん、自分が一番強いって言ってたし……」
「そうよね……。でもせっかくの修学旅行なんだもの、光さんだけ来れないのは嫌よね」
「だよなぁ」
そこでわたしたちは、頭をつき合わせてうーんとうなった。
「……まあ、ここでわたしたちがあれこれ言ってもわかることじゃないよね」
「そうね。明日来たら聞いてみましょう」
「そうだな、それしかないか」
とりあえず、この話はこれでおしまいってことで。そろそろ帰ろうかって誰からともなく言い出して、わたしたちは教室を出た。
……んだけど。
――ひーちゃんはそこからしばらくの間、学校に来なかった。
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