第5章・若さまたち、失せ物探しをしつつ見失う
第31話・若さまたち、客間で失せ物探しをするのこと
幽世から戻って――次の日、日の出と共に僕ら鶴の寮の三人は起こされた。
「ほおら! お前たち起きろ! 珠を探しに行くんだろ!」
火車の奴が順番に寝ている僕らの身体の上を飛びはねる。僕は眠い目をこすりながら火車に言った。
「うええ……? こんなに朝早く? まだ眠いよ……」
「ばかだなー、玉丸。お前まさか忘れたわけじゃあないだろうね? 早く探さないと、どこかに行っちゃうかもしれないじゃないか、あのたまっころ! 日が出て明るくなったんだから、これで探せるだろ?」
当然だ、とふんぞり返って言う火車の姿を見ていたら、案外と昔は真面目に仕事をしていたのかもしれないなあって思ったよ。
だって火車はちゃんと僕の指示通り、江戸屋敷にいた草間一文字への伝令役を務めてくれたし、その御蔭で彼等から猫又の情報を色々と仕入れる事ができた。昨夜も父上に挨拶をしてくるからと言って幽世へ残っていたし、今朝だって誰よりもいちばんロザリオの珠探しに熱心だもん。
「そうか! そうだった! 忘れてないよ! ようし……そうだね。朝ならまだ客間は誰もいないよね、きっと」
「そうそう。客間なんて日が出てきたらお客が入れ替わり立ち替わりやって来て、入らせてなんかもらえないぞ!」
僕は寝起きが悪くてちっとも起きない総次郎と支度に時間がかかる忠郷はもう放っておいて、一人で火車といっしょに客間へ向かった。
朝の御殿はみんな掃除をしているよ。昨夜の静かな真っ暗な廊下が嘘みたいに人でごったがえしてる。
僕はなるべく急ぎながら静かに静かに歩いた。
藩主ってのは振る舞いにも気を付けなきゃいけないと教わっている。どんなに気持ちが急いでいたって、慌ただしくしていたら駄目なのだ。上杉家の当主になるなら僕にも謙信公や父上のような威厳ってものが必要だからね!
「僕、客間で探し物をしなくちゃいけないんだ。だから表の方へ行きたいのです」
朝になったら、表と中奥との間の扉の門番が別人に入れ替わっていた。きっと夜と朝と昼とで交代制なんだろう。僕らの武器を宝物庫で預かっている腰物係や、御殿のお火の番なんかも交代制で夜や朝も見回りをやっていると聞いたことがある。
しかし門番は僕をじっと見つめて、
「……この時間は客間係が客間を掃除しておりますので、生徒の皆様は立ち入ることが出来ませぬ」
と怖い顔で言った。
――掃除!
そうか……僕は足元の火車と顔を見合わせた。
そうだよ! 当たり前だけど、客間は毎日客間係が掃除をしてるはずだ。壊れて飛び散った珠がいつまでも客間に残ってるなんてことがあるだろうか?
すでにひと月以上、二月近くも時間が経過しているのに!
「そ、掃除中でもお願いします。大事なものをなくしたから、早く探さないといけないんだ!」
門番はしばらく考え込んでいたけれど、僕が頭を下げてお願いしたらようやく扉を開けてくれた。
「客間係が毎日掃除してるんだもの……もうとっくにどこかへ捨てられちゃったかもしれないよ」
「だけどさ、あの幽霊はきのうの客間にひんぱんに現れているって話だっただろ? それってまだあの部屋に珠の残りがあるってことじゃないかい? 昨夜だって現れていたんだぞ」
「ううん……そうだといいけどなあ……」
月見草の客間に辿り着いた僕らは、水桶をかかえて部屋から出てきた客間係と入れ替わりに客間へ入った。
廊下には《立ち入りを禁ず》という木の板が置かれている。今まさに掃除の真っ最中だ。
「き、きれいだよ……すんごくきれいになってるよ! 当たり前だけど!」
客間を見渡して僕は絶望的な気持ちになった。
いつものことだけど、客間はうんときれいだよ。客間には毎日入れ代わり立ち代わりお客がくるから、どこの部屋よりも念入りに掃除しているんだ。塵一つ、埃一つ部屋には落ちていない。
昨夜は締め切られていた外廊下の雨戸も全部開け放たれていて、中庭の様子がよく見えた。庭師が一人、脚立の上で植木の手入れをしている。
「ロザリオの珠なんて落ちてないよ……そんなのどこにもない……」
僕は畳の上を見渡した。
本当になあーんにもない。僕の視界には畳の目がきれいに揃って並んでいる光景が広がっている。ぴかぴかに水拭きされた綺麗な畳。
「まあ……なくしたのがずいぶん前のことだしなあ……」
火車は鼻をひくひくさせながら珠を探している。きっと気配を探しているんだろう。
すると、客間の戸が乱暴に開いて僕は思わず飛び上がった。
「あああ、すみません! ちょっと探しものをしていて……って、総次郎!」
総次郎はふらふらしながら客間へ入っていた。僕が部屋の戸を閉めると、不機嫌そうに
「……こんな朝っぱらから……冗談じゃねえぜ。おかしな夢を見たせいで寝不足だってのに……」
と呟いた。
「ねえ、総次郎? 客間は毎日客間係が掃除してるから、ロザリオの珠なんてどこにも落ちてないよ。だって見てよ、ほら……こーんなにきれいになっちゃって……」
「うるせえなあ……でも幽霊のやつはこの客間に来てるんだ。飛び散ったとかって言ってんだから……外廊下や中庭にでも落っこちたんじゃねえか?」
寝起きが悪い総次郎がいらいらと僕に言った。
「総次郎……大丈夫? 眠いなら部屋で寝ててもいいよ」
総次郎ってば朝はとびきり機嫌が悪い。だから起こしちゃ悪いと思って部屋に置いてきたのに。
「だからお前もあの霊水飲んでおけば良かったのにさあ。あれを飲んでいたら、もっときっとしゃんと起きれたと思うよ。夢の中の出来事ってのは少なからず現実にも影響を及ぼすからね」
「そうそう。だから僕、今はばっちり目が覚めてるもーん!」
総次郎はいよいよ怖い顔で火車と僕とを睨み付けてから言った。
「……他所で出された怪しいもんは口に入れるなと言われてんだ。おまけに上杉の奴に出し抜かれるなんて胸糞悪いんだよ!」
「んまー! 僕らがおかしなものでも出すと思われてんのかね?」
僕と火車は肩を竦める。別に総次郎や忠郷を出し抜くつもりなんてなかったし、霊水は僕も幽世で武芸の稽古とかして怪我をしたり、うんとくたびれた時なんかにもらえるだけで滅多に口にさせてはもらえない希少なものなのに。
総次郎は負けず嫌いなところがあると思う。や、僕も割とそうなんだけどさ?
特に蒲生や上杉には負けたくないんだろう。僕や忠郷の言葉や態度に突っかかって喧嘩腰になるのもつまりそういうせいに違いない。
でも、そういうところが今はすっごく頼もしいよね! なにせ僕らは共闘関係にあるわけだから。
総次郎は外廊下に出ると、中庭を見渡した。
「……壊れてもそう遠くまで飛び散るとは思えねえが……転がっちまった可能性があるからな……」
中庭へ下りると、総次郎はしゃがみこんで縁の下をのぞき込んだ。
「ねえ、総次郎。何か見える? ありそう?」
総次郎の返事はしない。代わりに僕は、客間の外からガヤガヤと何人もの人の声がすることに気が付いた。
「——だから! 探しものがあるんだって言ってるでしょ? 別に汚しゃしないんだから掃除したてだって大丈夫よ!」
客間係の静止を振り切って部屋へ入ってきたのは忠郷だった。
「もう……なんだか今日は髪型が今ひとつ決まらないわよ。まったく……あんたが急かすから!」
「忠郷も来たの!?」
「ああら、当然でしょ。南の御殿の生徒にも話をした手前、例の珠が見つからなかったら北の御殿の信用に関わるわ。あたしはあんた達なんかとは違って、北の御殿のぬしなのよ? 会津の藩主よ? あたしや蒲生の家の信用にも関わるじゃない!」
絶対に見つけるわ――忠郷はそう叫ぶと、胸を張った。
まったく忠郷はいつもこんな調子だよ。北の御殿で一番偉ぶっている。
でも、それだけ忠郷は責任感が強いんだろう。会津の藩主なんだから無理もないけれど、彼のこういうところは見習わなくっちゃね!
「それに、千徳? やっぱり南の御殿の連中はこの客間でフランシスコのロザリオをぶっ壊したのよ。あたし、ここへ来る前にちゃんと確認してきたんだから」
すると、部屋の戸がもう一度静かに開いた。
顔を覗かせたのは、南の御殿の加藤忠広だった。背後に生徒がもう二人、それに蟹の寮の生徒の三人もいる。
「……おはようございます、千徳殿」
「忠広殿! みんなも……一体どうしたの?」
「昨夜皆さんが帰られた後……私達、南の御殿のみんなで話をしたんです。やっぱり……私たちフランシスコには……ひどいことをしたんだ」
忠広は僕を見つめて言った。もう昨日のように俯くことはしなかったよ。
「私たち南の御殿の生徒は、フランシスコを無視したり、水をかけたり、彼の私物を隠したりしていたんです。だけど……全ては彼にキリシタンをやめさせるためでした。彼がキリシタンをやめようとしないから、私たちそうやって……」
「そうだ!」
「そうだよ! 僕ら悪くない!」
梅寮の生徒たちが忠広に続いた。
「悪いのはキリシタンだもん! 家康さまだって、将軍さまだってキリシタンの教えは禁止にしたじゃないか! 大人たちだって僕らと同じことをしてキリシタンを無理矢理改宗させようとしてる」
「そうだそうだ! 僕ら知ってるんだぞ!」
忠広も頷いて続いた。
「北の御殿の皆さんは知らないでしょう? 私達の実家が領国をもらっている九州には大勢キリシタンがいるんです。私の実家も、他の生徒の実家もみんな頭を抱えています。だって、キリシタンをなんとかしないと……実家が将軍さまや大御所さまから怒られます。改易にされてしまうかもしれないですよ」
改易——その言葉は殊更僕の心に重く響いたよ。
なにせうちの実家だって、大御所さまに逆らってあわや改易にされてもおかしくない状態だったんだもの!
なにせうちは大御所さまに喧嘩売った挙げ句、関が原の戦まで引き起こすきっかけを作った……なんて世間じゃ言われているんだからさ。
「……死んだ私の父、加藤清正はもともと太閤殿下恩顧の家臣です。如何に関ヶ原の戦で東軍にお味方したとはいえ……大御所さまの姻戚関係になるとはいえ……加藤家はもとは太閤殿下の直臣。父は出自も低く、国持大名とはいえ家柄なんてものはないに等しい。あなたのご実家とは違いますよ、千徳殿……うちは家康さまのご不興を買えばきっと簡単に取り潰されてしまう」
「そんなこと……」
そう呟いて、しかし忠郷の言葉はそれ以上続かなかった。
「キリシタンは一筋縄では行かないと聞きます。耳や鼻を削ぎ落とされてもなお信仰を棄てようとはしないらしい……そんな連中が我らの領国には山程いるんだ。考えただけで目の前が真っ暗になりますよ。これ以上禁教令が厳しくなったら、キリシタンが領内にいるだけで大名は叱責を受けるに違いない。そうなれば、例え藩主自らが信仰なんてしていなくても、キリシタンを大勢抱える大名家は必ずやお咎めを受けます。改易される家だって出るかもしれない」
「そうだそうだ! 第一、お前らは知らんだろ。そもそも禁教令が厳しくなったんは、フランシスコの実家のせいじゃねえか!」
梅寮の生徒の絶叫が客間に響き渡る。
「ええ? そうなの?」
「ええ……フランシスコの祖父もキリシタンだったようなのですが……南蛮との交易のいざこざで死罪になったらしいのです。それで禁教令が著しく強まったのだと私も聞きました。フランシスコの祖父は死罪となり……実家は改易になりましたが……兄上が他に領地を貰えたらしく、それで学寮へも出仕することが出来たらしいんです」
僕も総次郎も忠郷も、きっと同じ事を思っていたに違いないよ。二人の横顔をちらりと見たらなんだかそう直感した。
南の御殿の生徒たちはみんなフランシスコの実家の末路を見て恐ろしくなったに違いない。
キリシタンに関わるということはつまり、ああいう風になるという可能性を孕んでいるのだ――と。
「有馬のお家のせいで、なんで俺らの実家まで白い目でみられにゃならんのだ! 今まではここまで厳しいことなんぞ言われなかった。それを……有馬の馬鹿野郎があんな事件なんか起こすから……だからキリシタンはこんな目に遭うんじゃろ! 自業自得だ!」
梅寮で一番大柄な生徒がそう叫んだ。忠広も頷いている。
「そうです。耶蘇教は禁教だ。布教はおろか、信仰も許されなくなりました。キリシタンが野放しにされるべきではない。幕府がしているように、外で大人たちがしているように……誤った信仰ならば正されるべきです。その出来如何で私達の実家の運命さえ左右されるというのだから、例えどのような方法を使ってでもフランシスコの信仰は棄てさせるべきと……我々は皆でそう話をしたのです」
それは冷徹な、強い声だった。
「学寮でも平然とキリシタンとしての振る舞いを続けるフランシスコの姿は……いつしか我ら南の御殿の生徒共通の敵となりました。彼は私達に何をされても、棄教を迫る問に諾とは言わなかった。彼を改宗させたかった……信仰をやめさせたかったんです。そうさせるべきだと、私たち南の御殿の生徒みんなで話をしました。みんなで決めたんです。それで、フランシスコに……」
「忠広……」
忠郷が呻くようにそう声を掛けたけど、僕はなんにも言えなかった。総次郎も庭から忠広をじっと見つめている。
「確かに、東の御殿の生徒も言ってたぜ。お前ら南の御殿の生徒が死んだ生徒を寄ってたかって滅多打ちにしていたって。宿下がりをする前のそいつは、お前らに殴られ蹴られ……顔が腫れ上がって大変だったと、学寮の典薬殿も零してた」
「ええ!? それは駄目だなあ、顔なんて」
忠郷が不思議そうな顔をしたので、僕は説明してあげた。
「ケンカで顔なんて狙ったら駄目でしょ。だってどうやったって顔に怪我なんてしたら隠し通せないじゃないか。手を出すなら首から下の胴を狙うんだよ」
自信満々に知識を披露した僕だけれど、総次郎は呆れたような声で言った。
「……お前みてえなちんちくりんに一体誰がそういうどうでもいいことを教えるんだよ」
「他人事みたいに言ってるけどさああ! 総次郎に顔を殴られた後で僕はすぐ父上からそう叱られたんだよ! バレるようなヘマはすな、って! そんな目立つ場所を殴られる奴があるかって! もっとうまくやらんかいって!」
僕は猛抗議したけど、総次郎は素知らぬ顔だ。
すると、忠郷が数歩前へ進み出た。忠広のすぐ目の前まで歩み寄ると、
「忠広……あんたみたいな人間までそういうことをしていたとは考えたくはないけれど……」
と涙声で呟いたよ。
「自分たちのせいでその生徒が自害したとは考えないの? あんた達の責め苦に耐えかねて自害したのだとしたら……あんた、一体どうするつもりなの?」
「キリシタンは自害なんてしたりしない――先ほどそう教えて下されたのは義兄上ではありませんか」
「……あんたを安心させてやりたかったわ」
そう呟いた忠郷の言葉には確かな怒りが込められているのが僕にもわかった。
「病を得て実家で急死したと寮監督からも学寮長様からも話を聞いたのに……どこからか良からぬ噂が広まって苦慮していました。まるで我々のせいでフランシスコが自害したかのような噂は聞くに堪えなかった。学寮の上役方にも相談をしたのに、まるで頼りにならない。けれど、これで我らの正しさが証明されます。私達は正しかったんだ……彼の死は私達とは関係なかった。ありがとうございます、忠郷殿。ようやく安心しましたよ」
忠広は言葉を続けた。
「自分がしたことは間違ってない。藩を、家名を、守るためならどんなことだって厭いません。藩主というのはそうしたものではないですか。父上が苦労の末にここまで大きくした領国です……それを守るのが我らの務めではないですか」
忠郷は大きく息を吐いて掌で顔を覆い、項垂れた。長い髪が大きく揺れる。
「……私達がフランシスコをいじめたなんて噂は間違ってる。私たちは正しいことをしたんです。万が一にも……彼が自害したとしたって、私は自らの行いが間違っていたとは思いません。ただ……彼の、ロザリオを壊したことだけは……間違いでした」
忠広が強く、固く拳をにぎりしめているのが僕にもわかった。
「私たちはあの日……彼がいつも肌身離さず持っていたものを、ここで壊してしまったんだ。彼が命よりも大切だと言っていた物を……本人の目の前で壊してしまったんです。フランシスコはどんなにか心残りだと思います……本当に悪いことをしたんだ」
「だ、だから……僕らも探すよ」
「ロザリオの珠を……」
蟹寮の生徒らが言った。
僕は俯く忠郷に歩み寄って、彼の手首を握ったよ。そうして少し揺らしてみた。
すると忠郷は扇子をいきおいよく広げて仰ぎながら僕の方を振り返った。
「――まあ、とにかく! 探しものをするなら人手は多いほうがいいじゃない? あたしが南の御殿へ行ってこいつらを連れてきたってわけ」
それはいつもの高飛車で我儘な忠郷だった。だから僕もいつもの調子で彼に言う。
「今日は冴えてるね、忠郷! ね? あの霊水、飲んでよかったでしょ?」
「まあ、そうね。ものすごく美味しい水だったじゃない? 甘くて本当に不思議な味。さあ、ちゃっちゃと働いてよ?あんたたち。あたしの分まで」
「ええ? じゃあ忠郷は?」
「あら、あたしはあたしの代わりに働く連中を連れて来たでしょ。だって……あーんな風に腰をかがめて地面を這いつくばるなんて、どう考えたって松平下野守のやることじゃないもの」
忠郷は庭にしゃがみ込んでロザリオを探しを再開していた総次郎を指して言った。
「あっそう……忠郷は探さないの」
「あの時、飛び散った珠はぜんぶ集めたと思ったけれど……まだどこかに残っているということですよね? だからフランシスコの幽霊はそれを探しに、蟹の寮の部屋やこの客間に現れるんだ。さあ、早く探そう」
忠広がそう言うが早いか、梅寮の生徒も外廊下へ散って行った。
みんな外廊下や庭先を中心に探し始める。だって客間の畳の上はもうきれいさっぱり掃除されていたからね。
「それじゃああたしは客間係に話でも聞いてくるわ。何か知っているかもしれないし、ひょっとしたら客間係が珠を拾って、持っているかもしれないでしょ?」
忠郷は扇子をひらひらさせながら客間を出ていった。汚れ役や力仕事をとにかくやりたがらない忠郷だけれど、その提案には説得力がある。
よし! これだけ人手がいれば見つかるかもしれないよ。僕は火車と顔を見合わせて頷いた。
「ねえねえ、玉丸? 覚えてるかい?」
「何を?」
外廊下の上から逆さまになって客間の縁の下を覗き込みながら、僕は尋ねた。
「あの幽霊さあ、この部屋から消える間際にどこか指していただろ?」
ああ、そう言えばそうかもしれない―—僕は身体を起こして頷いた。火車は外廊下をぴょんと飛び跳ねると、宙に浮いたままふわふわと寝転んでいる。
「覚えてるよ。もしかしてあれは……珠の在り処を指していたのかな!?」
「いい気付きだろう? おいらってばほーんと仕事が出来るんだからな」
火車は宙を駆け足で歩きながらあの日の晩の再現を試みているらしい。僕もそれを真似てみる。
「えーと……あの幽霊がいたのはこのあたりだろ……それで……」
「確か僕はここに立っていてさ……確か……彼はあっちの方を指していたような……」
幽霊の彼がぼんやりと指した先――そこは床の間だった。掛け軸が掛けられていて、大きな壺が置かれてる。花器だろうか?
「……特に、なんにも落ちてなさそうだよね……?」
僕が床の間に近付くよりも早く、火車が飛び跳ねるように駆け寄った。
火車はしばらく掛け軸を見つめていたけれど、不意に壺の中に頭を突っ込んだよ。
そうして叫んだ。もんのすごい大声で!
「ああああああーーーー! あーーーー!」
僕は思い切り声をあげようとして、ぐっとそれをこらえた。
いけない、いけない。ここには南の御殿の生徒もいるんだったよ。彼らには火車の姿なんて見えないし、火車がどんなに大声を上げても何にも聞こえないのだ。
「みつかった?」
床の間へ寄った僕がこそっと声を掛けると、火車は壺の中を指した。
「中にある! 壺の中に丸いのが落ちてるぞ! これじゃないか?」
僕は火車を壺からどかして小脇に抱えると、今度は自分が壺の中を覗き込んだ。
壺の底に、確かに小さな丸いものが落ちてる!
僕は静かに壺の中に手を突っ込んでそれを取り出した。壺を割ったら大変だから……そうっとそうっと、ね。
「やったあ! あったよ! これじゃない?」
あちらこちらから歓声が上がる。
僕は外廊下にいた忠広に駆け寄って、それを見せた。綺麗な薄紫色をした小さな珠だよ。
「……そうです。これです。私たちも同じものを拾い集めましたから」
忠広の顔がようやく柔らかくなったよ。瞳には涙の膜が張って、次第にそれが分厚くなる。
「壊れた時に飛び散って壺の中に入っちゃったんだ。だから見つからなかったんだよ!」
「……やれやれ。足りない珠はそれで最後なんだろうな? いくつ足りねえのかもわからねえんじゃ探しようがねえぞ。お前らが拾い集めた珠は全部で何個だ?」
「さ、さあ……そんなのもう覚えてないよ……」
忠広以外の南の御殿の生徒たちもみんな悲しげに首を横に振るばかり。
「チッ……使えねえ。これじゃ一体何個不足してるのかもわかりゃしねえじゃねえか!」
「若さま方? 何かお探しですかね」
総次郎に声を掛けたのは、小さな池の傍に立つ松の木の枝を見ていた庭師だった。白い髭がもさもさ生えてる。
「きらきらした珠っころだよ。小さい丸い石。数珠の珠みてえな奴さ」
「ああ。それなら、少し前にワシもいくつか拾いましたよ」
「ええ? 本当? やったあ!」
蟹の寮の生徒が庭師に駆け寄って尋ねる。
「ひ、拾ったそれ、どうしたんだ?」
「まさか捨てちゃったんじゃあ……」
「庭先にいくつか落ちていたもんだから、ぜんぶ客間係のお方に届けました。毎日庭の手入れをしているが、それっきりもう見ておりませんねえ」
庭師は脚立を下りながら答えたよ。
中庭はどの客間からも見える庭だ。御殿にも中庭はあるけれど、表の客間の中庭は学寮へやって来た客人を楽しませるようにと、いつも季節の花が咲いていたり、木も特に手入れがされている。小さな池があって、鯉が数匹泳いでいるよ。
「客間は毎日客間係が掃除をしているし、庭だってこの庭師が毎日手入れをしてんだ。これ以上はもうないんじゃねえか?」
僕は総次郎の言葉にうなずいた。
「そうだよね。きっとこの壺の中から見つけた一つと、客間係が持ってるやるとで全部だよね!」
僕は客間をもう一度見渡したよ。床の間の壺以外には、もう珠がうっかり入ってしまいそうなところもない。
きっとこれで全部だよね! 無くしたロザリオの珠を集めたぞ!
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