第9話 事件のあとで
お父さんに花房さんのことを連絡してもらってからは、短い間にたくさんのことが一気に起こって目が回りそうだった。
お巡りさんたちがたくさんうちに来て、色んなことを聞かれたし。気絶してる花房さんを救急車が迎えに来て、うちの周りがやじ馬でいっぱいになったし。
途中で目を覚ました花房さんがものすごく混乱……ううん、あれはおびえてて、かな。見えない何かにおびえて、でもやってきたおじさんとおばさん(たぶん花房さんのお父さんとお母さんかな?)それからもう大丈夫だってことに気づいてからは、わんわん泣いてたのがいつもの強気な態度と全然違って、驚いたり。
あとは、指にはめてた青い指輪の出どころをおばさんに聞かれた花房さんが、すごく悩んだあとに「友達にもらった」って答えたのが印象的だった。
彼女のお父さんは、それをちょっとヘンなほうに勘違いしたみたいでちょっとおろおろしてたけど……たぶんその指輪は女の子からもらったものだろうから、大丈夫なんじゃないかな。
だってあれ、わたしが持ってるのと同じだったもん。きっと光さんが、花房さんを助けるために渡したんだよ。
それにしても、友達……友達かぁ。あの花房さんが光さんを友達って言うなんて、一体何があったんだろう? すごく気になる。
でもわたしはわたしで、お父さんと一緒にドラマでしか見たことのない事情聴取ってのを結構長いことされてたし、花房さんは途中で救急車で運ばれていったから詳しいことはわかんないままだ。
で、解放されて家に戻ってきたらもう夕方近くになってて……正直とっても疲れました。
「今日はもうカップ麺とかでいいかなぁ……」
「うん……わたしも贅沢言わない……」
お父さんとはそんなことを話し合って、簡単にご飯を済ませたよ。
このとき食べながらまたニュースを見てたけど、夜の時点で事件は少しずつ収まり始めてた。行方不明になる人はいたけどそれでも戻ってくる人がどんどん増え始めてて、もうほとんどの人が助かってたからね。
きっと光さんががんばってくれてて、大勢の人たちを助けてくれたんだ。わたしは直接助けられたわけじゃないけど、それでも今度彼女に会ったらお礼しなきゃって思ったよ。
さらに次の日になったら、お昼前にはもう事件は終わってたみたいで、行方不明になってた人は全員帰ってきてた。全員が無事だったわけじゃないのが、悲しいけど……それでも、ほとんどの人がひとまず生きて帰ってきてた。
で、もう新しく行方不明になる人もいなさそうだ、ってことでとりあえずこの日の夕方に、一応終わったよっていう宣言がされてた。
まあ、その次の日にはもう普通に学校が始まったのは、嬉しいやら悲しいやらだけど……。
「おはよう平良さん。昨日は大変だったみたいね」
さらに次の日。学校に着いたら、すぐに委員長が近寄ってきた。どうやら大体のことは知れ渡ってるみたいだ。
「あ、おはよう委員長。うん、すごかった……」
「花房さんはどうだったの? 平良さんが見つけたのよね?」
「……何があったのか詳しくは知らないけど、取り乱してたよ。家族の顔見てからは大泣きだったけど、あれは貴重な光景だったと思う……」
「そう……それは、その、本当に大変だったのね……」
何とも言えない顔で、委員長がつらそうにしてた。助かった人たちがほとんどがすごい様子で怯えてるのがテレビでやってたから、花房さんがどういう状態なのかを考えんだろうな。
しかもそういう人たち、みんなそんな感じなのに誰も目立ったケガとかがないから余計な気がする。みんなよっぽど怖い目にあったんだろうなって……。
と思ったところで、光さんが教室に入ってくるのが見えて、わたしは思わず「あっ」て声を上げた。
「あら光さん、おはよう。なんだか久しぶりね」
「二人ともおはようじゃ。確かに久しぶり……」
「光さん!」
そのまま近づいてくる光さんに、わたしは自分から駆け寄る。それで彼女の手とか腕とかをぺたぺた触って、ちゃんとそれがあるのを確認する。
「あー、泉美や?」
「あ……っ、ご、ごめんつい……」
「まあ気持ちはわからんでもないが。見ての通り、もうなんともないから安心せい」
「うん、した……すごいしたよ……」
あんなボロボロだったのが完全に治ってるのは驚いたけど、それより光さんが無事にまた登校してきてくれたことが嬉しい。あれから今日までに、一体何回もしかしたらって思ったことか!
だけどこの辺の事情を知ってるのはわたしだけだから、委員長は頭の上ではてなマークを浮かべてわたしと光さんに交互に目を向けてた。
だから何か言うべきなんだろうけど……えっと、どの辺まで話していいのかなこれ。いやでも、元々話せないように呪いを受けてたな。どっちみち何も話せないな……どうしよう。
「いや何、例の騒動にはわしも少々関わっておってのう」
あ、光さんから言うんだ。わりとあっさりと言うものだから、わたしは思わず彼女の顔を見ちゃったよ。
「え!? そ、そうだったの!?」
「うむ……泉美には少し話したものだから、心配してくれたんじゃよ。ありがたいことにのう」
「そりゃあするでしょ! 今は大丈夫なの……って、大丈夫そうね……」
「本格的に巻き込まれたわけではないからな」
光さんの言葉に委員長は「そうなのね」って納得してるけど、全然違うんだよなぁ。
そりゃ確かに自分から事件に飛び込んでったわけだから、巻き込まれたってのはちょっと違うけど……でもむしろ事件のど真ん中にいた、くらいはある気がする。
まあそれは言わないお約束だし、そもそも言えないわけなんだけど。
「大丈夫なら聞くんだけど……光さん、あの日はどうして無断で早退したの?」
……委員長、それまだ覚えてたんだ。あれだけの事件があって、三日も経ったのに。
光さんもこれは予想外だったのか、青い目をぱちぱちさせてからほっぺを指でかいている。
「……もしや禁則事項であったか?」
「そうね。普通は先生に許可をもらってからするものよ」
「むう、それは知らなんだ。これまでいた場所にはそういう規則はなかったのでな……」
「そうなのね。でも、知らなかったでは済まされないわ。いけないことはいけないんだもの」
「
……光さん、文字だけだと言い負かされてるみたいだけど、顔とか仕草とか見る限り悪いとはこれっぽっちも思ってなさそうだなぁ。
かといって面倒くさそうにしてるわけでもない。なんていうか、反論しようと思えばできるけど、それをするとこないだの花房さんみたいに激怒させそうだから抑えてるって感じ?
「わかればいいのよ。それで? あの日は無断で早退してまで何をして……あ、チャイム鳴ったわね」
とここで、予鈴が鳴った。まだ先生は来てないけど、もうすぐ来るのは間違いない。
「しょうがないわね、この話はまたあとよ」
「おや、もうそんな時間か」
「だねぇ。じゃあまた一時間目終わったらー」
ということで、わたしたちから離れる委員長に手を振って自分の席に着く。光さんもだ。
でもこのとき、光さんがやれやれって言いたげに肩をすくめてたのをわたしは見逃さなかった。委員長と口ゲンカしたあとは花房さんも似たようなことしてるけど、もしかしなくて光さんって根っこのところは花房さんと近かったり……いやいや、単に委員長に怒られるのが疲れるだけかな。
なんて思ってたら、先生が教室に入ってきた。でもって今日の連絡とかを聞くわけだけど……その中には花房さんの欠席も入ってた。
なんでも、まだ退院できる状態じゃないみたい。学校に来る以前に退院すらできないってことは、よっぽどなんだろうな。
もしかして、わたしよりもひどい目に遭ったのかもしれない。わたしは何かされる前に光さんが助けてくれたけど、花房さんは少しだけ間に合わなくって、実際にどこかケガしたとか?
だとしたらなんとかして励ましてあげたいな。花房さんに思うところはあるけど、それでも死にそうな目に遭った人を悪く言おうなんて思わないもの。
……お見舞いとか、行こうかな? あんまり付き合いのないわたしが行っても、花房さんはそんなに喜ばないかもだけど……わたしも一応、似たような経験してるし少しくらいなら。
「先生。私お見舞いに行ってあげたいんですけど、どこの病院にいるかわかりますか?」
「福山さんの優しい気持ちは、花房さんも喜ぶと思うけど……残念なことに、どこに入院してるかとかは先生たちも知らないの。マスメディア対策なんですって」
「そうですか……わかりました」
え、花房さんが今どこにいるのかわかんないの。うう、なんだか走り出していきなり転んだ気分。
どうしよう。どこにいるかわかんないんだったら、わたしにできることってなんにもないよなぁ。
そうだ、流れ星に願いごとでもしようか? あの青い流れ星なら、もしかして叶えてくれるかもしれない。
……まあその流れ星が、いつ出るかわかんないのがダメなんだけど。
そんなことを考えてたら、後ろから光さんがこそっと声をかけてきた。
「泉美、樹里愛のことが気になるか?」
「え? う、うん……そりゃあ、一応クラスメイトだし。嫌なこともされたけど、でも、死ぬほどひどいことされるは必要はなかったでしょって思うし……」
わりとぼんやりしてたから、思わずそっち向いて答えちゃったけど。でも、これはわたしの本心だよ。うん。
「お主は優しい子じゃのう。心証のよくない相手にそこまで言えるとは」
「ぅえ、い、いきなりなに?」
「いや。思ったことをそのまま言っただけじゃ」
「……なにそれ……?」
光さんの言うことは、たまによくわかんない。彼女のことだから、何か意味はあるんだと思うけどわたしにはさっぱりだ。
と思ってたら、彼女はいたずらっ子みたいににやっと笑った。これまた突然だなぁ……なんて思ってたら、
「お主ならば大丈夫じゃろ。樹里愛に会いに行くか?」
「え!? 知ってるの!?」
思ってもみなかったことを言われて、わたしはうっかり大声を上げちゃった。
おかげでクラス全体から見つめられることになって、恥ずかしい思いをする羽目になったじゃないか、もう。
なんでもないでーす、ってみんなに聞こえるように言って、わたしは教科書で顔を隠す。だけどその陰で、光さんにじろりと目を向けた。
光さんは口元を押さえてたけど、あれ笑ってるよね? もう、嘘だったら許さないんだからね!
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