第31話 金色の世界 再び



 最近、折座の姿でいる事の方が多くなった様な気がする。

 ふと、老婆の事を思い返していた。


「時間がない事を物語っておる。折座の気持ち、心、覚悟が強くなっておる事の表れじゃ」


 老婆が最後に俺に教えてくれた言葉だ。

 

 折座にもう一度会えば事は先にむ筈だが、もうあの道順では『意識の扉』には行けない。どうすれば……。

 ぼんやりした頭で辺りを見渡すと、足元で真綿の雲がふわりふわりと戯れていた。空は金色に輝き、太陽も月もない。以前した時に訪れた、あの金色の世界だ。


……! また来たのだ! みんなはどこだ?!


 一気に目を覚ます。だが、見渡しても誰の姿も見当たらなかった。

 ただ不思議なのは、ずっと俺の手に水鏡が持たされていることだ。

 俺は水鏡を見つめながら何処へとなく歩き始めた。


 ふと、見覚えのある光景に出くわした。あの巨大な穴だ。ここからなら折座に会えるかもしれないと、俺は微かな期待を胸に中を覗き込んだ。やはり祈祷所の中だ。

 だが今回は水鏡がない。それもその筈。俺が持っているのだから。

 

 慎重に中の様子を窺った。あの時とほとんど同じ。無いのは水鏡と折座の父である五代目酋長の姿だけだ。

 俺はゆっくりと中へ入った。不思議と手に持つ水鏡の水は少しもこぼれていない。そのまま水鏡を元の場所に置いた。そういえば……。以前、五代目酋長は鉛の鈴を箱の中へ収めた筈だ。

「入り口の戸の辺り……」

 目を凝らして薄暗い中、箱を探す。

「あった」

 あの時見た重々しい箱。間違いない。ゆっくりと開けてみる。やはりそこには神宝の鈴のレプリカが眠っていた。先ほど宮司に見せてもらった時と違い、サビの範囲は広がっていない。

 

 五代目酋長の姿が無く、水鏡も無く、鉛の鈴のサビもまだ発生していない……。

 恐らく今は、五代目酋長が折座に様々なメッセージを残して姿を消した直後の時代だろう。


 すると視界に光が射し込んできた。入り口の扉から漏れている僅かな光だ。俺は何の迷いも無く祈祷所の戸を開けた。

 ガラガラガラ……

 一瞬、金色の光に目を眩まされる。目を細め微かな視界の中、目の前に逆光で浮かび上がる人影を見た。

 

「嵐蔵。また会えたね」

 それは折座だった。何の疑いもなく、俺は嬉しさのあまり話を急いだ。

「ああ、良かった。急がなければならないのだ。老婆から預かったものがある」

「この中に?」

「ああ」

 折座は俺の返事を聞くや否や、大股で祈祷所の入り口の段をまたいだ。

 いている様な、がさつな動きが折座らしくないと思った。

 そしてふと、疑問が湧いた。

……確か以前、俺は折座に出会う直前に、犬の嵐蔵の姿に戻ったはずだ。だが今はまだ折座の姿……。はたから見たら異様だろう? 折座が二人いるのだから。

……おかしい……。

 そういえば、あの折座特有の、清々しくも力強い波動が感じられない。

「ちょっと待て! お前は誰だ!」

 折座の姿をした何者かの肩をぐいと掴んだ。

 くるりと振り向いたその顔は、すすり泣く女だった。

「お願いです……。鈴をください……。鈴を……。スズヲ……」

 女はヨロヨロと危なげな足取りで祈祷所の中へ入って行き、あの鉛の鈴を入れた箱へと近づいていく。

 どうすればいいのだ。考えろ……!



 ……以前はここにあった水鏡が、今回は無い。俺が持っていたからだろう。

 そして折座といる時は、俺は折座の姿にはならない……。

 どうやら、どんなにしようとも、同じ物や同じ人物はその場でダブらない様になっているのだろう。この現象の中で自然と出来上がった掟の様なものか。


……しかし五代目酋長ほどの能力を持った者なら、わざわざリスクを負ってまでレプリカをこしらえずとも、簡単に見つからない場所へ隠す事ができたのでは? 

……そうか……! 隠すだけではダメだったのだ。単なる見せかけでは無く、この鉛の鈴にも魔除けの力を授ける事が次に重要だった。そうでもしなければ、現代に至るまでこの平和を維持する事は難しかったのだろう。だから、たとえ300年という限定期間であろうとも、そしてレプリカであろうとも、今はまだ重要な役割を担っている事になる。



「まずい……!」

 俺は急いで祈祷所の中へ駆け込んだ。だが……。



……ポチャン……



 この難関をどう突破するのかと問いかけるように、ただ虚しく、美しい水の響きだけがこだましていた。


 すすり泣く女が、手にした鉛の鈴を水鏡の中に落としたのだ。

 

「何という事をするんだ……!」

 女は相変わらずすすり泣いていた。

 その時、祈祷所の外の異変に気付く。遠くの景色が真っ黒い暗闇に飲み込まれ、その闇がどんどんとこちらへ迫っていたのだ。


 そして……。

 雪崩か津波かと思わせるほどの圧倒的な力は、いとも簡単に俺を飲み込んだ。



……ポチャン……



 水鏡の中から聞こえる水音が静寂を破る。



 漆黒の闇。

 目の前に自分の手を持ってきても、全く見えない。僅かな光さえも差さない暗闇とは、こんなにも息苦しいものなのか。

 深呼吸する。

 何度も……。何度も……。

 さもなくばパニックを起こす。

 少し落ち着いてから考えを巡らしていくしかない。


 

……ここはもともと太陽も月もない世界。金色に輝いていたのは何故だ?

 水鏡か? もちろん、関係はしているはずだが、それだけではない。

……鈴だ。

 現実の世界でも、たとえ銅の鈴が隠されていようが、通常の平穏な生活は営まれていた。それは呪力により力を授けられていた鉛の鈴があったからだ。

 物や人物が全くの同じ姿でダブらない様に配慮されているこの世界で、残しておくべき残りの一つが消えたなら、異変が起きても不思議ではない。


「時間がない」

 焦る気持ちと苛立たしさで腹わたが煮えくり返りそうだ。嵐蔵の姿でもないのに毛が逆立っていくような感情を抑えられない。

 俺は暗闇の中、大声で叫んだ。

「魔よ! 魔術師よ! お前だって秘宝植物が枯れてしまうのは望まざる事だろう! 何故、邪魔をする? 今、お前が仕向けた事は間違いだ!」

 奇妙な笑い声が近づいてくる。

「やっと会えたな。初代酋長の生き写しよ。この時を待っていたぞ」

 気味の悪い言い方で言葉尻を上げ、暗闇の中、気配が接近してくるのを感じる。さして不安を覚えずにいられるのは、俺が嵐蔵だという事に『魔』が気付いていないからだろう。


「間違いだと? この状況でこの俺に指摘するとは身のほど知らずな……。真っ暗闇の中では全く身動きが取れないのだろう? フフフ……。俺は得意だぞ、真っ暗闇は……。何百年も閉じ込められていたのだからな!!」

 語尾を荒げた途端、暗闇の中に光る鋭い目が二つ、見開かれた。

「魔よ、聞いてくれ。こうしている間にも秘宝植物は枯れていっているのだ。時間がない。まずは明かりを戻せ!」

「おやおやおやおや……。それが人に頼み事をする態度か? それに、そうやって焦らせておいて、秘宝植物を独り占めするつもりでは?」

 ケタケタと勘に触る笑い声が暗闇にまとわりつく。

「この地と秘宝植物を守る為だ! そうすれば救われる魂が無数にある! お前だって例外ではないはずだ!」

 ニヤニヤと笑っていた光る目が急にシリアスになった。

「俺は今、この暗闇の中なら自由に動き回れる。救いなど必要ない。これまで仕方なく霊能者の子孫の女を宿主として使ってきたが、これももう不必要だ。とにかくこの女の使いにくさと言ったら言葉に余る。いつも泣いているのだからな。うんざりしていたところだ」


……ぶつッ……! と音がした気がした。

 

 血管の切れる音か。

 煮えたぎった腹わたが引きちぎられた音か。


 遠くからゴロゴロと轟音が聞こえてくる。

 地響きを伴いバリバリと更なる爆裂音が近づいてくる。


「許されざる者……」


 俺の声と共に金色の稲妻が現れた。

 

 バーン! ゴゴゴゴ……! バリバリバリバリ……!


 炸裂音のあと一呼吸ほどの沈黙を置くと、闇を切り裂く閃光がいかづちを落とした。

 そしてもう一度激しい稲光りが辺りの色を塗り替えた時、視界の中に何かが見えた。


 暗闇の中のは、二つの丸い大きな何かを浮かび上がらせていた。キラキラと派手な、ネオン煌くミラーボールと言ったところか。細かく丸い粒が幾つも合わさる事で形成されている。

 さっきの雷の稲光りを吸収しているらしく、暗闇の中を照らしている。


「嵐蔵、おっかねえな。お前が怒ったとこ、初めて見たぜ」

「その声はドラゴン?!」

 ミラーボールはドラゴンの目だった。オニヤンマの持つ複眼までもが、この世界ではスペシャルになっているのだ。

「ヤーモンもいるぜ」

 ドラゴンの目が天井を向き、ヤーモンを照らした。

「待たせたな」

 ビッグサイズのヤーモンは、既に『魔』を目掛けてジャンプした後だった。

 

「ぎゃあああああっっっっっ!」


 ドラゴンのミラーボールの目で暗闇が消滅した為、『魔』はまたしてもすすり泣く女に憑依していた。そしてもちろん、ヤーモンは女の顔面に貼り付いている。

 すすり泣く女は激しい動作でヤーモンを剥ぎ取ると、思い切り放り投げた。それを素早くドラゴンがキャッチする。

 女は叫びながら祈祷所を飛び出していった。


「フン、俺もえらく嫌われたもんだぜ」

 ドラゴンの腕から降りるとヤーモンは壁に貼り付いた。

 ドラゴンのミラーボールの目が強い光を放ち始める。その光は水鏡へと反映され、まるで鈴の代わりを務めるかの様に金色の世界を復活させた。


 

 

 



 

 





 


 












 




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