2.5章 葉月に忘れた

 やあ、僕の名前は泉和泉。どっちが苗字でどっちが名前かわからない名前だけど、結構気に入ってる。

 昔、親にどうしてこんな名前付けたのって聞いたけど「面白そうだったから」だってさ。

 この親にして、この子ありって言うんだろうね。

 いや、これは僕が変わっていることの証左にはならないけどさ。

 って、そんな話をしようとしたわけじゃないんだ。

 僕は、をしようとしてるんだ。

 あれ、この言い方で伝わる?

 えっと、どう言えばいいんだっけ?

 題名とかあった方がわかりやすいかな?

 まぁいいや取り敢えず、この話。

 F子が死んでから十年後の夏の話を。

 八月って、すっごく夏って感じがして、いいと思うんだよね。

 七月だと、まだ夏の序の口みたいな感じで、本番じゃないって気がしてさ。

 僕がこの話を聞いたのは、そんな夏の真っ只中。

 八月十五日の事だった。

 今井琴音が帰ってきているのを見た。

 そんな話。

 彼女の姿がこの街で見られるのは、五年振り。

 なんか、とってもキリがいい。

 いや、本当の事を言うと別に五年とか十年とか、そこまでキリがいいわけじゃない。

 僕たちが十進法を日常でよく使ってるからそう思うだけで、例えば十六進法とかだったら全然なんてことない数字だ。

 なんの話してたっけ?

 ああ、そう、今ポンの話だった。

 彼女がこの街に帰ってきた時、僕は確かに何かが動くような感覚を覚えたんだ。

 この十年間止まっていた何かが。

 もしくは、そういうのってだいたい気のせいなんだけどね。

 ほら、夏休みが始まる時に、この夏にはきっと何か素敵な事が起こるって予感を誰もが感じるように。

 そして、最終日に、思ったほど素敵な事は起こらなかったって振り返るように。

 もしくは、とんでもない事になってしまったって、その次の日に後悔するみたいに。

 夏休みの宿題を忘れた気まずいホームルームなんて比じゃない感じでさ。

 そして、今回の話の場合も、別に素敵な事は起こらなかった。

 いつもの気のせいだったんだ。

 今ポンは特に驚くようなこともせずに、この夏を過ごしてた。

 本当、びっくりするくらい普通に。

 夏とはかくあるべき、みたいな夏を。

 僕みたいに、夏の過ごし方を忘れた人間には眩しすぎるくらいだった。

 それはさておき。

 そうして、僕は今年も八月三十一日を迎えた。

 彼女の命日を。

 十年間、積み続けた宿題は、今年も終わりそうにない。

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